ラグランジュポイントの戦い【後編】
2024年(令和6年又はアース・ガルディア歴7年)11月13日12時【地球衛星軌道 地球と月の重力均衡地点 =ラグランジュ・ポイント】
アース・ガルディア・アンゴルモア艦隊とユニオンシティ・火星各国連合宇宙艦隊による宇宙艦隊戦は、両軍の宇宙戦闘機が投入され激戦となっていた。
オリーブ色をした葉巻型の機体がネイビーブルーの機体をじわりと追い詰めて背後から30mm機関砲で仕留めようとした刹那、ネイビーブルーの機体は機首側面に在る着艦制御用のバーニアを緊急作動、炭酸ガスを噴出させて真横に翼を翻すと急加速してオリーブ色のミグ98宇宙戦闘機を引き離していく。
舌打ちをしたミグ戦闘機のパイロットがネイビーブルーのF45スターファイター攻撃機の後を追撃しようとした直後、背後から急速接近した別のF45が30mmバルカン砲(多銃身砲)とSフェニックスミサイルの直撃を受けて爆散した。
『こちらグリーンリーダー。1機撃墜』
ホッとしつつも、根性でその感情を押し殺した隊長機が報告する。
「よくやった、グリーンリーダー。”ツーマンセル”を継続せよ。
全機バージョンアップした予測行動プログラムに添ってツーマンセル(2機単位)で行動せよ。火星トカゲ娘が作った自信作だそうだ。ロシア熊とパンダ共に10倍返ししてやれ!」
旗艦『リシュリュー』で戦闘管制を担当する作戦参謀が攻撃機編隊を激励しながら指示を出していく。
結と瑠奈の機転で敵機予測行動プログラムを開発、投入したユニオンシティ・火星各国連合宇宙艦隊が劣勢だった制宙戦を逆転させ、F45スターファイター攻撃機編隊がアンゴルモア艦隊に突撃、次々と放たれた対艦誘導弾がマッハ10に及ぶ速度でアンゴルモア艦隊主力艦艇であるブレジネフ型重巡洋艦の奥深くに突き刺さって弾頭が炸裂すると、重巡洋艦は風船が内部から破裂したようにドバドバッと乗組員や部品の破片と共に空気を含んだ水蒸気を吐き出すと、水素エンジンの火花が引火してドンッと短くも鋭い劫火を煌かせて爆散していく。
一方でアース・ガルディア軍ミグ98宇宙戦闘機は、ユニオンシティ防衛軍の『空飛ぶ方舟』に突撃して至近距離で16連装ロケット弾を一斉発射して離脱を図ったが、マニュアル操作に切り替えた空飛ぶ方舟の対空砲火が機体に命中すると、破片を派手に撒き散らしながら別の『空飛ぶ方舟』に激突すると方舟内殻まで喰いこんで爆散した。
制宙戦を生き延びた別のミグ98宇宙戦闘機が連合宇宙艦隊対空兵器の死角から突入すると、艦隊外側に展開していた別の空飛ぶ方舟にロケット弾と30mm機関砲を斉射しながら加速して体当たりした。
ミグ戦闘機に直撃された空飛ぶ方舟外殻はロケット弾で完全に破壊されて本来の潜水艦部分が露出すると、潜水艦中央の発令所が緊急離脱した直後に荷電負荷に耐え切れず雷光の如くスパークすると爆散していった。
戦闘は乱戦状態となっていった。
――――――【連合宇宙艦隊旗艦『ドゥ・リシュリュー』戦闘指揮所(CIC)】
「敵機自爆攻撃で『ペンシルバニア』『ヘレナ』相次いで爆散!『ニューオリンズ』大破—――—――戦線離脱します!」
「なんてクレイジーなカミカゼ攻撃だ!なぜ奴等はそこまでして抵抗するのだ!?」
アンゴルモア艦隊の死力を尽くした戦い振りに驚愕するジョーンズ少将。
「これ以上の損害は今後の戦局に不利になる。アンゴルモア艦隊の戦闘力は充分に殺いだ筈だ」
ジョーンズ少将が戦況パネルを見ながら言った。
「はい。開戦時に比べ、アンゴルモア艦隊の戦闘力は50%を切っています」
作戦将校が応えた。
「全艦隊、針路反転。ユニオンシティへ一時後退する」
ジョーンズ少将が命じた。
尚も迫り来る生き残りのミグ98宇宙戦闘機に向けて20mm対空砲や近接ロケットランチャーを派手に発射してけん制しつつ、鋼鉄製の巨大なクジラの群れは緩やかなカーブを描く様に方向転換するとアンゴルモア艦隊から離れていく。
――――――【アンゴルモア艦隊旗艦『ムルマンスク』】
「敵戦闘機の機動性がにわかに向上、わが方の戦闘機が押されています!」
「第3飛行大隊壊滅、空母『エカテリーナ』敵機のミサイル攻撃を受け轟沈!」
「艦隊主力のブレジネフ型巡洋艦の大半が撃破されました。艦隊戦力の80%を喪失」
「なん……だと。どうして……」
次々と報告される損害に愕然とするアレクセイエフ司令官。
「反乱軍艦隊、進路変更。月面へ撤退していきます……」
甚大な損害を受けつつも生き永らえそうだと予感したのか、無意識にほっとした表情で報告するレーダー担当オペレーター。
「地球の後継者たるアース・ガルディア最高幹部までもう少しなのに、此処で私は敗北してしまうのか!?」
拳を握りしめて司令官席で自問するアレクセイエフ。
「アレクセイエフ司令、シャンバラのイゴール総代表から艦隊兵士全員に向けて緊急の直接通信です!」
通信オペレーターがアレクセイエフに報告すると、スピーカーとヘッドディスプレイを全艦隊に接続する。
『勇敢なるアンゴルモア艦隊の兵士諸君。貴殿らの勝利まであと少しだ。目先の損害にとらわれて勝利を逃してはならない。もう一歩、前に出るだけで貴殿らの名誉と栄光は揺るぎないものになるであろう』
イゴール総代表の音声とリズミカルに変わる極彩色の画面がアレクセイエフ司令官以下アンゴルモア艦隊全将兵の脳中枢に染み込んでいく。
『勇敢なるアンゴルモア艦隊将兵諸君に栄光あれ!』
唐突にイゴール総代表の音声と映像はそこで途絶えた。
通信映像が途絶えた旗艦『ムルマンスク』ブリッジは静寂に包まれていた。
だがその静寂は、敗北寸前の緊張感の切れた空気では無く、熱を帯びた感情が爆発する寸前のそれだった。
「全艦隊に告ぐ。これより本艦が前へ出て最終突撃を行う!我々の勝利は既に約束されているのだ!全艦我に続け!宇宙国家万歳!」
『ウラ―!』『マンセー(万歳)』
アレクセイエフ司令官が絶叫するように号令すると、ブリッジの全員だけではなく全艦の将兵が歓声を挙げて旗艦『ムルマンスク』に続いて突進していく。
「偉大な宇宙国家と我らが総代表に栄光あれ!!」
『ウラ―!』『マンセー(万歳)』
アレクセイエフ司令官が座乗する宇宙戦艦『ムルマンスク』は1隻でも多くの敵艦を道連れにすべく、アンゴルモア艦隊先頭に進出したものの、ユニオンシティ防衛軍・火星各国派遣連合宇宙艦隊の集中砲火で艦全体に満遍なくレールガンと誘導ミサイルの直撃弾を撃ち込まれると巨大な船体は次第に分解し始め、周囲の僚艦に破片をまき撒して損害を与えると、水素核融合エンジンが暴走して一際眩い閃光を放って爆散した。
――――――【連合宇宙艦隊旗艦『ドゥ・リシュリュー』戦闘指揮所(CIC)】
「アンゴルモア艦隊旗艦『ムルマンスク』轟沈!脱出者なし!敵残存戦力尚も我が艦隊に突撃して来ます!」
「馬鹿な!信じられん……バンザイ突撃のつもりなのか!?」
思わず叫ぶジョーンズ少将。
ジョーンズ少将の度重なる降伏勧告を受けても尚、アンゴルモア艦隊は最後の一隻まで戦い続け、そして全滅した。
こうして月面都市ユニオンシティは宇宙国家アース・ガルディアに代わり、地球衛星軌道上を掌握し宇宙空間での戦闘は終息するのだった。
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2024年(令和6年)11月14日午後11時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
夕食のポトフをお腹いっぱい食べた後、別腹を満たすべく食後のカボチャプリンを食べてご満悦だった美衣子は突然大月の膝の上から離れて立ち上がると「結!瑠奈!"あれ"を止めさせなさい!絶対にダメ」
と叫んだ。
大月と西野ひかりは驚いたが、美衣子には二人に見えない何かを見据えて行動する事が度々あったので様子を見ようと傍で見守っている。
やがて無表情で次々と何処かと話し合っていた美衣子は大月と西野ひかりに、
目を向ける。
「大月。澁澤と岩崎に『すぐに』話したいの」
無表情に要求する美衣子。
「分かった」
それだけ美衣子に応えると、ひかりに目で合図する大月。
ひかりは岩崎官房長官の携帯に連絡を取ると、美衣子に「澁澤総理とすぐに話せるわよ」と言った。
「ありがとう、ひかり。3階で『みんなで』話し会うわよ」
大月の背中にしがみついて「おんぶ」をせがむ美衣子。
大月は特に何も言わずに美衣子をおんぶしてNEWイワフネハウス3階に在る旧マルス大使館として使われていた執務室に向かった。
執務室に着くと、既に美衣子のメッセージを受け取ったのか壁面に埋め込まれた多くのモニターには、澁澤首相、岩崎官房長官、ジョーンズ少将、ロイド提督、英国連邦極東ケビン首相、ユーロピア共和国ジャンヌ・シモン首相、イワフネ、岬教授、JAXA理事長の天草、火星協力機構の琴乃羽教授、東山首相補佐官が座り、マルス・アカデミー本拠地であるプレアデス星団に帰還したアマトハとゼイエスまでもが顔を揃えていた。
「シャンバラの愚か者がアトランティスの遺産を、インドラの矢と言う地球を再び破滅させる兵器を使うわ」
全員の顔を見渡すと、今後の予測を伝える美衣子。
『既にシャンバラではその兵器の準備が進んでいる兆候が見られるわ。射線観測用と思われるX線レーザーがシベリア地方で頻繁に観測されている』
ユニオンシティの地下深くにあるマルス・アカデミー地球観測ラボから結が美衣子の予測を裏付ける。
「この兵器は離れた場所に居る敵施設を粒子単位で振動させて分解へと至らせる――――――簡単に言えば遠隔操作出来る電子レンジよ」
過去に収集したデータを基に、アトランティス文明の大量破壊兵器について説明する美衣子。
段階的技術承継を受け、最新兵器を生み出しつつある日本列島各国首脳さえ到達不可能なアトランティス文明に驚愕するしかなかった。
「……なんということだ」
それだけ呟くのがやっとな英国連邦極東ケビン首相だったが、ジャンヌはじめ他の各国首脳達も同じ反応だった。
「……つまり、イゴール総代表はマグマエネルギーを利用したプラズマ兵器をユニオンシティへ向けて使用するのですね?」
ようやく冷静さを取り戻す事に成功したロイド提督が美衣子に質問する。
「そうよ。あの愚か者はアトランティス文明の末路をシベリアで再現するでしょうね」
皮肉げに答える美衣子。
「ちなみに地下都市『シャンバラ』に住んでいたアトランティス人は敵の殲滅に成功したものの、その兵器の使用後に地下から噴出した有毒火山ガスで全滅しているわ。
もっと最悪だったのは、シベリアの大規模地殻変動が当時の地球全域にまで波及してアトランティス大陸とムー大陸で繁栄した二大文明が滅亡した事よ」
憂鬱な顔で話し続ける美衣子。
「インドラの矢を今使うと、大変動中の地球環境に止めを刺す事になるのは確実ね。
そしてこれ以上の火山活動は人類に有害な大気を充満させてしまう……大気の浄化、火山灰の酸性化を中和する事は今の地球人類の科学力でも出来るけど、途方もない時間を必要とするわ」
説明を終えた美衣子は部屋の隅に居た大月の膝に戻り、隣に居る西野ひかりに頭を撫でられて縦長の瞳を嬉しそうに細めるのだった。
『シベリアの兵器が稼働するまでの残り時間は半日よ』
そっと皆に告げる結。
「……何としてもシャンバラに有るあの兵器を使わせない事が一番ね!
その為の作戦を私達は考えましょう!」
ジャンヌ・シモン首相が深刻な状況からようやく立ち直りつつある各国首脳に呼び掛け、反応したロイド提督が戦力分析を行い、JAXA天草理事長は全地球測位システムデータを会議参加者に提示すると、全員が具体的なシベリア攻略作戦の概要を固めていくのだった。




