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転移列島  作者: NAO
混沌編 宇宙国家の興亡
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イワフネ・ファンド【前編】

2024年(令和6年)12月1日【月面都市『ユニオンシティ』総合行政庁舎 代表執務室】


「ニタニエフ首相閣下、貴国の状況を日本国澁澤首相に伝え、閣下と会談する事を了承しました。

 また、今回の復興会議で地上に設置される『避難都市(避難ポイント)』の一つに貴国都市テルアビブが選ばれました」


 ユニオンシティ代表のソーンダイクがモニター先の相手に報告していた。


『ソーンダイク代表閣下、貴国のお口添えに感謝します。

 ・・・・・・我が国の備蓄食料・燃料は30日を切りました。早急な補給が必要です。

 我が国が保護している旧アメリカ合衆国旅行者と軍事顧問団の安全確保を図る為にも、ユニオンシティへの直行便開通が望ましいですな』


 モニター先のイスラエル国首相、ベンジャミン・ニタニエフはソーンダイクの報告を聞いて少しホッとした表情を浮かべたが、焦りの色が払拭される事はなかった。


「首相閣下のご要望は重々承知しております。

 現在、ユニオンシティ国民の総力を挙げて受け入れ施設建設並びに直行便受け入れ態勢の準備を進めています。今しばらくお待ちいただきたい」

歯切れの悪いソーンダイク。


『我が国が接する近隣諸国は全て大変動で崩壊しております。

 数えきれない程の難民と盗賊団、正体不明の巨大生物群の只中で我が国は孤立しております。一刻も早い救援をお願したい。

 ――――――ああ、わかった。――――――ソーンダイク代表、済まないが"また"死海方面で巨大生物が現れて避難施設が襲撃されている。これで失礼する!』


 モニター画面外から手渡された紙片に目を落としたニタニエフは、ソーンダイクに非礼を詫び、慌ただしく席を立つとモニター画面が切れた。


 通信が切れて電源が落ちたモニター画面を見つめたまま、ソーンダイクがため息をつく。

 ソーンダイクの執務机の上は、ユニオンシティ各部署からの報告・決裁書類で埋め尽くされ、且つ、積み重なって書類の山脈が形成されていた。


「地球を眺めながらのんびり作業していた頃が懐かしい……」


 ユニオンシティ建国以来机の上で成長を続ける書類山脈向こう側にある窓の外には、灰色の雲に覆われた地球が浮かんでいた。


 ソーンダイクがISS(国際宇宙ステーション)に常駐していた宇宙飛行士時代は、地上ヒューストン管制施設から指示されるがまま、日々実験と船外作業をこなすだけで書類仕事など皆無だった。

 故に、行政機構を運営した経験も無かった。


 イスラエル国が要望する、地上への補給物資投下や避難民受け入れ等に応える為の施設やシャトル手配等は手付かずの状態であり、日々北米大陸から到着する地球避難民の居住区への受け入れ対応だけで精一杯の状況であった。


 うんざりした表情を浮かべながら食糧配給計画の書類にサインしていたソーンダイクの手元にあるインターホンが鳴った。


『代表に火星からのお客様がお見えです』


 噂をすればなんとやらで早速火星日本からの第2次支援部隊か、と喜んだソーンダイクは来客を案内するよう警護のSPに指示するのだった。


          ♰          ♰          ♰

 

 不機嫌な表情を隠そうともしないソーンダイク代表の前に、一人の男性文官が立っていた。


「こうしてお目に掛かるのは初めてになりますが……アース・ガルディア崩壊直後に行方不明になられたと聞いていましたが……ご無事そうで何よりです」


 棒読み口調でダグラス・マッカーサー三世を労うソーンダイク代表。


 アース・ガルディア火星地方政府の臨時代表として、イゴールに従っていたマッカーサー三世に対するソーンダイクの印象は悪い。

 ソーンダイクはマッカーサー三世を重用せず、辺境地帯で使い潰すつもりだった。


「ご心配痛みいります。これからはこのマッカーサー三世、ユニオンシティの為に尽力させて頂く所存です」


 嫌悪感を感じさせるソーンダイクの対応をものともせずに平静さを保ってサングラスをかけた頭を少しだけ下げるマッカーサー三世。


「ダグラス「元」極東アメリカ合衆国CIA長官……そのサングラスは?」

怪訝そうな顔のソーンダイク。


「これは失礼。火星から此方へ来る途中、宇宙放射線を長期間、眼に浴び続けていた関係で網膜が半分焼けたような状態になりました。

 今は、サングラスが無いと室内の灯りだけでも眼球への刺激が強すぎるのですよ。失礼をお許し下さい」


「いや、こちらこそ配慮のない言葉だった。すまない」


 宇宙飛行士として当然理解しておくべきだった事に思い至ったソーンダイクが謝った。


「お気になさらずに。ところで、失礼ながら代表閣下、こちらの文官の量と質に問題が有るのでは?」


 ソーンダイク代表の執務机の上に山と積まれた各種決裁書類と報告書が積み重なった山脈に目をやるマッカーサー三世。


「……私達ユニオンシティは誕生間もない宇宙都市国家です。

 今は得手不得手関係なく皆が働く時なのです」

強気な事を言いつつも、積み重なる書類の山脈を見て目を泳がせるソーンダイク。


「代表、このユニオンシティは月面に於ける偉大な第二の合衆国とも言えるでしょう。人口の半分は北米大陸からの避難民だと聞いております」


「この際、地上と此方の避難民を文官として一括採用し、人海戦術で雑事を処理するしかありますまい。

 これでも人の扱いにはそれなりの経験があると自負しています。よろしければ私が対応いたしますが?……少なくとも代表閣下の机が書類で埋もれる事は無くなる事を保証しましょう」

ソーンダイクに自身を売り込むマッカーサー三世。


 ソーンダイクの視線は、机上にそびえ立つ書類山脈と、マッカーサー三世の顔を何度も往復していた。


 やがてため息をついたソーンダイク代表は、意を決してマッカーサー三世の顔を正面から見つめる。


「では、ダグラス・マッカーサー三世。貴方をユニオンシティ行政府首席補佐官に任命します。貴方の人事権は私の次とします。存分に腕を振るってこのユニオンシティを"偉大な国"にして頂きたい!」


 マッカーサー三世は、ソーンダイクから首席補佐官の任命を受けると、サングラス奥に隠された"縦長の瞳"を細め軽く頭を下げながら微笑むのだった。


          ♰          ♰          ♰


2024年(令和6年)12月2日【神奈川県横浜市 金沢区沖の東京湾】


「春日さん、この海老を見て欲しいのですが……うわっ!」


 足を滑らせ、またしても生け簀にドボンとダイブしてしまうイワフネ。


「……イワフネさん。またですか?」


 呆れ顔の春日が、イワフネに手を差し伸べて生け簀の上に這い上がるのを手伝う。


「……すいません。うっかり足元が」


 アルマーニ製スーツから海水を滴らせたイワフネが恐縮する。


 スーツの胸元から、車エビがぴょこんと飛び出すと飛び跳ねながら生け簀へ戻っていく。


「……これは。いよいよ本格的に考えないといけませんね」

春日が呟いた。


 春日の呟きをよそに、飛び跳ねる車海老を海面すれすれまで興味津々でのぞき込むイワフネだった。


「おわっ!」

三度生け簀にダイブするイワフネだった。


          ♰          ♰         ♰


――――――その日の夕食後【NEWイワフネハウス1階 共用ダイニングルーム】


「……それでは今から"イワフネさん転落防止会議"を始めまーす!」

春日が開始を宣言する。


 メンバーは春日の他に、大月とひかり、東山、岬教授、琴乃羽教授、美衣子、結、瑠奈である。


 当事者のイワフネは、地下にある自家温泉浴場でベトベトになった身体を流している最中である。


「靴が滑りやすいということは?」

岬教授が指摘した。


「それは無いですねぇ……アルマーニ社製の滑り止め機能付き特注品ですから」

ひかりが答える。


「もしかしたら身体を張ったギャグとか?

 よく芸人さんが『絶対押すなよっ!』とか言っておきながら自分から熱湯に落ちるやつ、みたいな?」


 東山は、イワフネがサラリーマン芸まで探求しているのではないかと思い、言ってみる。


「「それはない」」


 結と美衣子が即答した。瑠奈は首を傾げている。


「イワフネは月面ラボ所属の調査隊長だったからとても責任感が強い。自分からワザとミスはしない」

尖山基地管理人工知能として、長年イワフネを見てきた結が言った。美衣子も頷く。


「では生け簀の構造的な問題?」

琴乃羽が言った。


「ごくごく一般的な材料で生け簀は作られていますよ。

 私は落ちないし、もちろん養殖業者の方も落ちません」

春日が答える。


「じゃあ、なんだ?」

大月が呟く。


「その……おそらく習性ではないかと」

春日が答えた。


「習性?」

きょとんとする大月。


「もしかしたら爬虫類は、水を見たら違和感なく水中にいる感覚で行動してしまうのではないかと……」


「はっ?!じゃあ、私と結の温泉好きも実は本来の習性!?」

しらじらしいリアクションの美衣子と結。


「単なる温泉マニアなだけじゃないっスかね?」

さらりと呟く瑠奈。


「「よろしい瑠奈、表に出なさい」」

「なんでっ!?」


「……うーむ」


 ダイニングルームに集まった面々が首を捻る。


「おや?皆さんお揃いで。何か楽しいイベントの相談ですか?」


 バスローブを着たイワフネが、フルーツ牛乳片手に現れた。


「うーむ」

大月は言おうかどうか悩んでいたが、


「イワフネ叔父さんが生け簀に落ちない為の対策会議っス!」

清々しく瑠奈が答えてしまう。


「……あ、あはは」

イワフネが苦笑した。


「私もよくわからないんですよ。足元は常に注意していますし、養殖の勉強ですからね。ふざけて生け簀に落ちる暇などありませんよ」

イワフネが言った。


「……ですが、気が付いたら生け簀の中で水中の生き物と戯れる自分に喜びを感じてしまうんです!」

うっとりとした目つきで語り出すイワフネ。


「海の中は神秘の世界です…… 海底で幻想的にゆらゆら揺れる昆布やワカメ、元気に泳ぎ回るハマチや車エビ、海は生命のゆりかごとは良く言ったものです」


「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」

ドン引きする一同。


「実はイワフネさんは海女に向いているのでは?」

ボソッと呟く岬。


 この話し合いの後、イワフネは春日と生け簀を訪れる際は、必ず海岸でウエットスーツに着替え、生け簀の外側の海中から生け簀の中を見る事になったという。



 後日、イワフネが会社の同僚達と屋形船で品川沖まで繰り出して大月の送別会をした際、自ら海中にダイブしながら海老の天ぷらを味わっているのを見た同僚が後輩社員に、


「イワフネさんを見ろ!火星人でさえ、やる時はやるんだぞ!」

と幸せそうに立ち泳ぎでてんぷらを食べるイワフネを指さす。


「うっわ!イワフネさんマジぱねぇ!!」


 ドン引きしながらも尊敬の目でイワフネを見る後輩社員達だった。


 そんなイワフネの習性に目を付けた美衣子と瑠奈は、イワフネを神奈川県漁業協同組合に勧誘し”素潜りの達人”として漁協の一員となったのは少し未来の話である。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・大月 満=総合商社角紅社員。

・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

挿絵(By みてみん)

・西野 美衣子=日本列島育成環境保護システムの人工知能。

挿絵(By みてみん)

・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。

挿絵(By みてみん)

・春日 洋一=大月と西野の同僚。火星海産物養殖に取り組んでいる。

挿絵(By みてみん)

・琴乃羽 美鶴=火星協力機構マルス文明解析担当研究員。

挿絵(By みてみん)

・岬 渚紗=東南海大学海洋学部教授。

挿絵(By みてみん)

・東山 龍太郎=内閣官房首相補佐官。西野の大学同期。

挿絵(By みてみん)

・イワフネ=マルス人。人類文化研究のため、総合商社角紅社員として大月達と一緒に行動している。


・ソーンダイク=月面都市国家『ユニオンシティ』代表。

・ダグラス・マッカーサー三世=元極東アメリカ合衆国CIA長官。

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