思うところ
2027年(令和9年)5月7日【地球東アジア 旧中華人民共和国黒龍江省ハルピンの北東3Km地点 航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』】
ホワイトピースの周囲を第12都市から飛び立ったカゲロウタイプ編隊群が、ホワイトピースを誘導するかの如く飛び交っていた。
第12都市から何らかの意図を感じたホワイトピースはカゲロウタイプへの対空攻撃を控えたまま、第12都市『氷城』に接近していた。
火山灰と雪に塗れた荒野と同色の無機質でくすんだ高層建築物を中心とした都市がホワイトピースの艦橋から肉眼でも確認できる距離にまで到達していた。
「寂れた都市の様だが、それでも壊滅していたナホトカや他の都市に比べて人の生活感があるな……」
双眼鏡で都市を観察しながら呟く名取艦長。
「通信士官。イスラエル連邦軍からの通信は入っているか?」
「いいえ。マルス通信システムを通じた英国連邦極東軍とのデータ通信以外は何処からも入っておりません」
名取艦長の問に答える通信士官。
第12都市を中心とした戦域は、各所で爆発したカゲロウタイプがまき散らした電波攪乱物による大規模ジャミングが続いていた。
「第12都市まで3Km。ECM状況変わらず。カゲロウタイプ編隊の包囲続く」
「方位、速度このまま。対空警戒維持。対空射撃は控えろ。カゲロウタイプを撃破してもチャフ散布をいたずらに増やすだけだ」
舵を握る航法士官の報告を受けて指示を出す名取艦長。
「情報士官、イスラエル連邦軍の動きは?」
「第12都市を中心としたジャミングが都市西部から瀋陽東部まで拡大しているため、都市西部最前線の動きは不明。目視観測によると、イスラエル連邦軍は未だ市内に到達していません」
名取艦長の問いに応える情報将校。
停戦の申し入れを受けてイスラエル連邦本国からの回答待ちのため、都市外周にイスラエル連邦軍の姿は無い。
「第12都側がどう出るかは分らんが、さっさと都市に進入してみよう。第7師団が都市内部に居れば、イスラエル連邦軍とて簡単に手を出せない筈だ。
航海士、速度このままでゆっくりと進路を第12都市中心部へ取れ。都市内部への進入を試みる」
「アイ艦長」
名取艦長が航海士に指示を出すと、ホワイトピースはゆっくりと進路を第12都市中心部へと向けていく。
周囲を取り囲むカゲロウタイプ編隊群に変化は無く、引き続き周囲を取り囲むように飛び交っている。
順調に航行するホワイトピースと自衛隊空中艦隊は、第12都市外縁部上空を通過して都市中心部へと進入していくのだった。
「先行した高瀬中佐達が第12都市とコンタクトが取れていることを祈ろう」
眼下に迫る灰色にくすむビル群を眺めながら呟く名取艦長だった。
☨ ☨ ☨
――――――【人類統合第12都市『氷城』防衛軍司令部】
ホワイトピースより先行した高瀬中佐とソフィー大尉のパワードスーツは、第12都市北東から進入して都市中心部に在る巨大ピラミッドに到着する。
市街地に進入しても高瀬中佐とソフィー大尉のパワードスーツが対空砲火を浴びる事は無かった。潜入した第2都市バンデンバーグ所属の黄少佐率いる精鋭部隊が都市機能を掌握しているようだ。
ピラミッド前には数人の軍人が出迎えに出てきていた。
「第12都市を掌握されたようで何よりです」
素早くコックピットから降りた高瀬中佐が黄少佐に敬礼する。
「救援感謝します。都市の掌握は叶いましたが、輝美様には負担をおかけしてしまいました」
苦渋の表情で答える黄少佐。
「そう……あなた達はこれからどうやってイスラエル連邦軍の攻撃を切り抜けるのかしら?」
ソフィー大尉が訊く。
「黄星様方は、我が第2都市『バンデンバーグ』と第12都市の都市原子炉、此方へ来る途中で収集した中国軍の核ミサイルを使って大規模な臨界爆発エネルギーを利用して地球からの脱出を計画しています。計画データーを送りますか?」
黄少佐が持参していたタブレット端末に記載されたデータを指し示す。
「ソフィー大尉。サキモリに転送してくれ」「ラジャ。パナ子、手の平でいい?」『OKですの。マスター』
高瀬の指示を受けたソフィーが二人の背後に立つサキモリコックピット内のAIパナ子に合図すると、サキモリが左の手の平を差し出す。
「では、送ります」
黄少佐のタブレット端末を操作すると、端末からレーザー通信の細い緑の光がサキモリの左手の平へスッと伸びていく。
『オーライ!オーライ!よーし!データ受信したですのマスター』
パナ子が無事にデータ受信を終えたとソフィーに報告する。
「黄少佐、ありがとうございます。ソフィー大尉は直ぐにこのデータをホワイトピースへ!」
高瀬がソフィーに指示する。
「高瀬中佐。間もなく我が都市『バンデンバーグ』が第12都市に接触、連結します。大規模な臨界爆縮が起こる前に冬眠状態の都市住民を素早くバンデンバーグまで移送しなければなりません。貴国の協力を求めたい」
「直ぐに報告し、応援を仰ぎましょう」
黄少佐に応える高瀬中佐だった。
「これから忙しくなりますね」
「第12都市住民は18万人はいるだろう。イスラエル連邦軍の総攻撃が近い。時間との戦いだな」
「イスラエル連邦軍は核を使うでしょうか?」
「正直わからん。備えねばならんだろうな……」
ソフィー大尉の問いに肩を竦めて答える高瀬中佐が上空から近付く轟音に顔を上げて振り返ると、ホワイトピースを先頭に陸自第7師団の空中艦隊が陣形を組んで第12都市上空に到達する所だった。
「大脱出がこれから始まる」
サキモリAIのパナ子が送信したデータを基に住民を救出すべく、空中艦隊が展開して第12都市各所へ移動していくのを眺めながら呟う高瀬中佐だった。
☨ ☨ ☨
――――――【火星アルテミュア大陸中央 ウラニクス湖畔『ディアナ号』】
ジュピタリアンの長と直談判する少し前、満は思うところをひかりに告げていた。
「今まではジュピタリアンや火星原住生物への対応は個別に対応できたけど、億単位のジュピタリアン来訪は個別対応の域を超えていると思う」
船長席にもたれかかりながら腕を組んで天井を見上げる満は思考を巡らせて言葉を選ぶ。
「ジュピタリアンへの対応は現地で個々におもてなしをすれば済むレベルではなくて、食糧増産体制はもとより、対価として受け取るエネルギー保管施設拡大が列島各国で必要とされる恒久的態勢にしないといけないんだよ。つまり、国レベル、いや、MCDA(火星通商防衛協定)全体で考えるべきで、尚且つ地球人類が対価を貰うだけでは駄目で、ジュピタリアン側の利益も考えなければならないんだよ」
目を瞑ったまま思うがままを語る満。ひかりは黙って頷きながら聞き役に徹している。
「あなたの言いたいことは、日本国一国で対処できる問題ではない、様々な当事者の利益を迅速に調整しないとジュピタリアンへのおもてなしが出来ない、ということですね?」
真面目な顔でひかりが訊く。
「そう。だけど、そう言った仕組みをどうやれば作って動かしていくのか、僕には全然わからないよ。ここまで仕切ってやる事に不安しかないよ。とっても気持ち悪い」
瞑ったままの目に片手をあてて不安を口にする満。
「……わかりました。あなたが全部を背負う必要は無いと思いますよ。
仕組み作りはお祖父ちゃん達に相談してみましょう。大丈夫です。
先ずはジュピタリアンの長との直談判を第一に考えて集中してくださいな」
満の背中を優しく撫でるとポンと叩いて元気づけるひかりだった。
「……ありがとうひかりさん。今まで流されながらやってきたけど、ちょっと踏ん張ってみるよ」
両手で顔を覆った後、吹っ切れた表情でひかりに応える満だった。
「お父さん、岩崎。異相空間に入るわ」
ディアナ号の舵を握る美衣子が制御卓を見ながら告げる。
「じゃあ、行こうか。木星へ!」
美衣子に応える満。
満をはじめとする大月家一行と岩崎総理大臣を乗せたディアナ号は、ウラニクス湖中央に到達すると湖底から淡く輝いていた紫色の光に飲み込まれるように消えていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ミツル商事社長。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。日本国自衛隊 第零特殊機動団に出向中。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・パナ子=パワードスーツ『サキモリ』機体制御システム担当人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・高瀬 翼=日本国自衛隊 統合幕僚監部所属 第零特殊機動団長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・岩崎 正宗=日本国内閣総理大臣。
・名取=航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長。
・黄 浩宇=人類統合第2都市『バンデンバーグ』住民代表。少佐。北米大陸西海岸の戦いで地球連合防衛軍ロイド提督と停戦を結んだ後、黄星三姉妹と行動を共にしている。




