世話の焼ける友人

――――――水素クラゲ達が大阪都道頓堀に出現した頃【火星アルテミュア大陸 中央部ユーロピア共和国領『ネオ・ウラニクス』】

　火星アルテミュア大陸中央部の朝は少し肌寒い。

　もともと火星自体が太陽の日射角度が地球に比べ傾いているため、年間を通してやや寒冷気候である。

　故に５月でも朝は１２度前後のひんやりした空気が普通だった。

　天気は快晴だが肌寒い朝、ウラニクス湖畔に停泊する大月家所有多目的船『ディアナ号』甲板では結と瑠奈がえっちらおっちらと運び込んだテーブルを囲んで朝食が始まろうとしていた。

「朝から具沢山ピザトースト豪華ですよぅ！」

　ひかりがジャーンとピザトーストがてんこ盛りとなった大皿をテーブルに載せる。

「腕をあげたわねひかり。

　チーズとサラミ、アスパラガスがピザソースといいハーモニーを奏でている」

　クールな食レポ口調だが美衣子の口は涎まみれであり、縦長の瞳は歓喜の色に染まって見開かれている。

「「うまー！」」

結と瑠奈も同時に喜びの声を上げる。

　『ディアナ号』の甲板で爽やかな朝風を浴びながらピザトーストの朝食を摂っていた満の携帯電話が振動する。

「おっととと、電話だ電話」

　ピザソースで汚れた指を布巾で拭いた満が通話ボタンを押すと、ホログラフィックモニターが立ち上がって工事現場監督が現れる。

　ミツル商事と提携した黄将は定食・弁当工場建設を旧知の仁志野清嗣に依頼し、角紅建設部門が工事を請け負っている。この現場監督は横浜市のＮＥＷイワフネハウス建築を経験している。

『社長。”黄将”建築現場の作業員から緊急連絡です』

「事故か！？」

　満が慌てて立ち上がる。隣に座るひかりも眉をひそめて聞き耳を立てる。

　美衣子、結、瑠奈は我関せずとピザトーストに追加の具材を載せて頬張るのに忙しい。

　アルテミュア大陸中央部では今が旬のアスパラガスはネオ・ウラニクス名産となるかもしれない。

『いいえ。ですが工事現場に突然多数の水素クラゲが集まって”料理を教えてくれ”と作業員に詰め寄っているのです』

　困惑顔の現場監督。

「分かった。直ぐにそちらへ向かいます。それまで作業中断、持ち場から離れて宿舎で待機していてください」

　現場監督に指示を出すと、朝食を中断して個室に戻り着替え始める満だった。

「……どうして水素クラゲが料理を教わりたいのでしょうかねぇ？」

　中断した朝食を再開しつつ、首を傾げるひかりのジト目が我関せずの美衣子達三姉妹へ刺す様に向けられる。

「わ、惑星間地理に疎いはずの水素クラゲが火星（ここ）まで来たという事は誰かが……」

　今まで会話を無視していた結が額に汗を浮かべつつ、どもり気味に答える。

「たぶん琴乃羽さんっス！」

　ピザトーストにかぶりつきながらチーズを伸ばす瑠奈が直感で正解を言い当てる。

「やはり琴乃羽でしたか。ジュピタリアンの現地採用を琴乃羽に許可したのがいけなかったのかしら。人手が足りないわね――――――」

　呟きながらとある友人（ジャンヌ）に連絡を入れる美衣子だった。

『もしもし』

「通報しました」

『またっ！？』

　ホログラフィックモニターに投影される半泣きジャンヌを楽しみながら要件を切り出す美衣子だった。

「ちょっと人手が足りなくて。マネージャーと下働きを２００人くらい派遣して欲しいわ」

『ＯＫ。マドモアゼル美衣子の頼みは友人のジャンヌ・シモンが承るわよ！』

　美衣子の頼みに即答するジャンヌ・シモンユーロピア共和国首相。

「よかった。他に頼める人が居なくて……」

　ちょっとモジモジしながら口ごもる美衣子。

『あら？随分としおらしいじゃない。ちょっとは淑女の嗜みが身についてきたみたいね。それで現場はどこよ？』

　軽い気持ちで尋ねるジャンヌ。どうせウラニクス湖畔に集結した水素クラゲ対応だろうと予想する。

「木星。琴乃羽美鶴を制御するのが最大の目的」

『遠っ！それと彼女の制御なんて出来るヤツ居ないわよっ！』

　さらりと依頼する美衣子に律儀に突っ込むジャンヌ。

『……分かったわ。全く世話の焼ける友人だこと。人選に１時間頂戴』

「４０秒で支度しな」

『立場逆でしょがっ！』

　しれっとドーラおばさんの様に答える美衣子にウガーッと突っ込むジャンヌだった。