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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
427/462

試食へ向けて

【火星日本列島 島根県出雲市 出雲大社本殿屋根裏】


 日本列島形成前の45億9000万年前から生態環境を保護育成してきたシステムを統括管理する屋根裏では、空間一杯に表示された列島各地の制御状態を示すホログラフィックモニターの大半が赤く明滅していた。


「手の施しようもないわねぇ……」「万策尽きそうでござるな……」


 ひっきりなしに赤く表示される警告アラート画面を途方に暮れた顔で眺める弁財天と毘沙門天。

 八百万の神々の中でも商売繁盛のイメージが強いが、システム関係にも強いとされる2柱の神々の表情は疲労の色が濃い。


「巨大ワーム首都圏襲撃による食糧難が片付いたかと思えば、異形のジュピタリアン各地来訪、遂に地球の核爆発と電磁波攻撃なんて、歴史的大事件が起こり過ぎよ!神々のシステム調整なんて焼け石に水よ!」


 行き場のない憤りに身を震わす弁財天。身体に纏う羽衣が怒りのオーラでうねうねと波打つ。


「多くの凶事に対して吉事は少ないであるしな。ううむ……御神籤おみくじの大吉引き当て率を上げたり、神頼みの成就サポートを大々的にする訳にはいかんしなぁ」


 弁財天に応える毘沙門天の表情も渋いものとなっている。普段から纏う鎧姿の顔は強面の上に渋い顔をした今は更に迫力を増して阿修羅天と見紛うばかりだ。


 神頼み成就は奮発出来ない事もないが、システム内に居る知的生命体の自己成長には祝福よりも試練が効果的なのは有史からの統計で明らかなのだ。

 もっともこれはマルス・アカデミーだけが知りうる事であり、今のところ神々から日本国民に知らせる事は無い。


「ねぇ、また転移すると思う?」

不意に聞く弁財天。


「いずれ転移に至るだろう。既に転移に足る日本国民の思念は、火星ここへ来た時と同じかそれ以上になっておる。

 それでも転移しないのは、転移で動かすエネルギー充填の問題か、転移先座標が定まっていないのかもしれん。美衣子様マスターに聞いてみないと分らん」

応える毘沙門天。


「そうね。私達は八百万の神々として転移はあるものとして覚悟するべきね」

「いかにも。我らは日本国民の生態環境を保護する一柱システムであるからして、いかな場所に転移しようとも保護に努めねばならん」


「小手先の危機逃避思念緩和ケアよりも、その先を見据えましょう。美衣子様マスターとのデータ同調は維持」


 毘沙門天とひとしきり話して覚悟を決めた弁財天は、落ち着いた顔で赤く染まったホログラフィックモニターを一つ一つ確認していくのだった。


          ☨          ☨          ☨


【地球東アジア 旧中華人民共和国黒龍江省 人類統合第12都市『氷城ハルピン』西部外縁まで1Kmの上空】


「此処は間に合わなかったのか……」

眼下の惨状に言葉を続けられない満。


 ジュピタリアン最後尾の水素クジラに牽引されながら猛スピードで氷城ハルピン郊外まで到着した大月家一行が見たのは、成都人民防衛部隊とアラブ義勇軍のなれの果てである不自然に停止した戦車や装甲車と軍服と小銃が散乱する荒野だった。


「遅かったわ。……クローン人間とアラブ義勇軍は生命反応が全て消失しているわ」


 人体が放つ極微弱な生体電気を検知する装置で戦場一帯を捜索した美衣子が肩を落として報告する。


「ホワイトピースからのデータ通信で得た情報によると、イスラエル連邦の保護下だった第11都市『成都』が壊滅したみたい」


 ひかりが受け持つ制御卓を操作しながら満に報告する。


「これ以上の犠牲は出せないね」

呟く満。


 しばらくの間、惨憺たる荒野に黙祷を捧げた大月家一同だった。


 壊滅した先鋒部隊上空を通過したディアナ号は、第12都市を目前としていた。操舵室から見える都市は飾り気のない灰色のコンクリート建造物が立ち並び、物悲しい雰囲気を漂わせている。


 物悲しい雰囲気に何と無く言葉少なく進むディアナ号の大月家一行。


「お父さん。琴乃羽から通信よ」

「ん?なんで琴乃羽さん?」

美衣子の呼び掛けに首を傾げる満。


「はい大月です」

『社長~!私です~!琴乃羽です。気付いたら珍味君に捕まって地球ここまで来ちゃいました~どうしましょう』

満に半分泣きべそな琴乃羽美鶴が訴える。


「珍味君に捕まったって、今何処ですか?」

『ジュピタリアンの先頭。長の頭上』


「……昇進したね」

色々言いたい事を飲み込んだ満は最小限の言葉で返す。


『違う~!巻き込まれただけなんです。早くおうちに帰りたいです!』

「美鶴。貴女はもう帰る場所に居るじゃない」

否定する琴乃羽を宥める美衣子。


『帰る場所に居る?私が?』

「木星大赤斑最深部で見事にジュピタリアンを中華料理の虜にさせた貴女が帰る場所はもう木星あそこしかないわ」

首を傾げる琴乃羽に優しく答える美衣子。


『そうか私は木星人ジュピタリアンだったのかぁ……って、感動的に言っても騙されないわ!』

「……ちっ!」

ノリ突っ込みの琴乃羽に舌打ちする美衣子。


「そんな事よりジュピタリアンの長は大丈夫?バテてない?」

『……そんな事って。長の状況ね、長~大丈夫?』

美衣子にあしらわれた琴乃羽がジュピタリアン長の状態を確認する。


『……うん。そう。……分かった。

社長、結構バテているみたい。シールド程度なら大丈夫だけど、異相空間形成はスタミナが足りないから無理みたいです』


 ジュピタリアン長に聞いた琴乃羽が報告する。


「スタミナが足りないなら補給すれば良いのよ。今日のお昼ご飯はチキンカツよ。長に一切れくらいなら分けてもいいわ」

さらりと答える美衣子。


『長!チキンカツ一口なら分けてもいいって。大丈夫?そう、はーい。分かった!社長、二切れならもっと頑張れるって言っています』

「……現金な長だ。分かりました。昼食の一部を提供します」

琴乃羽の報告に呆れながらも了承する満。


 その時、ジュピタリアン隊列の遥か先頭付近から悲鳴のような音と眩い光が煌めくと、第12都市上空がオレンジ色に染まっていく。

 やがて最後尾のディアナ号周囲のジュピタリアンにまでオレンジ色に染まっていく。


「えっ!?何事?」

戸惑う満。


『社長すみません!長との会話を周りの珍味君達が聞いてしまって、自分もお昼が食べれると勘違いしてるみたいです!』

慌てた声で琴乃羽が報告してくる。


「……マジですか」

頭を抱える満。


「あなた!これはチャンスよ!ピンチはチャンス!

 一口サイズ、少しの欠片でもいいから食べさせてあげれば何とかなる!自衛隊や都市の住民に手伝ってもらいましょう!」

握り拳のひかりが満を励ます。


「自衛隊とバンデンバーグの人達でやれば何とかなる、かな」

頭の中で必要な作業を想定して呟く満。


「琴乃羽さん。ほんの欠片になりますが、一口試食会として提供しましょう。これでジュピタリアン長に念押しの交渉よろしく」

『了解です!社長』


 琴乃羽との打ち合わせを終えた満だが、未だ考え事をしていた。


「試食会は行うとして……イスラエル連邦軍の攻撃がある筈」

呟く満。


「あなた。イスラエル連邦軍は巨大戦艦?で此方へ接近中ですよ」

満の呟きを聞いたひかりが制御卓を見て報告する。


「このままでは試食会の前に戦闘が始まるわ」

美衣子が指摘する。


「戦闘中に試食会は……無いなぁ」


 一瞬、自衛隊やディアナ号で応戦しながらシールド内での試食会を想像する満は直ぐ首を横に振ってその考えを捨てる。


「イスラエル連邦軍の攻撃をちょっとの間躊躇させるには……」

口をへの字にして腕組みして天井を仰ぐ満。


「時間稼ぎ……。攻撃を思い留まるようなもの……何だろう?」


 満は懸命に考えを巡らせる。


(試食会は間違ってはいない。ジュピタリアンのエネルギー補給は必要不可欠。だけどイスラエル連邦軍の攻撃が始まってしまう。自衛隊と第2都市の住民総出で簡単レシピを使っても時間がなぁ……)


(第2都市の皆さんはジュピタリアンのおもてなし要員として必要。……ジュピタリアンにとって必要な皆さんは労働力の供給元として重要な取引先である。通商のお取引先……ジュピタリアンとの友好を願うのはMCDA(火星通商防衛協定)加盟国。MCDAとして第2都市、第12都市を保護すべき……いけるかも)


 とある決心をした満は惑星間携帯電話をとある連絡先に繋げる。


『――――――もしもし』

「ミツル商事の大月です。岩崎総理、地球で有望な取引先を見つけたのですが、厄介事に巻き込まれてしまいまして保護が必要です。できればMCDAの皆さんに保護をお願いしたいのですが?」


『MCDAにとって有望な取引先ですか……。お話を聞きましょう』


 突然連絡した満だったが、岩崎は特に戸惑う事もなく直ぐに話を聞くのだった。

 満は懸命に現在の大脱出エグゾダス作戦の状況を伝え、時間の捻出が必要である事を説明するのだった。


          ☨          ☨          ☨


【地球東アジア 旧中華人民共和国黒龍江省 人類統合第12都市『氷城ハルピン』西部外縁部】


 西方から総攻撃を仕掛けるであろうイスラエル連邦軍を警戒していた90式戦車中隊は、西の彼方から空を埋め尽くして押し寄せるジュピタリアンを見上げたまま、大脱出エグゾダス作戦司令部に報告を続けていた。


「ジュピタリアンは未だ猛スピードで西から押し寄せ続けています。無数と言ってもいいぐらいです」

『こちら司令部。目視でジュピタリアン到来を確認―――――。ジュピタリアンらは都市――――――を覆いつくす――――――』


 戦車中隊指揮官の報告に応える作戦司令部の声は雑音が酷く途切れがちだった。


「もしもしっ!くそったれ!ノイズが酷くて聴きとるのが難しい……」

通信機から流れる酷い雑音混じりの応答に悪態をつく指揮官。


 暫く後、上空の核爆発によるEMP攻撃が明らかとなった事で司令部から新たな通達が出る。


『司令部より通達。EMP(電磁パルス)攻撃を受けた。全部隊通信機器をマルス通信システムへ切り替えせよ』


「電磁波攻撃だと!?このままイスラエルとドンパチするのか!?」

司令部の通達に動揺する指揮官。


 現在、地球衛星軌道上を掌握しているのは地球連合防衛軍だが、東アジア地区上空は連合防衛軍から脱退した人工日本列島を本拠地とするイスラエル連邦が月面都市同様に管制機能を代行している。


 予告無しの電磁波攻撃を行うとしたらイスラエル連邦が真っ先に浮かぶのだった。


「これから一体どうなるのだ……」

半ば茫然とする士官だった。


 頭上を埋め尽くして通り過ぎるジュピタリアンの群れは、早朝の陽光さえも遮って地上を暗くしていくのだった。


          ☨          ☨          ☨


【人類統合第12都市『氷城ハルピン』中心部】


 衛星軌道上からの電磁波攻撃を受けた自衛隊地球派遣群は、都市住民救出を続行していた。


 航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』は引き続き地上で作戦司令部として機能しているが、何時でも離陸可能な態勢で戦況の変化に備えていた。


 迅速に都市住民をトラックで運搬していく陸自第7師団隊員と第2都市防衛軍兵士の上空は、早朝の陽光を遮る形でジュピタリアンが一面に集結しており、続々と猛スピードで到着する後続は上空から都市外縁部にまで移動している。


「西部外縁から報告のあったジュピタリアン群は電磁波攻撃直前に都市上空に到達。現在は上空から第2都市外縁部までドーム状に展開しつつあります」

作戦参謀が名取艦長に報告する。


 ホワイトピース艦橋からも空中で徐々に拡がっていくジュピタリアン群が見える。大半は水素クラゲだが、巨大な水素クジラやシャチ、エイが混じっている。


「空中艦隊旗艦『播磨』鷹匠准将からです!」

艦長席こちらへ繋いでくれ」

通信隊員の呼びかけに応える名取艦長。


『名取艦長、空中艦隊の周囲にもジュピタリアンが展開している。おそらくは、イスラエル連邦の攻撃から我々を含めた全体を保護しているのだろう』

「はい。本官もそう思います」


『ジュピタリアンの助力で大脱出エグゾダス成功の道筋は見えてきた』

「木星から地球ここまで来た様に我々も一緒に移動するのですね」


『移動方法は分からんが、ツングースカのような爆発を利用するのかもしれん。第2都市を導いてきた黄星三姉妹の計画とは多少異なるだろう』

「ジュピタリアンの助力があれば、核弾頭を使う必要がなくなりますね。放射能汚染の心配がなくなります」


『先程火星市ヶ谷の桑田防衛大臣から連絡があった。今後の作戦は間もなく到着するミツル商事から説明があるそうだ』

「早く知りたいですね。イスラエル連邦軍の動きが気になります。彼らはジュピタリアンを攻撃するのでしょうか?」


『作戦の邪魔をする存在に対してイスラエル連邦軍は何時も苛烈だ。日本人だろうが木星人ジュピタリアンだろうが攻撃してくるだろう』

「時間が惜しいですね」


 名取艦長と鷹匠准将が話している間に、大月家一行が乗る4本マストの帆船=多目的船『ディアナ号』がホワイトピースの上空まで接近していた。


『あー、テステス。こちらミツル商事。聞こえますか?』


 ホワイトピースの艦橋に大月満ミツル商事社長からの通信が入る。

 名取艦長が頷いて艦内スピーカーとモニターに切り換える。


「よく聞こえる。此方ホワイトピース。大月社長、遠路はるばるご苦労様です」

名取艦長が満を労う。


『ありがとうございます。お待たせいたしました。ミツル商事の大月満です。

 時間が限られているので大脱出エグゾダスについて説明します。ジュピタリアンの長と話を詰めました。

 ジュピタリアンの準備が出来次第、第12都市と第7師団、第2都市も含めたこの場所ごと木星まで移動します』

名取の労いに頭を下げた満が作戦概要を伝える。


「……それはまた。巨大質量になるが、大丈夫なのか?」

思わず声に出してしまう名取艦長。


『ジュピタリアンにしてみれば、都市の1つや2つは対して変わらないそうです』

「それは……凄いな」


『ミスター大月。ソールズベリーです。ジュピタリアンの準備とはどの様なものですか?またツングースカ巨大爆発を起こすのでしょうか?』

通信を聴いていたソールズベリー商会長が質問する。


『いいえ。巨大爆発アレはもう使えません。別の方法です』

「やはり核を使うのか?」

満の答えに再び質問する名取。


『核兵器はやはり放射能汚染の問題があります。我々が去った後のイスラエル連邦に汚染を押し付けるのはちょっと可哀そうかなと』

核兵器の使用を否定する満。


「ではどうやって巨大質量の移動をするのですか?」

鷹匠があらためて訊く。


『ちょっと大変ですが、皆さんのご協力があれば可能です』

「我々は惜しみなく協力させて頂く」


『ありがとうございます。では今からジュピタリアン向けの一口試食会について説明させていただきます』


 にこりと笑って和洋中料理を一口サイズで5億6千万のジュピタリアンに提供する話を始める満だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m

次話は10月13日(日曜日)に投稿予定です。


【このお話の登場人物】

・大月満=ミツル商事社長。

・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・琴乃羽 美鶴 =ソールズベリー商会員。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・ソールズベリー=英国連邦極東企業『ソールズベリー・カンパニー』商会長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。

挿絵(By みてみん)

イラストは七七七 様です。


・岩崎 政宗=日本国内閣総理大臣。

・鷹匠=日本国陸上自衛隊第7師団師団長。准将。

・名取=航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長。大佐。

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