おもてなし【紫電】
2027年(令和9年)5月5日【太陽系第5惑星『木星』大赤斑最深部】
――――――美衣子がジャンヌにお願い事をした40分後。
チューブワームの長が住む煙突型岩山の麓には、住人であるチューブワームの長や多数の水素クラゲがひしめいていた。
先程まで琴乃羽美鶴が大々的な黄将メニュー大試食会&新食材お披露目会を開催していたのである。
未知の地球食材美食大盤振る舞いで集結した木星原住生物達は狂騒状態に近かったのだが、今は何故か借りてきた猫のように大人しくチューブワームの長周辺に身体を寄せ合ってプルプルと震えている。
そんな光景から少し離れた場所では、持ち帰りの黄将メニューを手にした水素クラゲ達に連れられて来たマルス・アカデミー多目的戦闘艦『マロングラッセⅡ』が液体金属の地表に着陸し、舷側ハッチから瑠奈に率いられたユーロピア共和国外人パワードスーツ部隊が続々と現れマルス・アンドロイド達と協力して何かの拠点づくりを始めている。
マロングラッセⅡの傍ではマルス・アンドロイド”ツルハシ”と何故か執事服を着たユーロピア共和国のロンバルト・アッテンボロー博士に挟まれた琴乃羽美鶴がホログラフィックモニターに投影された大月家一同と向かい合っていた。
心なしか琴乃羽が容疑者の様に見えるのだが、誰も突っ込まない。
『火星に水素クラゲが沢山来ているんだけど、何か心当たりはありませんか?』
穏やかに尋ねる満。
「……っ!」
隣のひかりや背後に佇む美衣子と結の圧をモニター越しに感じてブルりと震える琴乃羽。
背後に寄せ集まる木星原住生物達はこの”圧”を敏感に感じ取ったゆえにその場から”避難”していたのだ。
「わ、私は止めましたよ!?手ぶらはダメ!絶対って言いましたっ!」
震える体に鞭打って気丈に答える琴乃羽。
『琴乃羽アウト。ツルハシ?』
「「アババババ」」
すかさずダメ出しした美衣子が琴乃羽の横にいたツルハシに合図するとツルハシから紫電が放たれて感電する琴乃羽と巻き添えのアッテンボロー博士。
「な……何故わたしまで?」
『連帯責任よ』
しびれの残る体を摩りながら訊くアッテンボロー博士に美衣子が無慈悲に告げる。
『琴乃羽さんの言い方だと、取りようによっては”手ぶらじゃなければOK”と思わてしまいますよ?』
「……そうでした。すみません」
満に代わって説明するひかりに謝る琴乃羽。
満はひかりの隣でおしぼりを額に当ててぐったりしている。
『まあ、来てしまったものは仕方がありませんね。琴乃羽の言いつけを守った水素クラゲが色々と有用な対価を持参してきたので良しとしましょう』
『大口顧客契約獲得おめでとう』
「……ありがとうございます」
なんだかんだ言っても寛大な満とひかりに感謝する琴乃羽。
『ところで、あとどれくらい水素クラゲを”集客”出来るかな?ちょっと人手が足りない所があるのだけど』
琴乃羽に尋ねる満。彼の頭には地球からの大脱出作戦があった。
「うーん」
考え込む琴乃羽。
『やっぱりもう少し中華の魅力をプッシュしないとダメですかね?』『フレンチも必要ですかねぇ……』
自信無げな満とひかり。
「逆です!」
『『ええっ!?』』
「このまま少数の火星渡航を続けると木星原住生物の暴動が起きるかも知れません」
『『えええっ!?』』
『ニーズが物凄いって事ですか。どのくらいですか?』『千人ぐらいでしょうか?』
「少なく見積もって”億単位”の水素クラゲが順番待ちで此処に集まっているんですよ!」
満とひかりに応えるべく、惑星間携帯電話のカメラモードをオンにしてチューブワームの長周辺にぎっしりと集まった水素クラゲ達を撮影していく琴乃羽。
『……これは凄い……これならイケるかも。状況は分かりました。後はマネージャーのアッテンボロー博士に連絡しておくからよろしく!』『アッテンボローさんの言いつけを守ってくださいねぇ~』
撮影した画像に息をのむ満は何かを呟いたのち、後をアッテンボローに任せて通話を終える。
ひかりも念を押すと通話を終了する。
「さてと……これからどうしよう」
呟く琴乃羽。食材は使い切っているのだ。
「マドモアゼル琴乃羽。それでは早速”任務”と参りましょう」
傍らにいたアッテンボロー博士が話し掛ける。
「任務?」
首を傾げる琴乃羽。満にお仕置きされる任務は終わったはずだ。
「ウイ。任務ですマドモアゼル」
応えたアッテンボロー博士は背後の木星原住生物群集に向き合うと腹の底から声を張り上げる。
「お前たち―!地球の旨い飯が食いたいかぁぁぁ!?」
『ウオォォォ!!』
アッテンボローの問いかけに怒涛の様な歓声と弾けんばかりの紫電で応えるジュピタリアン達だった。
「「アババババ!」」
水素クラゲをはじめとするジュピタリアンの歓声と紫電を受けて卒倒する琴乃羽美鶴とアッテンボロー博士だった。
――――――【火星アルテミュア大陸中央部 ウラニクス湖畔 大月家所有多目的船『ディアナ号』】
「……まぁ、あれだな。……紫電にも色々あるのだな」
「……うわぁ。そうですねー」
ディアナ号の操舵室のホログラフィックモニターに映し出された紫電に悶える琴乃羽美鶴とアッテンボロー博士をみてフォローを試みる満とドン引きするひかりだった。
――――――【木星衛星軌道上 マルス・アカデミー・木星再生作業船団基幹母艦『ケラエノⅠ』】
広大な基幹母艦の艦橋区画一帯に警告音が鳴り響き、非常発電機が点滅していた。
艦橋区画に詰めていたオペレーターは慌ただしく持ち場の計器確認に取り掛かっている。
「大赤斑最深部にて巨大電波バーストを観測!超新星爆発エネルギーの100分の1に匹敵します!」
「電波バーストにより一時的にエネルギー循環機構が機能停止。非常用太陽光発電に切り替えます」
「何が起きたというの!?まるで木星内部に太陽でも発生したというの!?」
部下の観測員から報告を受けて困惑するリア隊長だった。
大赤斑最深部の歓声と紫電による怒涛の嵐は衛星軌道上の木星探査船『おとひめ』でも観測され、イワフネ船長代理のお説教中だった天草華子は解放され異常現象の解析に当たることでお仕置きを見事回避したという。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ミツル商事社長。
・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・琴乃羽 美鶴 =ミツル商事サブカルチャー部門責任者。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。ミツル商事退社後はソールズベリー商会に再就職していたが、木星原住生物と親しくなった為、木星探査隊(ミツル商事を副業)に出向扱いとなった。少し腐っている。
*イラストはイラストレーター 倖 様です。
・サー・ロンバルト・アッテンボロー=ユーロピア共和国火星原住生物対策班長。博士。たまにやらかす。




