表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移列島  作者: NAO
混沌編 宇宙国家の興亡
80/462

地球復興会議【前編】

――――――【地球衛星軌道上】


 火山灰に覆われた灰色の惑星上空をユニオンシティ防衛軍のF45宇宙攻撃機編隊が飛行していた。


 先日まで激しい戦闘が行われていた宙域は静かであり、第三次世界大戦前の平時であれば、セレブ達の宇宙観光として火山灰の噴煙が混じる灰色の雲と、青みがかった美しい大気の層を眺めて寛ぐ事が出来たかもしれない。


『グリーンリーダーへ。こちら宇宙空母「インディペンデンス」。衛星軌道上及び大気圏降下進路上はクリアー。地上撮影任務を開始せよ』


 宇宙攻撃機を指揮する編隊長に母艦から情報と指示が与えられる。


「こちらグリーンリーダー。了解、任務を開始する!」


「グリーンリーダーより各機へ。搭載した合成開口レーダで地上撮影を開始せよ。

 2番機と3番機は北極上空から大気圏突入後、ユーラシア・シベリアからアフリカ大陸南端までのルートを進め。

 4番、5番は俺に付いて来い。此方は北極上空から北米大陸アラスカと南米大陸南端までのルートを撮る、いくぞっ!」


 機首にある姿勢制御バーニアを操作して機体を降下させたF45編隊が二手に分かれて次々と大気圏へ突入していく。


 2時間後、予定通りのコースを飛行して地上を撮影したF45が母艦『インディペンデンス』に帰還すると、撮影データーは直ちにユニオンシティ防衛軍司令部へ送られた。


 月面都市のユニオンシティ防衛軍司令部で撮影データーを確認したソーンダイク代表は、変わり果てた地上の写真を目の当たりにすると、黙って司令部の会議室へ移動していった。

 会議室には火星日本列島から地球復興応援に来た国立天文台所長の空良と海洋学者の岬が既に着席してソーンダイクを待っていた。


「ソーンダイク代表。撮影は上手く行きましたか?」

空良が尋ねる。


「はい。改良した合成開口レーダーは火山灰の厚い層を透過して、正確に"今の"地上を撮影する事が出来ました……この映像が復興の役に立てばいいのですが」


 沈痛な表情のソーンダイク代表が撮影データーを会議室の壁面モニターに映すと、空良と岬は言葉を失った。


 モニターに映し出されたヨーロッパ・ロシア東部から黒海、地中海、紅海、ペルシャ湾と続く海岸線は、海面上昇と大津波によって内陸部へ大きく後退し、新しい海岸線は延々と押し寄せる津波に含まれる大量の原油や廃材、人の残骸で埋め尽くされているのだった。


          ♰          ♰         ♰


2024年(令和6年)11月22日午前9時【東京都千代田区永田町 首都官邸】


 宇宙国家『アース・ガルディア』崩壊から1週間後、火星協力機構加盟国首脳が東京に集まり、地球復興に向けた話し合いが行われた。


 月面都市国家ユニオンシティのソーンダイク代表は惑星間通信での参加である。


『地球上で大変動が発生して2年が経とうとしていますが、未だ世界各地の天変地異は収まる様子が有りません』


 ユニオンシティ代表のソーンダイクがF45から撮影された映像を基に説明を行った。


『地上では今なお地殻変動とポールシフト(地磁気逆転)が断続的に続いており、巨大地震と火山噴火、磁場の乱れによる有害宇宙放射線が僅かに生き残った人類への脅威となっています』


 海面上昇と大津波で壊滅状態となっている各地の映像を視た各国首脳は全員が絶句する。


「……ここまで酷いなんて」


 血の気の引いた顔で思わず呟くユーロピア共和国のジャンヌ首相。隣に座る英国連邦極東のケビン首相は画面を食い入るように見つめながら唸っている。

 

 ソーンダイク代表に続き、ユニオンシティに留まって観測データーを分析した国立天文台の空良が報告する。


『地球全域に於いて生態系の壊滅が進行中です。噴火で生じた大量の火山灰は大気中を漂って生物の呼吸器官に重大な障害を与え続けています。火山灰は海中にも降り積もっており海洋、湖沼の酸性化が顕著です。

 加えて海面上昇で水没した沿岸部の原子力発電所に貯蔵されていた使用済み核燃料を始めとする放射性廃棄物が流出、北半球を中心に汚染が広がっています。

 地中海、黒海、アフリカでは中東地域の原油掘削施設が大津波で破壊され、大量の原油が流出、沿岸部を汚染し続けています』


「……その、何処から手を付ければ良いのか。……途方に暮れますな」


 想像を絶する光景に、何時は葉巻を吸いながらふてぶてしい態度をとる英国連邦極東ケビン首相は、冷や汗を拭う事も忘れて言葉を詰まらせながら発言する。


「手をこまねいている場合ではないのでしょうが……大変動の元から調べないと対策の立てようが無いのでは?」

ユーロピア共和国のジャンヌ首相が参加者へ問いかける。


「ジャンヌは良いことを言う」

会議室の片隅で同席していた大月の膝に座る美衣子が言った。


「この大変動は、日本列島とその周辺の海水を含む巨大質量が一気に消失した事が原因よ」

美衣子が説明する。


『失われた惑星質量に対応出来るよう、地球が自律的なバランスを取る事が原因で大変動が起き続けていると言う事ですか?』

ソーンダイクが訊く。


「そうね。でもバランス再編にどのくらい時間がかかるのか、予測は難しい。

 敢えて実例を上げるならば、恐竜時代に落下したジャイアント・インパクト (巨大隕石災害)からの再生と同じくらいかしら」

美衣子が答える。


 会議参加者は全員が想像を絶する地球大変動への認識を新たにするのだった。


「そのような惑星規模の大災害、もはや人類の手には負えないのではありませんか?」

台湾自治区の王代表が発言した。


「……しかし、自然に任せるがまま、何世紀も地球を放置して良いものでしょうか?」


 今まで腕を組んで瞑目していた澁澤首相が顔を上げ、会議参加者を見渡すと問いかける。


「他国からの攻撃が元凶とは言え、我が国の国土が問題を引き起こしたならば、少なくとも我が国が手を引くのは早過ぎるでしょう。やれるだけやって、その結果で考えたい!」

言い切った澁澤。


「以前、美衣子さんは火山灰なら中和出来るとおっしゃいました。

 酸性化対策ならば、アルカリ性である石灰粉を北半球に散布すればよいでしょう。途方もない規模になるでしょうが、私達でも出来る方法はあるはずです」

岩崎官房長官が澁澤の発言を後押しする。


「汚染対策はある程度までなら対応可能でしょうが、根本的な課題は地殻変動の鎮静化方法でしょう」

天草JAXA理事長が指摘する。


「日本列島分に見合う質量の岩石を火星又は金星から集め、旧日本列島跡に設置すれば良いのでは?」

国立天文台の空良所長が提案する。


「考えは正しい。……けれど、それでは太陽系内の惑星間質量バランスが崩れてしまう。火星から大量の岩石持ち出しは、即ち火星での地殻変動発生を意味するのよ。だから他の惑星からの持ち出しはダメ!絶対!」

美衣子が厳しくダメ出しする。


 ダメ出しを受けた一同は黙考する。

 やがて空良の背後に座っていた琴乃羽が、遠慮がちに手を挙げて提案する。


「それでは、火星と木星間にあるアステロイドベルト(小惑星帯)から運んで来るのはどうでしょうかね?」


「悪くないわね」


 美衣子がポンと手を叩いて琴乃羽にグッジョブする。傍らで満が「美衣子はどこでそんなリアクションを覚えたのだろう?」と関係ない思考にはまっていく。


「ですが、地球への運搬手段と大気圏突入時の熱と衝撃対策、それに設置方法も課題ですな……」

英国連邦極東軍司令のロイド提督が唸る。


『既存のシャトルや戦艦の推力では力不足よ』

月面都市から結が指摘する。


『プレアデスのおっきい船なら行けるんじゃなぃっスか?』

同じく月面都市に留まっていた瑠奈が思い付きを口にする。


「マスターに聞いてみる。マスター、どう思う?」

美衣子がいきなりその場でプレアデス星団のゼイエスを呼び出した。


 新しいホログラム・モニターが会議場中央上部に現れると、研究室一杯に張り巡らせたプラレールを片手にしたゼイエスの後ろ姿が映し出される。


『んんん?……ミーコ。私は真理の探求で忙しいのだ。今からブルートレイン『七つ星』の線路を敷いて新たな路を――――――ってえええ!?』


 ギギギと軋むようにゆっくりと振り向くゼイエスの鱗に覆われた顔が、心なし赤く染まったように会議参加者の目に映る。


『コホンっ、……失礼しました。お久しぶりですね皆さん』


 ゼイエスが無理矢理平静さを装って全てなかった事のように挨拶を始め、大人な参加者は生温かい眼差しでゼイエスを見るのだった。


「マスター。アステロイドベルトの岩を地球に日本列島と同じ質量分置きたい……。

 オウムアムル型の船を何隻か貸して」

美衣子が単刀直入に頼み込む。


『ほう、それは面白い。もう少し詳しく話しなさい』


 特殊宇宙生物理学者の顔に戻ったゼイエスが話の続きを促し、美衣子が地球環境を安定させる手段として、地球質量バランス再生方法をゼイエスに説明した。


『……ふむ。ミーコの考え方は正しいでしょう。手間のかかる方法ですが、アステロイドベルト小惑星数十個をオウムアムル型船団のシールドで囲い、地球へ運搬する事は可能でしょう』

少し考えた後に答えるゼイエス。


『ですが、基本的にマルスアカデミーは、初期コンタクトした文明に過度な干渉をしない事になっています。アマトハを始めとするプレアデスコロニー首脳にも諮らねばならないでしょう……。

 ついては、より具体的な再生計画を教えて頂きたいのですが?』

ゼイエスが参加者達を見渡しながら訊く。


「マスターゼイエス、お忙しいところ、突然お呼びだてして申し訳ございませんでした。基本的には美衣子さんの言われた方法を我々地球人類は考えています。詳細が決まりましたらこちらからご連絡します」

岩崎官房長官が答えてゼイエスとの通信を終えた。


「我々はもっと真剣に考えないと彼らに助けを乞うことも出来ませんね。今日は地球環境以外にも確認、検討せねばならない事が沢山あります」


 岩崎が参加者達に向けて言うと、澁澤に目配せする。


「ソーンダイク代表。大変動後、地球上の国々はどうなったのでしょうか?」


 岩崎からの合図をうけて澁澤がソーンダイク代表に尋ねる。


『衛星軌道上からの観測と生き残った通信施設からの傍受、地上の旧アース・ガルディア・コミュニティから情報を収集している限り、大半の国家が崩壊しました。

 北半球欧米、アジア地区、ユーラシア・ロシアは大変動で都市機能が消失、国家体制が崩壊しました。僅かに中欧圏の数都市が自衛しつつ孤立している状況です。

 殆どの国家が崩壊した為、NATO(北大西洋条約機構)、上海条約機構、ASEAN(東南アジア諸国連合)、アフリカ連合(AU)、湾岸協力機構(GCC)等の国際条約機構組織はもとより、国連も事実上消滅しました』


 ソーンダイクが嘆息して首を振りながら説明を続ける。


『インドとパキスタンは大変動で発生したインド洋巨大津波の度重なる襲来に加え、ヒマラヤ山脈の大規模山体崩壊により全土が壊滅、東南アジア諸国も同様です。

 オーストラリアとニュージーランドは沿岸主要都市が津波と地震で軒並み壊滅、大陸中央砂漠地帯で中小地域コミュニティが辛うじて存続しています。

 中東地域は殆どの国家が天変地異による大混乱で自然消滅。僅かな生存者が部族単位で放浪している状態です。

 イスラエルは辛うじて国家維持に成功していますが、物資不足で統制地域が日々減少している様です』


 そこでソーンダイクが一旦言葉を切って澁澤を見つめた


『澁澤首相。実はイスラエルのニタニエフ首相から、澁澤首相とお会いしたいとのメッセージを預かっています。あの国もこのままではじり貧になりますから、打開策を相談したいのでしょう』


「分かりました。お会いしましょう。

 会談場所などは後程こちらからお返事しましょう」


 澁澤は岩崎官房長官に準備を指示し、ソーンダイクは説明を再開した。


『アフリカ大陸は、最南端の南アフリカ共和国ケープタウン周辺が都市機能を維持している以外は政府と呼べる組織は有りません。

 大陸中を無数の避難民が放浪し、軍隊崩れの犯罪組織が盗賊と化して避難民を襲撃しており、完全に無法地帯です。旧反政府ゲリラや武装宗教組織が盗賊に合流しており、世紀末的様相を呈しています』


 あまりにも悲惨な状況に、会議の参加者は全員が沈黙してしまった。


 地球復興会議の初日はこうして終わった。


          ♰          ♰          ♰


 東京の首相官邸から横浜NEWイワフネハウスへの帰り道で大月は、三姉妹についてひかりと話して気づいたことを美衣子に伝える事にした。


「ねえ、美衣子。美衣子はシャンバラ会議の時に自分は人工知能に過ぎないと言っていたけど一つ見落としている事があると思うんだ」

大月が膝の上でくつろぐ美衣子に話しかける。


「……確かに美衣子たちはデータを集積してプログラミングされた通りの思考と行動しか出来ない人工知能としての"一面"はあると思う」


「……でもね、それだと、なんで結と瑠奈の思考と行動は美衣子と違うのだろう?

 まるで人間の、性格の違う姉妹と何ら変わりがないと思うのだけどね」

大月の膝の上に座る美衣子が大月の顔を見上げる。


「ゼイエスさんから以前聴いた話だけど、美衣子達は「自律進化型」、自分で律して進んでゆく人工知能だよね」

美衣子が頷く。


「それって……人間と変わらないんじゃない?

 人間だって基本的に自分を律して、人生経験を積んで日々過ごしているよ?」


「美衣子達は既に充分"人間らしい"、いや"人間となんら変わらない"と思うよ……。

 発想や応用の貧弱さを気にするかもしれないけれど、それは"人間として生活している経験"がまだ浅いから仕方ないよ。

 だから美衣子達は、今まで通り伸び伸びと過ごせば良いんじゃないかな?」


 SPが運転するワゴン車の中で美衣子は、NEWイワフネハウスに帰るまで無言でじっと大月にしがみついていた。


 そんな美衣子をひかりは嬉しそうに見つめながら、大月の手を握りしめるのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】

・大月 満= 総合商社角紅社員。

・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

挿絵(By みてみん)

・西野 美衣子=日本列島物育成環境保護システムの人工知能。

挿絵(By みてみん)

・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。

挿絵(By みてみん)

・岬 渚砂=東南海大学教授。

挿絵(By みてみん)

・澁澤 太郎=日本国総理大臣。豪胆。

・岩崎 正宗=内閣官房長官。

・天草 士郎=JAXA理事長。

・空良 透=国立天文台所長。


・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍司令官。提督(中将)。

・ケビン=英国連邦極東首相。

・ジャンヌ=ユーロピア共和国首相。

・ソーンダイク=月面都市国家『ユニオンシティ』代表。


・ゼイエス=マルス人。プレアデスコロニーアカデミー特殊宇宙生物理学研究所所長。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ