木星探査船『おとひめ』【前編】
――――――【太陽系第五惑星『木星』大赤斑上空の衛星軌道上 木星探査船『おとひめ』】
おとひめ上層に位置する観測ドームに居る天草は、木星北極に出現している巨大な青いオーロラを思案しながら眺めていた。
「華子……無事で居てくれよ」
一人娘を案じて呟く天草士郎。
「行方不明の隊員を搜索する隊を編成せねば……」
娘の華子と友人の名取由美子を捜索する手筈を考えながら、天草の視線は巨大な高気圧台風である大赤斑を取り巻く雲海へと移ってゆく。
グレート・レッド・ジャックポッドと呼ばれるこの高気圧台風は地球2〜3個がすっぽり収まる規模がある。
また、5000キロという地球の10倍の厚さを持つ木星大気圏の雲海がネックとなり、衛星軌道上から大赤斑表層を直接視認観測する事は未だ出来ていない。
唯一、マルス・アカデミー技術による惑星磁力線を用いたアダムスキー型連絡艇が撮影する中継映像で地球人類初の木星大気圏下層の有人視認による探査が本格化しようとしていた矢先に起きた華子とその友人である名取由美子の行方不明だった。
「ジュピタリアンと行動を共にしているとは思うのだが……」
火星日本列島のJAXA本部からは軍事機密にあたるため天草には僅かにしか伝えられていないが、ジュピタリアンの能力によって火星や地球へ移動する技術が存在するらしい。
華子達はジュピタリアンと共に何処かへ転移したのかも知れない。
尚、その情報には必ず「唐揚げ」「麻婆茄子」「海鮮丼」「フレンチフルコース」といった隠語めいた符丁が在り、天草は触らぬ神には何とやら~で積極的に関わる事はしていなかった。
今となってはその保身的振る舞いが悔やまれる。
拳を固く握りしめて巨大に渦巻く大赤斑を見つめる天草士郎だった。
「こちらでしたか……天草理事長。イワフネ船長代理から至急の言伝です……」
長い時間を観測ドームを過ごしていた天草理事長に少し息を切らせたオペレーターが早足で近づくと耳打ちする。
「……分かった。行こう」
言伝の内容に眉を顰めて応えた天草はオペレーターと共に管制区画へ向かうのだった。
2027年(令和9年)5月7日午後11時37分【木星探査船『おとひめ』艦橋 管制区画】
「大赤斑下層エリアN1205にて重力波異常を検知!」
「多数の規則的な信号発信を確認。惑星磁力線を利用しています。IFFデータ照合します」
「馬鹿な!?衛星イオの火山活動に反応した磁気異常由来の高周波電波バーストがたまたま発生しただけじゃないのか?衛星観測班のデータも照合するんだ」
次々と観測される異常現象に対応するオペレーター達。
火星転移前の日本天文界では、稀に謎の宇宙からの通信を受信した!とニュースになっていたが、実は衛星イオの噴火で発生した火山ガスが木星大気の水素や太陽風に触れて化学反応を起こし、高周波電波バーストを断続的に発生させる事が明らかになっている。
「衛星観測班のデータ照合……発信源は衛星軌道上や第1衛星イオではありません。発信源は大赤斑表層、エリアN1205です。現在も継続的に発信中」
「表層だと!?一体何なんだ?」
困惑するオペレーターに新たな情報がもたらされる。
「大赤斑大気上層に大規模な電磁フィールドを検出。大赤斑表層中央から高温の金属水素噴出を確認しました。電磁フィールドの発生は継続中」
「金属水素だって!?木星深層に存在が推測されているモノが噴出!?」
「金属水素って超高温、超高圧の環境下で水素が属性変化する幻の物質だぞ!」
「地球上ではコンマ秒という僅かな時間しか形成出来ないモノが……」
「継続中の電磁フィールドって、まるで天然の電磁バリアじゃないか……」
航空・宇宙自衛隊から出向しているオペレーターが驚く。
オペレーター達の困惑と驚きは徐々に深まってゆく。
「船長代理、船外の大気圏監視モニターが大赤斑上空でオーロラを観測。強烈な磁場反応を確認。推定エネルギーは地球の1000倍」
「過去の木星探査ではそんなモノ出なかったぞ!」
「皆さん冷静に。中央モニターに接続をしてください」
慌てふためくオペレーターを宥めたイワフネ船長代理の指示で管制区画中央にホログラフィックモニターが出現し、大赤斑中央部上空が他より盛り上がった頂を中心に赤みがかった青色のオーロラが冠の様に拡がってゆく光景が映し出される。
巨大なオーロラは大赤斑中心部を覆うように幾重にも拡がっており、極太な青い光のカーテンが幻想的に揺らめいている。
マルス・アカデミーの恒星間移民船をベースとした巨大な船体の艦橋フロアーに居る全員が、青いオーロラの幻想的な輝きに言葉を失って眺めていると、通信区画のオペレーターが艦橋中央の船長席に座るイワフネの所へ歩み寄って小声で報告する。
「イワフネ船長代理、エリアN1205のIFF信号データ照合結果が出ました……地球連合防衛軍東アジア方面軍所属、日本国自衛隊地球派遣群、陸上自衛隊第7師団です」
「自衛隊地球派遣群?旧中国東北部に進出していた筈ですが……」
オペレーターの報告に困惑を隠せないイワフネだった。
「それと、先程の信号が受信出来なくなりました。発生中の電磁フィールドが原因かもしれません」
「一体表層で何が起こっているんだ……」
イワフネや天草を含めた管制区画のオペレーター達は困惑を深めるのだった。
困惑したオペレーター達をよそに、艦橋中央に映し出された青いオーロラは相変わらず幻想的に輝き続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・イワフネ=マルス人。ミツル商事にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、木星探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。
本能的に海が好き。生け簀によく落ちる。
・天草 士郎=JAXA(宇宙航空研究開発機構)理事長。華子の父。娘である天草華子の木星探査に同行している。




