イワフネ・ファンド【後編】
2024年(令和6年)12月2日【月面都市ユニオンシティ 総合行政庁舎内 統合事務局】
ユニオンシティ行政府の運営機能を統括する事務局では、昨日着任したばかりのダグラス・マッカーサー三世が矢継早に各部署へ指示を出していた。
「衛星軌道上コロニーの改修よりも、ラグランジュポイントにある旧アース・ガルディア艦隊補給基地の改修を優先しましょう。
ラグランジュポイントは、月面と地球の中継拠点として、火星から輸送されてくる物資の集積拠点として再活用しましょう」
「火星協力機構から惑星間宇宙船を徴発し、火星から食料・生活必需品を輸送させ、こちらから火星へは地上避難民を詰め込んで移送させて下さい」
「南半球海上都市『マリーンシティ』は航路変更、インド洋を横断させてペルシャ湾手前まで進出させてください。
ペルシャ湾手前に到達した段階で、イスラエルの首都テルアビブへ海兵隊を派遣、補給と取り残された旧アメリカ国民を保護します」
「首席補佐官殿、その……火星協力機構から惑星間宇宙船を徴発するとの事ですが、使用費用や燃料の調達はどこから行えばよいでしょうか?」
昨日事務局員として採用されたばかりの避難民が尋ねる。
「使用料?我々に金など有るものか!
地球市民を救うのは全人類に課せられた崇高な義務である。
君は堂々と火星協力機構の一員として、加盟各国に要求すれば良いのだ!」
言い放つマッカーサー三世。
とは言うものの、現実問題として通常の人類社会として成り立っている火星諸国から物資を調達するには何がしかの元手が必要である。
思案するマッカーサー三世は、事務局壁に設置されている液晶テレビで火星NHK海外放送ニュースが、菱友銀行と総合商社角紅が情報共有に関する業務提携を結び、マルス文明技術と設備を日本企業が無償で利用出来る事になったと伝えているのを視ると、ニヤリと薄笑いを浮かべ、日本国財務省へ惑星間通信を入れさせるのだった。
♰ ♰ ♰
2024年(令和6年)12月4日午前10時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 大月家】
大月家のリビングで、ソファーに座る大月とひかりの前で三姉妹が自主的に正座をしていた。
「話を聴こうか?」
素晴らしい笑顔で大月が三姉妹に勧告した。
隣に座るひかりも物凄い笑顔であり、 二人ともこめかみに青筋を立てていた。
「どうしてNEWイワフネハウスが差し押さえられているのかしら?」
財務省から内容証明郵便で送付された差し押さえ通知書を三姉妹に見せるひかり。
「固定資産税・エネルギー使用消費税よ」
美衣子が言った。
「尖山基地、衛星『ダイモス』、『フォボス』の両宇宙基地、アルテミュア大陸にあるヘル・シティ地下研究区画、月面ユニオンシティ郊外に広がる未利用の研究区画、各種マルスシャトルと太陽光エネルギートラック、レーザー送電システム施設、アンドロイド作業員まで対象よ」
「合計たった年間7000億円くらいになるわ」
「楽勝っスね」
三姉妹が軽く答える。
「よし。じゃあ美衣子達のお小遣いから引いていい?
何十万年分か分からないけど……」
「「「私達が間違っておりました!」」」
三姉妹の正座が見事な土下座へと変化した。
「取りあえずシドニア地区のヘル・シティから全ターミネイター兵を連れてきて霞が関に直訴しましょう」
意気込むひかり。
「わかった。ドアを使って連れてくる」
ドアを置いてある地下へと駆けだす美衣子。
「お上と戦争ね」
美衣子に続く結。
「ちょっと待ったー!」
大月が慌ててひかりと美衣子を止めにかかる。
「東山を呼んで話を聴いてからにしようね?」
大月は既にお腹が痛くなっていた。
♰ ♰ ♰
――――――同日午前11時時頃【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 大月家】
大月家のリビングで、ソファーに座る大月とひかり、三姉妹の前で東山が自主的に正座をしていた。
「話を聴こうか?」
素晴らしい笑顔で大月が東山に勧告した。
隣に座るひかりも物凄い笑顔である。二人の額に青筋が浮き上がっているのは言うまでもない。
三姉妹は我関せずと、おやつのかぼちゃプリンを食べていた。
「発端は二俣川の運転免許試験場の券売機です……」
痛むお腹を擦りながら東山が言った。
運転試験場改装に携わった三姉妹が、プリン片手に東山の隣へ移動して正座する。
「……券売機に問題が?」
ひかりが問う。
「券売機に問題があるのでは無く、使える貨幣に小判とか貝殻とか有ったじゃないですか?」
東山が説明を始めた。
「口コミで一万円札を入れたら「おつり」で縄文貝殻や慶長小判が出たと話題に」
「レートの問題は置いておくとして、単に物珍しいだけじゃないですか」
「たまたま神奈川県民の文科省職員が免許更新で二俣川試験場へ行った際に体験し、このような文化財がおつりとして使われるのは如何なものかと……」
「「ちょっと霞が関行ってくる」」
「お上とバトルよ(っス!)」
今度は大月とひかりが、三姉妹の手を引いてシドニア地区に向かおうとする。
「落ち着いてくださいっ!問題はそこじゃないんです!」
「すでに問題じゃん」
「文化財の話から、三姉妹さんの乗り物や設備が資産ではないかとの話になって財務省が……」
「「やっぱり霞が関に行こう!」」
「いざ霞が関よ!(っス!)」
大月とひかりが三姉妹の手を引いて「どこへもドア」をくぐろうとする。
「お願い!待って!」
二人の脚に器用にしがみつく東山だった。
「結局、資産の話は官邸に持ち込まれて首相案件になったんです」
「「永田町も殲滅先に追加ね」」
「霞が関最後の日よ(っス!)」
大月とひかりが三姉妹の手を引いて「どこへもドア」をくぐろうとする。
「お願だから待って!」
大月の腰へ抱き着くようにしがみ付く東山。
「……そこで岩崎官房長官が言ったんです「今までの働きで十分ではないかと」」
「そこのところ、詳しく」
大月家がソファーに戻る。三姉妹は正座へ戻った。
「そこで主計局と会計検査院、国税庁が協議を行いました」
「それで?」
東山がごくりと唾を飲み込む。
「やはり7000億円程不足分が」
「美衣子。ダイモス基地を永田町に落として」
「やるわ」
「月も移動させるわ」
「月は勘弁っス!」
「ごめんなさい!政府が悪いから、説得するから助けてっ!」
プライドの高い東山が土下座ガチ泣きしてくる。
「東山さんの説得で効果があるのですか?」
大月が疑問を口にする。
「そこでご相談です。三姉妹さんの資産を使う政府宛に、使用料を請求してください」
「使用料はお幾ら万円?」
「3兆円くらいで十分かと」
「「「「「乗った(っス!)」」」」」
ひかり含む大月家全員が賛同した。
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――――――同日正午頃【お昼のNHKニュース】
「政府がマルスアカデミー所有のシャトルや施設について、火星転移直後から使用料を支払っていないことが会計検査院の調べで明らかになりました。 未払いの使用料は3兆円に達する模様です。
日本政府の他にも列島各国とユニオンシティ国も先の欧米救出作戦時のシャトルや月面基地研究施設の利用料が未払いになっている模様です」
ニュースを視ながら首相官邸で昼食の盛りかけ蕎麦をすすっていた岩崎官房長官は、未払いと聞き、思わず口から蕎麦がピュッと飛び出しそうになった。
「財務大臣に連絡を。あと、東山君を直ちに連れてきなさい」
盛りかけそばを汁まで堪能した岩崎が、内調(内閣調査室)担当者に指示した。
♰ ♰ ♰
――――――同日午後2時【東京都千代田区永田町 首相官邸 総理大臣執務室】
応接セットに大月とひかり、三姉妹が座り、お茶うけに出された羊羹を食べていた。
東山はソファーの背後に立つ。
大月たちの向かい側には澁澤総理の他に、岩崎官房長官と後白河財務大臣兼外務大臣が座っていた。
「差し押さえの件はこちらの計算ミスですいませんでした」
冷や汗をハンカチで拭きながら後白河大臣が謝罪した。
「ですから、使用料の件はなかったことに……」
「美衣子、ダイモス基地はどれくらいでここに落ちる?」
「3分もあれば十分よ」
「ごめんなさい!年間7000億500万円で固定資産税と相殺して、500万円大月さんの口座に振り込みます!」
「今日の所はそれぐらいで許してあげるわ」
どや顔の美衣子が言った。
後白河大臣が手続きを進める為に慌てて退席する。
「やたーっ!お小遣いアップっス!」
瑠奈がバンザイする。
結も拳を握りしめて勝利の感触を味わっていた。
「それとは別にご相談が……」
澁澤総理が話を切り出した。
「……やっと本題ですか」
大月が疲れた顔で言った。そうでもしないと官邸に一般人を呼べないのだろうか?
「まわりくどいやり方だったのは謝罪します。
地球復興会議以降、火星協力機構がユニオンシティ主導で急速に拡大して人類統一政体となりつつある現在、大月家の皆さんへの処遇が、加盟各国政府の官僚達から問題視されているのです。宇宙軍は好意的なのですがね?」
岩崎官房長官が説明した。
「何ですって!?」
大月達には初耳だった。
「すなわち、大月家の三姉妹を日本国民としてみるか、火星人としてマルスアカデミーから『承継、贈与された』人類共有財産として見るのか?水面下で外務省が各国に対し、日本国民であると懸命に説明していますが、決め手に欠ける状況です」
澁澤が言った。
「美衣子達はモノじゃありませんよ!」
大月が憮然として言った。
「日本国政府とケビン、ジャンヌも大月さんと同じ考えです。
ですが、最近地球北米で登用された地球避難民が……」
澁澤が苦しそうに言った。
「美衣子の日本列島生態環境保護育成システムの事はご存知ですよね?」
大月が確認する。
「勿論です。ゼイエスさんの話を聴いた各国科学者達から話は伝わっている筈です」
澁澤が答えた。
「日本列島の物理的な支配権を握っているのは美衣子と結、瑠奈です。
全国に散らばっている800万の端末も彼女たちに従っています」
大月が言った。
「しかしシステムの稼働には、日本国民大多数の意思が必要になりますよね?」
岩崎が言う。
「システムは自律進化型ですから。必ずしも将来もそうだとは限らないですよ?」
大月が決めつけに対抗する。
「……そうでしょうなぁ」
澁澤と岩崎が思案する。
「ここはひとつ、日本国とその国民の立場に戻って考えるべきでしょうね」
岩崎が言った。
「……では、私達日本人と美衣子達が、独自に人類社会に対して貢献するのは如何でしょうか?」
ひかりが提案した。
「火星協力機構の力を借りず、大月家と日本企業で火星開拓と独自の地球復興策を実行しましょう。
”私達”大月さん&日本企業、例えば角紅と合弁で火星海洋資源開発と地球の二酸化炭素問題解決に取り組むという事で如何でしょうか?協力機構の方針とはダブらない筈です」
「悪くない案だ」
澁澤が呟く。
「ええ。開発資金は美衣子さん達へ支払う莫大な使用料をファンドとして予算に計上することで税務面でも、対外的にも問題ないでしょう」
岩崎が具体的に思考して同意した。
こうして、火星マルスアカデミー・ファンド(別名イワフネ・ファンド=大月家NEWイワフネハウスに住むマルス人を代表してイワフネの名前から引用)立ち上げと地球二酸化炭素削減事業実行について大月満と日本国政府との間で非公式協定が結ばれた。
日本国と大月達の新たな歴史が始まろうとしていた。




