オリンポスの聖火①
ガルディア暦7年(西暦2024年)2月20日【地球衛星軌道上 アース・ガルディア コア・サテライト 総代表執務室】
「火星オリンピックだと!?」
怪訝な顔でソーンダイク民生局長に問い直すイゴール総代表。
「はい。火星日本国政府から、国家代表選手の派遣要請です。一番の注目はこの種目です」
手際よく大会プログラムをイゴール総代表に手渡すソーンダイク民生局長。
「わざわざ紙で作られたプログラムか。物資不足の我々に対する嫌みか!?
……何の冗談だ。って、おいっ!?」
愚痴を零しつつ、プログラムに目を通して唖然とするイゴール総代表。
プログラムには、お馴染みの種目の他に、
『(パワードスーツ)スノーボード』『(パワードスーツ)クレー射撃』『(パワードスーツ)柔道』『(パワードスーツ)サッカー』『(パワードスーツ)ベースボール』
「……パワードスーツ。ぱねぇな……」
冷や汗を浮かべながらイゴールが呟く。
さらりと人類史上初となる特殊種目が混じっていたのだが、驚くべきは”パワードスーツは大会組織委員会が貸し出します”と書いていた点でだった。
ちなみに”パワードスーツ習熟訓練には通常2週間程度かかる為、貸与を希望される団体は、開催地へ早めに到着される事をお薦めします”となっていた。
「……ぱねぇです。総代表閣下。……我が国の技術で、アンゴルモア艦隊を敗北に追い込む様なパワードスーツは作れません。……大会に参加して何らかのノウハウを掴むのが最適かと」
無意識にイゴールの口調に同調したアレクセイエフ防衛軍司令が進言する。
「では早速代表選手を選抜しよう。我が国にもそこそこの選手が避難民として宇宙へ上がって居る筈だ」
イゴールが意味ありげに薄笑いを浮かべた。
「……そうですね。ユニオンシティに収容している避難民の中にも、ぱねぇ人材がいると思われます」
イゴールに応えた様に、口調が伝染してしまったソーンダイク民生局長だった。
♰ ♰ ♰
――――――2か月後、2024年(令和6年)4月20日【火星 日本国 東京都渋谷区神宮 国立国際宇宙競技場 】
オリンピックとは、古代ギリシア神話12の神々が住まうオリンポス山麓の神殿で開催された祭典が由来である。
マルス・アカデミー三姉妹長姉である美衣子は、無意識に現実逃避思考になりがちな日本国民感情を改善すべくビッグイベントを企画した際、火星オリンポス山の存在に思い至り、マルス・アカデミー研究所を活用した新競技の提案に至るのだった。
「……ホントに作っちゃったの?」「美衣子ちゃん達と政府も仕事が早いですねぇ……」
JR原宿駅を降りて直ぐに視界に入る巨大な競技場を見上げて唖然とする大月と、素直に感心する西野ひかり。
『お父さん達に私達の晴れ舞台を観て欲しい』と瞳を植えるませながら懇願する美衣子、結、瑠奈に迫られて休日に原宿まで来た大月と西野だった。
「晴れ舞台にしてはちょっとばかり派手な気もするけど、まぁいっか……」「派手な晴れ舞台ですねぇ」
新国立競技場の『上』に建設された『同じ規模』のパワードスーツ用ドーム会場から響き亘る轟音を聞きながら、競技場へ歩いていく大月と西野だった。
新国立競技場”2階”の特設競技場で行われていたのは、装甲の代わりに強化ゴムを装着した簡易型パワードスーツ『ダイフク』を装備した陸上自衛隊 習志野特殊作戦群と、航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』搭乗員チームによるパワードスーツを使用した各種対抗試合だった。
――――――勿論、実際に競技として成り立つか確認の意味も含んでいる。
実証実験① パワードスーツ・サッカー
「始め!」
審判を務める美衣子がホイッスルを吹くと、自衛隊特殊作戦群(以下特戦群)のパワードスーツが強化ポリエステル製のサッカーボールを蹴ってホワイトピースチームのゴールポスト目指してドスドスと走り始める。
「くっ!これでも喰らえ!」
ホワイトピースチームキャプテンを務める高瀬中佐操るパワードスーツが、特戦群でボールを蹴り続けて前進するパワードスーツの横合いから足元に滑り込む。
強化ゴムとウレタンで覆われた脚部が、特戦群パワードスーツ足元のサッカーボールを捉えて味方側へ押し出す。
『よしっ!結さんっ!そのままロングシュート決めてください!』
パワードスーツ胸部でボールを受け止めた結のパワードスーツに、インカムで呼び掛ける高瀬中佐。
「……えっと、脚部加速120%?」
”風雲ムスビ城”アトラクションに慣れている結が、パワードスーツ胸部から足元に落ちたボールを加速させた右脚で勢いよく蹴る。
バシッ!と強烈な加速度を加えられたサッカーボールは、摩擦熱で火の玉へと変貌して特戦群ゴールポストに叩き込まれていく。
「ホワイトピースチーム、先制点!やるわね我が妹」
満足そうにホイッスルを鳴らす美衣子。
見事なゴールを決めた結のパワードスーツが大月と西野が居る観客席に向かってカズダンスを披露し、大月と西野の隣で視察中の各国代表団が結に喝采を浴びている。
『……ちょっと美衣子。サッカーボールが火の玉になったのは何故?』
高瀬少佐のパワードスーツと”ハイタッチ”で喜びを分かち合う結を見ながら、インカムで突っ込む大月。
「……参考資料でみた”大林サッカー”や”サッカー羽”でよく火の玉ボールが出ていたから。何か問題あるの?」
キョトンと首を傾げる美衣子。
「……いや。……いいんだけどさ。あの巨体がピッチで動きまると流石に芝がなぁ」
どこから突っ込んでいいのか分からくなり、どうでもいい所に突っ込んでしまう大月。
確かに競技場の芝が半ば抉られ、土が露出していた。
「大丈夫。芝の下にはアルテミュア大陸原産の改良ミニワームが芝に栄養を与えながら種を吐き出しているから、翌日には綺麗な芝生と巨大ワームが再現されているわ。人類社会の未来コンセプト”持続可能な社会”よ!」
フンスと鼻息荒くどや顔で薄い胸を張る美衣子。
「……ええっ!?今さらりと凄いこと言ってなかった?」
”ワーム”に反応して動揺する大月。
「文科省には、ちゃんと巨大ワーム回復機能付き芝として申請済よ」
問題無いとばかりに澄まして応える美衣子。
「……むーん」
申請書類を一度読ませて欲しいと切に思う大月だった。
”パワードスーツサッカー”は、ハーフタイムを待たずして芝が抉れ荒れ地になったが翌日には回復する機能があり、競技で使用する特殊ボールが火球に変化してしまう機能をオフにさせる事で『普通の』競技として成立しそうだった。
パワードスーツを使用する他の種目も、誤った資料解釈によって美衣子と結が魔改造した設備を”適切な”状態まで改善する事で、なんとか文科省を納得させる事が出来そうだった。
♰ ♰ ♰
日本国政府が極東米露やアース・ガルディアに、パワードスーツ競技を目玉とした招待状と参加要請を送り、各国から参加回答を受けた事で人類初となる『火星五輪』が開催される事となった。
火星五輪開催2か月前から各国選手団が東京お台場海浜公園の選手村に入り、秋葉原自衛隊電子訓練施設から移設されたシミュレーターによるパワードスーツ操縦技術の習得や”ヒトのみが参加する”通常種目のトレーニングを行い、スポーツの祭典は天変地異や火星巨大生物の脅威、地球アース・ガルディアとの戦争で立ち込めた暗い世相を明るく噴き飛ばす格好の材料となり、官民共に熱烈な盛り上がりを見せ始めていた。
列島各国マスコミは、人類初の画期的な火星オリンピック準備を連日報道しており、日本国民はお祭り前の楽しい雰囲気に酔いしれるのだった。
もちろん、選手村のすぐ外では選手団を率いてきた列島各国の政府高官が敵味方入り乱れて接触し、情報収集や秘密協議に日々勤しんでいた。
♰ ♰ ♰
2024年(令和6年)6月上旬【火星アルテミュア大陸 人類都市ボレアリフ 総合行政庁】
火星日本列島を離れ、本拠地をアルテミュア大陸東海岸へ移した極東米露首脳がオリンピック準備会合の合間にとある情報について話し合っていた。
「パノフ大統領。それは科学的に証明できるのですか?」
ミッチェル大統領が訊いた。
「科学的というよりは、結果的に状況を分析するとその様に判断するのが合理的と言えるのです。同志ミッチェル大統領」
パノフ大統領が応える。
「日本列島の"守護者"が感情に左右されやすいと?」
「……ええ。第一次アルテミュア大陸上陸作戦でワームに喰われて重症を負った日本人を覚えていますか?」
「……ミスター大月でしたな」
「彼が巨大ワームに喰われた後、ワームは"守護者"によって東京都内まで転移させられて大月が救出されたのです」
「一昨年の学会でマルス人のゼイエス氏が語った、日本列島を維持管理する自律進化型人工知能が守護者と思われます」
「では、ミスター大月の動向次第で日本列島の運命が左右されるのですか?」
「人工知能である以上、マルス人の設定プログラムを踏まえ、ミスター大月の動向をトレースしているのかも知れません」
「では、ミスター大月を”こちら側”に引き入れてしまえば良いのでは?」
「同志ミッチェル大統領。自由と民主主義の守護者らしくないご発言では?」
「パノフ大統領閣下こそ今更何を。……主義主張など、所詮は国益追求の方便に過ぎません」
「アメリカ人は現実主義者でしたね」
「貴国程ではありません。五輪期間内に彼をこちら側へ『招待』しますか?」
「あからさまな『招待』は彼の周りにいる人々を刺激しすぎてしまいます。機会を待つとしましょう」
パノフ大統領が言った。
彼らは美衣子の存在を推測していたが、結や瑠奈の存在と三姉妹"操作方法"についての認識を全く間違えている事には誰も気付かなかった。
♰ ♰ ♰
――――――同じ頃【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
「大月が危ないわ」
美衣子が言った。
「危険が危ないわ」
結が同調した。
「パパッチがロックオンされてるっスね」
瑠奈も同意した。
「はい?」
意味不明な会話に思わず西野ひかりが三姉妹に尋ねる。
「"海外の人達"が、私達の動向はお父さんが原因だと思っているから、お父さんを狙っているらしい」
美衣子が答える。
「それって、極東米露が日本政府と対決するのに当たり、決め手を欠いているから?」
他人事の様にお茶を啜りながら推測する大月。
「極東米露は美衣子達をコントロールして、火星で優位に立ちたかったのが本音だろうね。だけども、アース・ガルディアとの協調は極東米露にとって不本意な結末となってしまった……」
第一次アルテミュア大陸上陸作戦前に行われた沖縄辺野古基地での海兵隊将校と打ち合わせをした際、海兵隊は明らかに極東ロシア連邦を嫌っていたのを大月は思い出した。
「……愚かなり極東米露!」
美衣子がフンスと鼻息荒くテーブルを尻尾でぺちぺちと叩く。
「私を屈服させるにはカボチャポタージュ1万杯は必要よ!」
「……チョロすぎよ美衣子」
西野ひかりが突っ込む。
「少なくともお父さんに庭付き一戸建てを賄賂で贈って、横浜シェラトン全館貸し切りにしてロハで結婚式させてくれないと無理ねっ!」
西野ひかりがフンスと鼻息荒くテーブルをぺちぺちと叩く。
「……ひかりさんもチョロくない!?」
ボケが二人に増えた為、仕方なく大月がひかりに突っ込む。
「……いずれにしても私達が軽く見られているのは我慢ならないわ」
46億5000歳の威厳をもって美衣子が怒る。
「……報復ですわ姉さま」
1万5000歳の結が美衣子を煽る。
「マスターゼイエスの”お置き土産”でやっつけるしかないっス!」
46億歳の瑠奈が続いて美衣子を煽る。
「……末娘なのに恐ろしい子。計画を言いなさい」
瑠奈に説明を求める美衣子。
「茶々を入れてきた奴等を、マスターゼイエスのオリンポス・ダンジョンに誘き寄せるっス!」
瑠奈が言った。
「……ちょっと待って瑠奈。オリンポス・ダンジョンなんて初めて聞いたけど?」
”ダンジョン”という定期ワードを耳にした大月が反応する。
「”オリンポス・ダンジョン”とは、マスターゼイエス研究室が置かれていたオリンポス山をくりぬいて作られた大規模研究施設の事よ」
美衣子が答えた。
「「……へぇぇ。そうですか」」
標高27Kmの太陽系最大火山に作られたダンジョンに想像がついていけない大月とひかりがとりあえず生返事する。
”から揚げと鉄道好き”だったゼイエスの突発的な研究癖は、マルス・アカデミー内では周知の事実であった。
自身の研究目的を達成すると、成果物や施設に無関心になるのも有名で、アマトハは危険物とも言えるゼイエス研究所跡を片端から処分していた、とイワフネから聴いた事を思い出す大月。
自分はともかく、極東米露のエージェントが無事に済めば良いけど、と他人事のように思う大月だった。
夕食後ひかりは、極東米露の意図と美衣子達のダンジョン施設について、首相官邸に伝えた。
岩崎官房長官は内閣調査室長に対し、大月の警護任務を与えるのだった。




