恋愛無双
2024年(令和6年)11月末日 【神奈川県横浜市神奈川区 神大寺2丁目 NEWイワフネハウス】
地球復興会議で討議された内容について、人類側がマルス文明のオーバーテクノロジーを"理解"し整理するための時間が必要とされた為、会議終了後にプレアデス星団からゼイエス博士が再訪する事が話し合われた1週間後。
「……うーむ」
ダイニングで寛ぐ瑠奈が、とある大人気恋愛シミュレーションゲーム『恋愛無双』のプレイ画面を見ながら残念そうにため息をつく。
「……この場面での選択肢が少なすぎるわ」「それな。わかる」
美衣子の指摘に結も地球人風に同意する。
「……ということで、選択肢が無ければ作ればいいのよ」「簡単っス!」
事も無げに言い放つ美衣子と良く分からずに調子に乗る瑠奈。
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その日の夕食後、大月とひかりが仲良く入浴中にマルス人三姉妹は、日課である健康観察(覗き見とも言う)を中断して結の地下研究室に集まった。
「まずは可能な限りの選択肢をゲーム場面毎に追加するわ」「胸熱っス!」
ゲームソフトの"改造"を高らかに宣言する美衣子と良く分からずに感動する瑠奈。
「私達が”地球創星から今日まで”蓄積してきた人類”等”の誕生、死亡データーを駆使すれば、未知で数多の素敵シナリオが誕生する……はず!」
鱗に覆われた拳をググッと握りしめた美衣子は、既に"にわか"ゲームクリエイターモード脳内お花畑満開寸前である。
残念ながら、著作権についての意識は三姉妹とも皆無である。
美衣子の"改造"宣言に結と瑠奈も「イエス!マイロード!」と叫んで歓声を挙げ、三姉妹の『恋愛無双』ゲームソフト"魔改造"は夜明けまで続くのだった。
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――――――翌日早朝
東京市ヶ谷の防衛省内に在る火星協力機構研究室に籠って徹夜でマルス・アカデミーのオーバーテクノロジーを分析していた琴乃羽美鶴が、NEWイワフネハウスに帰宅した。
「……ふぅ。面白い技術が沢山有って嬉し過ぎるけど、頭がパンクしそう」
ゲンナリとした独り言を呟きながら共同のダイニングルームでひかりが作り置きした朝食を一人摂る琴乃羽。
目覚まし代わりの紅茶を飲みながら、共同ダイニングルームにあるテレビでニュースをぼんやりと視ていた琴乃羽は、壁面テレビ近くのビデオデッキ上にゲームソフトが置かれているのに気付いてしまった。
ゲームソフトのパッケージには『恋愛無双 ~参~』と武骨な筆文字がプリントアウトされたラベルが貼られている。
「あれれ?『恋愛無双』はこの前、初回販売予告がされていたような?それがいつの間に三作目まで?」
秋葉原サブカルチャーに造詣の深い琴乃羽は、恋愛無双の販売事前告知を当然の事ながら知っていた。
しかし、初回販売時から一気に三作目まで連結販売された事は知らなかったと"誤解"した。
徹夜明けで寝落ち上等な琴乃羽だったが、心の奥底で疼く恋愛ゲーム魂の叫びに応じ、少しだけ、冒頭のチュートリアルだけ、先っぽだけでもとプレイしようとゲームソフトをビデオデッキにセットするのだった。
画面が点灯し、いかにもルネサンス的な音楽の調べと共にオープニングムービーが始まる。
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――――――桜で満開となった”聖・アトランティス高校”の校門で、車1台分の価格と同じアルマーニ製の真新しい制服に身を包んだ一人の高校生が桜に囲まれた校舎を見上げていた。
「……今日からここで新しい高校生活が始まるのかぁ。どんな出会いが有るのか楽しみだなぁ。友達沢山出来るといいなぁ」
校舎を見上げながら、お上りさん気分で校門を過ぎた主人公の耳に、後ろからパタパタと駆けてくる音が聞こえてきた。
やがてその足音はどんどんと近づき―――――
主人公の背中にズドン!とぶつかってしまう。
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人とも地面に尻餅をつく。
そこで選択肢が画面に表示された。
(攻略ヒロインを選択してください)
1.ぶつかってきた女の子「ヒカリ」
2.教室で早弁していた同級生男子「ミツル」
3.校門で生活指導をしていた風紀委員の「ジャンヌ」
4.風紀委員と一緒にいた生活指導の女性教師「マチコ」
5.校舎の教室から一部始終を見ていた上級生の「リア」
6.生徒会室から校門を見ていた生徒会長の「イザナミ」
7.桜の木の手入れをしていた美化委員の「ナギサ」
8.運動場で朝練をしていたテニス部部長の「ユミコ」
9.校門前にある電柱の陰から男子高校生を見つめていた家政婦「ハナコ」
10.学校上空を通り過ぎた戦闘機パイロット「ソフィー」
11.無食転性した――――――
「2.はヒロインじゃなくね!?そして主人公選択、ながっ!」
思わず画面に突っ込む琴乃羽。
「おまけに選択肢の後のほう高校生関係ないよねっ!?……ひかり?みつる?ジャンヌ?何故か知っている名前が出てくるのはデジャブ?」
心の底から沸き上がる衝動の赴くまま、激しい一人突っ込みを入れながら隠れゲーマーの性として、琴乃羽は徹夜明けで疲労した身体に鞭打って『恋愛無双~参~』にのめり込んで逝った。
――――――そして、昼すぎ
「くわーっ!テニス部の上級生でもフラグが立たないなんて!」
琴乃羽がテーブルで頭を抱えていた。
正統派恋愛シミレーションの王道に則ってヒロインを片端からプレイしたが、主人公の男子高校生はヒロインのハートを射止めることが出来なかった。
「……もしかして研究室に籠っていたから女子力低下したの?私」
不安で胸が押し潰されそうになる琴乃羽。
1.――――――校門でぶつかった女の子「ヒカリ」は尻餅をついたショックで腰を痛めて入院し、治療の為に北欧で療養する事となり転校。
3.――――――風紀委員「ジャンヌ」は厳しい取り締まりで同級生からの反感を買って孤立して便所飯の日々を過ごす日陰キャラに。
4.――――――女性教師「マチコ」は男子高校生へ果敢にアプローチしたが、高校生の両親に見つかって教頭先生に通報され、ほかの高校へ転勤。
5.――――――上級生「リア」は男子高校生との初デートまで行ったものの、デート先の遊園地でネズミの着ぐるみをきたイケメンにナンパされて別ルートを延々とループ。
6.――――――生徒会長の「イザナミ」は生徒会長の仕事に追われて男子高校生と接点すらない。
7.――――――美化委員の「ナギサ」は尻餅をついた男子高校生が危うく桜の木にぶつかりそうになった事で大切な木を危険に晒した「敵」として憎悪を持って敵対されてしまう。
8.――――――テニス部長「ユミコ」はデートの後にレストランで食事をした際、ぶどうジュースと間違ってワインを飲んだ所をたまたま隣テーブルに居た女性教師「マチコ」に見つかって停学処分を受けてしまう。
「—――—――こうして私は、初恋とは無縁な高校生活を終えるのだった……BAD END」
暗く澱んだ画面に暗転し、陰鬱な葬送行進曲と共にエンドロールが流れていく。
「くわーっ!あほかーっ!んなわけあるかーっ!」
コントローラーを放り出した琴乃羽は、自称知的研究者というキャラ設定も忘れて地団駄を踏んで悔しがる。
「こうなったら、しょうがない!――――――ルート9.家政婦『ハナコ』で逝くか。……嫌な予感しかしないけど」
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毎日電柱の陰から男子高校生「ミツル」を見続けながら想いを募らせていく家政婦「ハナコ(47)独身」、高校生の自宅に家事代行サービスで入り込み……
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「ちょっと待てや―っ!年齢からどう見てもあり得ないわっ!胡散臭さしかせんわ!」
突っ込み所満載のストーリー展開にダイニングのテーブルをバンバンと激しく叩きまくる琴乃羽。
「こうなったら最後の大穴!あり得ないけど—――—――ルート10.通りすがりの戦闘機パイロット『ソフィー』に全てを賭けるわ!」
まるで某クイズ番組挑戦者が篠沢教授に全部賭けてしまう切羽詰まった状況で『ソフィー』ルートを選択する琴乃羽。
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――――――地面に尻餅をついた主人公が空を見上げると、空高く飛行機雲を引いて飛ぶ戦闘機が眼に入る。
「……かっこいいなぁ」
羨望の眼差しで眼を細めていつまでも飛行機雲を引いて飛び去るソフィーが乗る戦闘機を見つめ続ける主人公だった。
ピコーン――――――(フラグが立ちました)
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「—――—――ソフィー関係なくないか!?主人公ミリオタかよっ!」
絶叫して椅子から転げ落ち、ダイニングの床をゴロゴロと転げまわる琴乃羽の絶叫は、地下3階の研究室でやり切った表情で満足気に眠るマルス人三姉妹の耳に届く事は無かった。
朝っぱらからNEWイワフネハウス中に響き渡った自称知的研究者な琴乃羽の絶叫を耳にした出勤前の岬渚紗や、洗濯途中のひかりが駆け付けたが、二人が目にしたのはダイニングの床に突っ伏したまま涎を垂らして爆睡する琴乃羽と、テーブルに散乱するゲームソフトだった。
「—――—――これはゲームソフトかしら?」「真実は此処に在るっ!」
怪訝そうな顔でソフトを手に取る岬にひかりが訳知り顔でシリアスに告げ、二人がゲームソフトに興味を示した事で悪夢の第二幕が始まるのだった。
――――――3時間後
「「くわーっ!!」」
絹を引き割く様な自称乙女達の絶叫がNEWイワフネハウスに響き渡るのだった。
何故かその日の夕食は、大月はひかりと二人きりで楽しむのだった。
三姉妹も含め、食卓で顔を合わせる面々が軒並み欠席している事について聞いてみたい大月だったが「岬と琴乃羽は、疲れて爆睡している」と目の下の隈も露わに光を失った瞳孔で答えるひかりに寒気を覚えるのだった。
ひかりの背後に黒いオーラの迸りを感じた大月は、生存本能が伝える危機感に従って大人しく夕食を堪能するのだった。
横浜市沖”深海お仕置きルーム”から泣き疲れた顔をした美衣子達三姉妹が戻ったのは、日付が変わってからの事である。
同日夕刻、横浜地方気象台は3日連続で横浜市沖を震源とするマグニチュード3.2の地震を検知し、横浜市では震度2を記録した。
前日の内に申し訳なさそうに連絡してきた大月やひかりから事情を理解した首相官邸は、この地震の原因について『マルス文明日本列島生態環境保護育成システムによる”定期的バランス調整”に伴う地殻変動であり、巨大地震等に繋がる可能性は無い』とマスコミ各社へプレスリリースを行うのだった。




