それは唐突に【後編】
――――――【地球東アジア 旧中華人民共和国黒竜江省 人類統合第12都市氷城上空 ミツル商事多目的船『ディアナ号』】
(大月瑠奈視点)
ただいまっス!瑠奈っス!
私は元気に二人の姉に帰還を報告する。
「瑠奈、お帰りなさい」「時間通りに帰って来るなんて姉として鼻が高いわ」
クールな美衣子姉様と鼻の高い基準が疑問になるような結姉様が暖かく私を出迎えてくれる。
「……ところで、その口の端についている食べかすは何かしら?」「月面都市名物と言われる黄金林檎パイをつまみ食いしてくるなんて姉として嘆かわしいわ」
あれれ?姉様達の暖かい眼差しが急速に冷え切っていくっス!うひゃーっ!
だけど、これだけは瑠奈は両手で伝えておかないとっス。
私は姉様達の目をしっかりと見つめて頷くと、そっと手渡すように握りしめる。
「月研究室と月面都市は無事に第五惑星中層域に在る水と空気が沢山ある雲海群へ連れていったッス!」
「……流石我が妹。分かっているわ。何時の間に人類生存領域を見つけていたのかしら、末恐ろしい子」「さらっと都市一つ丸ごと惑星間転移なんて姉として鼻が高いわ」
冷え冷えとした評価が一転、さらっと掌返しで私を褒め称える姉様達の両手には目を見つめながら手渡した月面都市名物の黄金林檎がしっかりと握られていた事は言うまでも無いっス!
(大月満 視点)
ディアナ号前部甲板に着陸した出前ドローンにワンタンスープの入ったアルミニウム製の岡持ちを搭載した俺はドローンを見送りながら、操舵室前で何やらはしゃぐ美衣子達三姉妹を横目で見る。
大脱出作戦中で忙しない雰囲気の中、ほっこりする光景だが此処は心を鬼にしなければ。
「おーい。もうひと頑張りだからこっちを手伝ってくれないかな?」
俺の声を聴いた三姉妹がとてとてと集まってくると、美衣子が甲板の片隅をちょんと軽く踏みつける。
なんだ?新しい挨拶のポーズかな?
頭の中で?マークが浮かんだと同時に美衣子が踏みつけた甲板から赤く塗装されたピッチングマシンが船首と両舷に次々とせり出して来る。
何故に今ピッチングマシンなの?
「美衣子、これは?」
頭の中?のまんまに俺は質問する。
「こんな事もあろうかと。ピッチングマシン美食倶楽部モードよ」
どや顔で薄い胸を張るトカゲ娘な美衣子。
ピッチングマシンに美食俱楽部モードって、何を言っているのかな?
ピッチングマシンはボールを投げる機械であって、断じて某グルメ漫画が関わる余地はないのだ我がトカゲ娘よ。
「で?何でこの状況でピッチングマシンなの?」
先程にも増して頭の中???の俺は質問を続ける。
「美食俱楽部モードは春雨の素をカプセル状にしてその中に料理を収めることが可能よ。カプセルは春雨と同じ原料だから中の料理と一緒に食べる事が出来るわ。例えば――――――」
説明しながらカプセルの中へチリソースであえた唐揚げを収めるとマシンの中へ装填する美衣子。
マシンをディアナ号から一番近いドームを維持するジュピタリアンへ向けると、バシュッ!と圧縮空気が抜ける音と共にカプセルが猛スピードでジュピタリアンへ投射される。
あれ絶対時速150km以上出てるよな。赤いし、三倍ry……むにゃむにゃ。
カプセルはかなりのスピードでジュピタリアンへ向かっていくが、その先にはワクワクした感情で傘をピンク色に発光させた水素クラゲが触手で容易くキャッチするとカプセルごと料理を一飲みしてしまう。
『~~~マイウー!!』
歓喜のオレンジ色に傘が明滅する水素クラゲ。
喜んで頂けて何よりだが、そのセリフはちょっと食べ歩き番組の見すぎじゃないですかね。
「こんな感じ。どうかしら」
期待に鼻をひくひくさせながら俺を見上げるドヤ顔の美衣子。ああ~もう可愛い奴め。
俺は美衣子の鱗に覆われた頭をひとしきり撫で愛でる。美衣子が幸せそうに『クエェェ~』と吐息を漏らす。
美衣子の横では結と瑠奈が羨ましげに此方を見ている。
しかしなぁ。それならドローンにあくせく積み込みしなくてもいいのでは。
どっと疲れた俺は甲板に膝をつく。
「お父さん。挫けたらそこでゲーム終了よ。ガンバよ!」「あなた、ファイト!」
美衣子がピースサインをして俺を励ましてくれる。ひかりさんのフォローが心に沁みる。
まったくもう!
気を取り直してやりますか!!
俺と美衣子達三姉妹は後ろでお玉片手に麻婆豆腐の入った大鍋と共に控えるひかりさんに見守られながら、麻婆豆腐入りの春雨カプセルをピッチングマシンに装填してジュピタリアンへ投射し続けるのだった。
夢中で投射し続けている最中、ジュピタリアンドームの外では幾度も巨大な火球や閃光が瞬いていたけれど、今は一人でも多くのジュピタリアンを満足させなければ!
懸命に春雨カプセルを投射し続けていたが、ふと気が付くと周囲の慌ただしさが無くなっている事に俺は気付く。
三姉妹とひかりさんは口をきゅっと引き締めて上空を見上げている。
俺は状況を確認すべく操舵室へ駆けこもうと踵を返した瞬間、唐突に頭上からオレンジ色の光と巨大な紫色の光輪が甲板上の俺たちを照らし、ひんやりとした緑色の霧がぶわっと凄い勢いで吹き下ろされて甲板に叩き付けられた俺は、意識を手放してしまうのだった。
2027年(令和9年)5月7日午後11時37分、火星日本列島の日本国防衛省の統合幕僚監部に地球派遣群からの自動メッセージが受信された。
『我、大脱出作戦完遂せり』
メッセージを受信した3分後、地球派遣群との惑星磁力線データリンクが途絶した。
統合幕僚監部は直ちに桑田防衛大臣に作戦成功を報告した。
☨ ☨ ☨
――――――【地球東アジア 旧中華人民共和国黒竜江省 人類統合第12都市氷城郊外 西方20Km イスラエル連邦大陸派遣軍 陸上戦艦『ベングリオン』】
大陸派遣軍司令部が置かれた陸上戦艦艦橋では、サングラスをかけたマイケル・バーネット陸軍中将と情報参謀のアシュリー中佐が外部監視モニターを視ていた。
複数の核弾頭がほぼ同時に爆発して生じた巨大なキノコ雲の下に見え隠れする巨大なクレーターがモニターに映し出されている。
爆心地周辺地域が核の炎で燃え盛るクレーター中心部は暗く、相当な深さがあるとアシュリー中佐は推測した。
「これでいいのだな」
「はい。観測データから少なくとも20メガトン水爆5基分の核爆発が地中と地上で発生しました。爆心地周辺では幾つかの残骸は残るかと思われますが、都市は消滅した事になります」
バーネット中将に訊かれて答えるアシュリー中佐。
「……そうか。特別パペット大隊はどうした?そう言えばあそこには日和見主義の日本軍や摩訶不思議な生物群も居たな。奴らは生き残ったと思うかね?」
「あれだけの規模の核爆発です。自衛隊やパペット大隊はもとより、木星原住生物群さえも核爆発に巻き込まれて蒸発・燃え尽きたのでしょう。爆心地付近の対物・対人センサーに反応はありません」
無機質な表情でバーネット中将に答えるアシュリー中佐。
「そうか……終わったな」
感慨深げに呟くと、司令官席の背もたれに身体を預けるバーネット中将だった。
2027年5月8日午前0時30分、イスラエル連邦大陸派遣軍マイケル・バーネット陸軍中将は、人工日本列島エリア・フジ首相府のニタニエフ首相宛にクローン人間都市撃滅を報告した。
☨ ☨ ☨
2027年(令和9年)5月7日午後11時40分【東京都千代田区永田町 首相官邸地下 危機管理センター】
国家非常時に全国の政府組織へ通達を発信する総合指令センター隣の区画に内閣官房危機管理センターは在る。
危機管理センター中枢とも言える円卓には主要閣僚達が座っているが、大半の者は先程から中央の液晶モニターに表示された南半球ヘラス大陸に”在った”人類都市『ガリラヤ』上空に到達した英国連邦極東軍偵察機の映像を見て蒼白となっている。
ガリラヤの惨状を映すモニターの隣の画面は先程まで地球東アジアでイスラエル連邦大陸派遣軍と交戦していた地球派遣群の映像が表示されていたが今は一面砂の嵐となっている。
腕組みをして座る桑田防衛大臣は砂の嵐となった液晶モニターの原因を知っているのだが、岩崎総理大臣に告げた際に口止めを言い渡されており、むっつりと黙り込んでいる。
閣僚達がガリラヤの中継映像を凝視する中、岩崎総理大臣は液晶テレビを見つつ携帯電話で通話中だった。
「……そうですか、やはり避けられませんか。分かりました」
通話を終えると珍しく腕組みをして目を瞑って考え込む岩崎。
「総理。如何されましたか?」
隣に座っている春日官房長官が控えめに岩崎に尋ねる。
春日に声を掛けられた岩崎は目を開けて腕組みを解くと円卓に座る閣僚へ向けて重い口を開く。
「出雲大社の八百万の神々から連絡がありました。マルス・アカデミーの”仕掛け”が発動寸前との事でした」
岩崎の言葉に閣僚達は一瞬騒めいたが直ぐに重苦しく沈黙する。
「日本列島がまた転移するのですな」
桑田防衛大臣が岩崎に確認する。
「はい。何処へ転移するかは不明です。地球か、月か、他の惑星か……日本列島に住まう人々の意思を汲んだ日本列島生態環境保護育成システムが導き出した最適解によって転移先は決まるとの事でした」
岩崎が答える。
再び円卓を囲む閣僚達は暫し沈黙する。
暫くすると春日官房長官が務めて明るい口調で円卓を囲む閣僚に語り掛ける。
「前回は唐突に火星へ転移したために準備不足で大混乱となりましたが、今回は前もって転移する事が分かっているのです。
今度は国民に犠牲が出ない様に今から対策が取れるのです。明日は何処へ転移しているのかわかりませんが、やるだけの事はやりましょう!」
春日の言葉を聴いた閣僚達は、重苦しい表情から少しずつ落ち着きを取り戻すと後ろに控える補佐官や秘書に指示を出し始めていく。
「日本列島上空を飛行中の全ての航空機は直ちに最寄り空港へ着陸誘導するんだ!」
「領海航行中の船舶も最寄りの港湾へ緊急避難だ、急げ!」
「衛星軌道上のダイモス基地は直ちに自動管理状態へ移行後、全員府中の航空総隊へ帰還せよ。
衛星フォボスのダンケルク基地にも状況を伝えて避難勧告を行うんだ」
指示を受けた補佐官達が慌ただしく部屋を飛び出して隣の総合指令センターへ駆けていく。
その光景を見つめていた岩崎総理大臣は、謝意を込めて無言で春日官房長官に向かって頷くのだった。
暫く後、桑田防衛大臣にユーロピア共和国首都『ニューガリア』、月面都市『ユニオンシティ』消滅の第一報が報告された。
報告を受けた桑田は岩崎総理大臣に伝えたが、自衛隊地球派遣群の情報と同じく、国民に向けて直ぐ公表する事は日本列島転移を予想外に早める恐れがあるとして見送られる事になるのだった。
2027年(令和9年)5月8日午前零時【火星日本列島 各地】
全てのテレビチャンネル、ラジオ、ネット回線から国民へ向けて岩崎総理大臣が語り掛ける。
『――――――西と南から我が国に接近する放射能を帯びた超巨大台風と、いつ発動してもおかしくない日本列島転移という異常事態に備えるため、現時刻をもって日本国全域に対し火星転移特別措置法及び緊急事態法に基づく国家非常事態を宣言いたします。
国民の皆様におかれましては今晩は外出を取りやめ、自宅又は最も安全とされる避難場所で政府からの連絡に従って冷静な行動を取って頂くようお願いするものであります』
岩崎総理大臣の非常事態宣言から30分後、日本列島各地にある八百万の神社仏閣から地球科学では解析不能な緑色に輝く光の柱が天高く立ち昇っているのを各地の気象台と消防・警察が確認した。
さらに15分後、各地に立ち昇った緑色の光柱は輝きを増して火星日本列島全域を包み込んでいくと上空に紫色に輝く光輪が現れた。
光輪の大きさは日本列島を覆い尽くす程の規模だった事が、後に衛星ダイモス基地の自動観測データから明らかになっている。
紫色に輝く光輪出現と同時に、光輪中心部から地上へ向けて猛烈に下方へ吹き降ろされた緑色の霧に日本列島全域が包まれ全ての人々が昏睡状態に陥ると、火星日本列島は光輪の中へ吸い込まれるように消えていくのだった。
南北1500Kmに及ぶ長大な国土と周囲100Kmを含んだ領海という質量が一瞬で失われた火星は、惑星全体のバランスを再調整すべく大規模な地殻変動が発生していくのだった。
☨ ☨ ☨
2027年(令和9年)5月8日午前5時【日本列島各地】
不可思議な緑色の霧に包まれて全国民が意識を失った夜が明け、昏睡状態から目を醒ました人々が目にしたのは、遥か上空を茶色と茜色と水色が入り混じった分厚い雲海が猛スピードで通り過ぎていく光景だった。
日本列島は太陽系第五惑星『木星』に転移していた。
――――――転移列島 アナザーワールド編(完)――――――
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ディアナ号船長。ミツル商事社長。
・大月ひかり=ディアナ号副長。満の妻。ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・春日 洋一=日本国救国暫定臨時政権の内閣官房長官。元ミツル商事社員。満の後輩にあたる。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・岩崎 政宗=日本国内閣総理大臣。日本列島火星転移当時は内閣官房長官だったが、爆弾テロによって重症を負った澁澤太郎から政権を託された。
地球復興優先を図るイスラエル連邦の暗躍による与党混乱で立憲地球党主導の政権交代が実現すると野党となり、一時期下野する。
火星原住生物巨大ワーム群による東京湾侵攻の混乱で立憲地球党政権首脳陣が死亡した事に伴い救国暫定臨時政権を樹立、再び総理大臣となる。
・マイケル・バーネット=イスラエル連邦軍陸軍中将。大陸派遣軍司令官。
・アシュリー=イスラエル連邦軍情報参謀。特殊部隊隊長も兼務。




