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転移列島  作者: NAO
火星編 戦女神の星
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オリンポスの聖火④

2024年(令和6年)10月10日午前9時【東京都渋谷区神宮 火星オリンピックスタジアム(新国立国際・宇宙競技場)】


 2020年に開催される予定だった東京五輪が、朝鮮半島情勢緊迫化に伴い開催直前に無期延期となった上、日本列島火星転移の混乱で中止となり、建設途中で放置されていた五輪スタジアム等の関連施設は、首相官邸が火星五輪開催を発表したことによって急ピッチで建設が再開され、美衣子達三姉妹によるマルス・アカデミー謹製の建設機械大量提供によって、1週間前に完成していた。


 日本国民にとっては体育の日として知られる祝日であり、この時期に合わせて小中学校では運動会が毎年開催されている。


 だが、今年に限り日本国において人類史上初の火星五輪開催となった為、多くの学校では運動会が翌週に延期されている。

 国民の多くは東京渋谷のオリンピック・スタジアムまで出向いて直接五輪を観戦するか、都市部のスポーツカフェやパブリック・ビュー、お茶の間で特別番組を視聴していた。


『……人類史上初となる火星で開催される火星オリンピック。一体、誰がこの日を予想する事が出来たのでしょうか?

 私達は歴史の証人として今、この場所に居るのです』


 開会式前に、ホスト国である日本国総理大臣澁澤太郎が記者団に語った言葉である。


 午前9時、渋谷区代々木のオリンピックスタジアム上空に7機の最新鋭F3戦闘機で編成された航空自衛隊ブルーインパルスチームが鋭い金属音を響かせて飛来する。


 機体をストライプに塗装したブルーインパルス編隊は、スタジアム上空を綺麗なダイヤモンド編隊を形成して通過するとスモークを出しながら垂直に上昇し、五輪のシンボルマークを赤みがかった青空に描き、観客が拍手と共に歓声を上げた。


 続いて参加各国の選手団が入場する。かつてのオリンピックみたいに数多の国が大選手団を送り込むのとは違い、僅かな参加国が数十人規模の選手団を送り込んだだけで見劣りするかと懸念されたが、各国選手団の最後尾に現れたパワードスーツが懸念を噴き飛ばした。

 パワードスーツの胸部と背中、両肩に各国のシンボルマークや国旗が描かれており、ゆっくりと選手団の後を歩く巨体に観客は圧倒された後、熱烈な歓声を送った。


 選手団の入場が終わるとスタジアムの貴賓席に令和天皇が現れる。


「私はここに、第1回火星オリンピアードを祝し、ここに東京大会の開会を宣言します」


 令和天皇は、ゆっくりとスタジアムを見渡すと"オリンピックで定められた言い回し"を使って開会を宣言する。


 開会宣言が終わるや否や、スタジアム周囲に配置されていたマルス・アカデミー・ドローンから打ち上げ花火が一斉に点火され、上空で待機していた鷹見結の操るアダムスキー型連絡艇がスタジアム上空をゆっくりと通過しながら大量の花吹雪を散布していく。


 続いて聖火入場と聖火点灯に移り、オリンポス山から直接採取した聖火を背負った瑠奈がホバージェットで現れた。


「アハハハいやぁどうもっス!人気者はつらいっス!—――—――ってうおっ!?」


 観客からの歓声に喜んだ瑠奈が予定に無い動作で"両手"を挙げて応えていると、ホバージェットのコントロールレバーの操作を誤ってしまい聖火台に突進、聖火台への激突は免れたものの、五輪シンボルマークのオブジェクトに引っかかって逆さ吊りの

宙ぶらりんとなる。


「やべっス!脱出するっス!」


 逆さ吊りの瑠奈が身体を捻って背負っていた聖火を灯したトーチを外すと、真下の聖火台に聖火がトーチごと落下していく。


 落下した聖火は、聖火台になみなみと湛えられた液体水素に引火するとボワッ!と盛大に炎上する。


「—――—――うわっちちっ!熱いっス!—――—――ああっ!?ランドセルがまた溶けちゃうっス!ヤベッ!」


 聖火台オブジェクトに引っ掛かった瑠奈が、真下で点火された聖火に軽く炙られると、背中のランドセルが高熱で程よく溶けていく。

 生体電気を応用した電磁シールドで肉体へのダメージは最小限だが、ランドセルを再びダメにしたお仕置きはご飯抜きで済むのか、そう思うと瑠奈の精神的ダメージは大きい。


『映える!』『ワオ!マイゴット!ワンダフル!』『トレビアン!ファンタスティック・イリュージョン!』


 瑠奈の事情を知らない大多数の日本人観客と海外から参加した選手団は"ダイナミックな聖火点灯演出"に感激して盛んに写メを撮りつつ、素晴らしい演出に盛大な拍手を送っていく。

 役員関係席の片隅で頭を抱える大月や西野、岩崎官房長官の姿は沸き立つ観客に隠れて目立たなかった。


――――――こうして2週間の予定で第1回火星オリンピックが始まった。


          ♰          ♰          ♰


 人類史上初となる火星オリンピックは、転移した日本列島を含む火星全土、地球圏月面や衛星軌道上のアース・ガルディアコロニー群、大変動のさ中に有る欧米地域へ中継された。


 火星オリンピック中継を視る地球の避難民や衛星軌道上のアース・ガルディア国民は、大変動前の世界を思い出させるメガロポリス東京の街並みと、地球同様に透き通った火星の赤みがかった空に驚いた。


 NHKが中心となって放送した火星オリンピック中継は、英国連邦極東・ユーロピア共和国、台湾自治区等、火星転移後に日本国内で新たに建国された国々の姿や、ヨーロッパ救出作戦・北米大陸救出作戦時の映像、マルス・アカデミー観測機から提供された地球各地の観測映像を取捨選択することなく放映し、競技中継画面片隅に表示され続けた『中継: 火星』は、視聴者に現実を認識させ、希望、羨望、絶望等様々な想いを抱かせたのだった。


 更にNHKは、火星転移直後の国内大混乱と物資不足、火星日本列島各国連合軍による第一次、第二次アルテミュア大陸上陸作戦時の映像や稚内に上陸した巨大ワーム迎撃戦とその惨禍を中継の合間に流し、日本国も壊滅した地球各国程ではないが、未知の惑星上で現在も苦難を味わっている事を全ての視聴者に伝えるのだった。


 また、日本列島転移後に起きた地球大変動により、ハワイ諸島が大噴火による火砕流と津波で壊滅する様子や、オランダやベネツィアが両極融解による海面上昇で水没したり、北米大陸東西両海岸沖で同時発生した巨大地震による津波でニューヨークやサンフランシスコが水没する記録映像がソーンダイク派閥から提供されて放送されると、地球に望郷の念を抱き始めていた日本国民は言葉に表せない程の衝撃を受けるのだった。


「……日本国民に芽生えていた地球への望郷の念は小さくなった。それが良い事か悪い事かは分からない。……少なくとも日本列島が転移する可能性はこれで低くなったわ」


 オリンピック終了後、美衣子は少し愁いを含んだ声音で岩崎官房長官に伝えたという。


          ♰          ♰          ♰


――――――【月面都市『ユニオンシティ』中央行政庁舎前のパブリック・ビュー】


『陸上男子100mは、アース・ガルディア 北米出身のカール・ジョンソン選手が優勝、見事金メダルを獲得しました。また、野球準決勝は、アース・ガルディアが強豪台湾に勝利して決勝戦で日本と対戦する事になりました!』


「OMG!」「うおおお!」「USA!USA!」


 仮居住区で衣食住を提供されて人心地を取り戻し始めていた欧米避難民は、行政庁舎前の大型スクリーンで特別配給されたビールやウイスキー片手に”ユニオンシティCNN”が放送する火星五輪中継を視ながら、アース・ガルディア選手団の活躍に熱狂していた。


 NHK(日本放送協会)は、アース・ガルディアや列島各国選手のプロフィール紹介(地球国籍時代の国旗)と共に出身国の現状を含め、様々な情報を提供していた。

 火星に転移した日本列島各国の繁栄ぶりを見た月面のアース・ガルディア国民は、核攻撃で消滅した筈の日本が火星で生き延びていた事実に驚愕すると共に、自らの境遇を省みて火星日本国との協力を熱望する様になっていった。


「……ふふ。ミッチェルやダグラスもさぞかし悔しがっていることだろうな」


 月面ユニオンシティ宇宙港に停泊する"空飛ぶ方舟"ロスアンゼルス級『オレゴン』個室でオリンピック中継を視ていたジョーンズ少将が呟く。


 典型的軍人思考で政治的感性の乏しさを自覚するジョーンズでさえ、ソーンダイク派部隊隊員や北米大陸から救出された市民の中で高まる旧き良き米国社会への強い回帰願望を感じ取る事が出来たのである。


「……ミッチェルは本当はこんな国を目指していたのかも知れんな」


 ジョーンズ少将は感慨深げにしばらくテレビ中継を視ていたが、個室を出て南太平洋メガ・フロート海上都市『マリーン・シティ』へ向かうべく指揮を執るのだった。


 一方、地球衛星軌道上のアース・ガルディア首都コア・サテライトは、ロシア人総代表イゴールの意向でオリンピック中継を火星日本の繁栄、列島各国や地球の惨状を伝える部分をカットした”ダイジェスト”という形で伝えていた。

 旧中国・ロシア出身者の多いガルディア政府中枢は、都合の悪い情報の統制と操作は当たり前の行為だと思っていたが、この事が後のアース・ガルディア内乱の原因となる事を誰も予想出来なかった。


          ♰          ♰          ♰


――――――【東京都渋谷区神宮 新国際・宇宙競技場 火星オリンピックスタジアム】


 パワードスーツ競技専用に特設されたスタジアムの『2階部分』は、1階部分のスタジアムを吹き抜けにするよう展開された3面の花びらのような競技スペースがあり、其々パワードスーツ用『サッカースタジアム』『相撲土俵』『陸上競技場』として構成されていた。


 今、そのうちのサッカースタジアムでオリーブ色に塗られた全高9.35mの各国パワードスーツが整備チームを従えて整列していた。


 参加各国の公平を配慮し、参加者は競技に使用する全種類のパワードスーツを全機操縦する事が出来、スペック上の公平を整備にあたる各国軍関係者も含めた参加選手全員が確認した。


 パワードスーツ部門競技審判長である陸上自衛隊から派遣された石原准将が競技種目の説明と取扱い上の注意点をあらためて説明する。


「人類初となるパワードスーツ競技に参加する栄誉を得た諸君に敬意を表します」


「パワードスーツは人型です。如何に、人と同じ動きが出来るか?または、人間を超える動きが出来るか?課題は多々あります。

 そして皆さんは、このパワードスーツに並々ならぬ関心を抱かれている事かと思いますが、どうか競技中はこれが『兵器』である事を忘れてください!

 遊園地のゴーカートみたいに楽しく操縦する事を心から望みます。

 そして、機体はオリンピック仕様の安全第一で調整しましたが、怪我に注意してください。

 諸君らに栄光あれ!」


 石原准将の説明後に競技が始まった。


《第一種目》パワードスーツ100m走


 マルス三姉妹の長姉である美衣子とJAXAから派遣された琴乃羽美鶴が実況を務めている。


「さあ、いよいよ始まりました人類初のモビルスーツ競技です!解説は私、琴乃羽美鶴と、マルスアカデミーの西野美衣子改め『赤い流星』さんです」

ハキハキと話す琴乃羽。


「坊やの諸君、よろしく」


 マスクを被って三倍速い人に成りきった美衣子が応えるが、尻尾と体形で特定は可能だった。


「最初の競技100m層ですが、赤い流星さんの予想はいかがでしょうか?」

「……白いのが勝つな」


「……ありがとうございました」


 何か突っ込みたい思いを堪える琴乃羽。


 スタートラインに立った日米英ユ露ガ6ヶ国のパワードスーツが脚部のエンジンを徐々に上げて合図を待った。


 スタートラインの大きなLED照明灯が青に点灯すると、パワードスーツが一斉にゴールに向かって走行した。


 スタートと同時に脚部ブーストを全開にした極東アメリカが1位(3秒08)でゴール、真面目に"走った"陸上自衛隊は4位(5秒12)となった。


「1位は緑の極東アメリカでした。流星さん感想を」

「……」


《第二種目》パワードスーツ相撲


 第一試合 日本国 対 極東アメリカ合衆国


 直径10mのワイヤー綱で囲んだ円形の土俵から押し出された方が負け。


「東ぃ~、日本国ぅ~。西ぃ~、極東ぅア~メリカ~」


「行司は航空・宇宙自衛隊所属、高瀬少佐の赤いパワードスーツが行います」


「おっと、ここで極東アメリカがいきなり『塩がない』との物言いです。往生際悪いですね流星さん?」

「そうね。極東アメリカには革新(ニュータイプ)的な思考を期待したいわ」


「こんなことも有ろうかと、陸上自衛隊工科学校の皆さんが石灰粉を準備しています。

 本物の塩はパワードスーツの関節に入ると金属酸化を早めるので危険との事です」


「さあ、持ち時間一杯です。

 そして極東アメリカチーム……まさかの塩撒き失敗、手に取った石灰が指の隙間からこぼれ落ちて真っ白。見事な粉かぶり、美味しい演出です」


 粉を被ったア極東アメリカの機体と、難を逃れたオリーブ色の陸上自衛隊の機体が向かい合う。


「はっけよーい、のこった!」


 石灰粉で視界不良のアメリカ機が無謀にもいきなり脚部ブーストで陸自機体に突っ込もうとしたが、冷静な陸自パイロットが紙一重で躱してアメリカ機は自ら土俵外に飛び出して敗北した。


「なんと言う事でしょう!白いのが負けました。流星さん、一言お願いします」

「雑魚とは違うのだよ」


 第二試合の極東ロシア対英国連邦極東は、相撲ルールをど忘れしたロシア機が英国機を寝技に持ち込んだところでロシアが『先に膝をついた』事でまさかの敗北を喫し、英国連邦極東の勝利となった。


 第三試合のユーロピア対アース・ガルディアは、両者ガッチリお互いをつかんで押し合いとなり、一瞬の隙を突いたユーロピア機が脚部ブーストでガルディア機を押し出して勝利した。


 各国の熱い闘いを新国立競技場の大画面で視ていた観客は熱狂し、準備の良い通な観客達が警備員の制止を振り切って座布団を飛ばして競技場の中を多数の座蒲団が乱舞した。 もちろん、この光景もテレビ中継された。


 結局、パワードスーツ相撲は日本国対ユーロピア共和国の決勝戦となり、陸自のパワードスーツがブーストで突進してきたユーロピア機体を『背負い投げ』で土俵から投げ飛ばして優勝した。


《第三種目》パワードスーツ団体戦『サッカー』


 手先の器用な操作に秀でた日本チームが優勢になるかと思われたが、サッカー競技にかけては一日の長を持つ欧州勢メンバーが多いユーロピア共和国、英国連邦極東、アース・ガルディアが上位争いに生き残った。


 日本チームは、前評判では優勝候補と目されていたが、ゴール後の観客向けパフォーマンスだけに秀でていただけであり、キャプテンの高瀬少佐以外は本場サッカーの華麗なパス回しに興味を持たず、無茶なヘディングやスライディングに没頭して機体が損傷してリタイアする者が続出、メンバーが抜けて防備が欠けた隙を狙われて失点を重ねた。


 結局、優勝戦は英国連邦極東とユーロピア共和国で行われ、拙い操作ながらもコツを抑えたプレーを粘り強く続けたユーロピア共和国が優勝した。


《第四種目》パワードスーツ団体戦『騎馬戦』


 極東アメリカチームが三位一体のジェットストリームアタックを使いこなして他国チームを"踏み台"に圧倒して優勝した。


「人類初のパワードスーツ競技は極東アメリカが金メダル、日本は銀メダル、ユーロピアが銅メダルを獲得しました。メダル獲得チームには、スポンサーからの素晴らしいアイテムが後程贈呈されます」


 スポンサー(美衣子)からは、金メダルにビームサーベル、銀メダルに飛行用バックパック、銅メダルに『どこへもドア』が贈呈された。


 銅メダルチーム、ユーロピア共和国のジャンヌ首相が喜んだのは言うまでもない。


 金メダルの副賞であるビームサーベルを手にした極東アメリカチームは使い途を持て余しそうだった。


 人類史上初の地球外オリンピックが開催された2週間、火星と地球圏の人類は、久し振りに生きる気力、一時の心の平穏をオリンピック中継で得ることが出来た。


 閉会式ではアース・ガルディア民政局長のソーンダイク代議員が各国を代表して、新国際オリンピック委員会の発足を宣言した(加盟国は、アース・ガルディア、日本国、極東米露、英国連邦極東、ユーロピア共和国、台湾自治区)。


 次の4年後のオリンピック開催地については極東米露から火星人類都市ボレアリフシティ、アース・ガルディアから月面都市ユニオンシティが立候補を表明した。


 人類スポーツ史の新たな1ページが、2024年に刻まれたのである。

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】


・大月 満=総合商社角紅社員。

・西野 ひかり=総合商社角紅社員。社長の孫娘。

挿絵(By みてみん)

・西野 美衣子=日本列島物育成環境保護システムの人工知能。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。

挿絵(By みてみん)

・琴乃羽 美鶴=JAXA研究員。

挿絵(By みてみん)


・澁澤 太郎=日本国総理大臣。豪胆。

・岩崎 正宗=内閣官房長官。政治の裏表に精通。

・東山 龍太郎=内閣官房首相補佐官。


・石原=陸上自衛隊総合司令所指揮官。准将。

・ジョーンズ=極東アメリカ合衆国海兵隊指揮官。少将。

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[気になる点] 令和天皇陛下と書かれてますが、〇〇天皇とつくのは亡くなった後に付けるものなので、令和天皇ではなく、令和の、又は現在の、に直した方が良いのでは? [一言] 面白いので、カクヨムで読んで続…
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