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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
431/462

黒い竜巻

2027年(令和9年)5月7日午後3時【地球極東 人工日本列島タカマガハラエリア・フジ イスラエル連邦政府首相官邸】


 執務室で地球復興計画の原案を構想していたニタニエフにイスラエル連邦軍総司令部から連絡が入る。


『首相閣下。火星南北両極において核兵器を使用した特別軍事演習が予定通り行われました。核爆発規模は計算通りです。人命損失はありません』

「そうか。ご苦労だった」


 連絡を受けたニタニエフ首相はニヤリと口元を綻ばせると、諜報特務庁モサード長官を呼び出す。


「長官。予定通り、全ての地球人類へ向けて直ぐに政府声明を出すのだ。これで火星通商防衛協定(MCDA)は此方の要求に従うしかないだろう」


 ほくそ笑みながら執務室の窓から人工富士裾野を見下ろすニタニエフ首相。


 人工富士麓の集団農場キブツではイスラエル人監督の下、アラブ系避難民を中心とした農民による小麦の種まきが始まっていた。エリア・フジを始めとする人工日本列島平野部で栽培される小麦が収穫出来る頃には火星からの支援は大幅に減らせる筈だ。


「人類の先導者たるユダヤ民族が自立出来るまでもう少しだ。氷城ハルピン殲滅後のユーラシア大陸東部は地球人類の穀倉地帯として大いに活用しようではないか」


 呟いたニタニエフ首相は、再び地球復興計画の構想に没頭するのだった。


          ☨          ☨          ☨


――――――【地球 人類統合第12都市『氷城ハルピン』】


 今なお続く自衛隊と第2都市『バンデンバーグ』防衛軍による仮死状態となった氷城住民の収容と木星生命体ジュピタリアンへの試食提供で繁忙を極める上空では、イスラエル連邦軍の総攻撃再開を警戒する自衛隊空中艦隊が展開している。

 空中艦隊後方、第2都市『バンデンバーグ』上空で警戒航行する大黒屋丸Ⅱとの中間空域にミツル商事多目的船『ディアナ号』は全体の動きを統括するかの如く停泊している。


 ディアナ号では、飛来したジュピタリアン全てへの試食提供を行うべくひかりが厨房をフル稼働して次々と料理を完成させて満がいそいそと宅配ドローンで自衛隊へ送り届けている。結は操舵室でイスラエル連邦軍への警戒監視、瑠奈は少し前に用事があると言って格納庫へ向かい、美衣子は自衛隊、バンデンバーグ、ソールズベリー商会へ容赦ない食料提供命令を下していた。


「午後の紅茶のスコーンが無くて困る?そう。ソールズベリー商会はこの地でイスラエル連邦軍を防ぐべく最後まで踏みとどまると……うぅぅ感動しました」

『いやいや違うんだミス美衣子。私はこの慌ただしい状態に少しでも心の潤いをだね……』


「潤いなど少し我慢すれば木星に幾らでもあるわ。英国紳士たるもの少しは瘦せ我慢すべきよ。クリスもそう思うわね?」

『イエスグランマ。クリスはご主人様への調きょ……教育を怠ったのかもしれません』

美衣子の問いかけに言葉を選んで応えるクリス。


『ちょっとクリス待って!今調教って言おうとしていませんでしたか!?あぁぁ最後のスコーンが……』

目の前のスコーンがジェラルミン製の出前ケースへと素早く収納されてしまい天を仰いで嘆くソールズベリー。


『偉大なるグランマ。ソールズベリー商会は全てのスコーンをジュピタリアンの皆様へ捧げるものとします』

甲板に着陸したドローンへ供物を捧げるようにスコーンやサンドイッチをトレーごと積み込むクリス。


『クリスー!待ってくれー!』

抵抗虚しく膝をつくソールズベリー。


 大脱出オペレーションエグゾダス作戦当初は高みの見物気分だったソールズベリー商会長は、マルス・アカデミー・アンドロイド創造主グランマザー美衣子に忠実なマルス・メイド・アンドロイドであるクリスにお茶のお供を取り上げられるのだった。



「……今のところ順調。後はイスラエル連邦軍の総攻撃再開までに地球ここを脱出出来れば――――――」


 呟いた美衣子の目の前の制御卓コンソールの一角が不意にチカチカと赤く点滅する。


「ここまで愚かとは……やはり地球人類は分かっていなかったのね」

点滅する第4惑星環境制御卓マルス・コントローラーを操作した美衣子が慨嘆する。


 操舵室で遠い目をした美衣子だったが、料理を満載した出前ケースを覚束ない足取りで抱えた満が必死に甲板で待機しているドローンへ積み込む姿を見ると、クエッと一鳴きして気を取り直すと口元のインカムを操作する。


 今は嘆く時間ではない。


「ひかり、結、瑠奈、よく聞いて。この声は3人しか聞こえていないから注意してちょうだい。

 火星南北両極でイスラエル連邦軍が核兵器を使用したわ」

『『『!!』』』


 美衣子が伝えた内容に絶句する三人。


「使用した場所は無人地帯だからイスラエル連邦は単なる実験とか演習と主張するでしょうね。そして地球人類は計算通りの核実験だったと思うけど、彼らは火星が地球より遥かに質量が小さい惑星である事を失念しているわ」

『美衣子姉様、火星は地球の7分の1の体積ですわ』『火星大気圏は地球よりも薄くて脆いっス!』


 美衣子の説明に応える結と瑠奈。


「そうよ。地球人類はまだ気付いていないけれど、これから火星では想定外の変動が惑星規模で起きるわ」

『どうしましょう……』

美衣子の言葉に困惑するひかり。


「だけど私達は此処でやるべき事があるから今はそれに集中するしかないわ。実際のところ、此処で火星の為に出来ることはないのだから」

『瑠奈のパワードスーツではどうしようもないっス!今出来る事をやるだけっス!』『……それもそうね。マルス・アカデミーでさえ断念した惑星規模の気象操作に私達が今から挑むのは無謀』


「この3人は分かってくれると思ったから説明した。……いっぱいいっぱいのお父さんにこの話はちょっと言えないわ……ひかりごめんなさい」

『……ありがとう美衣子ちゃん。あなたの判断は正しいわ。お父さんは今やるべきことに集中してもらった方が絶対いいから後は私に任せて!』

謝る美衣子へ気丈に応えるひかり。


「……ひかり。結と瑠奈もありがとう。絶対に動揺するからお父さん含めて作戦に関わる人へ火星の情報は家(ミツル商事)からは出さないわ」


 美衣子の宣言通り火星南北両極で起きた核爆発情報は、大脱出作戦に従事する全てのマルス・アカデミー・アンドロイドから発信する事を控えるのだった。


          ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)5月7日夕刻【火星北極から200Km離れたアルテミュア大陸東部沿岸 人類都市『ボレアリフ』東部郊外】


「ふぅ。これでミスター仁志野との契約は何とかなりそうだ」


 トラクターのエンジンを止めてタオルで汗を拭った農夫は、地平線まで続く黄金色の小麦畑を眺めて満足そうに呟く。


 大変動で農作物が全滅した米国カンザス州から北米大陸救出作戦で火星に移り住んだ農夫は、火星大地に適した小麦品種を日本の総合商社角紅の仁志野清嗣から提供されて試作栽培していた。

 ようやく軌道に乗った2年目、今年は昨年の契約以上の収穫が期待できそうだった。


「さてと、残りの畑は明日収穫するとして――――――寒っ!!」


 びゅーと、急に吹き始めた北風と遠雷に気付いた農夫は、トラクターの運転席から北の空を見上げた。


「季節外れの雷雨か……なんだっ!?」


 稲妻を伴った真っ黒な雲と共に巨大な渦巻く空気の柱が視界の端の小麦畑に差し掛かると、収穫間近だった小麦を地面ごと根元から空中に巻き上げながら農夫に迫る。


 巻き上げられた赤い土くれや小石がバシバシとトラクターに激しく当たり、農夫は慌てて運転席で身を伏せる。


「ジーザス!マジかっ!なんなんだっ!」


 視界が夜の如く暗くなる中、伏せながら慌ててエンジンを再起動させて避難を試みる農夫を嘲笑うかのように巨大な黒い竜巻と化した旋風は、農夫の乗ったトラクターを空高く巻き上げながら西へと進んでいくのだった。


 農夫のトラクターが黒い竜巻に舞い上げられた40分後、火星日本列島外に出来た最初の人類都市『ボレアリフ』との通信は途絶するのだった。



2027年(令和9年)5月7日午後7時【火星南極から200Km離れた南半球ヘラス大陸 イスラエル連邦ガリラヤ州人類都市『ガリラヤ』】


 赤茶けた砂漠のオアシスにも見える近代都市――――――火星日本列島外で唯一の南半球人類生存圏がパニック状態となっていた。


 火星で2番目に築かれた人類都市の住民達は、もはやハッキリと肉眼で視認出来る所まで接近している巨大な黒い竜巻から必死に逃れようとしていた。


 地球に居た頃の祖国イスラエルでは、数か月は生活できる全住民向けの地下核シェルターが存在していたが火星新領土に隣接する敵対国家が存在しない為、火星原住生物から一時的に身を護る簡易的な避難所しかなかった。


 故に家財道具を積んだ自家用車が都市中の道に溢れて渋滞し、右往左往する住民が総督府の在る高層ビルや中心部の国際・宇宙空港、貨物船が停泊する北部港湾地区に詰めかけていた。


 国際・宇宙空港からは、ぼちぼちと住民を乗せた軍民の航空機が遥か北方の火星日本列島へ向けて飛び立っていく。


 北部港湾に停泊している貨物船はパニック状態の避難民が暴徒と化して殺到したため、船長の緊急判断で急遽出港が決まり貨物船は乗船タラップを付けたまま離岸していく。タラップに取り残された避難民がバラバラとタラップごと海へ落下していく。

 岸壁には多くの避難民が海へ飛び込んで貨物船に取りつこうとするが、溺れる者やスクリューに巻き込まれる者が続出した。


 都市上空を低空旋回飛行するドローンからは、住民へ避難を呼び掛ける機械音声が繰り返し聞こえてくる。

 

『火星総督府から全住民へ緊急避難放送です。ガリラヤに超大型台風が接近しています。住民は直ちに最寄りのシェルターへ避難してください。繰り返します、こちらはイスラエル連邦火星総督府――――――』


 避難を呼び掛けていたドローンは黒い竜巻に巻き込まれると四散して遥か空中へ吹き飛ばされていく。


 パニック状態となった火星南半球の人類都市『ガリラヤ』は30分後、黒い竜巻=超大型台風に飲み込まれて通信が途絶するのだった。



 イスラエル連邦軍による特別軍事演習『浄化ピュリファイ』で使用された20メガトンの核爆弾は事前の想定通りの威力で爆発した。

 富士山頂気象観測所をはじめとする火星日本列島各地の気象観測所は南北両極の核爆発と思われる空振=衝撃波を観測した。この衝撃波は火星を3周した事が後に明らかになっている。


 南北両極の爆心地は地獄の窯の如き巨大な穴が生まれ、強烈な熱線は100Km圏内に在る生物・無生物の全てを焼き尽すのだった。全てを焼き尽くした高熱空気は放射性物質を含む巨大キノコ曇となって大気圏高層部まで上昇していく。


 高熱空気へ周辺の大気が流れ込み南北両極で発生した巨大キノコ曇は、直径1000Kmの超大型台風へと発達していくのだった。


 4年前の日本列島火星転移による惑星大変動で生物が呼吸可能な程の濃密な大気が形成された火星大気圏は、日本列島生態環境保護育成システムに守られた日本列島以外の地域は基本的に放置状態であり、火星各所に点在する旧マルス・アカデミー施設の間接的な気候操作で若干の大気流動が調整された3か所の人類都市を除き、非常に不安定な状態が続いていた。


 マルス・アカデミーは46億年前から今日に至るまで”全く予測が不可能”として気象操作だけは直接関与を控えてきた。


 火星日本列島以外の地域が放置状態だったのは太古からのマルス・アカデミー方針でもあった。


 地球質量の7分の1に過ぎない火星南北両極における大気圏内核爆発の影響は、不安定な火星環境に深刻な影響を及ぼすという事に地球人類の考察は及んでいなかった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・ソールズベリー=英国連邦極東企業『ソールズベリー・カンパニー』商会長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。

挿絵(By みてみん)

イラストは七七七 様です。


・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。

挿絵(By みてみん)

イラストは七七七 様です。


・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦政府首相。

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