放棄都市 / 平穏な一日 / 唐突な忠誠
後日譚となります。
2027年(令和9年)5月8日午前9時【火星北半球アルテミュア大陸中央 ウラニクス湖畔 放棄都市『ネオ・ウラニクス』】
「くっ!5月なのにこんなに暑いなんて……」
昨晩遅く日本国から強制退去処分を受けたイスラエル連邦政府駐日大使一行は、自衛隊輸送機によってウラニクス湖畔にあるネオ・ウラニクス郊外に在るユーロピア共和国軍飛行場へと移送された。
駐日大使一行に1週間分の水と食料の入ったコンテナを与えると、自衛隊輸送機は直ぐに火星日本列島へと戻って行った。
「やはり極東の野蛮人だったか。彼らはいずれ偉大なる唯一神ヤハウエィのもと、ユダヤ民族に隷属させて魂から生まれ変わらせねばならん」
自衛隊輸送機が飛び去った南東の空を睨みながら呟く駐日イスラエル大使。
「大使!飛行場脇の簡易指揮所に無線設備がありました。電源は生きています!」
大使館付駐在武官が大使に報告する。
「出力が問題だがまあいい。衛星軌道上のダンケルク基地に救援要請を行って保護して貰えば、宇宙基地から月面都市を経由して祖国へ救援要請が行える」
楽観する駐日大使。
「救援が到着するまで数日有れば十分だろう。それまではバカンス代わりにこの放棄都市で楽しもうじゃないか」
人気のないネオ・ウラニクス市街地を眺める駐日大使が空元気を出して一行を勇気づける。
かつてどの国にも馴染めなかった5万人のはぐれ者や訳ありな人々が集った”裏人類都市”は、太陽光発電システムが故意に暴走して住民ごと焼き払われた後、ユーロピア共和国振興の一環として木星原住生物群たるジュピタリアン来訪の中継拠点として整備し始めたばかりだったが、超巨大放射能台風がユーロピア共和国首都を襲った為、全ての人員が火星日本列島へ退避して放棄都市となっている。
「……気長に探すとしましょう、と、おおっ!?何だ!」
気楽に答えた駐在武官の足元が揺れてよろめく。
数十秒後、耳をつんざく轟音が南西上空から響き渡り驚いた大使一行が最期に目にしたのは、赤い青空に墨を落としたように拡がっていく黒雲と稲光、黒雲を突き抜ける様に天高く巨大な火柱を噴き上げる太陽系最大の活火山=オリンポス山と彼方から瞬く間に迫り来る城壁の様な大火砕流だった。
2027年(令和9年)5月8日午前9時20分、火星北半球アルテミュア大陸中央部 ウラニクス湖畔の放棄都市『ネオ・ウラニクス』は、火星全域に及んだオリンポス山大噴火による火砕流に巻き込まれて壊滅した。
アルテミュア大陸中央部シドニア地区に在る無人のマルス・アカデミー地下施設に設置された観測装置によると、オリンポス山噴火後にウラニクス山脈一帯の生命体探査を行ったものの、生命反応は皆無だった事が後年、明らかになっている。
☨ ☨ ☨
――――――【プレアデス星団第3恒星 惑星系『ケラエノ』 マルス・アカデミー・ケラエノ宇宙物理学研究所】
「……ふむ。再び稼働するか。
惑星磁力線供給モードを火星から太陽系全域へ切り替え――――――恒星間データリンクシステムは維持に問題なし」
惑星全体が青い海に覆われた海面下200mに在る研究所の一角で自動送受信されるデータ映像を視るマルス人宇宙物理学博士であるゼイエスが呟く。
「日本列島の転移先はデータから予測すると……まあ、大丈夫だろう。まだ第3惑星人類は太陽系から離れられないか」
一人ごちるゼイエスの視線の先には先日ミツル商事特別宅配便で取り寄せた『ドクターイエロー』のプラレールが敷設され、ブルーラインの入ったイエロー塗装と流線型の美しいフォルムの車体が軽快にゼイエス研究室内に張り巡らされたハイパーループ内のプラレールを走り抜けていく。
「ドクターイエローを見た者には幸福が訪れるという非科学的な事象が起きるらしいが、コレを作り出した日本人自身こそが幸福に成れる筈なのだ。
全く非科学的で忌々しい事だが、私の心がそう強く願わずにはいられない……」
断固とした口調で呟いたゼイエスは、ホログラフィックモニターで太陽系最大規模の惑星データを表示させると何やら計算を始めるのだった。
地球人類文化である鉄道から離れられないゼイエス博士の一日は今日も平穏に過ぎていくのだった。
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――――――【地球 北米大陸西海岸 ユニオンシティ所属復興都市『ネオ・ロサンゼルス』外縁部】
大変動時期に比べると沈静化したものの、未だ地球人類に過酷な環境から身を護るため、合成樹脂パネルでドーム状に覆われた都市の外縁部に到着したユニオンシティ防衛軍司令官を兼務する中将は、目の前に広がる光景に困惑を隠せずにいた。
「……これは。どうなっているのだ」
率直な疑問としてジョーンズ中将が外部監視を担当していた当直将校に訊く。
「日の出直後、都市ドーム外に唐突に出現していたのであります」
真面目に答える当直将校。
鈍色に輝く全長200mに及ぶ流線型をした2隻のマルス・アカデミー・マロングラッセ級多目的船とその乗組員と思われる400名のマルス・アカデミー・アンドロイド兵士の一団が整然と地面に片膝をついてジョーンズ中将に向かって頭を垂れている。
アンドロイド兵士の一団は、月面地下深くで人類に知られずにいた研究室装備一式を研究室主である瑠奈と監視役の結に託されて月面都市消滅直前に脱出してフロリダ沖海底で一晩過ごした後、浮上してネオ・ロサンゼルスに到着している。
『我ラ「エクレア」「ババロア」乗組員ハ、主人瑠奈様、監視役結様ノ命二ヨリ、ジョーンズ閣下ノオ手伝イトシテ参上シタ次第デゴザ候」
言葉遣いが微妙に和洋折衷だが、まるで新しい主人に忠誠を誓う騎士団(武士団)だった。
「……お、お手伝い!?」
マルス・アカデミー・アンドロイド兵士から告げられた唐突な忠誠の言葉に目を白黒させるジョーンズ中将だった。
『ソウイエバ、コレヲドウゾ』
クローバー柄の便箋をジョーンズ中将に手渡すアンドロイド兵士。
”ジョーンズおじさんお久しぶりっス!瑠奈っス。月面から引っ越すので良かったら使ってくださいっス!それでは御機嫌よう”
便箋を読み終えたジョーンズ中将は、激しく何かに突っ込みたい衝動に駆られてふるふると手を震えさせていたが、出来る従者たるマルス・アンドロイド兵士は何も言わなかった。
「……ふう。とりあえず諸君らの身柄は我々ユニオンシティが預かるとしよう。諸君らにどの様な適性があり、何が出来るか知らねばならん。問題がなければ船は置いたままで私に付いてきたまえ」
『ウィ。ムッシュ』
一息ついて気分を落ち着かせた後、踵を返してネオ・ロサンゼルスドームへ戻るジョーンズ中将に整然と付き従うマルス・アンドロイド兵士達だった。
ジョーンズ中将に忠誠を誓うマルス・アカデミー・アンドロイド母艦であるマロングラッセ級多目的船には、放射能を分解する能力を持つニュートリノ・レーザーや地底深くまで進入出来るロマンドリルが装備されている事を、ジョーンズ中将はまだ知らされていなかった。
火星を舞台としたお話はひとまず終わりとなります。
これまで長い間読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ゼイエス=マルス・アカデミー・プレアデスコロニー・ケラエノ研究所所長。600万歳。
地球に生命をもたらした第三惑星創星プロジェクト責任者。学者気質且つ、冒険的性格で、取り敢えず突っ込んでみる性分。
火星日本列島滞在期間中に鉄道をこよなく愛するファンとなる。大月美衣子の前のマスター。
・ジョーンズ=ユニオンシティ(旧アメリカ合衆国)所属、復興都市ネオ・ロサンゼルス代表(後にユニオンシティ行政府暫定代表へ就任)。同防衛軍司令官も兼務する。
階級は中将。旧合衆国沖縄駐留第3海兵師団司令官。




