ようこそ黄将へ!
――――――琴乃羽美鶴と天草華子が水素クラゲ達に”黄将”情報を与えてしまってから12時間後
【大阪都中央区道頓堀 道頓堀橋】
食い倒れで有名な街を流れる道頓堀川から、直径1.2mの傘を持つ小型水素クラゲ3体が浮上すると、水上バス乗り場から待ち合わせ場所として有名な道頓堀橋までふよふよと空中を漂って移動していく。
「なんやアレ?」「ドローンちゃう?」「これはあれや、仮装系ユーチューバーのビックリ動画撮影やで。えらい凝ったコスプレやなぁ」
「「「なんやつまらん」」」
グリコ看板下の道頓堀橋下通称”グリ下”にたむろしていた中高生達は、川面から現れた水素クラゲに驚いたものの、直ぐに関心を失うと最近流行りのMCDA公認スマホゲーム”ポ○モンGO”に熱中するのだった。
中高生達は浮遊する水素クラゲの印象的なスカイブルーの傘に気を取られ、触手が握りしめる鎧や甲冑、仏像に千両箱等には気付かなかった。
『コレガ”グリコオジサン”』『アノ蟹オブジェハ水素蟹二似テイルカモ……』『タコ焼キ美味シソウ』『コナモン博物館ハ何処?』
マルス・アカデミー木星作業船団基幹母艦『ケラエノⅠ』ホストコンピューターから収集したデータと照合させながら、左右の景色に興奮してスカイブルーの傘を黄色やオレンジ色に点滅させながら触手をふるふると震わせる水素クラゲ達。
食い倒れの街を物見遊山気分で悠々と進む3体の水素クラゲは大いに通行人や観光客の目を引いたが、ここでもやはり”仮装系ユーチューバー””よく出来たAI搭載新型ドローン”と認識され、観光客や通行人に記念撮影をせがまれる程度で大きな混乱にはならなかった。
時たま”フリーハグ”やキャッチセールスを仕掛ける者にスタンガンレベルに調整した紫電を放って撃退していく水素クラゲ達を道行く人々は携帯電話で撮影しハッシュタグ”仮装”と付けてツイッターに投稿していくのだった。
やがて水素クラゲ達は念願の”黄将大阪本店”に到着する。
「らっしゃい毎度!ちょっとちょっとお客さん!店内に入る時は被り物は脱がなアカンで!」
店内に入るなり、年配の店員に注意されてしまう水素クラゲ達。
『コレガ素デス』『種モ仕掛ケモゴザイマセン』『傘脱イダラ死ンジャウ』
口々に説明する水素クラゲ達。
「被り物ちゃうんかいな。ほなアレやろ!ドローンってやっちゃな。ちょっと操縦者出てこんかい!」
周囲を見回しながら隠れているであろうドローン操縦者に呼び掛ける店員だが、応える者は居ない。
「自分らどうせユーチューバーやろ?社長に取材許可取ったんか?これ以上居座るんやったら業務妨害で通報するで」
埒のあかない説明にしびれを切らした店員が警察に通報しようとレジ横の電話に手を伸ばしたところで、2階からドタドタという足音とともに初老の男性が駆け下りてきて水素クラゲ達に声を掛ける。
「そこの自分ら、琴乃羽さんの知り合いの黄将のファンやろ?」
『『『ウイ。マスター』』』
初老男性の問いかけに傘を下げて頷く水素クラゲ達。
水素クラゲの答えに喜ぶ初老男性。
「そうか!あんたらが!ようこそ黄将へ!ささっ、3階の個室へどうぞ。君は案内頼むわ」
中年店員に3階へ案内するように指示を出す初老男性。
ワクワクした仕草で3階へ上がって行く水素クラゲ達を見送った後、初老男性はとある連絡先へ電話を入れるのだった。
「仁志野はん。ウチの本店に水素クラゲさんが3人ばかりいらっしゃったけど、知っとる?」
『知らんがな!』
黄将社長に思わず素で返してしまう仁志野清嗣だった。
『東神奈川店の弁当が美味かったから直接凸したってとこやろなぁ』
「仁志野はんのおかげでウチにも運が回ってきたかもしれへん」
「そのうちウラニクスの工場だけでは済まんようになるかもやで?ホンマに木星進出考えた方がええよ」
黄将社長に忠告する仁志野。事態は予想外に早く進む可能性が高いと仁志野は予感していた。
そして黄将社長との電話後、春日官房長官に水素クラゲ大阪出現の報告をする仁志野だった。
−−−−−−その後の黃将本店
『……オナカイッパイ』『残リハ持チ帰リデ』『唐揚弁当塩・醬油ソレゾレ50人前』
個室で黃将メニューの殆どを堪能した水素クラゲ達は、満足気に膨らんだ傘を触手で摩りながら帰り支度を始める。
その光景を見て満腹な人間がお腹をさするのと同じ感覚なのかと思う黄将社長。
さて、お代はどうしたものかと思案する黄将社長。
今回の訪問は黄将宣伝に大いに役立つだろう。水素クラゲ達の食事の合間にお願いしてちゃっかりスマホで記念写真を撮ったりメニューを堪能する動画も撮影済である。
出演料や交際費という事で会計処理しようかと思う黄将社長。
従業員がテーブル上に並べてあった皿を片付けていく。
『マスター。今日ハ美味シカッタ。コレオ代デス』
水素クラゲが荷物として持ち込んでいた鎧や刀、仏像や千両箱をガシャリとテーブルに置いて差し出す。
道頓堀川底から拾った後、超極小異相空間から木星に満ちるオゾンと水素水を引き出して洗い、紫電で害虫駆除もしており奇麗になっている。
「えええっ何で骨董品なん!?いらんいらん。今日は社長であるワシの奢りやさかい」
水素クラゲと骨董品の関係に首を傾げつつ、水素クラゲの支払いを断る黃将社長。
『琴乃羽ガ手ブラハ駄目絶対!ト言ッテタ』『オイシカッタ。マタ来ルノデ受ケトッテ欲シイ』『次カラハ水素デ払ッテモイイ?』
キチンと払いたいと主張する水素クラゲ達。
水素支払いは危険物取扱者じゃないと分らんがなと思う黄将社長。
「そうかぁ〜。おおきにな、また来てや。にしても、こんな年代モノ貰ってええんかな?お釣り幾らか分からへんがなアハハハ」
笑顔で受け取る社長。
『オツリイラナイ。川ノ底ニ落チテタノヲ拾ッテキタダケ』『マダマダ落チテタヨ』『オ城近クノ川底ダヨ』
口々に答える水素クラゲ達。
「ほなら、ありがたく頂戴します。おおきに。また来てや」
お代を受け取る事にした黄将社長と従業員一同が頭を下げる。
『『『ホナ!サイナラ』』』
1階のレジで持ち帰り用の餃子と唐揚げ弁当を触手に抱えた水素クラゲ達は満足気に道頓堀川へ戻っていくのだった。
水素クラゲ達の退店後、個室に残された鎧や千両箱を腕組みして眺める黄将社長。
従業員達が一つ一つ丁寧に布で包むと段ボール箱に収納していく。
「あのクラゲさん達こんなモノ拾ってきたんかいな……。結構な骨董品やけど。イヤイヤそれはそれで警察に届けなアカンやつやろ?」
もしかして重要文化財だったらどうしようと焦った社長は結局、川底から年代物の武具や仏像、千両箱を見つけたと警察に連絡した。
駆け付けた難波署警察官と大阪都教育委員会の専門家により、川底から拾った物は安土桃山時代から江戸時代前期と鑑定され、大阪夏の陣、冬の陣に参加した武将の鎧も含まれていたことから歴史的に高い価値が付くと後日大阪都が発表した。
お代として受け取った品々は本来であれば国宝や重要文化財級だが、非公表の木星原住生物が持参しており、惑星間外交も絡むことから所有権確定までしばらく時間がかかりそうだった。
一時的所有者となった黄将社長は、お代として受け取った品々を”こなもん博物館”に貸し出して展示する事を決断するのだった。
多数の骨董品が見つかった事で発見場所である道頓堀川一帯と”こなもん博物館”には連日マスコミと観光客が押しかけ賑わう事となり、観光客が落ち込みがちだった地元経済界に思わぬ経済効果をもたらすのだった。
一方”グリ下”に集う中高生を始めとする若者や歴史系ユーチューバーがお宝を求めて川に飛び込み警察・消防が駆け付けて大騒ぎになるのだったがそれは別の話である。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。




