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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
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カウントダウン

2027年(令和9年)5月6日午後10時【地球東アジア 人類統合第12都市『氷城』郊外】


 夜を迎えた人類統合第12都市『氷城』郊外最前線では、後退に転じたイスラエル連邦軍のメルカバ戦車大隊が最高速度に近いスピードで後方へ走行しつつ砲塔を真後ろに向けて砲撃を続け、追撃する第12都市防衛軍の足を遅らせようと努力していた。


「くそっ!硬すぎるっ!なんて砲塔だ」

ぼやくメルカバ戦車の車長。


 彼が発砲したタングステン製の戦車砲弾は追いすがるエイブラムス戦車砲塔前方に直撃したが、砲弾は傾斜装甲で跳ね飛ばされ、そのまま突進してきた。


「直撃したのにノーダメージだと!?味方にすると最強だが、敵に回るとこんなにも厄介な存在だとは……」


 思わず呆れて呟く車長。

 1990年の湾岸戦争時に派遣された米軍と共に、イラク軍が占領したクウエートを解放する作戦に臨んだ経験を車長は持っていた。


(だが今はまず、後退して生き延びる事だ!)


 使えるものは何でも使ってこの場を切り抜けないといけなかった。


「全車煙幕、チャフ同時展開!」


 エイブラムス戦車の砲口が此方を指向したと判断して直ぐに砲塔備え付けの発煙筒とチャフを全て使用する車長。


 メルカバ戦車砲塔から煙幕が上がり、上空10m程でチャフを積んだ擲弾がさく裂して微小なアルミ片を周囲に拡散させていく。


 応戦しようとしたエイブラムス戦車は、前方のメルカバ戦車が煙に包まれ、電波探知システムも妨害されたため、主砲発射を躊躇う。


「全車全速力で後退!」


 エイブラムス戦車は何とか捕捉しようと主砲連動型の機関銃で煙幕中心を射撃し続けるが、オレンジ色の機関銃弾が煙幕の中で何かに命中した感触は得られない。


「急げ!頑張れ!ジグザグにランダムに進路変更だ!何としても振り切るんだ!」


 途切れそうになる煙幕と迫るエイブラムス戦車を見比べながら操縦士を叱咤激励する車長だった。



――――――【陸上戦艦『ベングリオン』】


 暗闇の中で攻防戦が繰り広げられている前線から20Km離れた小高い丘では、攻略部隊旗艦である陸上戦艦『ベングリオン』は最終作戦準備を終えていた。


「中将閣下。ベングリオン全兵装準備完了いたしました」

「支援攻撃開始。目標は敵防衛軍迎撃部隊。奴らを足止めしろ!」


 オペレーターの報告を受けると間髪入れずに命令するマイケル・バーネット中将。


「艦体制御傾斜角25度。電磁砲斉射!」


 ホバークラフト型陸上戦艦の特徴でもあるエアクッションと油圧制御を組み合わせることで艦体後部を盛り上げて前部を下げる前屈姿勢になると、前甲板の三連装電磁砲の砲身が通常よりも更に下を向いた形となってメルカバ戦車大隊を追撃する第12都市防衛軍のエイブラムス戦車隊に照準を合わせて発砲する。


 ズバン!という轟音と閃光が生じて放たれた超電導アルミニウム合金弾頭は、秒速7.8Kmの極超音速で戦場を青白い流星の如く飛翔するとエイブラムス戦車隊に着弾する。


 直撃した3輌のエイブラムス戦車は強固な装甲を誇る砲塔が吹き飛ばされ、着弾衝撃で車内の弾薬が誘爆して完全に破壊された。

 周囲に展開するエイブラムス戦車も、キャタピラーや後部エンジンに電磁砲弾の破片が貫通して損害を被っていく。


「地対地ミサイル発射」


 三連装電磁砲を冷却した水蒸気で甲板が白煙に覆われる中、今度は灰色の煙とオレンジ色の炎が数十立ち昇って丘の上の陸上戦艦全体を覆い隠す。


 垂直に打ち上げられた後、戦場上空1万mを飛行するEー2C早期警戒管制機が観測した敵装甲車の座標を弾頭のマイクロチップが受信すると、ミサイル側面の姿勢制御ガスを噴射させて方向転換しエイブラムス戦車後方を走行するブラッドレー歩兵戦闘車の上部に命中する。


 歩兵戦闘車の比較的装甲が薄い上部砲塔を貫通したミサイルは車体内部を貫通して地面で爆発、車内では衝撃で搭載していたミサイルや砲弾が誘爆して敵味方の砲弾が飛び交う夜の戦場で一際大きな爆炎を噴き上げる。


「電磁砲初弾全弾命中!」「ミサイルも後続車輛に次々と直撃しています!」

「よし!敵部隊が追撃を諦めるまで支援攻撃は続行せよ!」


「アシュリー中佐。パペット飛行中隊で無事な機は地上部隊の撤退を援護せよ」

「かしこまりました」


 バーネット中将の命令を受けたアシュリー中佐がパペット飛行中隊管制区画で指揮下のクローン人間に指令を伝達していく。


「こちらはアシュリー中佐だ。現時点で生存している全機は直ちに司令部から北方3Kmを後退中のメルカバ戦車大隊をあらゆる犠牲を払って支援せよ」

『グリーン13番、了解』『イエロー8番、了解』『レッド12番、燃料間モナク枯渇スルガ了解シタ』


 アシュリー中佐の指令に数機が応答する。


 数分後、後退を続けるメルカバ戦車大隊に追いすがる様に追撃するエイブラムス戦車に向けて、上空から五芒星が描かれた垂直尾翼と黒いキャノピーが特徴的なスホイ25攻撃機やミグ29戦闘機が石のように落下すると、数輌のエイブラムス戦車とブラッドレー歩兵戦闘車を巻き込んで爆発した。


 直後にベングリオンの電磁砲と地対地ミサイルが飛来して第12都市防衛軍の追撃速度は半分程度にまで減速した。


「敵迎撃部隊の追撃速度が低下。メルカバ戦車大隊との距離が開きます」


「これで作戦が開始できる……。これより最終作戦ジェリコを開始する。カウントダウンは1200秒(S)から始める!同時に旧アメリカの戦略衛星にリンク開始。電磁パルス攻撃に向け、燃料原子炉制出力を最大まで上げるんだ!」


 バーネット中将の命令を受けてベングリオン艦橋のオペレーターや将校達が慌ただしく動き始めるのだった。


          ☨          ☨          ☨


――――――同日深夜【火星日本列島 東京都千代田区永田町 首相官邸】


 巨大ワーム襲来の攻防戦で破壊された神奈川県久里浜市と千葉県木更津市の復興作業視察を終えて官邸に戻ってきた岩崎政宗総理大臣に、官邸入口で出迎えた春日洋一内閣官房長官が歩み寄って耳元に小声で報告する。


「おかえりなさい総理。全国知事会(NGA)から至急政策提言があると打診されました」


「……やはりですか。移動中にテレビ中継で築地市場と道頓堀の狂騒を視ましたからね。どこの自治体も新たな顧客兼エネルギー源として呼び寄せたいのでしょう」


 執務室へ向かって歩きながら、ため息をついて応える岩崎。


 ロビーを横切ろうとした時に、ぶら下がり取材を期待して待機していた記者クラブの番記者達が声を掛けてくる。


「総理!ジュピタリアン=水素クラゲ渡航の全国レベルでの解禁は何時ですか?」

「ジュピタリアン来訪の全国開放は国土交通省にて前向きに検討中です。詳しい事は大塚国土交通大臣から発表があるでしょう」



「総理!首都圏復興にジュピタリアンを積極的に活用することについて、一部労働組合から雇用不安を訴える声が上がっていますが?」

「救国暫定臨時政権は”国民生活第一”で考えています。

 ジュピタリアンとの交流は始まったばかりです。インフラ基盤の早期復旧のため、やむを得ず限定的にジュピタリアンのお力を借りる場面もあるでしょうが、労働力全般をジュピタリアンに開放することは考えていません」


 歩みを止めることなく、記者からの質問に答えていく岩崎総理大臣。


「総理!在日イスラエル連邦大使館がジュピタリアンの爆買いや爆食いによる人類食糧危機を懸念していますが?」


 この質問を受けると岩崎は初めて歩みを止めて質問者である極東BBC放送記者と向かい合う。他社の記者とカメラマンも寄ってくる。


「築地市場や道頓堀でジュピタリアンの皆様が高値でマグロを競り落としたり、食い倒れで全種類の中華料理メニューを品切れまで食べつくしたことについては私も報告をうけております。

 しかしながらジュピタリアンが支払う木星資源、主に水素やヘリウムとなりますが、これらは火星日本列島の社会経済に多大な利益をもたらす可能性が大いにあると考えています」


「総理のご説明でジュピタリアンが提供する資源が我々に有益になると理解できましたが、それでも一時的には人類食料危機が起こるのではありませんか?」


 岩崎の返答に納得して頷く極東BBC記者の隣では、イスラエル連邦政府影響下のユニオンシティCNN放送の記者が食い下がる。


「これから火星に来訪するジュピタリアンは増えていくでしょう。ですが昨日の文科省とJAXAの共同発表をお聞きになったと思いますが、木星大気圏中層域において多種多様な生態系が発見されております。

 細かい内容は後ほど文科省から発表させますが、生態系の中には人類が使用する食材と非常に酷似したものがあるようです。そちらは人類に有害でないか、厚生労働省と国立感染症研究所(NIID)で成分分析を行っている最中です。

 一部の民間企業の分析では人類の食用に適している可能性大との事です。

 従って、人類食料危機などという架空話フィクションで世相の不安を煽るのは賢明ではないと私は思います」


 ユニオンシティCNN記者にはっきりと答えると岩崎総理大臣は、春日官房長官に促される形で執務室へと歩いていく。


「今のを聞いていましたね春日君?いろいろと対応を急がねば世間の不安が高まってしまいます。各省庁の発表を急がせてください」

「わかりました。明朝一斉に発表を行う報告で調整します」


「……ああ、それと春日君」

「何でしょうか?総理」


「大月社長と連絡をとりましょう。木星側でのゲート調整や案内はミツル商事が行っていますからね。おそらく、向こうも早期渡航を望むジュピタリアンに詰め寄られているかもしれません」


「至急、連絡します」


 岩崎総理大臣と春日内閣官房長官は口頭での打ち合わせを続けながら首相執務室へと入っていく。


          ☨          ☨          ☨


――――――同時刻【太陽系第五惑星『木星』大赤斑最深部 ”火星グルメツアー”渡航会場】


 せっせと火星行きの異相空間を形成するチューブワームの長の前に立つ琴乃羽美鶴は、地平線まで続く見渡す限りの行列に呆然としていた。


 ユーロピア共和国から派遣されたアッテンボロー博士と外人パワードスーツ部隊が懸命に各会場へジュピタリアンを誘導しているが、余りの数に圧倒されつつあった。


「……」

「琴乃羽さん。マルス・アカデミー基幹母艦『ケラエノⅠ』から集客の経過報告。木星各地から集まったジュピタリアンの数が10億体に達しましたわ。なおも移動中の反応が数億単位」


 茫然と立ち尽くす琴乃羽に、隣に立つ天草華子がタブレット端末で受信したデータを転送しながら報告する。


「……ちょっと行列整理してくる」

「ちょっと琴乃羽さん!渡航第8陣への訓示はどうするんですかぁ!」「……あの数を目の当たりにし続けたら流石に逃げるっしょ」


 現実逃避すべく、天草華子の声を振り切って思わずアダムスキー型連絡艇に駆け込んでしまう琴乃羽。同情した名取由美子がぼそりと呟く。


 岩崎総理大臣の推察通り、木星原住生物群ジュピタリアン向けに設けられた”火星グルメツアー”渡航会場は、今もなお同胞に続こうと駆け付けた水素クラゲや水素蟹、水素クジラ、水素シャチが集結して出発ゲートに熱い視線を送っていたが、一向に解消されない膨大な順番待ちの列からは不穏な空気が生まれつつあった。


 待ち時間の焦れた気持ちを紛らわそうと空中に巨大ホログラフィックモニターで火星グルメツアー情報を流し続けたのだが、変わりのない悠久の時間を過ごしてきたジュピタリアンにとって目まぐるしく流れるグルメツアー情報の数々は逆にジュピタリアンの好奇心と欲望を煽る結果となっていた。


『ハーイ!皆さん落ち着いてステイ!必ずグルメツアーには行けますから!グルメは逃げませんから!落ち着いてっ!麻婆豆腐は逃げません!』


 アダムスキー型連絡艇に乗り込んで半身を出した琴乃羽美鶴がハンドスピーカーで出発ゲート周辺を旋回しながらジュピタリアンの行列に冷静な行動を呼びかけている。


 6時間ごとに形成される惑星間異相空間を利用して火星日本列島やアルテミュア大陸へ渡航出来るジュピタリアンは1回につき875体、一日当たり3,500体である。

 

 ツアー開始時点で集結した水素クラゲ達すべてがツアーに参加するまで438年かかると推測されていた。


『こらーっ!そこの珍味君!勝手に異相空間を作ろうとしない!何処に繋がるか分からない不確かなモノを作ったら貴方も周りも巻き込まれて大変な事になるんですよっ!闇空間ダメ!絶対!』


 ピーッと笛を吹いて行列から離れた金属水素で出来た岩陰でこっそり異相空間形成を試みていた数体の水素クラゲに警告する琴乃羽。


 警告された水素クラゲ達は項垂れて遥か後方、水平線の向こう側まで続く順番待ちの最後尾へと漂っていく。


(最初は438年くらい木星で過ごしてきた時間とジュピタリアンの寿命をもってすれば瞬きするぐらいのものだろうとタカを括っていたのですが……少々不味いかも)


『ジュピタリアンの諸君!無許可で火星へ渡航してもグルメにはありつけません!闇空間ダメ絶対!』


 冷静さを装って順番待ちのジュピタリアンに呼びかける琴乃羽だったが、前髪に隠れた額には冷汗が滲んでいた。


「もはや止めようがないかも知れない……いっその事渡航の全面解禁か、火星日本列島料理人を木星こちらに大量派遣してもらうかしかないですね……」


 ジュピタリアンに冷静な待機を呼び掛けながら、果てしなく伸びる順番待ちの行列の所々で不穏な紫電が生じていくのを見ながら呟く琴乃羽美鶴だった。

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・琴乃羽 美鶴 =ミツル商事サブカルチャー部門責任者。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・天草 華子=木星探査船『おとひめ』船長。神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。木星探査船は大月家結婚披露宴のビンゴ大会で1位となった景品で取得していた。仮想世界大戦時に負った心的外傷療養目的で木星探査に同行中。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、らてぃ様です。


・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。仮想世界大戦時に負った心的外傷療養目的で木星探査に同行中。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、らてぃ様です。


・春日 洋一=日本国救国暫定臨時政権の内閣官房長官。元ミツル商事社員。満の後輩にあたる。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。

・岩崎 政宗=日本国内閣総理大臣。


・マイケル・バーネット=イスラエル連邦軍陸軍中将。大陸派遣軍司令官。

・アシュリー=イスラエル連邦軍特殊部隊隊長。中佐。


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