瑠奈と花子
大月家三姉妹の末娘『瑠奈』が通う名門女子大学付属小学校の怪談に、トイレに出没する有名な"あのお方"の話が有ることを瑠奈が知ったのは国語の時間である。
「はい。では次の所を大月瑠奈さん、読んでください」
澁澤真智子先生に指名されてこっそり早弁をしていた瑠奈は、口をモグモグさせながら国語の教科書に記載されている『かぐや姫』を読み上げる。瑠奈の周囲にご飯粒が飛び散り、クラスメイトが困惑する。
「池袋へしばかれに行ったお爺さんは、確率変動の竹を割って見つけた可愛い少女を自宅にお持ち帰りしました。
秋葉原の川で心の洗濯としてスロットを廻していたお婆さんは、景品のゴスロリ衣装を少女に着せるとコスプレの神髄について語り始めたっス……」
「……はいそこまでっ!瑠奈さんストープっっ!」
瑠奈が自作した教科書に書きこんだ『お話』が始まるや否や真智子先生が遮る。
「どうしたっスか?これからが面白いっスよ……教科書に書かれていることは事実に反するっス。本当は竹林で遭難していた少女を見つけたイワフネ隊長が……」
”スロット婆さんとかコスプレ関係ねぇー!”と真智子先生とクラス全員が心の中で全集中の突っ込みを入れる。
「……はい。瑠奈さん。このお話は止めて『ガリバー旅行記』にしましょう」
「分かったっス。それでは……『ガリバーが目を覚ますと小さい人がガリバーの上にまたがって色々と動いていました。小さい人は縄でガリバーを縛るとガリバーが喜んで――――――』」
「瑠奈さんストーップ!キチンと教科書に書いてある文章を読んでください。文章を省略して読んではダメよ。小学生がこんな妖し過ぎる表現しちゃいけませんっ!……では『シンデレラ』にしましょうね」
「ツンデレラは虐待を繰り返す継母と姉達に毎日”相撲部屋的に”可愛がられていました。
ある日、継母と姉達がハンズへ外出している時にツンデレラは児童相談所に通報しました。
相談員の魔女はシンデレラから聞き取りをすると、お城に報告しました。
文科省(お城)の王子さまはとても同情してカボチャの馬車を手配しました。
その日の夜、お城で政治パーティが開かれるとツンデレラは王子さまが手配したカボチャの馬車でお城に向かいましが、お城についたツンデレラは馬車料金が払えなかったので御者に通報され、とばっちりを受けた王子さまはお城で働いて返せとツンデレラに言い放ちました。
やがてお城の鐘が10時に鳴ったのですが政治パーティは尚も続きました。
バニーガールコスチュームで飲み物を配っていたツンデレラは、タッパにご馳走を詰め込みながら懸命に仕事を頑張っていました。
やがてツンデレラを見つけた王子様は近付くとこう言ったのです」
『……夜10時以降に児童は働いてはいけないんだよ?』
「児童保護法違反でツンデレラと彼女を斡旋した相談員の魔女は仲良く逮捕されたっス!つ」
あまりにもオチのない滑った話に静まり返る教室。
「……瑠奈さん。放課後に職員室へ来るように」
頭痛を堪える様に頭を抱える真智子先生。
「お誘い嬉しいっス!ですが、放課後は秋葉原のゲームセンターで自衛隊の方とくんれ――――――」
「お誘いではありません!生徒指導です!必ず来るのですっ!」
怒りで真っ赤になった顔で真智子先生が瑠奈に命じた。
「了解っス。サー」
瑠奈が敬礼して応える。
「……」
真智子先生は突っ込むのを諦めた。
授業が再開されると瑠奈は右隣の席に座る華子から
「瑠奈さん怖く無いのですか?澁澤先生はしつけにとても厳しいお方ですのよ?」
小声で聞かれた。
「え?そうっスか?"あれで"厳しいっスか?」
けろっとして華子に聞く瑠奈。ひかりのゲンコツやごはん抜き、美衣子の電撃より軽いと真剣に瑠奈は思っていた。
「とてもお説教が怖くて職員室に呼ばれた生徒はみんないつも泣きながら帰って来ますわ……」
ゲームセンター仲間の天草華子が顔を青ざめさせながら瑠奈に説明した。
「でも、トイレの花子さんよりはマシっしょ!」
左隣に座る名取優美子が応える。
天草と名取は瑠奈の親しいクラスメイトである。瑠奈が転校してきた時に最初に声をかけてきた二人組である。
天草華子の父はJAXA理事長 天草士郎であり、名取優美子の父は航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長 名取大佐である。
ちなみに真智子先生の夫は澁澤総理大臣である。
勿論子供達はその事を知らないが、夫から"やんちゃなマルス人”の教育を懇願された真智子真知子先生は全ての事情を知っている。
「それっス!」
授業中に突然瑠奈が叫んだので、ブチ切れた真智子先生から超音速でチョークが放たれたが、
「……シールド」
瑠奈が唱えるとチョークは顔前で停止してしまった。
「ちょっ!?瑠奈ちゃん!本気出しすぎだよ。また先生に怒られちゃうよ?」
慌てて制止する華子と優美子。
正気に戻った瑠奈は、
「先生。ごめんなさいッス」
深く頭を下げた。
やがて混乱した国語の授業が終わると瑠奈は二人にトイレの花子さんについて詳しく聴くのだった。
♰ ♰ ♰
放課後、一時間半に及ぶ真智子先生とのトークバトルで一汗かいた(真智子先生はしばらく職員室でシクシク泣いていた) 瑠奈は、トイレに行きたくなったので、4階の隅にある古いトイレに入った。
個室でお花を摘んでいると、コンコンとドアがノックされたので
「新聞は取ってないっス」
断る瑠奈。
再びノックされたので、
「NHKは払っているので結構っス」
更に断る瑠奈。
更にドンドンと強くノックされたので、
「お前誰だよ?!」
切れ気味に瑠奈が応えると、ドアの向こうから
「……俺だよ、オレ」
親しみを持たせるような声音が呼び掛ける。
「オレオレ詐欺っスね?通報するっス!」
それでも冷静な瑠奈だった。
「ちょっ、待ってよ!何で怖がらないの!?」
ドアの向こう側から焦った声が聞こえた
「どうして怖くならないといけないっスか!……生態環境保護育成システム444番!」
瑠奈がドアをババーンと開けると水色の光球体がフヨフヨと浮いていた。
「美衣子お姉さまの下僕がこんなところでサボって……帰ったらお姉さまに言いつけてやるっス!」
「や、やめてー!それだけは勘弁して!」
必死に水色の光球体が瑠奈の周りを飛び回る。
「じゃあ何でこんなところに居るっスか?」
瑠奈が生態環境保護育成システム上位者として命令した。
ふよふよと漂いながら説明する光球体花子。
「……目に見えないものへの信仰心っスか?」
瑠奈がコテンと首を傾げて問う
「はい。幼少な人間が多く集まる場所で、目に見えない存在に怯える習慣を植え付け、神社仏閣に住まう同胞(システム端末達)への信心深い気持ちを育むのです」
光球体が答えた。
「でも、こんなところでチビチビやっても1億2000万人の国民に対して効果ないっスよ?」
瑠奈がシビアに指摘する。
「……昔からのコマンドなもので」
光球体が恐縮して弱々しく点滅した。
「幼少な人間多数を怯えさせれば良いっスか?」
瑠奈が確認する。
「はい。メインシステムミーコの解析結果に基づいていますので」
「……ふぅん。もっと効率的で現代的な方法を教えるっスから明日もこの時間に来るっスよ?」
「いえっサーっス!」
光球体が心なしか瑠菜の口調で敬礼した。
帰宅した瑠奈は姉の美衣子に学校での出来事を報告すると、
「……うっかりしていた。瑠奈の好きになさい」
関心無さそうな美衣子だった。
そして瑠奈は、マスコミに詳しい結にある相談をした。
♰ ♰ ♰
――――――翌日夕方【東京都渋谷区神宮 NHKスタジオパーク】
学校のトイレ個室で光球体(花子さん)と待ち合わせた瑠奈は、光球体を連れてNHKのスタジオぱーくに向かった。
「……あなたが姉様のポンコツシステムね」
対面するなり光球体(花子さん)にさらりと毒を吐く結。
「ポンコツですいません。非効率でホントすいません」
今にも消え入りそうな光球体花子。
「……仕方ないわね。ディレクターさん、ちょっと良いかしら?」
ため息をつくと、番組ディレクターと打ち合わせを始める結だった。
翌日、朝のNHK教育チャンネル『ムスビさんと一緒』でその光球体は新たなデビューを果たした。
子供達が"ムスビおねえさん"と楽しく体操している背後に少女が見守る様にそっと立っていたり、カメラに向かって皆が笑顔で手を振る中、一人だけムスビの肩から女の子が顔を出して視聴者を見守る様に微笑していたが、子供達は誰も気付けなかった。
「……こんなところね」
収録した映像を観て満足げにフンスと胸を張る結。背後ではディレクターとアシスタント達が何かを言いたそうにしていたのだが、未知の光球体に怖気づいて声を上げる者は居なかった。
「姉さんさすがッス」
そうした光景を気にも留めずに喜ぶ瑠奈だった。
♰ ♰ ♰
この日、NHK幼児向け教育番組で”幽霊”が映っているのではないかと問い合わせが渋谷の放送局に殺到した。
ネットや民放ニュースでも話題となり、番組に出演していた子供達が恐怖のあまり出演を拒否する事態に発展した。
大月とひかりは当然の事ながら経緯を知っていた為、ニュースを知るなり首相官邸の岩崎に連絡を入れて、結と瑠奈を連れて謝りに行った。
事情を聴いた岩崎官房長官と真智子先生の夫である澁澤総理大臣は溜め息をついて、番組演出に『ダメ出し』をするのだった。
その日、三姉妹は晩御飯抜きとなるのだった。
反省した3人は光球体(花子さん)と話し合って、花子さん(光球体)のジョブチェンジを決めた。
「……怖がらせるのではなくて、奇跡を起こして幸せにすれば良いのよ」
結が言った。
こうして瑠奈の通う学校に新しい”怪談”が生まれた。
トイレの個室で願い事をすると必ず叶う、その後でお礼(具体的には放課後、瑠奈の机にポタージュスープを置く)しないと、叶った願い事がキャンセルされ、更に事態が悪くなるという世知辛い妖怪が居るらしい。
この怪談はまことしやかに校内で囁かれ、優美子や華子が実際に体験すると一気にSNSで広まり、瑠奈が小学校を卒業する頃には”トイレの神様”は日本の代表的『学校の怪談』として世間に認知されるようになっていた。
ちなみに瑠奈は物語に興味を示すと、自分で昔話を書いて投稿サイト『なろう小説』に毎日投稿した。
毎回読者の予想を覆す昔話は多くの読者からブックマークされ、転移列島の作者が咽び泣いたのは別の話である。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・西野 美衣子=日本列島生態環境保護育成システム人工知能。
・鷹見 結=マルス文明尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測天体(月基地)『ルンナ』管理人工知能。
・澁澤 真知子=瑠奈が通う小学校の担任。夫は澁澤総理大臣。
・天草 華子=瑠奈が通う小学校の同級生。父はJAXA天草理事長。
・名取 優美子=瑠奈が通う小学校の同級生。父は航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長の名取大佐。
・花子=マルス文明日本列島生態環境保護育成プログラム人工知能八百万端末444番。瑠菜が通う小学校のトイレ神。




