衛星軌道上の急襲
――――――【地球衛星軌道上 西太平洋上空 ユニオンシティ軍宇宙空母『サラトガ』】
「グアム岩礁(旧グアム島)上空通過します。東アジア宙域まで20分。進路上オールクリア」
「うむ。各員、地上からの攻撃に注意せよ。念の為スクランブル機発進準備だ」
艦橋で航法システム担当オペレーターの報告に応える艦長。
「イスラエル連邦軍司令部からその後連絡はあるか?」
「いいえ艦長。ポールシフト(極移動)は回復しつつありますが、通信状態は依然として劣悪です」
艦長に訊かれ答える通信オペレーター。
「我々を呼び出したのだから、イスラエルも現場まで誘導ドローンなり応援をよこしてもいいだろうに……」
不満げに呟く艦長。
月面の一都市に過ぎないユニオンシティだが、独立国の軍隊を顎で使う様な扱いを受けるのは、太平洋地域でリムパックを仕切った経験を持つ米海軍出身の艦長には屈辱的だった。
艦長が指令席で不機嫌になるのを背中に感じながら、艦橋前方で宙域警戒に専念する観測員。
「……やっぱり綺麗だよなぁ」
双眼鏡で下方に視える地球上空は大気を纏って青くぼんやり輝いており、監視していた若い観測員が思わず呟いてしまう。
人工日本列島の極東着床から10か月が経ち、地球全域で発生していた気候変動や地殻変動は終息に向かいつつあった。
地球上空の大部分は火山灰と雪雲に覆われていたのだが、最近は雲の切れ目が多くなって海や灰色の大地が見える機会が多い。
本来であれば若い観測員の呟きを艦長以下将校の誰かが注意するところだが、艦橋要員は皆押し黙ってぼんやり青く輝く地球に魅入ってしまうのだった。
暫しの間静寂が支配していた艦橋だったが、突如警報音が鳴り響いて艦橋要員は現実に引き戻される。
「進路前方、中国の放棄ステーション『天宮6』付近に反応探知。アンノウン!数12。接近中」
レーダーオペレーターが報告する。
「動きからしてステーション破片ではありません。シャドウ帝国軍残党に待ち伏せされていたのかも知れません」
レーダーオペレーターの後ろで探知物体の解析を続けていた作戦参謀が報告する。
「ステーションの陰に隠れていたのか……データ識別はまだか?」
艦長が情報将校に訊く。
「味方識別信号(IFF)反応無し。UNEDF(地球連合防衛軍)データベース照合……シャドウ帝国軍ミグ98宇宙戦闘機の確率95パーセント以上!敵ですっ!」
緊張で顔を強張らせた情報将校が答える。
「待ち伏せだ!」「シャドウ帝国は壊滅したんじゃなかったのかよ!?」「護衛艦1隻しかいないのに!」
動揺する艦橋要員。
「うろたえるな!全艦対空戦闘用意!スクランブル機発進は後回しだ。たった2機ではどうにもならん!インディアナポリスにも警報発令しろ!」
艦橋要員を叱咤すると矢継ぎ早に指示を出していく艦長。
「ミグ戦闘機さらに接近。距離4000m切りました」「インディアナポリスから入電”我、先行セリ”」
レーダーオペレーターと通信オペレーターが相次いで報告する。
「……インディアナポリスに感謝を。F45戦闘機は対空戦装備で発進準備。インディアナポリスが時間稼ぎをしている間に態勢を整えるんだ!」
小さい声で巡洋艦に感謝を捧げると戦闘準備に勤しむ艦長だった。
艦載機発進準備と対空戦闘準備に大忙しな宇宙空母『サラトガ』の横を巡洋艦『インディアナポリス』が発光信号で”幸運ヲ祈ル”と送りながら、水素エンジンを最大出力まで稼働させて追い越していく。
「インディアナポリス本艦正面に出ます!」「ミグ戦闘機編隊は6機ずつ2波に分かれて急速接近中!」
「落ち着くんだ!今は艦載機を発進させる事に集中しろ!」
「ミグ戦闘機第1波、加速して接近。2000m切りました!突っ込んできます!」
「やつら特攻するつもりなのか!?」「艦載機発進準備完了まで5分」「射撃管制レーダー稼働しました」
艦橋ではオペレータから様々な報告が相次ぐ。
「ちっ!間に合わないか。
CIC(戦闘管制室)は対空レーザーと20mm近接バルカン砲はオートからマニュアルに切り替えろ!我々はインディアナポリスが撃ち漏らした敵だけを狙えばいい!」
「各員は今のうちに宇宙服を完全装着せよ。装着出来ずに戦闘中に窒息死するなよ!」
CICに指示を出しながら戦闘態勢を整えていく艦長。
「ミグ戦闘機インディアナポリスまで1000m!」
「通信オペレーター!平文で構わん。月面ユニオンシティ軍司令部に緊急通信送れ。”我、衛星軌道上デ敵伏兵ノ攻撃受ケ交戦中”」
ミグ戦闘機と交戦に入る直前、司令部への報告を指示する艦長。
戦闘準備に慌ただしいオペレータには電文を暗号化させる余裕が無かったのである。
サラトガから戦闘開始を知らせる電文が発信された十数秒後、先行する巡洋艦『インディアナポリス』から対空ミサイルが一斉に発射されると『サラトガ』も対空レーザーや20mm近接バルカン砲の射撃を開始、赤やオレンジの光線がミグ戦闘機編隊に向かって殺到するのだった。
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