大月家の通話 / エリアN1205
ーーーーーー【太陽系第五惑星『木星』大赤斑地上 エリアN1205】
(大月満 視点)
ミツル商事多目的船『ディアナ号』に乗ったまま地球から転移した俺達大月家一行は、先ずは朝食を摂りながらこれからの事について話し合う。
「此処が太陽系第五惑星なのは間違い無いわ。アカデミーの惑星磁力線データからも明らかよ」
美衣子が報告する。
「酸素30.5%、水素22.5%、二酸化炭素0.05%、窒素45%この大気構成はかつてマルス・アカデミーと地球人類の宇宙研究機関が観測したものと同じ。クエッ!」
結も報告する。
なるほど、酸素の多い大気だから爽快だったのか。
確か酸素が多い時代は白亜紀で恐竜時代だったかな。人間もやがて巨大化するのだろうか?それは後で誰かに訊くことにしよう。
心のメモ帳に書き留めながら瑠奈の報告を聴く。
「海水の塩分濃度は地球平均値より少し薄い位だけど殆ど変わらないっス!海水温は水面12°C、水深200メートルで2°Cっス!海底は1万メートル位だったから行けないっス!」
瑠奈が元気に報告しているが、海女は水深200メートルまで素潜りで到達出来るのだろうか?
まあ、チューブワームの長という相棒がいるから行けたのだろう。
「自衛隊や人類統合都市の皆さんは大丈夫かしら……」
ひかりさんが不安気に呟く。
「数億単位のジュピタリアンが体内に蓄積していた生体電磁エネルギーで換算すると彼処のドーム内に居た全員が第五惑星へ転移出来たのは確実よ」
「だけどジュピタリアン数億の思念エネルギーをもってしても、それぞれの位置関係まで厳密に維持して転移させるのは難しい……クエッ!」
ひかりさんの不安に美衣子と結が答える。
「ディアナ号だけではなく他の皆もバラバラに転移したという事か……」
ソールズベリー商会の『大黒屋丸Ⅱ』も離れた所に転移したという事か。
「先ずは転移した他の皆に合流するのが先よ」「遭難者の基本は動き回らない事だけど、私達にはコレが有るわ」
美衣子が合流を主張し、結が印籠の如く惑星間携帯電話を掲げる。
そうだな。美衣子謹製惑星間携帯電話で知り合いに電話すればお互いの位置関係が分かるだろうな。
「状況を皆で共有したいからスピーカーモードで通話しましょうね」
ひかりさんが皆に呼び掛ける。
「フンス!先ずは長女の私が一発で解決よ」
鼻息荒く電話した先は日本国の岩崎総理大臣だった。
(美衣子の通話)
『おお!美衣子さん、ご無事でしたか。良かった。先程、出雲大社の弁財天様から第五惑星転移確認の連絡を頂きました。これから周辺領域の安全を確認するために各国と共同して対処する方針です』
安堵した岩崎総理大臣の声が聴こえる。
「そう。それは重畳ね。私達も無事に転移したわ。現在地点を把握したら日本列島へ帰還するわ」
『無事なご帰還を祈っております。所で、日本列島上空からの放射線が通常の70倍です。これは今後も続くのでしょうか?』
「おそらく日本列島上空に展開しているであろう電磁フィールドが安定してくると放射線数値は下がると思うわ。詳しくは日本列島へ帰還してからミツル商事への依頼として相談に乗るわ。それじゃ、また」
日本国の総理大臣と華麗なやり取りを終えた美衣子がやり遂げた顔で通話を終える。
「……お疲れ様、美衣子。それで、現在地点は確認出来たのかな?」
『クエッ!』
素で忘れてたんかい!
(結の通話)
「姉を優雅にフォローするのは私の使命」
『もしもし!結さん!?お待ちしていましたよ!』
通話先の相手が待ち焦がれた様子で応える。
「ごめんなさいプロデューサーさん。ちょっと所用で地球まで……」
『いやいや、分かっていますとも結さん。日本国芸能界の異星人タレントの重鎮としてお忙しいでしょう。
所で、次回のNHK対談番組『ミーコ&ムスビ』の収録日ですが……』
「……そうね、大河ドラマと紅白の収録に影響が無ければそちらにお任せするわ」
『いやいや、とんでもない。大河と紅白については選考が大詰めを迎えておりまして、ソコはまあ、アレですよ』
何となくお茶を濁す様な受け答えのプロデューサー。
気持ちは分かるぞ。歴史物の大河ドラマにマルス人が登場したら歴史がひっくり返りかねないよな。
紅白の司会にしても、司会進行にはNHKなりの決まったお作法や大御所出演歌手と事前に取り決めたトークや寸劇があるからね。
結や美衣子はその辺関係なく、のど自慢のチャイムみたいに無慈悲に歌の良否を1発で裁定しそうな気がする。カラオケボックスの採点よりも辛いと思うぞ。
激怒したり号泣する大御所が続出しそうな気がして想像しただけで胃がシクシク疼いてしまう。
「そう。いい連絡を期待するわ」
NHKプロデューサーとの華麗な会話を終えた結がやり遂げた顔で通話を終える。
あ、これは結気付いていない顔だ。だけど、まあ、いいか。木星転移後の依頼で多分大忙しになる事は間違いないので、忘れてくれるだろう。
「……お疲れ様結。所で現在地点の確認だけど?」
『クエーッ!』
結よお前もか。
(瑠奈の通話)
「お姉ちゃん達は仕方ないっス!売れっ子だから。
此処は真打の瑠奈が決めるっス!」
「もしもーし!東山さんっすか?瑠奈っス!お久しぶりっス!」
『お久しぶりです大月瑠奈さん。この異常現象前にドームの外でお見かけしましたが』
「ごめんっス。アレはいきなり外の換気システムの配管が破壊されて巻き込まれそうになったから応急処置してたからっス!」
『破壊ですって?』
「そうっス。アレは人為的な破壊っス。ウチが苦労して設置した配管に宇宙服を着た人がC4爆薬の入った酸素ボンベを結び付けていたっス!」
『なんて事だ』
「それで、東山っちに聞きたいのだけど今何処に居るか分かるっスか?」
『それは此方も同じです。私達のドームはどうやら大気の渦の中を猛スピードで流されているようです』
「ありゃりゃ、それは大変っスね。ウチらも何処か分からない海岸に転移しているっス!お互い遭難っス!アハハハ!じゃあ、またっス!」
『ちょっと!待っーーーーーー』
東山大使が呼び止める前に通話を終えた瑠奈。
「……まあ、アレだ瑠奈。お疲れ様。現在地点だけど」
「ごめんなさいっス!分からないっス!」
マジか。
仕方ない此処は大人の俺が普通を装ってクールにキメるとしよう。
(大月満の通話)
『この電話番号での発信はお客様のご都合により、停止させて頂いております……』
プツッ――――――、ツーッ、ツーッ……
俺のターン、秒で終了。
「あなた……」
ひかりさんの微妙な笑みが心に突き刺さる。
最近試食食材の調達が忙しくて残高考えずにバンバン買っていたような気が……。
みんなの一生懸命さに報いたくて食材を切らしては駄目だと気を張っていたのだが……。
アレはちゃんと領収書取って経費扱いで会社から支払っていれば良かったのだけど、そんな事に割く時間が……と言った所で俺の不手際に違いない。
「……ふぅ。仕方ないですねぇ」
あざとくため息をつきながら何気なく連絡を取るひかりさん。
『もしもし、ひかりさん。ご無事でなによりです。イワフネです。ひかりさんの発信位置を直ちに特定します……』
「自衛隊や他の皆との連絡は取れましたか?」
『取れていません。ですが、ひかりさんの発信位置近くから多数の自衛隊らしき識別コードが発信されています』
ひかりさんに応えるイワフネさん。
『皆さんの居る場所は我々がエリアN1205と区分けした場所です。衛星軌道上からでは厚い雲海に阻まれてエリアの地形が観測出来ませんが、此処のエリアから自衛隊の識別信号が多数確認されています』
「まあ!イワフネさん素敵な情報をありがとうございます。落ち着いたら唐揚げ食べに家へいらしてくださいね」
『ありがとうございます。その際はご馳走になります。皆さんの位置情報については首相官邸にも連絡しておきますね。それでは失礼します』
まるで親戚や親しい友人とのやり取りを行ったひかりさんが通話を終える。
「ハイ、おしまいです。みんな自分の事ばかり先にしちゃ駄目ですよ、めっ!ですよ」
おっとりと、しかしどや顔で娘たちを甘く叱るひかりさん。
「「「ごめんなさい」」」
反省した美衣子達三姉妹が頭を下げる。
「それと、あなた。……新興大企業の社長が電話料金滞納なんて恥ずかしいので、電話代ぐらいは常に残高置いてくださいね?」
「ホントごめんなさい!」
ひかりさんに注意された俺は恥ずかしくて木星の青黒い海の底よりも反省するのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ミツル商事社長。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岩崎 政宗=日本国内閣総理大臣。日本列島火星転移当時は内閣官房長官だったが、爆弾テロによって重症を負った澁澤太郎から政権を託された。
火星原住生物巨大ワーム群による東京湾侵攻の混乱で立憲地球党政権首脳陣が死亡した事に伴い与野党含めた救国暫定臨時政権を樹立、再び総理大臣となる。
・東山 龍太郎=ひかりとは大学時代の同級生。しがない外務官僚だったが大月満がマルス・アカデミーと関係を築く中、ひかりに巻き込まれる形で大月家と関わって大使にまで昇進していく。
日本国地球方面特命全権大使としてユニオンシティのソーンダイク代表を支える立場に就く。
*イラストは、イラストレーター 更江様です。
・イワフネ=マルス人。富山県尖山基地でコールドスリーブしていたところを満とひかりに発見された。
総合商社角紅へサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、木星探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。
マルス人の本能的に海が好き。生け簀によく落ちる。




