屋根裏のオペレーター
――――――日本列島転移直後
出雲大社近くに在る海は沖合から水平線の彼方まで、深夜にもかかわらず海底から差し込む碧色の光によって淡く輝いていた。
2027年(令和9年)5月8日午前0時45分【島根県出雲市 出雲大社屋根裏】
遥か神話の時代からこの地に存在する荘厳な神社本殿の屋根裏部屋には、日本列島全域に散らばった800万神々の端末=マルス・アカデミー日本列島生態環境保護育成システムを統括する空間が存在する。
現在、神社境内はもとより日本列島に存在する全ての地球人類が意識を失っている状況において、この屋根裏では警報音がこそ鳴り響いていないものの、警告や危険状態を知らせる通知がひっきりなしに表示されており、オペレーターとしてシステムを操作している七福神は対応に追われていた。
天井の梁まで警告メッセージや表示で埋め尽くされたホログラフィックモニターを操作しようと神々に従う白鼠や鶴亀が走り回り、飛び回る。
「日本列島上空の大気圧の急激な変化を検知、通常の100倍を超える高気圧だなぁ。ダウンバーストが来るんだなぁ」
非常時にもかかわらずトレードマークの福々しい笑顔の額に冷や汗を滲ませながら布袋尊が告げる。
暫くすると出雲大社の屋根に遥か上空から酸素を多く含んだ猛烈な強風が叩きつけるように吹き付ける。
拝殿や本殿を囲むご神木が突風で枝葉を飛ばされミシミシと音を立てて大きくなびき、参拝者が奉じた絵馬が激しく揺れ、手水舎の柄杓や桶が吹き飛ばされて境内を転がってゆく。
「日本列島全域で風速50mを超えるダウンバーストを観測ですよ」
烏帽子に狩衣の恵比寿が中央管制席に座る弁財天に報告する。
「あらやだ。このまま高圧大気をもろに受けると列島の地球人類が押し潰されてしまうわ。毘沙門、何とか出来ないかしら?」
美しく整った眉を吊り上げた弁財天が布袋尊の隣に座る毘沙門天に訊く。
「現在の日本列島が蓄えている惑星磁力線エネルギー残量を全て使えば電磁バリアは展開可能だが、他の事態に対応できないのである」
甲冑を着た顰めつらの毘沙門天が応える。
「皆の衆!待つのじゃ!ダウンバーストが収まりつつあるぞい。なんと!……止まったのじゃ」
ホログラフィックモニターを注視していた寿老人が驚きながら皆に呼びかける。
「どういう事かしら?」
首を傾げる弁財天。
「これが原因だなぁ。日本列島上空に強烈な磁場反応を検知。まるで電磁バリアだなぁ」
布袋尊報告する。
「道理で宇宙放射線が第四惑星転移時に比べて少ない理由ですよ」
恵比寿が応える。
「ですが問題もありますゆえ、太陽からの放射熱が地球の20分の1に減少しておりますゆえ」
大黒天が指摘する。
「太陽は地球人類と動植物にとって大事ね。
毘沙門、電磁フィールド上層に多層屈折集光させた疑似太陽を生成させましょう。日照設定は日本標準季節の五月でお願いするわ」
弁財天が指示する。
「……しかし、此処が何処の惑星か未だ分からないわ。念のため対デブリ・巨大生物侵入阻止用の電磁バリアは全域に展開するわよ。毘沙門よろしくて?」
「承った」
弁財天の指示に頷いて応える毘沙門天。
「日本列島地殻の着底を確認、底はえらく凍っとるわい」
福禄寿が長い白髭を扱きながら報告する。
「日本列島周囲に大量の水分反応ですよ。水温は海底最深部マイナス140度から海面20度ですよ」
恵比寿が報告する。
「海水の成分分析……塩分濃度は地球平均よりやや薄いか同じに違いありませぬゆえ」
慎重にデータを計測していた大黒天が皆に告げる。
「大気分析結果が出たんだなぁ。窒素45%、酸素30.5%、二酸化炭素0.05%、水素22.5%、ヘリウム、アンモニア0.04%などだなぁ。地球人類の生命活動継続に支障は無いんだなぁ」
布袋尊が告げる。
大黒天と布袋尊の報告を受けて屋根裏に集う七福神の空気は、緊張から安堵へと変化し始めていた。
「……いまさらじゃがのう、現在位置測定結果が出たのじゃ。アカデミーの惑星磁力線観測データから、日本列島の太陽系第五惑星への転移を確認したのじゃ」
寿老人が皆に告げた。
「そのアカデミーから通信ですよ」
恵比寿が付け加える。
「プレアデス・コロニーのアカデミー本部かしら?」
「違いますよ。木星再生船団のリア隊長から、日本列島全域に応答を求める通信が送信中ですよ」
弁財天に応える恵比寿。
「応答ねぇ……福禄寿?列島の地球人類は覚醒したのかしら?」
「覚醒率0パーセントだわい。
惑星間転移代償としてのヒト思念エネルギー大量消費と急激な気圧変化で本能的に仮死状態となって未だ昏睡状態だわい」
弁財天に訊かれた福禄寿が答える。
「第四惑星転移時と違い、第五惑星への転移は人体にはかなりの負担だったから致し方ないわね……」
「そうじゃの。酸素を多く含む大気で心身の回復は促進する筈じゃからあと3、4時間もすれば覚醒するわい」
弁財天に同意した福禄寿が応える。
「そう言えば、覚醒した地球人類への情報公開はどうするのじゃ?」
寿老人が弁財天に尋ねる。
「生存可能な惑星に転移した事は通知するけれど、それ以上の細かい事はわざわざ開示はしないわね。日本国首相への連絡は最低限の通知に留めるわ。
我々はアカデミーが推進する『創星プロジェクト』の中核たる生態環境保護育成システムとして地球人類を見守る側。もし開示するとしても、システム更改権限を持つ美衣子様によってしか出来ないわ」
弁財天が答える。
「その美衣子様は日本列島から離れて連絡が取れないのう……」
肩を竦める寿老人。
「美衣子様権限が失効していないという事は無事な筈。そのうち連絡が取れるでしょう。故に、アカデミーの通信にシステムたる我々が通信に対応する必要は無いわ。……待ちましょう、人類の目醒めを」
屋根裏の明り取り窓から七福神が生成した疑似太陽によって白み始めた夜明け前の空を見上げて応える弁財天だった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】※説明内容はフィクションです。
・弁財天=日本列島生態環境保護育成システム中央管制官。
琵琶を奏でる絶世の美女。音楽・弁舌を司り、知恵、芸能・学問成功のご利益がある。
・恵比寿=日本列島生態環境保護育成システム大気圏循環及び通信担当。
烏帽子に狩衣、釣竿と魚籠を持ち立派な鯛を抱えている。商売繫盛のご利益がある。
・大黒天=日本列島生態環境保護育成システム大気分析・デブリ・宇宙線監視担当。
打ち出の小槌と大きな袋を持ち、米俵と白鼠を従えている。五穀豊穣のご利益がある。
・毘沙門天=日本列島生態環境保護育成システム防衛・電磁フィールド担当。
甲冑を着込んで矛と宝塔を持ち邪鬼を踏みつける武運の神。厄除け、財運、大願成就のご利益がある。
・布袋尊=日本列島生態環境保護育成システム気象管理担当。
福々しい笑顔と太鼓腹、肩に下げた大きな堪忍袋が特徴。評知と和合金運招福のご利益がある。
・寿老人=日本列島生態環境保護育成システム地殻管理担当。
白髪に頭巾、白く長い髭をたくわえ、経典を付けた杖と桃を持つ。長寿延命、諸病平癒、富貴繁栄のご利益がある。
・福禄寿=日本列島生態環境保護育成システム生命体維持・観測担当。
身長の半分を占める長い頭と長い白髭が特徴。杖をつき、長寿の象徴である鶴や亀を従えている。
子孫繁栄、財産、健康長寿のご利益がある。




