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転移列島  作者: NAO
雲海編 雲海の大地
449/462

首相官邸【後編】

2027年(令和9年)5月8日午前5時50分【東京都千代田区永田町 首相官邸地下 総合指令センター】


 首相官邸地下に在る日本全土の政府組織に指示・指令を発出する総合指令センターの職員達は、日本列島転移直前に意識を喪失したものの、30分ほど前から次々と目覚め手元の端末や中央モニターに表示された画面を視ると状況を確認すべく各組織、各地との連絡を取り始めていた。


 再始動を始めた総合指令センターに早足で入った春日官房長官は、挨拶をしようと席を立とうとする職員達を手で制するとセンター内の全員に告げる。


「皆さんそのままで聴いてください。先程岩崎総理にマルス・アカデミーから日本列島全域の木星転移が確認されたとの連絡が入りました。現時点で地球人類生存に問題ない環境の様ですが、領海、領空から100キロまで電磁フィールドが展開されています。

 尚、自衛隊、海上保安庁、在日ユニオンシティ防衛軍、英国連邦極東軍、台湾国警備軍、ユーロピア共和国軍、内閣府は既に()()()()()()()()()()()()に従って共同対処行動を開始しています。以上です」

一気に説明する春日官房長官。


「この情報は公開可能でしょうか?」

総務省電波管理局の職員が質問する。


「情報開示は午前7時に開く総理と各国首脳による最初の合同発表以降とします。それまでは、先ずは各地の状況を把握しなくてはなりません。

 一刻を争う状況です。細かい省庁間の上下関係や忖度は不要、皆さんが情報を入手次第その場でインカムを通して報告をお願いします」


 センター内の全員に告げると中央の統括席に着く春日官房長官だった。


 春日の着席と同時に文部科学省のオペレーターがインカムで報告を始める。


「文部科学省、JAXAです。大赤斑上空の衛星軌道上の木星探査船『おとひめ』と連絡が取れました。『おとひめ』は日本列島転移前にも複数の重力波を観測しており、ニューガリアやユニオンシティが発信源らしき放送も観測しています」


「ニューガリアは放射線台風で壊滅したのではなかったのか?」「ユニオンシティも核施設が暴走して消滅したと報道されていたぞ!?」

他省庁のオペレーター達が顔を見合わせて囁く。


「ニューガリアやユニオンシティとの連絡は取れるのですか?」

「いいえ。大赤斑上空の強烈な磁場で断片的な放送しか入手出来ませんでした」

春日に訊かれたオペレーターが答える。


「強烈な磁場と言う事は我が国上空も同じですか?」

「はい。勝浦の宇宙通信所によると、通常回線は繋がらず、試験的に装備されていた惑星磁力線信号と同じ仕組みの通信だけが送受信可能な状態です」

文部科学省オペレーターが春日に説明する。


「環境省、日本列島各地の放射能モニタリングポストは通常の70倍程度の放射線を検知。値の変動はありません」


「放射線は全国の自治体にリアルタイムで通知しましょう。国民の外出は時期尚早です。Jアラートは継続、警察・消防は自治体と連携して引き続き屋内避難を呼び掛けてください。

 それと、薄々感じているかと思いますが、空気が吸いやすいというか爽快です。環境省は大気分析を気象庁と共に行ってください」


「国土交通省は防衛省と連携して列島の陸海空航路の安全確認を。確認後、防衛大臣の判断で交通の再開をしましょう」

春日の指示に国土交通省と防衛省担当者は頷いて各所に連絡を始める。


「防衛省、稚内と佐渡島、石垣島のレーダーサイトが空中を移動する物体多数を探知。高度3000mを維持しつつ時速500kmで日本列島を北から南へ横切るコースです。

 府中からAWACS(早期警戒管制機)と迎撃機を出します。各地の高射隊は臨戦態勢へ移行します」


「わかりました。木星上空ですからジュピタリアンへの誤射に注意してください」


「気象庁、日本列島の潮汐や大気の流れは通常通り。各火山、想定震災震源断層いずれも異常は検知されていません」

気象庁オペレーターが報告する。


「月が無いのに潮汐や大気が通常通りなんてあり得ない」


「木星の衛星が幾つ有ると思っているんだ、70は有る衛星の相互作用が原因かも知れないぞ。

 それに、火星の時も当初は電磁バリアが独立した生態系バイオスフィアを形成していたんだ。其れ位おかしくないさ」


 気象庁の報告に海上保安庁、文部科学省のオペレーターが反応する。


「通常通りで有る事の証明は、共同対処行動で行われる周辺領域調査に任せましょう。

 調査要請を危機管理センターへ出しましょう」


「財務省、列島転移シナリオ2201発動により株式市場、債権市場、外国為替市場は当面休場とします。尚、再開後も火星転移特別措置法による投資家補償を適用する形で電子マネーやAIを通じたアルゴリズム取引の無期限停止措置を講じます」

「金融機関への取り付け騒ぎだけは防がねばなりません」


「経済産業省、シナリオに沿ってエネルギー供給各社やゼネコン等と連携して洋上水素プラント建設準備に入ります」

「建設には国土交通省、環境省も加えて地元自治体も初期段階から関与させてください」



 次々と入る報告に適切な対応を矢継ぎ早に下してゆく春日官房長官に専用通話回線で報告が入る。


『国立天文台の空良所長です。太陽が異常です』

「は?太陽がですか?」

唐突に空良に告げられた内容に面食らう春日官房長官。


『日本列島は木星へ転移しましたが、何故日本列島の夜明けが火星よりも遥かに遠い木星でもいつも通りなのでしょうか?』


「あっ!?まさか!」


 空良の問い掛けに思い至る春日。


『そうです。火星と同じ様に太陽の日照が有るのはどう考えてもおかしいのです』

「衛星軌道上の『おとひめ』の観測結果は?」


『「おとひめ」からは日本列島上の太陽を観測出来ないそうです』


「え?」


『厳密には日本列島上空を太陽と同じ角度と軌道で移動する、著しく複雑で局所的な磁場の歪みが観測されていますが、衛星軌道上からは赤外線や紫外線は観測出来ないのです』


「では、今日本列島を照らしているのは……」


『はい。ご推察の通りマルス・アカデミーが生成した人工太陽と思われます。当該空域を詳しく調べない事には判明しませんが』


人工太陽コレは詳しく検証しない事には、公表出来ませんね。万一、興味を持った天文関係者やマスコミに訊かれても調査中としか答えられませんね。

 今の時点では我が国周辺領域の安全確認を優先する段階です。

 マルス・アカデミー関連の現象は基本的に地球人類に害を及ぼすものでは有りませんから、後回しでしょう」


『……仕方ありません。太陽活動の調査の際は必ず国立天文台を呼んで下さいね?』


「分かりました。日本列島が木星で長期的に生き延びる為には周辺領域の環境調査は必要不可欠ですからその際は必ずお誘いします」

落胆する空良を宥める春日だった。



ーーーーーー【静岡県、山梨県県境 富士山】


 標高3776mとなる日本列島最高峰のこの火山奥深くには、新天地となった惑星の深層から流れてきた高温高圧の流動性化合物が静かに集まり始めていた。



 第五惑星『木星』へ転移した日本列島地殻部分、環太平洋火山帯地下深くにあるマグマ溜まりには、第五惑星最深部を形成する高圧高温の金属水素がマグマの如く着々と流入し続けてゆくのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m

次話は9月21日(日曜日)に投稿予定です。


【このお話の登場人物】

・春日 洋一=自由維新党青年部長。参議院議員。元ミツル商事社員。救国暫定臨時政権の内閣官房長官となる。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・空良 透=国立天文台所長。好奇心旺盛。

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