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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
413/462

歓迎【ユーロピア共和国 アルテミュア大陸ウラニクス】

2027年(令和9年)5月6日午前11時【火星アルテミュア大陸中央部 ユーロピア共和国領『ネオ・ウラニクス』】


 上空に赤い霞が漂う復興途上都市『ネオ・ウラニクス』傍のウラニクス湖上中央に、三本マストを展開する大月家所有多目的船『ディアナ号』が停泊していた。


 ディアナ号の周辺上空は不測の事態に備え、アダムスキー型連絡艇やユーロピア共和国のラファール戦闘機が旋回しながら警戒監視を続け、湖岸弁当工場周辺は同国外人部隊の機動戦闘車が配置されている。


 厳重警戒の下、ディアナ号甲板には記念すべき木星観光客第一陣を歓迎すべく、ジャンヌ・シモン首相以下政府首脳と国営放送(チャンネル2)撮影班が待機している。


「湖底洞窟センサーが木星磁力線増大を観測。異相空間形成値まで3、2、1、形成!」


 甲板に設置した観測機器を操るユーロピア共和国軍兵士が報告する。


「いよいよお出ましね」


 ディアナ号甲板からウラニクス湖を眺めるジャンヌ・シモン首相が大月満に話しかける。


「はい。長崎五島列島の異相空間形成も成功したようです」

正装用として紺のスーツを着た満が応える。


「来たわあなた。水面を見て!」


 傍らに居たひかりが満の袖を引いて純粋に澄み切った湖面を指差す。


 ひかりが指差した湖面から気泡と共に空中に青い水素クラゲが勢いよく水飛沫を撒き散らしながら飛び出す。


「うわぷっ!?」


 舷側至近で水素クラゲが勢い良く飛び出した為、ザバビシャァと大量の水飛沫が甲板に居た満に降り注いで思わず喘いでしまう。


「あらあらまあまあ……」


 咄嗟に日傘で自らとジャンヌを防御したひかりが頭からずぶ濡れになった満を見て困った様に眉を下げる。

 ユーロピア共和国首脳陣は周囲の警護要員(SP)が速やかに鞄をエアバッグの様に膨らませて水飛沫を防いだが、テレビ撮影クルーはびしょ濡れになりながらも嬉々として水素クラゲの撮影を続行している。


「えっと……日本では”水も滴る~”と言う言葉があるそうじゃない。ドンマイよムッシュ大月!」

「……」


 言葉を選んでフォローするジャンヌだが、いきなりの洗礼にテンションダダ下がりの満は無言である。


「まったく……こういうのは初めが肝心よ。ステイ!」


 眉間にしわを寄せて縦長の瞳を細めると、ハンドスピーカーに装着されたアンテナを水素クラゲに向ける美衣子。


 直後に帯電したアンテナから紫電がバシッ!と伸び、水飛沫を浴びせた水素クラゲと近くに居たびしょ濡れの満を包み込む。


『アババババ』「アババババ」


 空中の水素クラゲと巻き添えとなった甲板の満が電撃に悶える。


「活きの良い観光客も考え物ですわ姉様。恐るべしオーバーツーリズム……」


 慄きながらも、江ノ島水族館で見たミズクラゲよりも巨大な水素クラゲにうっとりと目を輝かせる結。


「……美衣子さん、やり過ぎですぅ。結ちゃんも今は巨大モノよりお父さんですぅ。二人とも、もうちょっとお父さんを思いやって欲しいですぅ」


 悶絶した満を膝枕で介抱しながら注意するひかり。


「ごめんなさい」「反省ですわ」

シュンとなって頭を下げる美衣子と結。


『申シ訳ゴザイマセン』


 甲板に降り立つと、美衣子やひかり、満に傘を下げて謝る水素クラゲ。


「次に迷惑をかけたらグルメツアー出禁よ」

『ウィ、マスター』


 水素クラゲに警告QRコードを照射して注意する美衣子に従う水素クラゲ。


「……ふう。後で琴乃羽さんに注意事項として伝えないといけないね」


 ようやく紫電の痺れが解消した満がひかりに膝枕されながら呟く。


 最初に浮上した水素クラゲが紫電の洗礼と厳重注意を受けたのを見ていたのか、続いて湖面から出現する水素クラゲは一度湖面で動きを止めてからゆっくりと空中に漂って整列していく。


 次々と湖面から現れて空中に整列していく水素クラゲを見上げるユーロピア共和国政府首脳。

 政府首脳背後では国営放送クルーがテレビカメラで撮影を続行する。


「ようこそネオ・ウラニクスへ!ユーロピア共和国はあなた達を歓迎するわ!」


 びしょ濡れと紫電巻き添えでテンションダダ下がりの満に代わって、ジャンヌ首相自ら550体の水素クラゲにハンドスピーカーで呼び掛ける。


「これからあなた達を弁当工場に案内するけど、今日のツアーは先払いよ。

 みんなが手に持っているのは……例の水素ブツね。

 よしっ!あっちの大きい船で持って来た水素を渡してね!そしたらお楽しみ黄将弁当工場見学ツアーの始まりよ!ホカホカのお弁当が貴方達を待っているのよ!」


 水素クラゲ達に呼びかけながら湖岸に停泊している巨大な水素ガス輸送タンカーを指し示すジャンヌ。


 ジャンヌの背後では電撃から立ち直った満が、美衣子と結にレーザー光線で輸送タンカーまでの経路を明示させる指示を出す。


『早ク先払イ、シナイト』『唐揚ゲ弁当マデ、アト少シダゾ』『青椒肉絲ガ私ヲ呼ンデイル……』


 ディアナ号のマストから照射された2筋の緑色レーザー光が輸送タンカーまでの経路を照らし出すと、湖岸へ列を成して整然と漂っていく水素クラゲ達だった。


『オイデヤス火星ヘ。水素塊ハ此方ヘ』


 巨大輸送タンカーに到着した水素クラゲを割烹着姿のマルス・アンドロイドがお辞儀をして出迎えると、水素貯蔵タンクに繋がる配管入口へ案内していく。


『オーライ、オーライ。ハイ、ストップ!コノ穴へドウゾ……』

「ウィ」


 割烹着姿で誘導するマルス・アンドロイドに従って、1m程ある配管入り口に水素塊を投入する水素クラゲ。


 投入された水素塊は、貯蔵タンク内で塊から液状に解凍されていく。


『オオキニ。此方ガ弁当工場ヘノ入場パスポートドスェ』


 配管入口で待ち受けていた着物姿の舞妓マルス・アンドロイドが工場入場用パスポートとなるQRコードを水素クラゲの傘にピッと照射する。


『弁当工場ハ彼方アチラドスエ……』


 楚々とした所作で輸送タンカーの停泊場所に一番近い湖岸を指し示す舞妓アンドロイド。


「ウィ。コレデ弁当食ベレルノカ?」

『ソウドスエ。オ代リハ2回マデドスエ。3回目ハブブ漬ドスエ』


 水素クラゲの質問に応える舞妓アンドロイド。


『ソレデハ、良イ旅ヲ』

優雅にお辞儀して水素クラゲを見送る舞妓アンドロイド。


 輸送タンカーから先払いを終えた水素クラゲが弁当工場へ向かい始めたのを見た満が次の案内を準備する。


「瑠奈、弁当工場と輸送タンカーの経路案内始めて!」

「承りっス!」


 弁当工場入口で待機していた瑠奈が自作パワードスーツ両腕からオレンジ色に輝く誘導レーザーを輸送タンカーに向けて照射する。


「此方はもう大丈夫だね。後は東京お台場と大阪道頓堀だけど」

「お台場は春日君、大阪はお祖父ちゃんが仕切っているだろうから何とかなるでしょう」


 輸送タンカーで水素塊を渡した水素クラゲがオレンジ色の誘導レーザーに従って弁当工場の在る湖岸へ向かう光景を眺めながら日本列島側のおもてなしに思いを馳せる満とひかりだった。



「……ところでムッシュ大月。あの割烹着と舞妓アンドロイドを首相府うちにスカウトしてもいいかしら?」

「首相閣下は着物に興味があるのですね?」


 数珠繋ぎで湖から巨大輸送タンカーに向かう水素クラゲ群と、それを出迎える舞妓アンドロイドや割烹着アンドロイドに国営放送撮影班がカメラを向ける背後でしれっと満に打診するジャンヌ首相。


「……はぁ。ツアー終了後に祇園置屋組合に食い込んだ”女将”でもある美衣子と交渉してくださいね」


 そんなジャンヌ首相に肩を竦めながら応対する満。


「ふふん!ミツル商事茶屋部門の敷居は高いどすぇ。クエっ!」


 やり手女将に扮した美衣子が、煙管に似せたシガレットチョコレートを咥えながら、腕を組んでジャンヌ首相を見下ろす。もちろん満に肩車されながら、である。


「うわっ。凄い上から目線だけど……言葉遣いと最後の鳴き声でパチモンだと分るわ」

「クエーッ!」


 美衣子の佇まいに怯みながらも反撃するジャンヌ首相に悔し気に鳴く美衣子だった。


「お二人とも、コントショーよりもおもてなしが大事ですよ……」


 今度こそ呆れて声を掛ける満だった。


 正午に放送された国営放送ユーロピア ドゥトップニュースは、ハンドスピーカーで水素クラゲを歓迎するジャンヌ首相と、舞妓姿や割烹着姿で出迎えるマルス・アンドロイドを繰り返し映しながら異星観光客来訪を歴史的出来事と伝えるのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=ミツル商事社長。

・大月 ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、イラストレーター七七七様です。

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