木星探査船『おとひめ』【後編】
大赤斑中心部に発生した冠の様なオーロラは、依然としてゆらゆらと赤みがかった青い光を周囲の空間に放っている。
木星のトレードマークである赤い1つ目がまるでブルーのコンタクトレンズを装着した様に見える。
ブルーコンタクトレンズを装着した大赤斑遥か直上の衛星軌道上には、大気圏下層で発生している異常事態を観測すべく、JAXA(宇宙航空研究開発機構)木星探査船『おとひめ』が静止している。
2027年(令和9年)5月7日午後11時40分【太陽系第五惑星『木星』大赤斑上空の衛星軌道上 木星探査船『おとひめ』艦橋 管制区画】
「大赤斑中心部のオーロラの拡大は止まりました。電磁フィールドは依然継続中」
「オーロラの推定発生範囲19000キロです」
「地球1個分が丸々入る大きさだ……」
「膨大なエネルギーを必要とする電磁フィールドが広範囲にこれ程長い間継続出来ているとは……木星大気圏は一体どれだけのエネルギーを溜め込んでいるのだ」
オペレーター達の報告を聞き、未だ知られていない惑星の奥深さに認識を新たにする天草。
「再び重力波異常を検知。エリアW1005異常観測範囲は推定50km」「同エリアから発信電波反応……これは!?」
管制区画のオペレーターの一人が特異な反応を見つけて訝し気な顔をする。
「船長代理!行方不明だったアダムスキー型連絡艇のビーコンを検知しました!」
通信担当オペレーターがイワフネに報告する。
「天草さん、これは」
「ああ。救援も兼ねた調査隊を出すべきだ」
イワフネと天草が顔を見合わせて頷く。
「なんだこりゃ……歌!?」
ビーコンをキャッチした通信オペレーターが、ヘッドセットを抑えて些細な音も逃さずに集中して収音センサーを最大限にする。
通信オペレーターがスピーカーモードで収音センサーが捉えたモノを周囲のオペレーターに聴かせると驚きのどよめきが起きる。
「イワフネ船長代理、通信区画が混乱しています」
「何があったのです?」
「例のポイントから音楽が発信されているようです」
「音楽……ですか?」
「はい。こちらからの応答に返答せず、繰り返しユーロピア共和国の国歌『オー・シャンゼリゼ』の唄が流れています。自動発信設定されている可能性があります」
「まさかオルゴールが放置されている訳ではありませんし……」
高い艦橋の天井を仰ぎ、どうしたものかと対応に苦慮するイワフネ船長代理だった。
――――――同11時50分【木星探査船『おとひめ』艦橋 管制区画】
「今度はエリアE0107大気圏上層域で重力波異常を検知!異常観測範囲推定10km」
「おい、どうしてこんなところでコレが聴こえるんんだ!?」
「どうしたのだ?」
「大気圏上層域からラジオ放送が発信されています。電波に強弱ありますが」
「また例のシャンゼリゼですか?」
「いいえ。ユニオンシティCNNの『VOU』です。DJがデキシージャズを流してノリノリの様です」
「明らかに大赤斑で異変が起きている。マジでヤバいやつだ。本格的な調査隊を編成しよう。
それと君、DJの下りは報告不要だ」
「……イエスボス」
かつてニューオーリンズのNASA勤務を経験したオペレーターは天草の指摘に肩を竦めて応えるのだった。
――――――5月8日午前1時45分【木星探査船『おとひめ』艦橋 管制区画】
「大規模な重力波異常を検知!エリアS1825。異常観測範囲は1500kmを超えています!」
「今までで一番大きい重力波異常だ。本命か?
……イワフネ船長代理、何が起こるか分からない表層に調査隊を送るのはダメだな」
「残念ながら調査隊出発は延期ですね。状況の再評価が必要です」
天草に応えるイワフネ船長代理。
「天草理事長、調布のJAXA本部から木星探査隊へ惑星磁力線通信の自動メッセージを受信。」
「調布の本部から?」
予想外の発信源を告げる通信オペレーターに眉を顰める天草。
「取り急ぎ、電文を理事長と船長代理のタブレット端末へ転送します」
タブレット端末に表示されたメッセージを見た天草とイワフネは絶句する。
メッセージには、岩崎総理大臣名で日本列島生態環境保護育成システムが間もなく発動して日本列島が何処かへ転移してしまう旨が記されていた。
「まさか、先程の重力波異常は……」
絶句する天草理事長だった。
数分後、真っ青な顔をした通信オペレーターがイワフネ船長代理と天草理事長に日本列島との通常回線データリンクが途絶したとプライベート通話で報告するのだった。
報告を受けた天草理事長は『おとひめ』搭乗員全員に向けて全艦放送を行い、火星日本列島と通常回線データリンクが途絶した事を伝え、現在大赤斑で起きている異常現象解明に全力で取り組む事を指示するのだった。
全艦放送の後、天草は密かにマルス・アカデミー木星再生船団のリア隊長に日本列島との一般通信途絶を伝え、万一の場合は搭乗員をマルス・アカデミーにて保護して欲しいと要請するのだった。
――――――5月8日午前5時35分
「大赤斑表層から電磁フィールドを抜けて大気圏上層部を移動する飛行物体を検知」
「IFF検知。日本国航空・宇宙自衛隊の零七式宇宙戦闘機です」
「イワフネ船長代理、零七式から国際周波数で信号発信されています!」
管制区画のオペレーターからオペレーターがイワフネ船長代理に報告する。
「……やはりですか」
オペレーターの報告を聞いたイワフネは非現実的な事象の発現を確信して呟く。
『こちら日本国航空・宇宙自衛隊百里基地所属”八咫烏”。木星探査隊応答せよ』
「ようこそ木星へ。こちら木星探査隊『おとひめ』。大赤斑下層で大規模な重力波異常を立て続けに検知しています」
『了解した「おとひめ」。当機は日本列島上空の観測任務中であり、此方で起きている状況を説明する権限は与えられていない。説明を求めるならば周波数コード――――――を使用されたし』
「了解した『八咫烏』。周波数コード開示に感謝する。貴官の任務成功を祈る」
「通信オペレーター、今の空自との交信は聴いていましたね?直ちに周波数コードーーーーーーにチャンネル設定してください」
イワフネが指示する。
チャンネルを設定した途端に通信機から応答を呼び掛ける声を受信する。
『こちらJAXA勝浦通信所。木星探査船『おとひめ』応答せよ』
「こちら『おとひめ』船長代理のイワフネです。ようこそ木星へ。日本列島のサプライズな登場を歓迎します」
『歓迎に感謝します。調布本部との回線を接続するのでこのままお待ちください』
「船長代理、調布のJAXA本部との通常回線データリンク再接続を確認しました」
「……分かりました。短い間でしたが、ちょっとヒヤヒヤしましたね」
通信オペレーターに応えると、ホッと一息をつくイワフネ船長代理だった。
日本標準時午前5時40分以降、JAXA宇宙通信所を始めとする日本各地から通信が次々と入り、『おとひめ』乗組員は、日本列島と列島各国が木星大赤斑へ転移したと確信するのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、木星探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。
本能的に海が好き。生け簀によく落ちる。
・天草 士郎=JAXA(宇宙航空研究開発機構)理事長。華子の父。娘である天草華子の木星探査に同行している。




