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転移列島  作者: NAO
火星編 戦女神の星
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風雲ムスビ城!

2024年(令和6年)9月上旬午前8時【富山県立山市 横江 富山鉄道横江駅】


 各駅停車しか止まらない地方鉄道の無人駅に、多数の警官や消防官、自衛隊員が集合していた。

 特別編成の電車に乗せられて集まった警官や自衛隊員の大半は何故か20代前半から30代前半の中堅もしくは新人であり、前日に上官から「特別任務だ。明朝、横江駅に集合」とだけ伝えられていた。彼ら彼女らは、組織の違う面々を前に不安が高まっていた。


「隊長、特別任務と言うのは自衛隊との共同作戦ですか?」


 不安を隠しきれなかったのか、一人の警官が横江駅で待ち構えていた上司に質問する。


「そうだ。これは富山県知事からの要請だ。心してかかるように」

おもむろに答える上司。


「はっ!」

背筋を伸ばして上司に敬礼して応える若手警官。


 仲間の元へ戻ろうと回れ右をしたその時、周囲の警官や隊員が北の空を指さして騒めき出す。


「UFOだ!」「尖山からUFOが来るぞ!」「やはりあの山は言い伝えのとおり『天の浮舟』発着ポイントだったんだ!」


 北の空、尖山方面の空から横江駅に接近してくるのは、首都圏住民には割と”顔馴染み”となったマルス・アカデミーが使用するアダムスキー型連絡艇である。


「落ち着け!あれはマルス・アカデミーの通常型連絡艇だ!」


 騒めく警官や隊員達に向け上官が一喝する。


 やがて横江駅上空にアダムスキー型連絡艇がピタリと止まると、ゆっくりと舗装されていない駅前にふわりと着陸した。

 しばらくすると連絡艇のハッチが開き、中から戦国武者の鎧に身を包んだ一人のマルス人が現れ、ゆっくりとタラップを降りてくる。


「宇宙人が鎧武者!?」


 上官も含めた全員が呆気にとられるなか、集団の前に立った鎧姿のマルス人=イワフネが大きい掌に仕込んだカンペを見ながら声を上げる。


「よ、よくぞ集まってくれた我が精鋭たち!

 ……今日こそはあの尖山に住む魔王を倒し、平和と名誉を掴み取るのだ!

 ……全軍突撃!

 ――――――とここで戦陣団扇を前方へ振り下ろす……?」


「……」


 上官も含めた全員が呆気になったまま、誰一人として突っ込みを入れる者は居なかった。


 気まずい雰囲気を打ち消すかのように、緑色に輝く電磁フィールドが横江駅から尖山周辺まで一気に拡がると、砂嵐が一帯を包み込んで外から中を伺い知る事は不可能となるのだった。


          ♰          ♰          ♰


――――――半日後【富山県立山市 横江 富山鉄道横江駅】


 各駅停車しか止まらない地方鉄道の無人駅に、一仕事終えてホッとした顔をした多数の警官や消防官、自衛隊員が両手に様々な土産物を手に集合していた。

 彼ら彼女らの顔は何処かで温泉に浸かってきたのか、上気してほっこりしている。


「お集りの皆さん。大変お疲れさまでした。皆さんと対戦したデーターを基に施設に改修を施し、10月からの一般解放へ向けて精進させていただく所存です。本日はありがとうございました」


 日々のサラリーマン修行で培ったスキルを活かし、見事なお辞儀で参加者に頭を下げるイワフネ。


「こちらこそ、大変勉強になりました。臨機応変さや気力体力が試されるあの施設は、我々の訓練にうってつけでした。それなのに、こんなお土産まで頂いてしまって……」


 山岳警備隊長を務める警察官が、恐縮しながらイワフネにガマの油や天然水の入った袋を抱えて見せる。


「いえいえ。私こそ、いい勉強になりました。

 ぶっつけ本番であのような鎧姿をして皆さまの前に現れたのですから。

 今回のイベントは、マルス・アカデミーが基地を置かせていただいている富山県の地域おこしに全面協力する事で東京の首相官邸やテレビ局と話がついているのです」


 イワフネが警備隊長に説明する。警備隊長の後ろでイワフネの説明を聞いていた警官や自衛隊員達がようやく納得した顔をする。


「……なるほど、分かりました。テレビ局と言うのは意外でしたが、壮大なお話になるのですね」

頷く警備隊長。


「……まあ、そう言う事です。後は10月放送の新番組までのお楽しみです」 

苦笑するイワフネだった。


          ♰          ♰          ♰


2024年10月【富山県立山市 横江地区 NHK・民放共同 視聴者参加型番組『風雲ムスビ城!』】


 先月突如発生した謎の竜巻に覆われて以来、殆ど姿を見せなかった尖山だったが、その日早朝に竜巻は消え去り、自然浸食形成された三角形の綺麗で穏やかな山体を現していた。


 戦国武将の鎧を着込んだイワフネが林道脇の登山道入り口に姿を現すと、5000万人のNHK受信料を支払った応募者から選抜された500人の足軽装束や西洋騎士、迷彩色の近代軍服を着た参加者を前に緊張しながら訓示した。


「……にょっ、よくぞ集まってくれた我が精鋭達よ!邪悪なる者が築いた悪夢の砦を今日こそは我らの手で討ち滅ぼさん!」


 少しだけ噛んでしまったイワフネの訓示が終わるなり勇者達が鬨の声を挙げた。


「全軍突撃!」


 間髪入れずイワフネ隊長が軍配を降り下ろす。


「ウオォ!」


 登山道から一斉に500人の勇者達が突撃して尖山山頂を目指して走り出す。


 勇者達が林道から登山道に足を踏み入れた途端、周囲の草木が風も無いのに騒めき、ピカッと草木までもが黄金色に輝くピラミッドに変貌する尖山。山の中腹辺りに不気味なひとつ目が出現してギョロリと勇者達を見下ろす。


 巨大な一つ目に驚愕して足を止めた勇者達の足元から突然オイルが噴き出して登山道がヌルヌルとなり、勇者達が次々と登山道入口まで滑り落ちていく。


 尖山中腹の不気味なひとつ目の上にフワリと巫女衣装を纏った『結』が浮き上がって苦戦する勇者達を見下ろして宣告する。


「このガマの油坂を15分で乗り越えられない者は、また来週よ」


 200mのガマの油で覆われた山道を勇者達は、四つん這いになりながら、時には岩や倒木を利用して滑らない場所から坂の上を目指した。


 300人が脱落してしまい、麓の温泉で油を流した勇者には富山の薬売り謹製のガマの油が地元観光協会から配布された。


 一方、油まみれの体で坂の上まで登りきった勇者達の前に中腹の不気味なひとつ目が巨大な池となって行く手を阻んでいた。

 よく見ると、池の縁から向こう側まで飛び石が幾筋もの経路で配置されていた。


 池の向こう側には温泉付きの屋外用シャワー施設があり、暖かい湯が油を落としてくれそうだった。


「さあ、勇気有るものはこの飛び石を使って池のこちら側に来てみるが良い!」


 シャワー室の前にドラキュラマントを羽織った結が、テンション高めに勇者達を煽る。


 勇者達は我先に飛び石に殺到するが、油にまみれた足を飛び石で滑らせてしまい、次々と池に転落していった。


 転落した勇者達は、待機していた富山県警山岳警備隊や立山市消防本部の消防士達に救助され『立山の美味しい水』350㎜ペットボトルを麓で待機していた観光協会職員から貰うのだった。


 時間制限は無かったが、飛び石の中には踏んだ途端に水没する"ニセ飛び石"が所々に存在しており、後続の勇者達は必死で罠場所を覚えて安全なルートを見つけようした。


 何とか池を渡りきった140人の勇者達は、源泉掛け流しの温泉シャワーで油を落とすと、さっぱりとした顔で次の試練にチャレンジしていくのだった。


 温泉シャワー施設の向こう側には扉が3つあり、扉の向こうには何枚もの板で封鎖された登山道が有った。


「さあ、我が生け贄共よ。悪魔の扉をくぐるが良い!」

再び煽る結。


 勇者達は喚声を上げながら、右か左か真ん中か選ぶと扉を開けて飛び込んでいった。


《右の扉》

 開けた途端、富山鉄道横江駅まで「戻って」しまう結謹製『どこへもドア』であり、リタイヤとなる。

 この扉を選んだ勇者達は横江駅改札でイベント列車乗車券(1か月有効)を渡され、再戦を誓いながら帰路につくのだった。


《真ん中の扉》

 山道を塞ぐ板に体当たりすると薄いベニヤ板でいとも容易く突破出来、次の板に体当たりすると今度は和紙でベリベリと破って突破出来、勢いに任せて最後の板に体当たりすると、分厚い鋼板で大抵の勇者は跳ね返されてリタイア宣告され、参加賞の和紙20枚を観光協会から貰って帰路についた。


《左の扉》

 山道を塞ぐ板は金色に毒々しく輝いており、体当たりしてみると金紙であり、あっさりと通過できた。

 その先には労を労う金の盃が置かれていた。


 この扉を選んだのは38名だった。


 金の盃を手に取った勇者達は、次のステージである吊り橋に辿り着く。

 吊り橋の前に立看板があり『このはしわたるべからず』とたどたどしい油性マジックで書かれており、吊り橋の向こう側には一升瓶を重そうに抱えた結がプルプルと足を震わせながら待ち構えていた。


『さあ、我が美酒を金の盃で飲み干すものこそ最後の戦いに挑めるのだ!』


 足を震わせ、今にも一升瓶を落としそうな結だった。


 一休さんの逸話を知る勇者達は吊り橋のど真ん中を無難に渡りきると、『お疲れさまでした』と結から一升瓶に入った麦茶を丁重に注がれていた。


 一休さんの逸話を罠だと疑い、吊り橋の縁の綱を掴んだ勇者には橋の左右から陸上自衛隊富山駐屯地施設部隊特製のスノーマシーンから大小様々な雪玉が打ち付けられた。

 中には直径3m超えの大玉もあり、直撃を受けた勇者は吊り橋から奈落の底に転落していった。


 奈落の底は立山連峰から湧き出る天然温泉であり、美しい夕暮れの富山湾が結の演出で湯船の上にホログラム映像として映し出され、脱落した勇者達の悔しさを暖かい温泉で癒していく。


 勝利の麦茶を口に出来たのは25名だった。


 最後の試練は、山頂手前の斜面でマリオカートに乗って立ち塞がる結達NEWイワフネハウスの大月達一行だった。


 吊り橋を渡りきった場所にいつの間にか、人数分のマリオカートとヘルメットが置かれていた。


 マリオカートのフロントには直径30センチの和紙で作られた的が付いており、ヘルメットの天辺にも10センチの的が付いていた。


 勇者達には、拳銃よりふた廻りほど大きい遊戯用赤外線レーザー銃が、富山県警警察官から渡される。


『さあさあ!地獄行きのタクシーに乗って挑むがよい!』


 明らかに勇者達が持つものよりも強力そうな、バルカンレーザー機関銃を手にした結が宣言する。


 NEWイワフネハウスの大月達一行は、挑戦者達と同じ銃と的を装備しているのは、せめてもの誠意であろうか。


 勇者達のマリオカートが一台でも山頂に辿り着いたら結の敗けである。


 今まで試練の場所に居なかったイワフネ隊長だけは、ちゃっかりバルカンレーザー銃を手にマリオカートに乗っている。


『全車突撃!』


 軍配を大月達一行へ向けて下ろすイワフネ隊長。


 尖山の山頂手前でマリオカート同士による壮絶な攻防戦が繰り広げられた。

 瑠奈のマリオカートに挑戦者のレーザーが集中砲火を浴びせたが、秘かに週末夜の首都高速道路を席巻していた走り屋『頭文字R』瑠奈は、巧みなハンドル捌きでドリフトしながら勇者達に肉薄し戦果を挙げていった。

 一方、美衣子は意外と不器用で、楽々簡単操作のマリオカートにも関わらずいきなりエンストすると、集中砲火を浴びて早々にリタイアした。

 大月はそのメタボ体形故に当てやすい的とされ、早い段階で勇者達のレーザーをフロントの的に受けてリタイアした。


 結とひかり、岬渚紗教授は3人で巧みなチームプレーを披露し『紅い三連星』の必殺技"ゲッツストリームアタック"で勇者達のマリオカートを次々とリタイヤさせていく。


 やがてイワフネ隊長だけとなった段階で勇者側の敗北となった。


「勇者達よ!来週も待っているぞ!」


 結が視聴者を挑発すると尖山は再び人工竜巻に覆われて見えなくなった。



 10月1日に放映が始まった『風雲ムスビ城!』番組視聴率は、日本放送史上初の90.2パーセントを記録、勇者達が意表を突くアトラクションで次々と脱落してお土産片手にリタイアする様をお茶の間で視聴した国民の多くは、先行き不透明な国内・国際情勢をひと時の間だけ忘れて楽しんだ。


 『風雲ムスビ城!』は、2024年度視聴者参加型アクション部門で民放連最優秀作に選ばれ、その年の官民双方が主催した番組コンテストでも軒並み最優秀賞を総なめし、結は『大物番組プロデューサー』として栄誉を欲しいままにする事が出来た。

 あまりの人気ぶりにNHKは大河ドラマの放映時間帯を変更する程だった。


 美衣子が懸念していた日本国民の感情悪化による日本列島転移現象が発生する確率は、南海トラフ地震よりも低くなり、美衣子の懸念はひとまず払拭された。


 一方瑠奈は、ムスビ城での戦いに備えて魔改造したマリオカートを竹馬で操りながら首都高速を走っている所を覆面パトカーに発見され、火星転移特別措置法に基づく道路交通法違反と危険運転容疑で書類送検されてしまうのだった。


 瑠奈には大月と美衣子からお仕置きとして、文部科学省が所管する信州のニュートリノ観測施設『スーパーカミオカンデ』の改修が言い渡されるのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の主な登場人物】


・大月 満= 総合商社角紅社員。

・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

挿絵(By みてみん)

・西野 美衣子=マルス・アカデミー日本列島生態環境保護育成システム人工知能。

挿絵(By みてみん)

・鷹見 結=マルス・アカデミー尖山基地管理人工知能だったがバージョンアップされた。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=マルス・アカデミー地球観測天体(月基地)管理人工知能『ルンナ』。月基地に保管されていた日本人標本から誕生。

挿絵(By みてみん)

・イワフネ=マルス人。マルス・アカデミー 地球調査隊長。

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