ユニオンシティ誕生
――――――【北米大陸 旧アメリカ合衆国カリフォルニア州 サンディエゴ北部地区】
夜明け前の海岸で、迷彩防護服に身を包んだ水兵が波打ち際に横たわる魚の死骸を手に取った。
すぐ傍に居る同じ防護服の同僚が、歪に曲がったイワシの死骸にガイガーカウンターを近づけると、直ぐにキューッ!と甲高い警告音を発する。
「……こんな数値なんて」
ガイガーカウンター(放射能計測器)を持つ水兵が、表示された数値を見て絶句する。
「避難民キャンプに『海の物は食べるな、触るな』と通達だ」
水兵達の背後で様子を見守っていたサザーランド大佐が副官に指示する。
「……救出を急がねばならん。ジョーンズ少将とミスター東山に連絡だ」
夜が明けたばかりのどんよりとした灰色の空から、巨大なデルタ翼を持つ空飛ぶ方舟が沖合に着水し、巨大な水柱を空高く噴き上げながら陸地に近づいて来るのを眺めながら、サザーランド大佐は救出作戦の見直しに取り組むのだった。
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2024年(令和6年)3月21日【北米大陸 旧アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ郊外 ロマ岬灯台】
かつて”ファイタータウン”と呼ばれた太平洋艦隊基地や”トップガン”映画で有名な海兵隊航空基地を有していた港湾都市は、第三次世界大戦後にカリフォルニア沖の活断層が活発化して大地震が頻発、地震と共に発生した幾度もの大津波で大半が破壊又は水没して見る影もない。
かろうじて大津波を免れた郊外の事前集積基地と陸上ターミナルの損傷が軽微だった為、西海岸地区の避難民15万人はサンディエゴ郊外に集結している。
月面居住区から飛来する”空飛ぶ方舟”は、サンディエゴ西方沖に着水し、郊外基地へアプローチする形を取っている。
地震と大津波の被害を逃れた高台にあるロマ岬灯台から、水没した港湾地区を徐行しながら内陸へ進む”空飛ぶ方舟”の1艦を見守りながら、方舟1番艦『ルイビル』艦長のサザーランド大佐が、東山龍太郎 地球方面特命全権大使とマルス・アカデミーの結に救出作戦の進捗状況を説明していた。
「今朝から救出作戦のペースを上げていますが、方舟4隻態勢で1日1600人しか月面へ輸送できません。4か月で全員を救出出来る計算になりますが、現実的ではありません」
「……は?十分現実的だと思うのですが?」
首を傾げる東山。
「東山、ルンナラボの収容能力はどのくらいだったかしら」
東山の上着の裾を引っ張って結が指摘する。
「あっ……」
小さく叫ぶと押し黙ってしまう東山。
「仮居住区はソーンダイク達が拡張工事をしているけれど、それでもせいぜい20万人しか定住出来ないでしょうね。全米各地の避難民が少なくとも50万人いる事を考えると、確かに現実的ではないわね」
納得する結。
「ミス・結のおっしゃる通りです。それと、実は此方が現実的ではない最大の理由になるのですが、サンディエゴ周辺地域の海沿いで深刻な放射能汚染が拡がっているのです」
沈痛な顔で説明するサザーランド大佐。
「放射能!?ロシアと中国のICBMで破壊されたサンフランシスコからの放射能雲が南下してきたのですか?」
顔を強張らせて反応する東山。
「いいえ。風向きの影響でサンフランシスコの放射能雲は内陸部へ流れており、此方への影響は今のところ軽微です。
アース・ガルディア首都のサーバーから旧アメリカ合衆国エネルギー庁の情報を見たところ、西海岸部各地の原子力発電所から漏れ出た可能性が高いと思われます」
タブレット画面に表示された西海岸各地の原子力発電所所在地を記す地図を指し示すサザーランド大佐。
「……地震による地盤沈下と大津波、海面上昇で水没した原子力発電所が各地に在ると言う事ですね」
考え込んでしまう東山。
「汚染地区は日増しに拡大しています。このままのペースだと、郊外の避難民キャンプが汚染されるまで2か月だと小官は予測しています」
「月面へ輸送していたのではとても間に合わないわね」
サザーランド大佐の説明に応える結。
「地球から月面まで片道半日かかります。ですが、月面以外のコロニーや宇宙ステーションは既に満員です。少なくても、此処より安全な地域へ移動するしか選択肢がありません」
「……地球上の汚染区域外と言う事ですか。ですが、未だ天変地異が収まる気配はありませんよ?いつ大地震や津波が起こるかわかりません」
月面よりも地球上の他地域を提案するサザーランド大佐に、東山が危険性を指摘する。
「……実はバンデンバーグ基地で北米大陸救出作戦ブリーフィング時に、南太平洋でメガフロートを建設する計画が進行中とソーンダイク民生局長から聞いています。
このメガフロートを移動式避難民キャンプとして利用出来ないものかと、小官は愚考します」
「南半球も火山灰に覆われているけれど、北半球ほどではないわ。放射能汚染も海流に乗って広がるだろうから、時間的に猶予もある。距離的に月面へ向かうより遥かに
近場。悪くないわ」
サザーランド大佐の構想に親指を立ててGJする結。
「やるわね、サザーランド。
……後は電磁シールドで火山灰や放射能雲を近づけさせない様にすれば恒久的な移動海上都市として使えるわね」
結がマルス・アカデミー技術をメガ・フロートに応用する案を思いつく。
「今の南半球は、北米大陸よりは動植物が生き残っていればいいですね。オーストラリアでホエール・ウオッチングをしたことあるんですね昔。海上都市ができたら毎日クジラを見る事ができるかもしれませんね。アハハ」
相槌を打つ東山。
「……東山。今何ていった?」
タブレット端末でメガフロートの構造計算に勤しんでいた結が、突然動きを止めて東山に詰め寄る。
「っ!?すいません!こんな惨状なのにとんでもない不謹慎な事を口走ってごめんなさいっ!」
迂闊な発言をした事に気付き、サザーランドと結に頭を深く下げる平身低頭な東山。
「……だから、何て言ったの?東山」
追及の気配を緩めない結。サザーランド大佐は「わかっていますよ」と頷いて謝罪を受け入れている。
「本当にすいません!毎日海上都市でクジラ見放題なんて―――」「それだっ!」
東山の言葉を遮って叫ぶ結。
「移動海上都市で行き場を失った”妹候補”のクジラ達を保護する……なんて崇高な使命かしら」
うっとりと反捕鯨団体が聞いたら狂喜乱舞する言葉を呟く、大物好きが露呈する結。
「い、妹?」「……」
唖然とする東山と苦笑するサザーランド大佐。
「マルス・アカデミーは全力で海上都市建設を支援するわ!」
俄然やる気をMAXにした結が、鼻息荒く東山とサザーランド大佐に宣言する。
「「……お、おぅ」」
ちょっとだけ引いてしまう東山とサザーランド大佐だった。
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「……さて。先ずは東山とジョーンズの仕事よ」
「ええ。ジョーンズ少将に伝え、岩崎官房長官に話を通したうえで、ソーンダイク代議員と交渉ですね」
暫くして落ち着いた結から話を振られた東山は、灯台下部に在る仮設通信施設に入ると、惑星間通信で火星日本列島の首相官邸に居る岩崎官房長官と連絡を取り合うのだった。
東山から報告を受けた岩崎官房長官は、惑星間通信で月面のソーンダイク民生局長と対話し、アース・ガルディア月面仮設居住区拡充と海上都市建設に日本国および列島各国が大規模な支援を実施する代わり、火星日本列島に友好的な政治姿勢をアース・ガルディア国内に訴える事を要求、ソーンダイク民生局長はこれを了承した。
岩崎官房長官の報告を受けた澁澤総理大臣は英国連邦極東・ユーロピア共和国首脳とも協議した結果、ソーンダイク民生局長への支援を決定し、マルス・アカデミー美衣子の協力を受け火星日本列島から海洋開発企業と大手建設会社からなるJV(企業共同体)をマルス・アカデミーシャトルで地球へ派遣、サザーランド大佐が提案したメガ・フロート海上都市を、火山灰によるフォールアウトが少ない南半球オーストラリア東方沖に建設した。
ジョーンズ少将率いる北米大陸救出部隊は、北米大陸各地で未だ月面へ向かう事が出来なかった避難民25万人をピストン輸送で海上都市へ輸送した。
メガ・フロート海上都市は火山灰の影響が比較的少ない南半球海域の火山帯を避けて旋回航行したが、時おり濃厚な火山灰や火山ガスに遭遇するとその都度、マルス・アカデミー技術を応用した電磁フィールドを展開、磁気フィルター機能で酸性火山灰の侵入を防ぎ、有毒火山ガスを科学的に生存可能レベルまで中和しながら、メガ・フロート海上都市内部へ清涼な空気を送り続けた。
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火星日本列島各国が懸命に北米大陸救出作戦に従事しているのを目の当たりにしたソーンダイク民生局長は、日本国政府及び列島各国、マルス・アカデミーと対立するのは得策ではないとの思いを強くしていった。
「マルス文明と友好関係を築いた日本国政府の技術は実用的で、月面仮設居住区と南半球メガ・フロート海上都市は避難民達の生活を大いに向上させている。
地球上の天変地異が治まるまでは、一時的に衛星軌道上や月面で避難生活を送るしかないが、その為には”火星から奪う”のではなく、”共存”して生存圏を拡げる努力が必要である」
こうしたソーンダイクの思想は、アース・ガルディア各コロニーへ広まり、地球防衛を理由に火星列島各国を従えようとするイゴール総代表の政策に反発する勢力を纏める原動力になっていった。
ソーンダイク派閥は、日本国政府と列島各国政府からの支援を受けながら月面仮設居住区を拡充、2024年(令和6年)7月4日、人類初の月面都市が誕生した。
地球北米大陸からの避難民達は、この月面都市を旧アメリカ合衆国建国理念を受け継ぐ決心を込めて『ユニオンシティ』と呼ぶようになった。
ユニオンシティは北米大陸から続々と救出される避難民の一時的な生活拠点となり、残存旧アメリカ宇宙軍で構成されたアース・ガルディア軍ソーンダイク派部隊、火星日本列島合同司令部が置かれた。
ソーンダイク達旧アメリカ合衆国出身者達は、火星日本列島各国との物資交換、軍事技術の共同研究を深めながらささやかな繁栄を遂げていき、地球南半球に建設されたメガ・フロート海上都市『マリーンシティ』と共に、地球衛星軌道上のアース・ガルディア首都コア・サテライトに対峙する勢力として力をつけていったのである。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・鷹見 結=マルス・アカデミー尖山基地管理人工知能。
・東山 龍太郎=日本国地球方面特命全権大使。西野の大学同期。
・サザーランド=空飛ぶ方舟1番艦『ルイビル』艦長。大佐。




