直談判
――――――【木星 大赤斑最深部 異相空間ゲート前 】
火星ウラニクス湖に出現した淡く紫色に輝いた異相空間を抜けると、小山程はある水素クジラが待ち構えており、長い顎鬚を『ディアナ号』船首に巻き付けると牽引する形でディアナ号を運んでいく。
地球の数百倍はある木星大気圏を覆う灰褐色や黄土色の分厚い雲海の下、水色と赤茶色に染まる液体水素と液体金属合金が混じり合った大地をしばらく進むと、前方に小山に煙突が生えた様な構造物が見えてくる。
「ほえー」「……不思議な光景ね」「これが木星ですか……」
地球上では有り得ない風景に口をぽかんと開けたまま途切れ途切れがちに感想を漏らす満達。
「前方に見えてきた構造物はチムニー(煙突)と呼ばれるもの。地球では熱水の噴き出す深海底で見られるわ。
此処はチューブワームの長の家よ」
美衣子が操舵室内の皆に説明する。
「……ちなみに此処は地球の320倍以上の木星大気圧があって本来なら皆押し潰されているわ」
「「「ひえっ!!」」」
美衣子の解説に震えあがる満達。
「……とは言え、この直談判の場を整える為に長をはじめとするジュピタリアン達が惑星磁力線を使って反重力空間を展開させているから安心して」
「「「ふぅぅ~」」」
美衣子の更なる解説で脱力する満達だった。
「そんな事よりも、ジュピタリアン側はお父さん一行を大歓迎してくれている様ね」
前方の煙突前の開けた場所を指差す美衣子。
チューブワームの長の住居前には、色とりどりに明滅する水素クラゲの群れ、空中で舞い踊る水素エイや水素くじらでびっしりと埋め尽くされていた。
広場の片隅には木星探査船『おとひめ』から派遣された天草華子や名取由美子、ゲートを仕切る琴乃羽美鶴とユーロピア共和国外人部隊が居る筈だが、熱烈歓迎のジュピタリアン群集に埋没してしまい見つからない。
異相空間から出現した『ディアナ号』を億単位のジュピタリアンが歓呼の声で出迎える。
『ジーク・ジュピ!』『ジーク・唐揚げ!』『ジーク・海鮮丼!』
「……こんなに沢山待ちわびているの!?」「あらあらまあまあ」「私達のおもてなしは完璧だと証明されたわ」
「地平線の向こう側までジュピタリアンで埋まっているではないですか……」
ジュピタリアン歓呼の半分以上がまだ見ぬ日本料理賞賛である事に驚きを隠せない大月家一行と岩崎総理大臣。
やがてディアナ号がチムニー近付くと、チューブワームの長がのっそりと長い巨体をチムニーから現れてお付きの水素クラゲや水素蟹、水素クジラを従えて近付いてくる。
長との対談が間もなく始まろうとしていた。
「さて……お父さん頑張って。私は仕込みがあるから」
満にサムズアップをするととてとてと操舵室を出ていく美衣子。
「私も美味しいご飯やおやつを準備してきますね。あなた、ファイト」
美衣子に続いて操舵室を出ていくひかりが去り際に満の頬にキスしていく。
「勝利の女神から祝福をもらえたのです。落ち着いていきましょう」
岩崎総理大臣が満の腕を叩いて激励する。
「……そうですね。やりましょう」
深呼吸をして息を整えた満は岩崎に頷くのだった。
歓呼の声に囲まれたまま、チューブワームの長の前まで進んだディアナ号から満と岩崎総理大臣が降りて長と対面する。
「長、私達火星日本列島の地球人類は、ジュピタリアンの皆さんの食を満たす為に木星由来の食材を和洋中の料理に活用していきます。そうすれば木星で本場料理が堪能出来るのです。
具体的には人や講師によるオンライン料理教室を開催、ジュピタリアンの皆さんが満足する料理を自ら作り上げる事を目指します。その方が、このまま何百年も火星日本列島へ行くのを待つ事に比べれば遥かに美味しいですよ?
そういう事で、これから皆さんと一緒に地球へ移動し我々の同胞を救出・保護して火星に運びましょう」
満がジュピタリアン長に提案する。
「ジュピタリアンの長殿。初めまして。日本国総理大臣の岩崎政宗と申します。今の説明に少し補足をさせていただきます」
岩崎が満渾身の提案を簡潔に、より明瞭に説明していく。
(結局、自分の言いたい事を取りとめもなく話しただけだったか……)
岩崎総理大臣の説明を隣で聴く満が反省する。
満が顔を俯けシュンとして反省していると、説明続けている岩崎が顔をジュピタリアンの長に向けたまま満の左腕を軽く叩いて首を横に振る。
気にするな、ドンマイと言わんばかりに。
(いやいや、こんな所でたった一回のしくじりで落ち込むのは早すぎるな。これからだ。これからキチンとしていけばいいんだ。一人で閉じこもる時間じゃない!)
思い直した満は顔を上げ、ジュピタリアンの長を見つめる。
『……ワカッタ。イロイロト面倒ダナ。……ダガ、手間ヲ掛ケルト美味シイ料理二ナルト我ハ知ッテイル』
満の提案と岩崎の説明を受けたジュピタリアンの長が、渋りつつも長い首を縦に振って応える。
「ええ。ええ。そうですとも。火星日本列島にはジュピタリアンの皆様が満足できる程の量がありません。木星にあるものを使って、皆さんで作る料理の方が絶対美味しいですよ!」
「長、我々日本国政府はジュピタリアンの皆様がご満足頂ける様に国を挙げて料理人と料理レシピを提供しましょう」
満と岩崎総理大臣がジュピタリアン長を説得する。
『ウーン、ワカッタ。コレナラスコシハ皆ヲ抑エラレルカモ』
神妙に頷くチューブワームの長。
『同胞達ヨ。琴乃羽美鶴様ハ言イイマシタ。”働カザル者食ウベカラズ!”ト』
『『『ウォォォ!』』』
集結した数多のジュピタリアンを前にチューブワームの長が訓示すると、ご馳走を前に決意を新たにするジュピタリアンの雄叫びが帰ってくる。
億単位のジュピタリアンが放つ雄叫びは膨大な木星由来の磁力線を無意識のうちに荷電粒子となって大赤斑上空の雲海に数多の紫電を生み出す。
『折角ノ力ハ活用セネバナ』
呟いたチューブワームの長がジュピタリアンが放った荷電粒子を雲海の遥か先まで収束させていく。
収束された荷電粒子は大気圏中層域に点在していた氷と水の塊を大気圏外にまで吹き飛ばす。
大気圏外に吹き飛ばされた氷と水は極寒の宇宙空間で纏まって巨大な塊となり、引き続き照射された荷電粒子によって新たな彗星として太陽系中心部へ飛翔していく。
『……仕掛ケハ整ッタ。イザ行カン、3番目ニ!』
ジュピタリアンを統率するチューブワームの長を先頭に、億単位のジュピタリアンが長が形成した特大サイズの異相空間をくぐって地球への移動を開始するのだった。
「琴乃羽さん……一体何を言ったのかな?」
異相空間へ向かうジュピタリアン達を眺めながら、僅かな疑問に首を傾げる満だった。
――――――【大赤斑上空 木星衛星軌道上 オウムアムア型木星探査船『おとひめ』】
「高エネルギー反応!発生源は大赤斑最深部!」「レーダーが質量反応を検知!巨大物体が急速上昇。本船右舷側10Kmの衛星軌道上を通過します!」
管制区画からオペレーターが報告する。
「質量物体?ディアナ号かマルス・アカデミー作業船団のシャトルか?」
「レーダー解析結果はいずれも該当せず。現時点では未確認飛行物体(UFO)です」
イワフネの問いに答えるオペレーター。
「念のため本船を50Km退避させるんだ。周辺を飛行中の探査機は緊急回避行動を取れ!」
イワフネ船長代理が指示する。
全長2Kmの巨体が補助エンジンを噴射させて衛星軌道上を安全地帯へと退避する。
「船外モニターがUFO補足。投影します」
オペレーターが管制区画中央のホログラフィックモニターにUFOを投影する。
水色と褐色のまだら模様をした巨大な塊が紫色の光を放ちながら猛スピードで雲海を突き抜けている。
「……何だあの塊は?船なのか?」「X線解析は水粒子を検出」「大赤斑最深部の高エネルギー反応は続いています!」
ホログラフィックモニターに映る塊にどよめくオペレーター達。
「質量物体は木星大気圏を離脱。尚も上昇中。第3宇宙速度から加速中」
「……何なんだ一体」
オペレーターの報告に困惑するイワフネ船長代理。
大月家一行が大赤斑最深部でジュピタリアンの長と直談判する情報は直前になって現地でなし崩し的にゲートを管理する琴乃羽美鶴からもたらされていたが、猛烈なスピードで通り過ぎた巨大な氷塊の事は寝耳に水だった。
「イワフネ船長代理。大赤斑最深部の琴乃羽美鶴博士から通信です」
「そのまま繋いでください」
通信オペレーターに応えるイワフネ。
『えー。もしもーし。此方琴乃羽です。今そちらへ飛んで行ったモノはジュピタリアンの長いわく”仕込み”だそうです。以上!通信終わり』
のんびりとした声で一方的に報告する琴乃羽美鶴。
「……仕込みって何でしょうかね?」
首を捻るイワフネ船長代理だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ミツル商事社長。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・琴乃羽 美鶴 =ソールズベリー商会員。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・イワフネ=1万2000年前のマルス・アカデミー地球調査隊長。総合商社角紅にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、外宇宙探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。
・岩崎 政宗=日本国内閣総理大臣。




