それは唐突に【中編】

――――――【地球衛星軌道 月面 『ユニオンシティ』外縁部】

（大月瑠奈視点）

　おいっス！瑠奈っス！

　ど(・)こ(・)へ(・)も(・)ド(・)ア(・)を開けて月面（ホーム）に出たら、唐突に目の前の空気循環システムプラントが吹き飛んだっス！

　危なっス！

　破断した巨大なパイプが瑠奈目掛けて飛んできたので右手でアチョ～！弾き飛ばしたっス！

　なんとも手荒い歓迎ぶりっス！

　人（ルンナ）のホームで何してくれてやがるのですわっ！っス（ちょっと華子ちゃん風にお嬢様言葉を使ってみたっス）

　ユニオンシティの生命維持装置とも言えるプラントが爆発して喪われたのだけど、ちっちっちっっス！かつて第三惑星調査隊の拠点でもあったマルス・アカデミー研究所（ラボ）を舐めたらいかんぜよっス。

　という事で未だ地球人類の手が届いていない月面深部の閉鎖区画をさっさと稼働させてユニオンシティドームと接続させたッス！

　まあ、でも、こんなに沢山の厄介事に巻き込まれるなら地球衛星軌道（ここ）にいなくても良いっスよね？

　都市外縁部の植物区画でこっそり隠れて月面林檎をつまみ食いしている水素クラゲ達の力を借りて引っ越しするッス！

　ジュピタリアンのみんなーっ！アップルパイを食べに木星へ行きたいかー！

『『『行キタイゾーッ！！！』』』

　元気一杯に答えてくれて瑠奈は嬉しいっスけれど水素クラゲ達よ、隠れているんじゃなかったっスか？

　まあ、でもでも皆（ジュピタリアン）の反応も上々だから良いっス！

　さあさあ皆で都市のドームを覆って……ココでダメ押しの秘密兵器”リンゴ飴”っス！

　こんな事もあろうかと、こっそりディアナ号の皆が寝ている間に作り置きしていたっス（ドヤ顔）。

　ドームの内側からあんぐりと口を開けたまま私達を見上げている東山のお兄ちゃんとか、樹木化人類（ツリーマン）のソーンダイクさんに説明する時間がないので後回しっス。

　引っ越しで要らない荷物はジョーンズおじさんに預かってもらうっス。ジョーンズおじさんなら分かってくれるはず……だといいなぁ（震え声）。

　さて、水素クラゲの諸君！月面林檎（アップルンナ）飴は高いっスよ！最大エネルギー出すっスよ！

　

　エネルギー充填１２０パーセント！

――――――転移っス！！

　オレンジ色となったジュピタリアンに覆われた月面都市ユニオンシティは、眩いばかりに輝く緑色の光と紫色の光輪に包まれると月面深くまで穿たれた巨大なクレーターを残して消え去ったっス！

　いい仕事したっス！

　此処は水も空気もふんだんに有るし、ちょっと気流が速いけどドームの中なら安全っス！

――――――おっとと、直ぐに姉様達の元へ戻らないと。

　２０２７年（令和９年）５月７日午後１１時５０分、月面で大規模なエネルギー反応を人工日本列島（タカマガハラ）各地の天文台、南米ナスカ観測所が観測。

――――――５月８日午前２時

　ラグランジュ・ポイントに駐留していたユニオンシティ防衛軍宇宙空母『サラトガ』から発進した偵察機が月面都市『ユニオンシティ』から脱(・)出(・)してきたイスラエル連邦軍将兵を救助。

　救助した将兵からの聞き取りと偵察機の観測データからユニオンシティの完全消滅を確認。

　イスラエル連邦政府はユニオンシティ都市外縁部の空気循環システム配管が宇宙線による老朽化で破損した事が原因となり都市中心部の発電用水素核融合原子炉が冷却機能を喪失して臨界爆発に至ったと発表した。

　この臨界爆発で月面都市（ユニオンシティ）全域が壊滅、ソーンダイク行政府代表や東山龍太郎日本国特命全権大使を始めとする５万人の住民と在留者が犠牲になったとされた。

――――――５月８日午前４時

　地球上で生き残った英国連邦、スイス連邦の働き掛けにより、ユニオンシティ首脳部唯一の生き残りとなった北米大陸西海岸 復興都市『ネオ・ロサンゼルス』代表のジョーンズ中将が暫定代表に就任した。

　ジョーンズ中将は就任直後、月面都市壊滅は人為的に起こされた疑いがあると地球連合防衛軍に調査要求を行ったが、地球連合防衛条約から脱退しているイスラエル連邦は地球復興を最優先すべきと主張、地球連合防衛軍の協力要請を拒否したために、真相究明の目途が立たない状況となるのだった。

　　　　　　　　　　☨　　　　　　　　　　☨　　　　　　　　　　☨

２０２７年５月８日午後１１時【地球東アジア　旧中華人民共和国黒竜江省 人類統合第１２都市『氷城（ハルピン）』】

　都市住民を大急ぎで隣接した第２都市『バンデンバーグ』へ避難させるべく、自衛隊地球派遣群と人類統合第２都市『バンデンバーグ』防衛軍が懸命に動き回る中、両都市を護るように上空からみっちりと密集してドーム状のバリケードとなったジュピタリアン達。

　そのバリケード中心部に居るジュピタリアンの長であるチューブワームが唐突に頭をもたげると天空を見上げて呟く。

『……ムッ。先ヲ越サレタ』

「ええっ？なんですか長？試食ならこの前たくさん食べたから中華料理は見たくもない！って言っていませんでしたか？」

　チューブワーム長の頭の上で胡坐をかきながら懐に隠し持っていたスニッカーズをむしゃむしゃ食べながら尋ねる琴乃羽美鶴。

　チョコレートやナッツの食べかすがぽろぽろと長の頭に零れ落ちるが、いつもなら落ちる筈の紫電お仕置きをする気は無い様だった。

『イヤ。チョット同胞ガ無茶ヲシタノカモ知レナイ……』

「んん～皆さん真面目にバリケード作りに勤しんでいらっしゃいますけれど？？？」

意味不明な長の答えに首を捻る琴乃羽。

『……イズレ分カル。今ハココカラ脱出セネバ』

「はあ、まあ、そうですね」

意味深なチューブワーム長の言葉が良く分からないままに相槌を打つ琴乃羽だった。

　ドーム状バリケードと地上やディアナ号まで試食を食べるために行き来するジュピタリアンを眺めながら物憂げに西の空を見上げるジュピタリアンの長だった。

「うえっ、あまーい。大月社長からウーロン茶の差し入れを頼まなくては……」

　スニッカーズのアメリカンな甘さに辟易していそいそと惑星間携帯で大月満に差し入れコールをする琴乃羽美鶴は、西の空からゴマ粒のような黒点の集団が急速に氷城へ接近している事に未だ気付いていない。

――――――【第１２都市氷城（ハルピン）郊外上空】

　第１２都市上空を遠巻きに窺う様に旋回飛行を続けていたイスラエル連邦空軍の異変を察知したのはイスラエル連邦軍を監視すべくホワイトピースから発進したパワードスーツ『サキモリ』ＡＩのパナ子だった。

『マスター。イスラエル連邦空軍が変です』

「変って何が？」

パナ子の知らせにパイロットのソフィー大尉が外部監視モニターを見ながら吞気に訊く。

『イスラエル連邦空軍編隊全機が当機に向かっているのですの』

「はぁぁっ！？――――――って、うわわっ！」

　パナ子の答えと目の前を掠めるように過ぎ去ったダークブラウン迷彩のＦ４戦闘機に驚くソフィー大尉。

　サキモリの鼻先を掠めた２機のイスラエル連邦軍Ｆ４戦闘機はジュピタリアンが形成するドームへ真っ直ぐ向かっていく。

「ちっ！油断した！自動標準モードでミサイル全弾発射！」『了解ですの』

小さく舌打ちしたソフィーはバックパックのミサイルランチャーを発射しつつ、３０ｍｍ自動ライフルを斉射する。

　イスラエル連邦軍機は先頭の１機がミサイルに追いつかれて撃墜されたが、もう１機がミサイル除けのチャフを次々に放ってミサイルの軌道を逸らすことに成功する。だが次の瞬間、戦車砲弾並みの破壊力を持つ３０ｍｍライフル弾が命中して爆発四散する。

「ふぅ……何とか間に合ったわ」『お菓子のポテチをジュピタリアンにあげたから空腹で集中力が足りないですの』

冷や汗をかくソフィーに手厳しいＡＩパナ子。

『ソフィー大尉！惚けている場合じゃないぞ！後続が続いてるぞ！』

不意に高瀬中佐の注意が通信機から聴こえてくる。

「ひゃいっ！スイマセン！イスラエル連邦軍の総攻撃でありますか？」

『核弾頭の使用を含めた最終攻撃だね。イスラエル連邦の司令部戦艦と陸上部隊が大慌てで後退しているよ』

ソフィーの問いに２１型パワードスーツＡＩのケンが答える。

『そういう事だ大尉。１機も逃さず、１発も撃たせるな！

　全速力で都市の反対側からそちらへ向かっている。３０秒だけ持ち堪えてみせるんだ！生き残れ！ソフィー大尉』

「ラジャー！」『了ですの』

高瀬の激励に応えるソフィーとパナ子。

　ソフィー大尉を援護すべく全速力で向かう高瀬中佐はＡＩケンに指示を下す。

「ケン、ホワイトピースに緊急通信。『我イスラエル連邦軍機から無警告攻撃を受けた。交戦規則（ＲＯＥ）に則り対処する』以上だ」

『了解マスター。送信完了だよ』

「よし！射程に入った。５０ｍｍライフル、目標、編隊後方のＢ－２戦略爆撃機に照準捕捉（ロックオン）」

『目標合致（ターゲット マージ）』

　ソフィー大尉のサキモリめがけて突撃しようとしていたイスラエル連邦軍編隊の後方から高瀬中佐操る２１型パワードスーツが狙撃用ライフルを撃つ。

　一瞬の後、編隊後方から地中貫通弾（バンカーバスター）を搭載していたＢ－２戦略爆撃機の機体中央にライフル弾が命中すると、５０ｍｍライフル弾の爆発で爆撃機の水素融合燃料が引火して高価なステルス戦略爆撃機は炎に包まれると四散して灰色の大地へと墜ちていく。

　後方から不意を突かれた形となったイスラエル連邦軍特別パペット大隊は、編隊を解いて２機のパワードスーツから離れていきつつ、個別にジュピタリアンのバリケードへと向かっていく。

　何とかパワードスーツから離脱したパペット大隊機は再び集合するとバリケード中央へ近付いた刹那、次々とバリケード上方から飛来した多数のミサイルが命中して撃墜されていく。

『発、自衛隊地球派遣群司令 鷹匠准将。イスラエル連邦軍機の大規模な攻撃を受けている。交戦規則（ＲＯＥ）に則って状況対処中。されど大脱出作戦（オペレーション・エグゾダス）は順調に進行中。送レ』

　鷹匠准将は自身が搭乗するマンスフィールド型空中戦艦が対空ミサイルや２０ｍｍバルカン砲がイスラエル連邦軍機を迎撃する中、火星日本列島の防衛省へ緊急通信を送っていた。

「――――――これでよし。後は惑星磁力線データリンクシステムで此方の状況が市ヶ谷防衛省（むこうがわ）でも視れる」

　防衛省本省と地球連合防衛軍総司令部宛に電文をしたためた鷹匠は、戦闘指揮に集中する為に以降の通信を省略し、戦闘データから艦内・艦隊通信システムまで全てを火星日本列島側からも視れる様に設定すると、司令官席からＣＩＣ（戦闘管制室）へ指示を下していく。

　航空・宇宙自衛隊『播磨』を旗艦とした空中艦隊がジュピタリアンにひと声掛けて一時的に解除したバリケードの一角から現れると、イスラエル連邦軍パペット大隊に対空砲火を浴びせかけるのだった。

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――――――同日午後１１時２０分【火星日本列島 東京都千代田区五番町 イスラエル連邦共和国駐日大使館 大使執務室】

「何ですと！？今、なんと」

『先程、地球東アジアへ派遣していた自衛隊が貴国から無警告の攻撃を受け、現在交戦状態にあります。

　また、本日午後に火星両極において貴国が使用した水素爆弾を原因とする巨大放射能台風によって我が国は破滅の瀬戸際にあります。

　かかる事態を招いた全ての責任は貴国にあり、日本国内閣総理大臣として我が国は貴国大使とその随行員全てを好ましからざる人物（ペルソナ・ノン・グラータ）として直(・)ち(・)に(・)国外への退去を命じるものであります。では――――――』

「ちょっと待っ―――――」

大使が反論する機会も与えずに岩崎総理大臣からの通話は一方的に終了する。

　イスラエル連邦共和国駐日大使は、核兵器使用について日本国政府は被爆国アレルギーとして遺憾の意を示す程度だろうと高を括っていたが、いきなり岩崎総理大臣自ら国外退去を告げられて驚きを隠せなかった。

「何という事だ。このままでは本国へ返り咲き出来ないではないか！立憲地球党とのパイプは途絶えたままであるし、どうしたものか……」

　悩む大使に書記官が駆け込んでくる。

「大使、大変です！日本警察が強制退去実行の為、外へ出るように呼び掛けています」

「何だと！？」

　大使が窓に駆け寄ると、大使館を囲う壁の向こう側に配置された警視庁機動隊車両から強烈な投光器が稼働して大使館を照らしていく。

「屋上のヘリポートから代々木の立憲地球党本部屋上へ移動しよう！」

　投光器から逃れるように大使一行が屋上に駆け上がるが、頭上からも強烈な光が浴びせられる。

　屋上１０ｍ程上空には台湾警備軍のアダムスキー型連絡艇が滞空しており、ヘリコプターで飛べる余地は無かった。

『大使。諦めて直ぐに出てきた方がよろしいですぞ。大使館（ここ）は日本警察の他、台湾、英国連邦極東、我がユーロピアの治安部隊が包囲していますぞ。ＭＣＤＡ（火星通商防衛協定）加盟国は貴国へ断固たる対応を取る事で一致しているのだ』

　機動隊車両からユーロピア共和国首都（ニューガリア）から避難したばかりだった臨時代表の共和国国会議長が呼び掛ける。

『大使。今すぐ大使館を離れるなら、日本国自衛隊が無料で日本列島外まで送り届けてくれるらしいですぞ。大使だって日本国民と共に放射能台風に巻き込まれたくないのであろう？』

　ユーロピア共和国国会議長の呼び掛けを聴いて抵抗を断念したイスラエル連邦大使は、１５分後、日本国警察に身柄を委ねてアルテミュア大陸中央部まで移送されたのだった。