歓迎【東京お台場】/ 猫の手
2027年(令和9年)5月6日午前9時【東京都港区海岸三丁目 レインボーブリッジ】
レインボーブリッジと呼ばれる東京都港区芝浦地区と江東区台場地区を結ぶ全長800mに及ぶ二階建て構造の鉄道道路併用橋は、上部が首都高速道路、下部が新交通システムゆりかもめ線路と左右が歩道・一般道となっている。
海面から52mの吊橋は、海と近代的ビル群のコントラストによる眺望や夜景が良好故に東京観光名所”だった”。
「……せっかくの観光名所が台無しだべ」
五月晴れのもと、橋桁に大穴が開いて橋脚を吊るすワイヤーロープが破断してだらりと海面に垂れ下がったレインボーブリッジを眺めて思わず呟く大塚蓮司国土交通大臣。
「上部の首都高速道路と下部のゆりかもめ線路をミサイルの破片が貫通したようです。また所々に破壊したワーム弾の欠片が見つかり、海上保安庁特殊部隊が火炎放射器で小型ワームの駆除を行いました。橋脚全体に小型ワームが居ないか安全確認が取れるまで時間がかかっています」
大塚の呟きに大臣官房職員が応える。
巨大ワーム群の東京湾襲来により海空で激しい攻防戦が展開された為、巨大ワームが上陸を試みた千葉県側の木更津市浜金谷、神奈川県側の横須賀市久里浜といった海岸地帯は、上陸を阻止すべく護衛艦や陸上部隊が放った長距離火砲の砲撃に巻き込まれ市街地に大きな損害が出た。
「巨大ワームに勝っても戦争の傷跡は残るわな……此処で止めてくれ」
レインボーブリッジ手前の復旧工事現場前に通りかかると運転手に停車を命じる大塚。
また、東京湾最奥部にあたる港区お台場や品川区、江東区、世田谷区は、巨大ワームが吐き出したワーム弾から国会議事堂や霞が関、皇居を防衛すべく迎撃した近距離拠点対空ミサイルの破片が大量に落下して無差別に道路や建造物に大きな損害を与えていた。
ワーム弾の迎撃には成功したものの、優先防衛拠点対象外となった地域には当然の如く破壊されたミサイルやワーム弾の破片が無差別に降り注いだのであった。
「こりゃあ酷い。先ずは瓦礫の撤去だべ。あのショベルカーは誰か使い手はおるんかね?」
規制線を越え、すたすたとレインボーブリッジ入口から50m進んだ復旧工事現場に足を踏み入れると図面片手に作業員に指示を出していた現場監督に声を掛ける大塚。
「なんだ飛び込みの日雇い警備員か?建設機械系操縦者は皆、久里浜のJR横須賀線と京急線やJR内房線復旧工事に駆り出されてこっちは後回しだ。……今日は橋桁から落下した瓦礫の撤去……ですが、貴方はもしかして……っ!大変失礼いたしました!」
ぶっきらぼうに大塚に答えた後、大塚の顔と背後に控える大臣官房職員を確認すると顔を強張らせる現場監督。
「いんやいんや!通りすがりの死にぞこないじゃから、お気になさらず。邪魔にならんよう手伝いさせてくれんかの?
こう見えても大型免許持っとるし、車両系建設機械運転技能講習も受け取るからショベルカー扱えるんよ」
恐縮している現場監督よりも腰を低くして頭を下げて手伝い申し出る大塚。
恐縮しきりな現場監督からショベルカーの鍵を受け取ると、スーツのポケットから取り出した軍手を嵌めながら、ショベルカーの運転席に足をかけて乗り込む大塚。
「……大臣。なぜ大臣自らショベルカーを操縦されるのでしょうか?
今はどの社もマスコミは来ていませんから、代々木党本部に動員を掛けますか?」
「立憲地球党十八番のパフォーマンスなんか知らんわい!今は動ける人間が動く時なんよ。それだけだべ。ほれ、エンジン掛けるから離れるべ!」
首を傾げる大臣官房職員に吐き捨てるように答えるとショベルカーのエンジンをかける大塚。
現場監督が困っていた様に、封鎖中のレインボーブリッジを復元しようと各地から集まった作業員が損傷箇所の確認と出来る所からの復旧工事を進めているが進捗は芳しくない。
首都圏住民の心理的不安感を払拭すべく、岩崎政宗率いる救国暫定臨時政権は最優先で予算と人的物的資源を投入したが、被害地域は首都圏全域に及ぶ為機材のやり繰りがつかず復旧は遅れているのだ。
「今こそ猫の手も借りたいと本気で思うだべ……」
ガラガラと瓦礫をすくい上げながら呟く大塚。
橋桁から落下した大き目のアスファルトやコンクリート、金属片をショベルカーで寄せ集め、すくい上げて橋のたもとにある廃棄置場まで運搬する。
重機を扱えない作業員は箒や素手で小さい破片を集め、大塚のショベルカーが運びやすいようにまとめていく。
大塚と作業員の作業は40分程続けられた。
「大臣。30分後に木星原住生物がお台場に来訪します。ご準備をお願いします」
作業員に混じって自らもパワーショベルを操作して瓦礫を撤去しながら呟く大塚蓮司国土交通大臣に、大臣官房職員が声を上げて移動を促す。
「監督。すまんの。ちょっと用事で抜けるべ。済んだらまた戻ってくんからな。安全第一でやるべ」
名残惜し気にショベルカーから降りると現場監督に声を掛ける大塚。
「お待ちしております」
作業現場から走り去る大臣車に頭を下げる現場監督。
「……現場に口を出す政治家はイヤというほど見てきたが、ああいう人もいるのだな」
ほんの少しだけ、政治家を見直してもいいのかも知れないと思う現場監督だった。
2027年(令和9年)5月6日午前11時【東京都港区台場一丁目 お台場海浜公園】
レインボーブリッジ東側の海上付近、江戸時代に幕府が黒船に対抗する海上防衛拠点として築いた砲台跡地の小島を囲む海域が紫色に輝き周辺海域が海面から沸き上がった白い霧に包まれる。
霧が立ち込めたため、砂浜で待機していた台湾国外務省や国土交通省出入国管理局臨時出張所の職員達からざわめきが起きたが、直ぐに霧は上空にフワッと立ち昇るように消え失せる。
陽炎の様に霧が立ち消えた後、1.5m程の青色をした傘が特徴的な水素クラゲが次々と海上に浮かび上がって整列していく。
整列していく水素クラゲの数は400体に及ぶ。
青色傘の水素クラゲが整然と居並ぶ姿に息を吞む職員達。
台湾国職員は目を輝かせて中華料理食材として目利きをするかの如くだったが。
(おや?こんな”演出”するって大月先輩言ってたっけ?)
一瞬頭の中で首を傾げた春日だったが、水素クラゲの行動は特に異常は見られないようだ。
(ここは予定通りにいくしかない)
ハンドスピーカーを握る手に力が入る。
『ジュピタリアンの皆様、ようこそ火星日本列島東京へ。
このツアーは先払い制となっております。水素・ヘリウムでのお支払いを希望されるお客様は彼方の特設パイプラインへ、地球通貨又は東京湾海底の”埋蔵物”でのお支払いのお客様はまっすぐ進んで砂浜の大きいテントまでお進みください。
お支払いを終えた水素クラゲ様方は、それぞれのコースに従って参加受付をいたします』
お台場海浜公園砂浜前の海面一杯に浮かぶ水素クラゲ達にハンドスピーカーで呼びかける春日官房長官。
春日の案内に合わせて、砂浜の受付所に『お台場グルメツアー』『六本木フレンチレストラン』『築地”すしばんざい”』『横浜中華街食べ放題』を表示する大画面ホログラフィックスクリーンが掲示される。
『オォォォオ台場!』『トレビアンヲ味ワウマデ後少シ』『マグロ解体ショー、海鮮丼ウニ丼イクラ丼ブツブツ……』『中華バイキング……フカヒレ専門店……杏仁豆腐ガ待チ受ケテイル』
春日の案内を受けた水素クラゲ達は興奮気味にフワリと浮き上がると、特設水素パイプラインでさっさと先払いを終えると、砂浜の大型テントへ漂っていく。
「えっと……それは大変困ったのう……手ぶらになってしもうたかぁ」
『ウッカリシテ海中デ水素塊溶カシチャッタ……』『食イ逃ゲハダメ絶対ト言ワレタ』
春日から10m程離れた場所で水素クラゲの応対を手伝っていた大塚蓮司国道交通大臣が、数体の水素クラゲから相談を持ち掛けられ腕を組んで考え込んでしまう。
「……そんならば”働かざる者食うべからず”と言う事で行くしかないべ」
『ウイ。手ブラデゴメンナサイ……』
「春日官房長官!”彼ら”を別コースでおもてなししても構わんかのぉ?」
頭をポリポリとかきながら春日に声を掛けて小声で何かを提案する大塚国土交通大臣。
「そうですね……巨大ワーム攻防戦で破壊された首都圏インフラの復旧作業は何処も酷い人手不足です。それこそ”クラゲの手”も借りたいくらいですね!」
大塚の提案を了承する春日官房長官。
「よっしゃ。おぅい!文無しクラゲさん達はワシについて来るべ……労働の後は上手い土方飯ご馳走するかのぉ」
手ぶらでシュンとしていた水素クラゲ達を手招きしてツアー受付会場を後にする大塚と文無し水素クラゲ。
会場の外へ向かって歩きながら携帯電話で先程の復旧工事現場監督に事情を説明する。
『はぁ……クラゲが作業のお手伝いですか?』
明らかに訝し気な口調の現場監督。
「……そうだぁ。すいすい空飛ぶからクレーン代わりにもの運びが出来るべ。ほれ、破損したレインボーブリッジの橋脚ワイヤーを掛ける仕事があるべ?それに触手も沢山あるから百人力だぁ。アッハッハッハ!」
応対に出た現場監督に水素クラゲのアピールをする大塚だった。
15分後、復旧工事現場に到着するなり橋桁までふわりと舞い上がった水素クラゲ達は、破損した橋桁付近にビシッと高圧電流となった紫電を放つと、潜んでいた生き残りの小型ワームを紫電で焼き殺して駆除するのだった。
「あれま。……猫の手よりも使えるなぁ」
何事も無かったかのように橋桁から降下した水素クラゲが、今度は吊橋を支える巨大なワイヤーロープを数体がかりで触手で持ち上げて再び橋桁まで上昇するのを見ながらしみじみと呟くのだった。
☨ ☨ ☨
――――――【お昼のNHKニュース】
『木星からグルメツアーに参加するジュピタリアン観光客の第一陣が東京お台場に来訪しました。
ジュピタリアン観光客は都内のフレンチレストランで舌鼓を打った後、築地市場で競りに参加、青森県大間の冷凍マグロを”水素供給3年分”で落札しました。
日本円で換算すると、今年初セリで大手寿司チェーン店が競り落とした2億5000万円を遥かに超える金額となり、市場関係者はジュピタリアン客の爆買いに期待を寄せています』
吊り下げられた巨大な冷凍マグロと記念写真を撮る水素クラゲと市場関係者。
『人手不足が深刻化する首都圏インフラ復興について、政府は特殊技能を持つジュピタリアンに就労ビザを発給する特別時限立法を臨時国会に提出する方向で調整に入りました……』
『安全第一』と書かれたタスキを傘に被せた水素クラゲ数体が鋼材をレインボーブリッジまで空中運搬する場面が映し出される。
『東京に来訪したジュピタリアンを一目見ようと観光客が詰めかけた東京港区及び神奈川県横浜市の一部では、鉄道やバスが満員過密状態で地元住民の通勤・通学に支障が生じています。
ジュピタリアン来訪は本日から6時間ごとに行われる予定で、一部の専門家からはオーバーツーリズムが恒常化しかねないと懸念の声が上がっています……』
行列が絶えることのないバス停や駅ホームの映像が映る。
『観光や就労で来訪するジュピタリアンの”爆買い”によって今後、火星日本列島の食材が買い占められ、地球圏にまで食糧危機が到来するかもしれません……』
深刻な顔で語るイスラエル連邦大使館一等書記官。
『日本国政府は地球人類生存圏の食料安全保障確保のため、ジュピタリアンの入国制限をすべきです』
☨ ☨ ☨
――――――【ユーラシア大陸東アジア 人類統合第12都市『氷城』(旧中華人民共和国 黒竜江省哈爾濱)】
防衛司令部内の病院で生体組織劣化遅延処置を終えた羅大佐率いる成都人民防衛部隊の生き残り700名は、中心部ピラミッド前の広場で新しい装備の整備に余念がない。
「羅大佐殿。本当にイスラエル連邦軍へ戻られるのですか?」
見送りに来た黄少佐が尋ねる。
「はい。我々にはイスラエル連邦軍支配下の成都で待つ5万人の市民がいるのです。
大きな戦果を手土産にして、市民の安全を確保するようバーネット中将と交渉する所存です」
覚悟を決めた顔で頷いて答える羅大佐。
「大佐殿を含めた将兵の皆様に応急処置を施しましたが、そう長くは持ちません。タイムリミットは24時間だとお考え下さい。この短時間で交渉など可能でしょうか?」
「マイケル・バーネット陸軍中将は、膠着状態を脱しうる戦果を求めています。
”一時停戦と引き換えに第12都市防衛軍の装備を全て引き渡す”との提案はこれからユーラシア大陸を制圧するイスラエル連邦軍には魅力的に映るでしょう。勝算はあります。
いざという時は、我々成都人民がイスラエル連邦の実験動物として扱われていると地球連合防衛条約諸国に訴えると言えばよいのです」
心配が拭えない黄少佐に自信を持って答えてみせる羅大佐。
羅大佐の背後に整列する車列にはT72戦車の他、第12都市防衛軍から”鹵獲”したと主張する予定のM1Aエイブラムス戦車やブラッドレー装甲戦闘車が多数含まれている。
地球上では最新鋭とされる戦車と装甲戦闘車を多数持ち返れば、イスラエル連邦軍司令部も一考せざるを得ない、と羅大佐は考えていた。
「バーネット中将から一時停戦を勝ち取ったら直ぐに戻って来ます。その時は……」
「はい。第11都市『成都』も我々と共に地球から脱出しましょう」
羅大佐の願いに応える黄少佐。
「それでは!行って参ります」
敬礼すると、イスラエル連邦軍旗と成都人民防衛部隊を表した部隊旗を砲塔に掲げたブラッドレー装甲戦闘車に乗り込んでイスラエル連邦軍本隊に戻って行く羅大佐だった。
中央広場から攻防戦が続く都市外縁へ向かう成都人民防衛部隊の車列を見送る黄少佐に、防衛生産システムの改修を終えた黄星輝美が歩み寄る。
「……あのまま彼らを行かせても良かったのでしょうか?」
「残念だけど他に手は無いのだぞっ!こっちは『バンデンバーグ』『氷城』の住民30万人を抱えて余裕が無いのだぞっ!
彼らに時間稼ぎをして貰う間に大脱出作戦を進めるのだぞっ!」
羅大佐一行を心配する黄少佐に、仕方ないと不満げに答える黄星輝美だった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・春日 洋一=日本国救国暫定臨時政権の内閣官房長官。元ミツル商事社員。満の後輩にあたる。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・大塚 蓮司=救国暫定臨時政権の国土交通大臣。立憲地球党所属議員だが、政治家として党派を超えた岩崎の盟友。我妻新政権では冷遇されていた。
・黄星 輝美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。美衣子に諭され罪滅ぼし中。神聖女子学院小等部6年生に転入していた。舞と守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄 浩宇=人類統合第2都市『バンデンバーグ』住民代表。少佐。北米大陸西海岸の戦いで地球連合防衛軍ロイド提督と停戦を結んだ後、黄星三姉妹と行動を共にしている。
・羅=人類統合第11都市『成都』暫定代表。人民防衛部隊司令官も兼務。大佐。




