明日へ向かって
2024年(令和6年)12月1日午前3時 【火星衛星軌道上 衛星『ダイモス』 航空・宇宙自衛隊 ダイモス宇宙基地】
「南半球ヘラス大陸から飛翔体1基の発射を確認!」
「衛星フォボスの英国連邦極東・ユーロピア共和国 『ダンケルク宇宙基地』からも同様の飛翔体を捕捉との報告あり!」
「ヘラス大陸に人類はまだ進出していないぞ?」
「与那国島南方沖1,500kmを哨戒中の海上自衛隊P-1から緊急入電『我、宙空へ向けて岩石を吐く巨大ワーム1体と遭遇セリ』」
「くそっ!"また"ワーム弾か!弾道解析急げ!」
当直司令官の名取大佐が指示する。
「弾道解析結果出ました!落着予想地点、アルテミュア大陸東部 人類都市『ボレアリフ』」
「衛星軌道上で撃破する。迎撃機スクランブル!人類都市ボレアリフに飛翔体落下警報発令!与那国のP-1は直ちに岩石を発射した巨大ワームを殲滅せよ!オールウェポン・フリー(兵器使用自由)!」
矢継早に指示を出す名取。
ダイモス宇宙基地からスクランブル発進したユニオンシティ防衛軍F45スターファイター戦闘機が、飛翔体へ向けてフェニックス改宇宙ミサイルを発射する。
ユニオンシティ防衛軍F45宇宙戦闘機は、旧アメリカ合衆国末期のUSA宇宙軍で正式採用された機体である。
ロッキード・グラマン社製のF35ステルス戦闘機をベースとした機体に、強力な単発水素エンジンを付けており、最高速度はマッハ4まで可能である。
しかし、強力なエンジン故に細かな機動制御は苦手で、ラグランジュポイントにおいてアンゴルモア艦隊と制宙権を争った戦いでは最高速度は劣るものの、機動性に優るミグ98宇宙戦闘機に多くのF45が撃墜されている。
もともとF45は、地球衛星軌道上の軍事衛星や打ち上げられたばかりのロケットを早期に発見、撃破する目的で開発されたものであり、飛翔体撃破任務には最適と言えた。
「……飛翔体破壊されました!他に飛翔体は無し。与那国沖P-1、巨大ワーム殲滅に成功」
「念のためフォボス基地のユーロピア共和国軍と連携しながら南半球上空を警戒飛行させろ」
今月で10回目となる火星生物によるヘラス大陸発の攻撃に、宇宙基地当直司令官の名取大佐はため息をつく。
「……市ヶ谷と永田町に繋いでくれ。私から報告する」
名取は火星協力機構と首相官邸に対し、今年で10回目となるヘラス大陸発の飛翔体撃墜を報告するのだった。
♰ ♰ ♰
2024年(令和6年)12月1日 午前9時【東京都 千代田区永田町 首相官邸 総合会議室】
”第三回 地球復興会議”
1週間の整理・準備期間を経て地球復興会議が再開された。
地球と火星人類の総力と限られた資源を使って計画をいかに実現するか具体策が示されようとしていた。
「アステロイド採取船団(仮称)は、火星から各国宇宙部隊を連合させた火星協力機構所属艦艇と、小惑星での採掘加工を専門に行う大型プラント船を建造して火星発進から1年でアステロイドベルトに到着、必要な小惑星の確保及びピラミッド型への加工を行います」
JAXAの天草理事長が説明した。
「月面都市ユニオンシティからは、地球低軌道においてアルカリ性中和剤散布を行うハイパーループ路線とターミナルステーションを建設、地上では南半球、欧州・北米フロリダ沖をはじめとする各地で海上避難都市建設と並行して石灰岩と放置された鉄道車両、貨物車両の回収および搬出を月面マルス大型シャトルで行います」
ユニオンシティ代表ソーンダイクが続いて説明した。
「火星からは、地球と小惑星帯派遣船団へ必要な物資の補給及び火星地表に於ける人類生存地域拡大を図ります」
火星協力機構戦術作戦局長ロイド提督が説明した。
「火星地表における『人類生存地域拡大』とは、南半球ヘラス大陸の制圧ですね?」
ユーロピア共和国のジャンヌ首相がロイド提督に確認する。
「はいジャンヌ首相閣下。やはり人類の大部分は一時的に火星と月面都市で暮らす他ないと愚考します」
ロイド提督はここで言葉を切ると少し考えながら、
「今年に入り、南半球ヘラス大陸から巨大ワームがアルテミュア大陸目がけ、ミニ・ワームの詰まった岩石を打ち上げる事例が多発しています。
この際、この脅威を排除すべくヘラス大陸の巨大ワーム殲滅作戦を行います」
ロイド提督が答えた。
「我が国の自衛隊も参加します」
澁澤首相が言った。
「ユニオンシティ防衛軍も火星在日基地駐留部隊を作戦に参加させる所存です。
ところで、地球上で活動する各国の皆さんに注意事項があります」
ジョーンズ中将(シャンバラ攻略の功で中将に復帰)が参加者に呼びかけた。
「避難都市建設予定地域には、避難民の他に、軍から脱走した兵士やゲリラが武装して盗賊となっているとの情報が寄せられています。
封鎖・放棄されるアジア・アフリカでは、それらがやがて巨大勢力へと発展して封鎖を破り、我々の避難都市を襲撃する可能性があります」
「……まさに世紀末的愚行だな」
ケビン首相が顔を顰める。
「我々は彼らを見捨てざるを得なかった代償を払う事になるのですね?」
岩崎官房長官が呟く。
「その面は否定出来ん。—――—――だが、全てに手を差し伸べる事は不可能だ」
澁澤が岩崎に応える。
「我々は今出来る事を、出来る限り、やるしかないのだ!」
澁澤の言葉に会議参加者全員は深く頷くのだった。
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――――――同日午後7時【NHKニュース】
『先程午後6時半に地球復興会議が終了しました。
まもなく、列島各国と月面国家代表による合同記者会見が行われる模様です。
首相官邸から中継でお送りします』
『—――—――首相官邸です。
先程内閣官房から、30分後に各国合同発表が行われるとのアナウンスがありました。
政府高官の一人は、この10日余りの会議で、有史以来初となる大規模人類復興プロジェクトが始まる、との見方を示しています』
――――――同午後7時30分 【東京都千代田区永田町 首相官邸 合同記者会見会場】
岩崎官房長官自らピンマイクを付けて司会進行を始めた。
「去る11月20日から開催された地球復興会議は、生き残った人類国家による有史以来初となる巨大復興プロジェクトを実施する事で全ての国が合意しました。
プロジェクトの詳細は現在、各国政府から主要メディア本社へ送信されております。
そのため、詳しい説明や細かな技術的事項に関する質問にはお答え致しかねます。
それでは澁澤総理から順次、発表します」
澁澤が話し始める。
「今回の巨大プロジェクトは、大きく分けて3つの課題について、各国が其々主導して推進するものです。
大変動後の荒廃した地球環境対策、火星と木星の間にあるアステロイドベルトに於ける小惑星群加工及び地球への運搬、火星南半球に於ける人類生存区域の拡大、であります。
地球環境は、月面国家ユニオンシティ・ユーロピア共和国、アステロイドベルトは、我が国と火星協力機構、火星南半球に於ける人類生存区域の拡大は、英国連邦極東と我が国が分担してリーダーシップを執って参ります。
また、マルスアカデミー・プレアデスコロニーからも、応援の科学者と支援船団がアステロイドへ向かっております」
「ユニオンシティ代表のソーンダイクです。我が国とユーロピア共和国が主導して行う地球環境対策ですが――――――」
各国の説明が続いた。
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――――――翌日【経済新聞社ニュース】
『甘木経済産業大臣と後白河財務大臣兼外相は、月面国家ユニオンシティの政情が安定し、火星協力機構の一員として加盟が承認されたとして、人類都市ボレアリフ、東京、月面都市ユニオンシティでの外国為替市場再編を発表しました。
アース・ガルディア開戦前の”極東ドル”や”極東ルーブル”は、ユニオンシティの新通貨単位『月ドル』で交換、回収される事になりました』
『昨日の日本国政府が発表した小惑星運搬プラットホーム建設について、経済産業省と国土交通省が鉄鋼・造船・建設業界に対し、入札方式での参入と出資を呼び掛けた事により、東京株式市場では幅広い銘柄に買い注文が殺到し、午前の平均株価は、火星転移後の最高値を更新しました。これは1990年代前半のバブル景気に並ぶ水準です。
同様の株価上昇は、月面ユニオンシティ株式市場でも起こっており、地球復興に対する期待感からダウ平均が大幅に――――――』
巨大プロジェクト開始の良い影響が各地で出始めていた。
♰ ♰ ♰
――――――【総合商社角紅本社役員会議室】
「それでは、新たな執行役員として、西野ひかりを次の株主総会で承認する発議をする事で異存は有りませんね?」
社長の仁志野が役員達に確認する。
参加している役員全員が頷いた。
「西野ひかりにどの分野を担当させるおつもりですか?」
専務取締役が質問する。
「……彼女は常日頃からマルス人のイワフネ君と接している。従って、マルス文明の恩恵を受けやすい宇宙・火星開拓分野になるだろう。
念の為だが、彼女がマルス人と親しい関係である事は国家機密だ。諸君が墓場まで持っていってくれ」
役員たちに否は無かった。
役員会終了後の社長室に、大月と西野ひかりが訪ねて来ていた。
「お仕事中にごめんなさい。お祖父ちゃん」
「かまへんよ。大月君もいらっしゃい」
にこやかに似志野が出迎える。
「ありがとうございます社長」
大月が頭を下げた。
「話は聞いてるで。おめでとうさん。今度日曜日に家に遊びにおいで。詳しい話はそこでしよか」
「はい。社長」
緊張して冷や汗が噴き出る大月。
「がはは。儂のことはお祖父ちゃんと呼んでもええんやで?」
大らかな仁志野社長に、大月とひかりが苦笑する。
社長室下に移っていた総合流通営業部へ戻ると、春日とイワフネが待っていた。
「大月さん、西野さんおめでとうございます」
二人が結婚を祝福する。
「ありがとう。式には招待するからな」
大月が照れながら二人に感謝した。
「大月さんと西野さんの結婚式は、凄い豪華メンバーが揃いそうですね?」
春日の言葉に、大月とひかりがげっそりとした顔で笑って応える。
「……場所や招待客とか大変だな」
大月が呟く。
「大丈夫ですよあなた。私たちには心強い娘達がいるのですからっ!」
気持ちを持ち直したひかりがニコリと笑う。
「……うーん。三姉妹の企画だと、正直普通では済まない気が」
気懸りな大月。
「そんなの、今更じゃないですかぁ」
あっけらかんと笑うひかり。
「……そうだな」
「そうですよぉ」
「僕とイワフネさんでとびっきりの火星ホタテを用意しますね!」
張り切る春日。
イワフネも水中眼鏡片手に準備体操を始める。
「……イワフネさんは頑張り過ぎて落ちないようにね?」
生け簀でやらかす事前提で、大月はイワフネに声を掛けるのだった。
夜、NEWイワフネハウスダイニングルームにて。
「お父さん、ひかり、任せて。私達が最高の門出を演出するわ。……そうね。赤坂迎賓館の貸し切りか、ニューオタニでもいいわね」
椅子の上に立ち上がる美衣子。
「マスコミと芸能界から大御所を全部呼ぶから交渉は任せて・・・」
続いて立ち上がる結。
「流星雨とか爆発系の演出なら瑠奈に任せるっス!」
室内にも拘らずネズミ花火に着火しようとする瑠奈。
「……うん。気持ちだけ有難く頂くから。海底お仕置き部屋でもう一度話し合ってみる?」
「「「くっ!」」」
床に膝をついて項垂れる三姉妹。
火遊びをした瑠奈は、美衣子によって花火ごと深海お仕置き部屋へ転送される。
大月とひかりの未来は明るく楽しいものになりそうだった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満=総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野 美衣子=日本列島育成環境保護システムの人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。
・春日 洋一=大月と西野の同僚。火星海産物養殖に取り組んでいる。
・イワフネ=マルス人。人類文化研究のため、角紅社員として大月達と一緒に行動している。
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。豪胆。
・岩崎 正宗=内閣官房長官。
・天草 士郎=JAXA理事長。
・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍司令官。提督(中将)。
・ジョーンズ中将=ユニオンシティ軍司令官。
・ソーンダイク=月面都市国家『ユニオンシティ』代表。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・ジャンヌ=ユーロピア共和国首相。
・仁志野=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。




