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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
436/462

それは唐突に【前編】

2025.7.26 冒頭部分にイスラエル連邦首脳の会話を追加いたしました。

――――――【地球極東 人工日本列島タカマガハラエリア・フジ イスラエル連邦政府首相府 首相執務室】


 ニタニエフ首相の執務室に在る液晶ディスプレイには、火星日本列島長崎県佐世保市に拠点を置く極東BBC放送が人類都市『ボレアリフ』、『ガリラヤ』両都市が壊滅した映像を続けて映しながら70万人余りと推定される犠牲者数と壊滅的被害について伝えている。


『何という事をしたのですか!ニタニエフ首相、あなた方がされた事は人道上の許しがたい罪と言えますぞ!』

激しい口調でニタニエフ首相を非難するスイス連邦首相。


「落ち着いてください首相閣下。この映像は我が国の正当な軍事演習を貶める意図を持つ偽情報フェイクかも知れません。我が国が誇る諜報特務庁モサードを総動員して調査中です。結果は直ぐにお知らせしますので……一旦失礼いたします」

スイス連邦首相を宥めて通話ホットラインを終えるニタニエフ。


「長官。これはどういうことかね?」

「我が国の通信網よりも強力な電波が地球全域に発信されています。恐らくマルス・アカデミー技術である惑星磁力線を使った放送と思われます。

 それと、ボレアリフの映像は在日ユニオンシティ防衛軍の海軍特殊部隊が撮影したものと判明しています。月面都市ユニオンシティ行政府が許可したのでしょう。まあ、20万の都市住民を失ったのです。北米西海岸のネオ・ロサンゼルスが唯一の都市となったユニオンシティが我々を恨むのは当然でしょう」


 ニタニエフの詰問に答えるモサード長官。


「マルス・アカデミーの介入だと?火星人は地球人類の争いに介入しない筈ではなかったのか?」

「わかりません。」


「火星人は地球人類われわれよりも知性が発達しているから気まぐれで手を貸したのかも知れん。

 それよりもユニオンシティが目障りだな。月面都市のメンテナンスはまだかね?」

「万事抜かりなく。間もなく、朗報が入るでしょう」


 不機嫌さを隠そうともしないニタニエフ首相に答えるモサード長官だった。


          ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)5月7日午後9時15分【地球東アジア 旧中華人民共和国黒竜江省 人類統合第12都市『氷城ハルピン』西方20Km イスラエル連邦大陸派遣軍 旗艦『ベングリオン』】


 氷と火山灰に塗れた荒野に巨大なホバークラフト型陸上戦艦とメルカバ戦車を主力とする機甲部隊が展開しているが、その動きは数時間前から停止を余儀なくされていた。


 クローン人間最後の拠点である人類統合都市の撃滅目前に、摩訶不思議な生物群が北西から猛スピードで飛来してきたかと思えばあっという間に人類統合都市を覆いつくしてしまい、MCDA(火星通商防衛協定)加盟国から攻撃停止要求という政治的横槍もあり、イスラエル連邦軍は手をこまねいていた。


 口をへの字に結んで憮然とした表情で彼我の軍事勢力を表示するモニターを見つめていた大陸派遣軍司令官マイケル・バーネット陸軍中将に、情報将校のアシュリー中佐が入電したばかりの電文を手渡す。


 電文を一瞥したバーネット中将の憮然とした顔が解けて僅かに綻ぶ。


「エリア・フジの総司令部から連絡と通達だ。連絡は火星両極で水爆を使った軍事演習が成功裏に終わった。そして通達には”あらゆる手段を用いてあらゆる犠牲を払ってでもクローン人間都市を殲滅せよ”だ」

満足そうな表情でアシュリー中佐に電文を見せるバーネット中将。


「火星で核兵器を使用したことで地球こちらでの使用ハードルが下がったのは明らかだ。あらゆる手段、という事は大量破壊兵器使用を躊躇ためらうなという事だ」

アシュリー中佐に視線を向けるバーネット中将。


「……そういう事であれば。人工日本列島タカマガハラから飛来した特別パペット大隊は氷城上空を旋回しつつ待機中です」

視線を受け止めたアシュリー中佐が応える。


「よろしい。特別パペット大隊は5分後にターゲットに対し地中貫通弾バンカーバスターとMOAB(大規模爆風爆弾)を用いてドーム状になっている生物群を駆逐、続いて全聖櫃オール・アークを使用して全てを焼き払う!

 全陸上部隊は直ちに目標から10Km後退せよ。総員対閃光防御及びNBC(核・生物・化学)兵器戦装備の使用を忘れるな!」


 バーネット中将が艦橋の司令部要員に命令を下していく。


          ☨          ☨          ☨


――――――同時刻【人類統合第12都市『氷城ハルピン』上空 ミツル商事多目的船『ディアナ号』】


(大月瑠奈視点)


 おいっス!瑠奈っス!


 瑠奈は今、ディアナ号に乗って地球の東アジアという所で都市を救うために頑張ってるっス!


 お外はグルメ友達になったジュピタリアン達が大活躍っス!

 ジュピタリアンが集まって出来た都市を覆いつくす巨大なドームがあってもう直ぐオレンジ色に染まってしまうっス。

 名探偵瑠奈の見立てによると……今夜が峠っす!流石ジュピタリアンっス!


 でもでも瑠奈だって美衣子姉様、結姉様と三人がかりなら同じくらいは出来るっス……出来たらいいなぁっス。


 ……そんな事よりもさっきから私の全身がムズムズゾワゾワして気持ち悪いっス!なんすかこれは?


 ここは一つ淑女の嗜みとして心頭滅却して――――――くかーzzzzzz


 バリバリバリ(紫電)あばばばばば!――――――はっ!滅却し過ぎて眠ってしまったっス。それにしても流石美衣子姉様、恐るべし自動お仕置き機っス!


 で、このムズムズゾワゾワの原因は……ルンナっスか。


 誰かが私の生まれ故郷を侵しているっス!許すまじっス(怒)


 そういう事で私は美衣子姉様と結姉様に一言告げて成敗に行くっス!


 どこへもドア、オープンっス!


           ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)5月7日午後9時30分【火星北半球 アルテミュア大陸西海岸 ユーロピア共和国首都『ニューガリア』】


(ジャンヌ・シモン視点)


 あと2時間半で破滅を迎える都市の中心部、新シャンゼリゼ通りには諦めが悪い私達13万人の市民が一心不乱にとある準備を進めている。


 歩行者天国と化した新シャンゼリゼ通りのカフェテラスは居残ったオーナーシェフが張り切って車道にまでテーブルとパラソルが並べられている。


 何の準備ですかって?

 ()()()()()よ!


 第二エッフェル塔の上空で今も尚金色に光り輝くバゲット君(水素クラゲ)のお仲間が来てくれるかもしれないからねっ!


 地球極東までジュピタリアン長とその一行が都市二つと自衛隊1個師団を脱出させようと転移を使うらしいじゃない!


 ならば!バゲット君にだってそういう事が出来る筈!……だといいなぁ。


 私はジュピタリアンへの一縷の望みと下心を胸に抱いてバゲット(フランスパン)をざっくざっくと切り分け続ける。

 隣に立つクロエ姉は黙々と生ハムとチーズを挟んでバゲットサンドの大皿に積み上げていく。


 目の前のテーブルでは牛乳と卵液、グラニュー糖に浸したバゲットをカセットコンロで熱したフライパンで焼いていく。フレンチトーストのいい匂い……じゅるり、小腹が空いて――――――いやいやいや私はジャンヌ・シモン、最初で最後のユーロピア共和国首相。腹の虫くらい飼い馴らせないでどうするのっ!


 空腹と使命感のせめぎ合いに水を差すかのように冷たい北風がびゅっとシャンゼリゼ通りを吹き抜ける。


「くそっ!早いじゃない!」

気持ちを奮い立たせた私は星空さえも覆い隠そうと迫る巨大な黒雲の渦を睨みつける。


 このまま風が強まるとパラソルや料理を積み上げたテーブルが吹き飛ばされかねないわ。

 近くで警護を続けていた空軍兵士に声を掛けようとしたその時、周囲の人々が騒めきだす。


 何?どうしたの?


 騒めく料理人達が指差す方向に視線を向けると、第二エッフェル塔上空のバゲット君を取り囲むのかの様に大小さまざまなジュピタリアンが群れを成して東から台風を追い越して集まって来ているのだった。


 集まったジュピタリアン達(なんと水素クジラまでいた!)はバゲット君を中心として第二エッフェル塔からその身をバリケートの如く寄せ合うと、郊外にまで広がり暗い夜空を覆いつくしていく。


 上空のバリケードが完成に近づくにつれ北風が弱まっていく。弱まったそよ風はシャンゼリゼ通りのテーブルに積み上げられた料理の香りを上空にまで届けていく。


 一連の流れをポカンと口を開けて惚けて眺めていた私はクロエに背中を軽く叩かれて我に返る。

 

 私がやるべき事は――――――


 最期まで私達の記録を残そうとパラソル下に据え付けられていたテレビカメラのスイッチを入れると私はカメラに向かって語り掛ける。


「諦めの悪いニューガリアっ子は傾注!私達の救世主たるジュピタリアンをもてなすために、今、すぐに!カフェオレでもサンドイッチでもクラッカーでもフレークでも良いから皆さんの窓辺や玄関入口に置いて下さい。目印としてハンカチやスカーフ、EUの旗でも良いわ!

 バゲット君!聴こえているかしら?おもてなしの先払いよ!目印の有るお家に行けばユーロピアの美味しい食べ物が貴方達を待っているわ。

 だから!お願い!私達をニューガリアを安全な所へ導いて!」


 それからは大変だったわ。


 ニューガリア上空を覆ったジュピタリアンが入れ替わり立ち替わりピンク色に点滅しながら降りてきてニューガリア中の建物や家の窓辺や玄関に供えられた軽食を摂っては歓喜を表すオレンジ色に点滅しながらドーム状のバリケードへと戻って行くの。


 地上の私達は料理が途切れない様にバターの一欠片、ミルクの一滴までバゲットに染み込ませてフレンチトーストを作り続けたわ。


 1時間、2時間か、疲労で朦朧としながら上空に視線を向けると黒雲に覆われていたはずの夜空が暖かいオレンジ色に光り輝いていたの。


 そして第二エッフェル塔のバゲット君が私に向けて合図するかの様に触手を上げるとオレンジ色の空に紫色の光輪が現れると同時に上空から緑色の霧がぶわっと吹き付けてきて唐突に私達は意識を失ったの。



――――――【火星衛星軌道 衛星フォボス ユーロピア共和国・英国連邦極東共同宇宙基地ダンケルク】


 薄暗い司令部の室内は非常事態を示す赤いランプが点灯して基地内の全員が配置に付くべく慌ただしさを増している。


「アルテミュア大陸西海岸で大規模なエネルギー反応!エネルギー反応中心地の座標はユーロピア共和国首都『ニューガリア』」

「ニューガリアとのデータリンク全て途絶しています」


「台風を監視中のF45戦闘機をニューガリア上空へ向かわせるんだ!」


 次々と報告するオペレーターに当直司令が指示を下す。


――――――15分後


「F45戦闘機、コードネームアウルがニューガリア上空に到達。地上撮影開始します!」


 司令部のメインモニターに映し出されたニューガリア上空からの映像を視た全員が絶句した。


 ニューガリアがあった場所には巨大なクレーターだけが残されていた。


 2027年(令和9年)5月7日午後11時40分、ユーロピア共和国首都『ニューガリア』は火星上からの消滅が確認された。


 最後まで首都ニューガリアに留まっていたジャンヌ・シモン首相以下13万5千人が消息不明となる。



 巨大なクレーターとなったニューガリア上空を飛び続けるコードネームアウルと命名されたF45戦闘機は、接近していた筈の黒い雲海の異変に気が付くと報告を始める。


『ダンケルク司令部へ、こちらアウル。ニューガリア上空に居るが、先程まで此方へ接近していた放射能台風がニューガリアで起きたエネルギー反応に弾かれて進路を変えたようだ……。ジーザス!台風の進路が逆戻りしているぞ!いや、若干南西寄りに進んでいる――――――進路予測が出た。このまま行くと日本列島を直撃するぞ!』

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。


・マイケル・バーネット=イスラエル連邦軍陸軍中将。大陸派遣軍司令官。

・アシュリー=イスラエル連邦軍情報参謀。特殊部隊隊長も兼務。

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