シャンバラ攻略
2024年(令和6年)11月14日午後11時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 3階 会議室】
会議に参加している面々は、美衣子からの警告を受けると地下都市攻略の為に早速意見を交わしていた。
「残り時間が半日となると、部隊を派遣して手順書通りの探索などと悠長な事は出来ませんな」
火星協力機構戦術作戦局長のロイド提督が指摘する。
「いっそ地下都市ごとバンカーバスター(MOAB弾)で潰してしまえば?」
ジョーンズが提案する。
「それはダメ。
あの兵器はマグマエネルギーを直接収取しているから破壊するとマグマが漏れ出るわ。
兵器の機能停止がベストよ」
美衣子が口を挟む。
「では、地下都市を急襲するしかない」
「ですが、基地の特定が出来ませんよ?」
「観測機で上空から地上探索レーダーを……」
「地上は火山灰が濃厚で普通の偵察機はエンジンが灰で駄目になる」
「仮に対地上レーダーが作動していても、火山灰の性質によってはレーダーの有効性に限界がある」
「地下都市の特定さえ出来ればな……」
「地下都市『シャンバラ』の座標は即時承継データに無いのですか?」
「極東米露を通じてユニオンシティに有りませんか?アース・ガルディア時代のデータとして 」
「あれはブレイクスルーな代物でしたから、総代表イゴールが直接管理していました。
我々にも正確な位置は分からないのです」
ソーンダイク代表が答え、面々は考え込んだ。
「えっと……美衣子。シャンバラの座標を知っているかな?」
ダメもとで大月が膝に乗る美衣子に訊く。
「……ん。北緯〇○度〇○分、東経〇○度〇○分」
イワシパイをもぐもぐ食べながら、あっさり答える美衣子。
緊迫していた一同は美衣子の態度にガックリきた。
「皆忘れているかもしれないけど、私はあくまでも”生体コンピューター”。クローンの肉体にシステムを移植しているだけ。
人間の様に錯綜した情報を選別する思考が出来ない。"質問されたら"、答えられる、けど」
一同の反応を見て思う所があるのか、縮こまって呟く美衣子。
大月とひかりは、そんな美衣子の頭を優しく撫でて慰めるのだった。
一同はそんなやり取りに沈黙していたが、岬教授の呟きで破られる。
「中性子……ニュートリノビーム……ニュートリノビームを月面から地下都市へ照射出来ませんかね?」
岬教授が呟く。
「中性子であれば、地上で生き残った米軍基地に中性子爆弾が有るが?」
ジョーンズ少将が発言した。
「それでもいい。だけど地下都市は深さ500mだからそこまで中性子爆弾の効果が届くか疑問」
結が指摘する。
「ニュートリノビームは物質を透過する特性がある。仮に目標が地球の裏側に有っても『地球の中を通過して』裏側の施設にダメージを与える事が可能よ」
美衣子が説明した。
「一応言っておくわ。大量の中性子、ニュートリノビームを浴びた地下都市の人間が無事では済まない事を肝に銘じて。
それと、マグマエネルギーを誘発させるためのトリガーとして、彼らは核兵器を設置しているけどニュートリノビームを浴びた弾頭は不完全爆発を起こすわ。
小さな不完全臨界爆発だけど、ヒロシマ並の核爆発を覚悟しないといけないわ」
美衣子が一同に覚悟を迫る。
「……やるしか有るまい」
腕を組んで黙考していた澁澤首相が、唸る様に決断する。
「「我が国も同意します」」
ケビン首相とジャンヌ首相もすかさず賛同した。
「あなた方の決断はやむを得ないと思います。
これ以上の破壊はアトランティスと同じ人類文明の破滅しかありません。
ここまで進んだ人類の歩みが無駄にならないようにここは行動すべきです。
技術的助言であれば、地球圏に居る瑠奈、結でも大丈夫でしょう」
アマトハが言った。
「再び地球を汚す事になり、済まない……」
ソーンダイク代表が一同に謝罪する。
「地下都市のイゴール派閥には気の毒だが、自業自得です。ミス・ミイコ、ご協力お願いします」
ソーンダイクが頭を下げた。
「瑠奈がすぐに作業を始めたいと言っている。
月面ラボの周回加速器施設を活用できる」
結が答えた。
「とは言うものの、人手が欲しい」
「ユニオンシティの技術者がお手伝いします」
ソーンダイクが申し出た。
「ん。申し分ないけど大量のエネルギーが必要。具体的には原子力が人類の用意できるもの」
結が指摘する。
「宇宙戦艦の原子炉では不足かね?」
ジョーンズ少将が訊いた。
「20隻分有れば最適」
結が答えた。
「派遣した我々の宇宙戦闘艦とユニオンシティの残存戦闘艦で何とか賄えないか?」
ロイドが訊く。
「大丈夫」
結が頷いた。
「ソーンダイク代表。よろしいでしょうか?」
澁澤首相が確認する。
「我々が狙われているのです。是非も有りません!」
ソーンダイクが即答した。
「分かった。
岬はここに残ってラボの改修監督をして頂戴」
美衣子が岬にサポートを依頼する。
「ジョーンズは部下を連れてシベリアで愚か者を地下に封じ込めて」
結が言った。
「わかりましたミス・ムスビ」
ジョーンズ少将が了承した。
「アトランティスの兵器を機能停止させた後はどうするのですか?」
英国連邦極東のケビン首相が参加者達に訊いた。
「地下都市が崩壊していなければ、地球南半球の海上都市「マリーンシティ」から制圧部隊を派遣してイゴールを捕らえます」
ソーンダイクが答えた。
「間に合えば良いのですが」
ユーロピア共和国のジャンヌが心配そうに言った。
「ミス・ミイコ、アトランティスの地下都市は地球上にまだ有るのかね?」
「トルコとメキシコに大きいのが有る。愚か者の手下が居るわ」
美衣子が答えた。
「では、何としてもシベリアで終わりにせねばなりませんな」
ロイド提督が言った。
会議参加者全員が頷いた。
♰ ♰ ♰
――――――同11月15日午前0時50分【月面都市『ユニオンシティ』宇宙軍港】
北極圏シベリア・タイミル半島の地下都市を攻略する為に、火星から到着していた在日極東米軍部隊が搭乗するシャトルが次々と電磁カタパルトから射出されていく。
シャトルは南半球オーストラリア大陸東部沖を回航するメガフロート海上都市『マリーン・シティ』で案内役の海兵隊を乗せて北極へ向かう。
一方、ユニオンシティでは、居住区の市民で科学知識や土木技能の有る人間が総動員されて瑠奈の指示のもと、マルスアカデミー・ラボ施設の一部をニュートリノ発生用粒子加速装置に組み換える作業を行っていた。
―――――― 1時間後【南太平洋上 メガフロート海上都市『マリーンシティ』】
月面都市ユニオンシティから飛来したマルスアカデミーの中型シャトルが、メガフロート近くの海上へ静かに着水した。
北半球の避難所からメガフロートへの移動時に一度はシャトルに乗った者も居る筈だが、全長500mを超える二等辺三角形の機体をあらためて見ると、その巨大さに圧倒される人々。
ジョーンズと各部隊の指揮官の作戦会議の後、攻略部隊は火山灰が立ち込める特殊な環境下での作戦行動に慣れた残存米軍地上部隊を主力とする事となった。
「今回の任務は時間制限の有る、厳しいものになる。
我々の働き次第で、更なる破滅が防げるかも知れん!
最優先目標は元総代表イゴールだ!絶対に奴を逃すな!」
ジョーンズ少将がキビキビと訓示を行った後、攻略部隊はシャトルに搭乗してシベリアへ向かった。
♰ ♰ ♰
――――――同午前2時【月面都市『ユニオンシティ』メインサーバールーム兼作戦司令部】
「ジョーンズ少将率いる攻略部隊がマリーンシティを飛び立ちました。
シャンバラ到着まで2時間」
通信オペレーターが報告する。
「粒子加速装置からニュートリノビーム発射装置への接続完了。
粒子加速器の試験運転行いましたが異常無し」
旧NASA技術者が報告した。
「結姉さま、これで何時でもニュートリノビームは撃てるけど、照準はどうやるっスか?」
メインサーバーに接続していた瑠奈が結に訊いた。
「……シンプルにこれでいくわ」
結が遠隔操作で月面表面で待機していた重機を動かすと、粒子加速装置に巨大なスナイパーライフルを接続した。
「これなら気分も出るでしょ?」
結がフンスと胸を張る。
「姉さん渋いっス!」
瑠奈が絶賛した。
「だけどライフルの引き金は何処っスか?」
「—――—――これを、ここに座りながら撃つのよ」
結がおもちゃのライフルに似た発射装置を手渡す。
「まるで波動〇みたいっス!いけてるっス!」
興奮してテンションの上がる瑠奈。
「やっぱりエネルギー充填120パーセントで発射っスね!」
「……それだと月面都市ごと消滅するから。今回は我慢するのよ。
とりあえず、100パーセントになったら照準を合わせて引き金を軽く引いて頂戴」
瑠奈に結がレクチャーする。
ソーンダイク代表をと旧極東米軍横田基地司令官を始めとする司令部要員は、黒髪幼女とトカゲ娘が月面都市を軽く消滅させかねない話題を他愛もなく話す様にオロオロと動揺して顔色が悪くなっていくのだった。
ソーンダイク達の不安が高まるのと同期するかの如く、粒子加速器内部のエネルギー出力も高まっていく。
「粒子加速装置順調に稼働中」
「粒子エネルギー加速。50、60、75パーセント。順調に加速中」
「目標照準。シベリア北極圏タイミル半島っス!」
瑠奈がオペレーター席に据え付けた発射装置のスコープを作動させる。
「粒子エネルギーさらに加速!カウントダウンに入ります!」
「瑠奈、ここからは貴女がカウントダウンをするのよ」
結が瑠奈へカウントダウンを引き継ぐ。
「了解っス!盛り上がって来たっス!」
瑠奈が応える。
「粒子エネルギー加速、96、97、98、99、100っス!」
瑠奈がトリガーを引くと、ユニオンシティ一帯にブゥーンと低い駆動音と低周波振動が発生する。
「ニュートリノビーム照射中!」
30秒ほどすると、駆動音と振動は治まった。
「……ニュートリノビーム照射完了っス!」
瑠奈がふぃーっと大きく息を吐いて後ろにいたソーンダイクにピースをした。
「目標地域への照射成功。シベリア地下都市は沈黙!」
地球観測システムのオペレーターがソーンダイクに報告した。
「ジョーンズ少将より入電。あと20分でタイミル半島上空に到達」
「ジョーンズ、部隊を降ろす前に地下都市で核爆発や放射能災害が起きていないか見極めるのよ」
結が忠告する。
「了解しましたミス・ムスビ。ドローン発進。地中レーダーとセンサーを総動員して地下都市を走査!」
ジョーンズ少将が命令した。
マルスシャトルから数機のドローンが発射され、タイミル半島地上に着地すると、地中レーダーと電磁センサーで地下都市の状況を走査していく。
【シベリア北極圏 タイミル半島地下都市 『シャンバラ』】
プラズマレーザでユニオンシティを狙っていたイゴール派閥の本拠地は、突然のシステム異常で大混乱に陥っていた。
「プラズマレーザーシステム『インドラの矢』 、エネルギー供給システムダウン!
管理サーバーブラックアウト!」
「現在、都市機能の殆どが停止しています!」
「マグマエネルギー誘発爆縮装置の核弾頭が不完全臨界寸前です!
大量の放射線が発生!?」
「プラズマレーザ管制室、応答せよ!」
「強力な放射線を管制室至近にて確認!」
「ブラックアウト直前に大量の中性子を観測」
「中性子ビームの照射だと!?」
「バカな!?電磁パルス攻撃でも地下500mのこちらまで電磁波は届かないはずだぞ!」
「間もなく爆縮装置核弾頭が不完全臨界状態になります!」
「緊急汚染警報!総員待避!地下トンネルでカッパドキア基地に避難しろ!」
「移動システム、全車輌のエンジンがダウンしています!」
「っ!ソーンダイクめぇぇ!許さんぞ!絶対に――――――」
なす術も無い状態に置かれて歯軋りするイゴールの視界が突然光に包まれて意識が断絶した。
「地下都市で核爆発発生!衝撃波来ます!」
上空に到達していたジョーンズ少将のシャトルは、地下都市からの不完全臨界放射線を既に感知してタイミル半島から急速離脱を始めた矢先だった。
「総員、地上を見るな!対閃光、対衝撃防御!」
地下都市『シャンバラ』の在ったタイミル半島から、眩いばかりの赤い閃光が漏れ出すとヒロシマ型原爆と同規模の核爆発が発生した。
タイミル半島上空を離脱したシャトルのモニターには地上からゆっくりとキノコ雲が立ち上る様子が映し出されていた。
「……愚かな」
ジョーンズ少将が呻くように呟いた。
「地下都市完全沈黙。
動いている物は、有りません。……全滅です」
「引き続き地下都市周辺の監視を怠るな!」
メガフロート都市『マリーンシティ』からの増援部隊はジョーンズ少将指揮の下、メキシコとトルコに別れて地下都市の制圧に振り向けられた。
両地下都市にはイゴール派閥の小規模な駐留部隊が居たが、短時間の戦闘でユニオンシティ軍に制圧されていった。
2024年(令和6年)11月15日午後3時30分【シベリア北極圏 タイミル半島から120km離れた上空】
ジョーンズ少将は尚も『シャンバラ』の監視を続けていたが、地下都市からの生存者は居なかった。
アース・ガルディア創設者にして総代表のイゴールとその派閥はこうして滅亡した。
午前6時、月面都市国家ユニオンシティ代表ソーンダイクは、宇宙国家アース・ガルディアの消滅を正式に宣言すると同時に、火星協力機構への参加を日本国政府に申請。ボレアリフシティへ首都を移転していた極東米露政府に対し、ユニオンシティへの帰属を命令した。
こうして極東米露政府はユニオンシティの”火星地方政府”として再出発する事になった。
尚、極東米露政府臨時代表ダグラスマッカーサー三世は、ユニオンシティへの帰属表明後、行方不明となっている。
アルテミュア大陸東岸の人類都市ボレアリフは、地球から避難してきたユニオンシティ国民が火星環境に慣れるまでの間、火星協力機構加盟国に共同統治される事となったのである。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・大月 満= 総合商社角紅社員。
・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。
・西野 美衣子=日本列島物育成環境保護システムの人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。
・イワフネ=マルス人。地球調査隊長。
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。豪胆。
・岬 渚紗=東南海大学教授。
・ロイド・サー・ランカスター=英国連邦極東軍司令官。提督(中将)。
・ジョーンズ=火星協力機構宇宙軍少将。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・ジャンヌ=ユーロピア共和国首相。
・ソーンダイク=月面都市国家『ユニオンシティ』代表。
・イゴール・アッシュベルン=宇宙国家アース・ガルディア創設者にして総代表。
・アマトハ=マルス人。プレアデスコロニーアカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長。
・ゼイエス=マルス人。プレアデスコロニーアカデミー特殊宇宙生物理学研究所 所長。




