十字路
2027年(令和9年)5月6日【地球東アジア 人類統合第12都市『氷城』(旧中華人民共和国黒竜江省 哈爾濱)】
第12都市外縁部に指しかかった羅大佐の自動車狙撃大隊の前方にM1A2エイブラムス戦車の隊列が接近する。
「前方1時の方向に敵エイブラムス戦車!後方にはブラッドレー装甲戦闘車が続いています!」
「至近距離砲撃戦用意!BMP装甲兵員輸送車はT72戦車の背後に隠れろ!M1の主砲が直撃したらひとたまりもないぞ!」
車長の報告に応戦命令を出す羅大佐。
第12都市防衛軍のエイブラムス戦車隊がぐんぐんとT72戦車の目前に迫って激突するかと思いきや、突然T72戦車を避ける形で次々と通り過ぎていく。
通り過ぎざまの砲撃や銃撃は一切ない。
「敵戦車は我が部隊側面を後方に向かって進行中。敵戦車発砲無し!」
「……どうなっているのだ」
羅大佐率いる成都人民防衛部隊は、第12都市防衛軍迎撃部隊の側面をすれ違う形で前進を続ける形となっていた。
「敵部隊は完全に我が部隊とすれ違いました。そのまま後続のメルカバ戦車大隊に突撃していきます!」
「……訳が分からん。だが、戦場に混乱はつきものだ。このまま進撃を続けて都市内部に突入する!」
車長の方向に首を傾げながらも好機とばかりに進撃を続ける羅大佐。
『第11都市人民防衛部隊羅大佐から司令部アシュリー中佐へ。我が部隊は敵防衛線を突破。これより敵都市中枢へ進撃を開始する』
BMP兵員輸送車の通信機を使用して後方司令部のアシュリー中佐へ報告する羅大佐だが、通信機から聞こえるのはアシュリー中佐の嫌味たらしい言葉ではなく、ガリガリと雑音ばかりの音声だった。
「ノイズが酷くて駄目だ。敵は強力なジャミングを使っている。伝令を送り出すにも都市のすぐ外は友軍後続と敵の激しい戦闘が続いている……」
車長席の隣へ戻って座席に深く持たれると低い天井を仰いで目を瞑る羅大佐だった。
羅大佐率いる第11都市『成都』人民防衛部隊は、遂に敵都市への進入に成功した。
都市外周を防衛していた敵部隊は最新鋭エイブラムス戦車やブラッドレー装甲戦闘車を展開して強烈な反撃をしてきたが、反撃は後続のイスラエル連邦軍メルカバ戦車大隊に集中し、羅大佐の部隊は敵部隊から無視される形で敵部隊の真横を通って都市内部へ進入を果たしていた。
「大佐殿。我々の先には間違いなく罠が待ち受けているのでしょうか?」
「……おそらくな。だからといって後続部隊の到着はまだまだ先だ。此処で足を止めていてもどうにもならん。理想を言えば罠の手前で止まれればいいのだがな」
不安そうに訊く副官に答える羅大佐。
(ここまで来たのだ。手を抜いたら成都の住民5万人に危険が及ぶ……。やれるだけやるしかないだろう)
しばらくすると羅大佐は、再び通信機の前に戻るとマイクを握って全部隊員を激励する。
『勇敢なる成都人民防衛部隊の諸君。勝利までもう少しだ!左右建造物からの攻撃に警戒しつつ前進!』
第12都市外縁部で隊列を整えた成都人民防衛部隊は、全員が車輛に搭乗すると、羅大佐が搭乗するBMP兵員輸送車を先頭にして都市中心部へ向けて進軍を開始する。
都市外縁部では陸空で未だ激しい戦闘が続いており、ジェット戦闘機の轟音や砲弾が着弾した爆発音が間断なく都市内部まで聞こえているからか、前後左右に銃器を向けて待ち伏せを警戒する兵士は極度な緊張を強いられていく。
しかしながら都市中心部につながる大通りには車は一台も無く、進軍する車列の周囲は静かであり、大通り左右の高層建物から抵抗を試みる兵士や住民の姿は何処にも見当たらない。
人気のない灰色にくすんだ高層アパートには、成都でも見慣れた5か年計画を称賛する共産党のスローガンが書かれた横断幕が虚しく翻っている。
「……まるでゴーストタウンだな。住民は避難しているのか?」
車内の銃眼から外を覗き見ながら羅大佐が呟く。
「大佐殿。間もなく十字路交差点に到達します」
「速度を落とさず前進だ」
前方に視線を向けたまま指示を仰いだ操縦士に応える羅大佐。
都市外縁部と都市中心部との中間地点にあたる十字路には信号機があるが、点灯はしていない。
「全車全周警戒怠るな!」
緊張した声音で指示する羅大佐。
「十字路通過!」
閑散とした大通りが交わる十字路を車列が通過した直後、大通りの路面全体が紫電を帯びると羅大佐率いる部隊全体を繭の如く紫電が覆い包んでいく。
走行していた全車両のエンジンが突然停止してガクンと急停車してしまう。
「何だ!何が起こった!?」
「エンジン停止しました!路面が発光!?うわっ――――――!」
羅大佐の問いに操縦士が答えた直後、車内に目が眩む様な紫電が溢れると搭乗者全員が意識を失った。
15分後、大通りから発電した紫電の繭が薄れるように消えて無くなると、動きを止めた羅大佐率いる部隊の車列が現れる。
部隊の将兵は全員意識を失ってピクリとも動かない。
「うむぅ~強制細胞変換でも機能は戻らないのだぞっ!」
停車している先頭のBMP装甲兵員輸送車に降り立った黄星輝美が顔を顰めて呟く。
「とりあえず、意識が戻る前に収容するのだぞっ!えいっ!」
輝美の目の前に現れた幾つものホログラフィック制御卓を操作すると、停止していた兵員輸送車のエンジンが始動するとゆっくりと前進を再開する。
「えいえいえいっ!全体進むのだぞっ!」
空中のホログラフィック制御卓をピアノ演奏のように操作していくと、成都人民防衛部隊の車列はゆっくりと前進し、十字路近くに在った地下格納庫へと入っていくのだった。




