北米大陸救出作戦
2024年(令和6年)2月1日【北米大陸 旧アメリカ合衆国ミズーリ州西部カンザスシティー郊外 カンザスシティ国際空港】
アメリカ合衆国中央部”アメリカの中心”と呼ばれるこの地域は、雄大なミズーリ川に西からうねるような川筋で東へ流れ込むカンザス川との合流地点であり、開拓時代初期から水運が発達し、農業も盛んな地域だったが、大変動後の現在はイエローストーン火山から降り続く火山灰が川をせき止め、合流地点を中心に栄えてきた都市部は大河の氾濫で半ば水没して廃墟と化している。
生き残った人々は川の氾濫と土石流から逃れるべく、都市郊外に在る閉鎖された国際空港に身を寄せ会うように集まっていた。
「—――—――ハロー。こちらミズーリ州カンザスシティ国際空港。避難民6万人が救援を待っています。誰か応答して!」
高校生位と思われる少女が分厚い航空無線マニュアル片手に、今日も応える者の居ない無線機に呼び掛けていた。
「やっぱり、他の街や国も全滅してしまったのかしら……」
諦め気味に呟く彼女に、衛星軌道で宇宙国家が誕生している事など知る由もない。
カンザス州東部農村地帯に住んでいた高校生の彼女は、火山灰で畑が全滅すると、ダウンタウン郊外に在るこの空港に一家で避難していたのだった。
無線が趣味だった父親の影響を受けた彼女は、高校で無線サークルに所属して無線通信知識を学び、夜は自宅農場の真ん中に在る無線室で父親が海外のハム仲間と交信しているのを、横で目を輝かせながら聴いていたのだった。
火山灰で航空機が飛べなくなった空港でやることもなく、降り続く火山灰を眺めて過ごしていた彼女だったが、父親が情報収集すべく自宅へ戻って無線機を使おうかと言った際、閉鎖されていた空港の無線機を使うことを両親に提案するのだった。
居残った空港職員や警官、州兵に呼び掛けて自警団を結成していた両親は、娘の提案を受け入れると、1日に数時間だけ救援を求める通信を認めたのだった。
「……アイディアは良かったと思ったんだけど、現実は厳しいわね」
寂しげに少女が呟いたその時、無線機から僅かに声が聴こえた様な気がした。
『—――—――ハロー。こちら月面—――—――カンザスシティ国際空港、応答せよ。こちら月面—――—――』
うつむきかけた顔をガバッと起こすと、無線機にしがみつくように受信ボリュームを上げてマイクを取って呼び掛ける少女。
「こちらカンザスシティ国際空港!救援を求む!避難民が沢山居るけど、食べるものも薬ももう無いの!助けて!」
『こちら月面。宇宙軍飛行士のソーンダイク少佐だ。カンザスシティ国際空港のお嬢さんへ。君の仲間に伝えて欲しい。滑走路を使える様にして欲しい。救援部隊をシャトルでそちらへ向かわせる』
月面から発信している元アメリカ宇宙軍飛行士ソーンダイクと名乗る者から、2週間後に救援部隊を派遣するので滑走路を整備して欲しいと呼び掛けられた少女は仰天して両親の元へかけ込むのだった。
娘の報告を受けて管制塔に飛び込んだ両親も月面からの呼び掛けを聴くと、ソーンダイクの指示に従い、自警団仲間や避難民と共に滑走路から火山灰や噴石、航空機の残骸を取り除く作業を行うのだった。
♰ ♰ ♰
そして遂に1時間前、灰色のどんよりとした空から巨大なデルタ翼を持つずんぐりした見たことのないシャトルが滑走路に降り立ち、シャトルから降りてきた海兵隊員に少女の両親や自警団が駆け寄る。
「助けに来てくれたのか!?」
少女の父親が海兵隊員に問う。
「もちろんです。お待たせしましたが、これから皆さんを月面へ運びます」
海兵隊員が明確に答え、それを聞いた両親や自警団が久しぶりの歓声を上げる。
暫くして自警団が落ち着いたのを見計らった海兵隊員は、自警団の案内で空港ターミナルビルへ向かい、避難民を幾つかのグループに分けてシャトルへ搭乗させる準備を始めるのだった。
降り続く火山灰の中、海兵隊員から配られたココアを啜りながら、避難民が自警団や海兵隊員に誘導され、ずんぐりしたシャトルへ搭乗していく光景を管制塔から見守っていた少女が呟く。
「……本当に、夢みたい」
2か月後、カンザスシティ国際空港に居た最後の避難民と少女を含む自警団はシャトルで月面仮居住区に到着するのだった。
カンザスシティ国際空港でシャトルと月面へ通信を送り続けた少女ソフィー・マクドネルは月面居住区に到着すると、民生局長ソーンダイクと初めて面会、彼の要請で行政庁舎から北米各地の避難民への呼び掛けを担当し、北米救出作戦の手助けをする事になるのだった。
♰ ♰ ♰
改装を終えた20隻の『空飛ぶ方舟』=元米海軍攻撃型原子力潜水艦は、シカゴ、シアトル、水没して孤島となったフロリダ半島、フィラデルフィア、オレゴン、ミズーリ等北米大陸各地の避難民キャンプから在住日本人やアメリカ市民、生き残った軍・州兵部隊を収容して北米大陸各地と月面を幾度となく往復した。
『空飛ぶ方舟』乗員であるアメリカ海軍水兵の懸命な努力と地上の残存州兵、海兵隊、警察官の献身的行為によって北米大陸から月面へ避難した旧アメリカ国民は3か月で40万人に達していた。
献身的に旧アメリカ国民を安全地帯へ送り届けようと奮闘する者が居る一方で、避難民の中には、搭乗者の列に割り込んだり「BLM運動」や「マイノリティ擁護」「銃規制反対」等自らの権利を声高に救援部隊へ訴える者も現れたが、彼らは他の避難民達から白眼視され、暴力さえ振るわれなかったものの、搭乗者の列から排除され、空飛ぶ方舟に搭乗する事は叶わなかった。
結と共にアダムスキー型連絡艇で月面から視察に訪れていた日本国東山特使は、そういった光景を複雑な思いで見るのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソーンダイク=アース・ガルディア英語圏代議員兼民生局長。元アメリカ宇宙軍所属ISS宇宙飛行士。
・ソフィー・マクドネル=旧アメリカ合衆国カンザス州出身の女子高校生。父親の影響で無線通信に興味を持つ。




