大月の起業
M C O (Mars Cooperation Organization=火星協力機構)の前身は、2021年に東京都市ヶ谷の防衛省敷地内に突如出現した、火星原住生物である巨大ワームとの交戦で撃破した個体研究を目的として、日本と英国連邦極東が合同で設立した火星生物研究所である。
その後、2023年年初におけるアルテミュア大陸上陸作戦において、研究所メンバーはアドバイザーとして活躍。
アルテミュア大陸東岸に建設された『人類都市ボレアリフ』が拡大発展し、当時の極東アメリカ合衆国、極東ロシア連邦の加盟により火星開拓組織としての役割も新たに加わった事で発展解消され、M C O=火星協力機構となったのである。
MCOの活動は巨大ワームとの戦い、アース・ガルディア戦争等、火星原住生物研究、列島各国部隊への後方支援業務や、避難民受け入れ、地球南太平洋メガフロート海上都市『マリーン・シティ』管理運営等多岐にわたり、従事する職員も各国文官派遣では間に合わず、ユニオンシティ国は加盟国の事後承認を前提として、避難民を”現地採用枠MCO職員”として積極的に採用した為、組織規模では日本国政府に次ぐ官僚数となった。
財務省幹部は、多国籍職員が多いMCOを”新国連”と揶揄するまでに肥大化した組織となった。
組織が肥大化して発生する問題は、官僚組織硬直化による情報伝達速度の低下と意思決定の遅延である。
大月達の様な、日常的にマルス・アカデミーと共存している非日常的な存在は、MCO官僚から見れば、見習うべき存在ではなく、単なる異物に過ぎなかった。
大月達=マルス・アカデミーから数々の超高度技術・施設・設備利用の便宜を豊富に与えられたMCO官僚達は、それら便宜を自らに対する「当然の権利」と錯覚し、傲慢な姿勢を取る事が多くなっていった。
マルス・アカデミーの代弁者とも言える美衣子達三姉妹の安易な協力が、傲慢な姿勢に拍車をかけたとも言えるが、三姉妹は大月やひかりを守るべく善意で事態改善に努めただけであり、日本国政府が定めた使用料以上の見返りを決して求めなかった。
このような状況がMCO官僚達に「大月達=日本国がMCOに奉仕するのは当然」との誤った認識を助長させたのは当然の成り行きであった。
♰ ♰ ♰
2024年(令和3年)12月某日【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 地下研究室(美衣子)】
「だめよ。MCOと言えども惑星間国際機関なんだから、今月分のシャトル利用料はきちんと払いなさい。そうしないとシャトルは貸さないわ」
美衣子が惑星間通信モニター先の相手に通告していた。
『—――っ!しかし、地球上の難民は未だ危険な地上に数えられないほど居るんです!一刻も早く救出しないと!』
尚も食い下がるMCO担当者。
「それに、救出した後の物資は誰が供給するのかしら?」
詰問する美衣子。
『ユニオンシティの需給はひっ迫しています。 一刻も早くアルテミュア大陸の小麦を収穫し、大型シャトルで輸送しないと、難民から餓死者が出てしまいます』
美衣子にとにかく頼み込もうとするMCO難民高等弁務官事務所の担当者。
「……仕方ないわ。”物納”で手を打ちましょう」
やれやれとため息をついて提案する美衣子。
『……物納、ですか?』
「そうよ。”空飛ぶ方舟”の宇宙軍戦闘艦でも良いのよ?」
戸惑う担当者にさらりと提案する美衣子。
『そこまでいくと私の権限では……』
躊躇する担当者。
「なら私もシャトルの所有者として、貸し出しを認めるわけにいかないわ」
美衣子は強気だった。
”あの準備”の費用から差し引いたら今月のお小遣いが残り少ないのだ。
残り少ないお小遣いだけでは、マクドナルドのイワシパイバーガーが食べれなくなってしまうのだ。
ここはなんとしても稼がねばならなかった。
――――――隣の研究室でも
「今月はスケジュールが埋まっているの。神奈川区から外には出れないわ。
――――――ええ、もう少し弾んでもらわないと番組のロケはキャンセルさせてもらうわ」
結が芸能プロダクションの社長に、ギャラの増額をふっかけていた。
”あの準備”の費用を差し引いた残りの蓄えで、今月は攻略参加者をより効率的に撃退するため『風雲ムスビ城』の防御設備一式を更新すると、手持ちのお金がほとんどない結だった。
――――――さらに隣の研究室では
「……zzz」
小学校から下校途中にコンビニコロッケの買い食いを重ねて金欠な瑠奈は、夜中に金沢区の海に出てアナゴ漁で一儲けすべく体力の温存を図るため昼寝に忙しかった。
もちろん、瑠奈も”あの準備”の費用を出している。
宿題は同級生の天草 華子と名取 優美子に丸投げしていた。
対価は瑠奈が釣り上げるアナゴのかば焼きである。
同級生の家庭では「高級食材」として珍重されているらしい。
夜、就寝前の夫婦の部屋(仮)で大月とひかりが向かい合って相談していた。
「最近三姉妹が”がめつい”」と。
「東山を通じて協力機構から泣きつかれたよ。シャトルぐらい貸してやれって」
大月が首を傾げながらぼやく。
「私は最近瑠奈ちゃんが、アナゴのかば焼きばかりせがんできて……」
「結もレギュラー番組に出るのを渋っているらしい。NHKの報道局長が、何とかしてくれと言ってきたよ」
原因はなんだろう?二人は首を捻るのだった。
翌日、理由が判明した。
大月とひかりは、出社するなり社長室に呼び出された。
「大月君!最近あの子たちに満足なお菓子も食べさせていないとは、どういうことなんや!」
ひかりの祖父であり、社長の仁志野が激怒していた。
「そんな事はないわよお祖父ちゃん!」
ひかりが宥める。
「嘘ついたらアカンで!三姉妹の嬢ちゃん達が昨晩ワシの家まで来て「最近お菓子が食べられない」と泣きついてきたんや!」
「「ええーっ!!」」
大月とひかりが頭を抱える。
「そんな甲斐性のない男に、孫を嫁になぞ出さへんで!」
仁志野が大月にダメ出しをする。
「お小遣いは毎月一人2万円渡していますよ?私もひかりさんから、毎月2万円のお小遣いを貰って残りの給料は管理してもらっています」
大月が正直に申告する。
「……むぅ。お嬢ちゃんたちに、月2万は子供として結構な額なんとちゃうか……」
仁志野が唸る。
「ちゃんと三人の口座へ振り込んでいますよ?」
大月がタブレット端末で過去3か月間、大月の口座から3人への振り込み履歴を似志野に見せた。
「……嘘は言ってへんな」
納得する仁志野。
「当然です。お義父さんに嘘は言えませんよ」
思わずお義父さんと大月は言ってしまい、横に居たひかりが赤くなってデレる。
「でも大月君。なんで、三姉妹はお小遣いを使い果たしたんやろか?」
似志野が不思議そうに言った。
「おそらく――――――」
ひかりが、三姉妹の行動をかなり的確に推測して似志野に説明した。
「「それだ(や)!」」
大月と似志野が納得した。
「流石ひかりが面倒を見るだけあって、フリーダムなお嬢ちゃん達やなぁ……」
似志野がため息をつく。
「そろそろ手綱を締める時でしょうか?」
大月が似志野に教育方針のアドバイスを乞う。
「いや、そもそも人間社会での節制や自重を理解していなければ、同じ事の繰り返しになるやろな」
似志野が言った
「ここはトライ&エラーでしょうか」
「それが大月君達にとって、自然やと思うんやけどな」
大月の問いに応える仁志野。
「そやなぁ」
ひかりが納得した。
「ところで大月君。儂の所にも、トカゲのお嬢ちゃん達の事で国と揉めてるちゅう話が聞こえてくるんやけど。その辺相談に乗るで?」
ニヤリと微笑む仁志野。
「おおきにお祖父ちゃん」
「ありがとうございます。お義父さん」
大月とひかりが仁志野に感謝する。そして、徐々に要求を強めるMCOへの対応に日本国政府と共に苦慮し、秘かに独自の打開策を進める事で首相官邸と合意した事を説明した。
「……そうやったんか」
似志野は合点が行ったと言う風に頷く。
「日本列島が生き残る為に作り上げた組織やけど、今はいろんな国と人種が入り混じって組織が巨大化しすぎや。いずれ、ほかの面でも面倒事が起こりそうやな……」
予想できてしまう未来に顔を顰める仁志野。
「私は美衣子達を守るために、ひかりさんが政府に提案した独自策に注力したいと思っています。そこで、社内起業させていただこうと考えています。どうかご許可を頂きたく……」
大月とひかりが、似志野に許しを請うべく頭を下げる。
「ええんとちゃうか?わかった。好きにしてええよ」
あっさり似志野が了承する。
「……よろしいのですか?」
もしかしたらダメ出しされるかもと予想を覆す反応に驚く大月。
「よろしいも何も、火星文明を種にする商売なんてやってみなわからんがな。男は度胸やで大月君!」
激励する仁志野。
「ひかりはどないするんや?一応今度の株主総会で役員に推薦するけど止めとくか?」
「役員は引き受けさせて頂きたいと思います。そのうえで大月さんの事業をサポートしたいと思います」
ひかりのこれからについても仁志野は確認していく。
「……わかった。ひかりは、大月君が立ち上げる社内カンパニーの執行役員にしとこか」
「おおきに、お祖父ちゃん」
仁志野はひかりと今後の役員について確認すると大月に向き直ると笑顔で語りかける。
「火星に転移してから、なんだかんだと角紅は澁澤さんの所と取引が増えて、儲けさせてもろてるからな。少しやけど、手助けするで?」
「ありがとうございます、社長」
仁志野が支援を申し出ると、緊張で強張った顔の大月が頭を下げる。
「ま、ええ男になってひかりを幸せに出来るように気張るんやで?」
「……はい」
まだまだひよっこだが、将来が楽しみな大月を見て自然と励ます仁志野。
「それと、式の方も任せてもらおうか?」
「「はい!?」」
突然、悪戯っぽい笑顔で大月に告げる仁志野に驚く大月とひかり。
「これから起業で忙しくなるのに、式の準備なんか出来へんで?
ワシが、お嬢ちゃん達を暴走させんように、宥めながら使わせてもらうで」
「……お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」「ほんまにありがとう、お祖父ちゃん」
揃って頭を下げる大月とひかりだった。。
♰ ♰ ♰
2024年(令和6年)12月24日、大月満は、総合商社角紅社内に海洋開発・宇宙輸送を目的とした『ミツル商事 株式会社』を起業した。
社長に就任した大月は、社員として春日、イワフネ、岬、琴乃羽を採用した。
ちなみに岬と琴乃羽は、大月自らヘッドハンティングした。ダメもとでアタックしたら、二つ返事で二人からOKを貰えたのである。
彼女達は、所属する職場にまで影響力を行使して、強引に案件を割り込ませるMCOの傲慢さに嫌気が差し、自由な研究に打ち込みたかったのだ。
大月は、岬の海洋生物研究、琴乃羽のマルス文明技術の応用研究が事業として成功する、と確信していたのでそれらの研究推進を加速させたかった事から、双方の利害が一致した。
ちなみに、美衣子、結、瑠奈はパートタイマーとして雇用される事となり、お小遣い制は廃止された。
社長になった大月は、ひかりバックアップのもと、角紅の人脈を生かし、連日のように火星・地球・月面を駆け回って取引先開拓に専念した。
そして、独創的な建設・運営方法と、マルス・アカデミー・アンドロイドを多数活用した地球文明のエネルギー供給体系によらない超低コストな維持費を武器に、日本国政府官公庁やMCOが主催するコンペ合戦を勝ち抜いて、大型事業を次々と受注していくのだった。
事業とは”火星海洋上の日本列島太平洋側”における自給自足型メガフロート海上都市の建設と管理運営である。
この事業は、政府が三姉妹のマルス・アカデミー施設利用料の振込先として設立した”イワフネ・ファンド”から資金が拠出される第一号投資案件となった。
こうして50歳直前の大月は、社長として初の事業に挑戦する事になったのである。
大月やひかり、春日、岬、琴乃羽、美衣子達三姉妹は、大月の起業によって新しい生活を慌ただしく送りながら2024年の年末が過ぎていくのだった。




