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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
397/462

地産地消

 ネオ・ウラニクス中心部はウラニクス湖畔に面しており、湖の底は木星知的原住生物群ジュピタリアンが随時異相空間を生じさせて木星との物資運搬を行っている。


 ネオ・ウラニクス中心部であるウラニクス湖畔に停泊する多目的船『ディアナ号』では、先程木星探査船『おとひめ』が木星大気圏中層域から採取した物体の分析が進められていた。



――――――【ディアナ号 研究実験室】


 木星探査船『おとひめ』船長の天草華子の発案で木星知的原住生物群ジュピタリアン向け食材確保に光明を見出した大月家一同は、水素クラゲが形成する極小異相空間を通じて取り寄せた木星大気圏中層域に分布するプランクトンの解析を行っていた。


 研究実験室の片隅では取り寄せた大量のプランクトンを満とひかりが黙々と水洗いしていた。


「……ふむ」


 水洗いされて作業台に載せられたヒジキに似た褐色のプランクトンや、ワカメに似た緑色のプランクトンをしげしげと見つめ、バスタブ程の大きさのスキャン機にバサッと放り込む美衣子。


 バスタブ型スキャン機が起動し、緩衝材として特殊溶液が注入されると洗濯機のように底が回転し始めてプランクトンをゴシゴシかき混ぜながら成分分析を行っていく。


 はた目には洗濯機の稼働にしか見えないが。


「水素とヘリウム、若干の酸素と水が存在する大気圏中層。上下対流層はアンモニアと窒素。それぞれの大気層が接触することで有機化合物=プランクトンが誕生してもおかしくはない環境ね」


 ゴシゴシ稼働するスキャン機の傍で丸椅子に座りながら、携帯端末を使って木星探査隊から送られてきた大気圏中層一帯のデータを分析する美衣子。


 誕生したプランクトンは、対流層で絶えず発生する猛烈な放電現象や大気圏上層のバースト現象で光と熱を適度に吸収する事で成長してきた様だ。


「姉さま。この有機化合物、いいえ植物プランクトンと思われる”ニセヒジキ”と”ニセワカメ”は食べられるのでしょうか?」


 美衣子の助手を務める結は、まだ誰も命名していない未知のプランクトンに勝手に命名している。


「スキャンの結果だとニセヒジキはアワビと同じ成分ビタミンB1、B2、ナトリウム、マグネシウム、亜鉛、グルタミン酸、コンドロイチンで構成されているわ。

 ニセワカメはナトリウム、クリプトサンチン、ビオケン、グリセロール、アミノ酸組成タンパク質で形成されている。つまりにんにく醤油ね」


 タブレット端末に表示されたスキャン結果を答える美衣子。


「まあ!それでは早速試食会ですわね姉さま」


 試食会(実験)大好きな結が瞳を輝かせる。


「そうね。とりあえずお父さんとひかりを実験だ……ゲフンゲフン、試食係でおもてなしかしら」


 ストレートなもの言いを修正したつもりの美衣子だが、殆どフォローになっていない。


「お姉さま自身がリスクを負わない所はさすが姉さま。危機管理が完璧で痺れます」


 うっとりと美衣子の方針に賛成する結。


「コホンッ!話は聞かせてもらったわ」


 部屋の隅でプランクトンを水洗いしていたひかりがいつの間にか美衣子と結の背後にゆらりと現れる。


 プランクトンに付着していたぬめりが残った濡れた両手で美衣子と結の額を鷲掴みにして力を込めていくひかり。


「「ムグググゥ……」」


 万力で頭を締め付けられる激痛で呻き声しか出せない美衣子と結。


「美衣子。木星のものは木星の人が一番分かっているんじゃあないのかなぁ?」


 ひかりに続いて満も美衣子と結の背後にゆらりと現れて二人の頬をキュッと抓る。


「「いひゃっ!……ごべんなざい」」


 とうとう両手を挙げて降参する涙目の美衣子と結だった。


「……全く。二人とも地産地消って知らないの?」


 嘆息した満は美衣子と結に問いかけながら、携帯端末で瑠奈を呼び戻すのだった。


          ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)5月4日午前8時【太陽系第5惑星『木星』大赤斑最深部】


「モ、モゥ食ベラレマシェン……」


 疲労困憊なチューブワームの長が200mを超える巨体を液体金属で出来た地面にずしんと地響きと共に倒れこむ。


「ええ~?もうダウンですか?根性ないなぁ長。

 まだ試食予定の半分近く残っているんですけどねぇ~もしもし?」


 フライパンで炒め物をしながらあきれ顔で長を見る琴乃羽美鶴。


 木星知的原住生物群ジュピタリアンの長であるチューブワームと琴乃羽美鶴の周囲には多数のコンテナが積み上げられ、簡易キッチンでは琴乃羽美鶴が長に試食させるメニューを料理中だった。


 さてどうしたものかと思案する琴乃羽美鶴のエプロンポケットに入れていたスマホがプルプルと振動したので、火を止めてスピーカーモードで応対する。


「もしもし?私です」

『通報しました』


 呼び出しに応える琴乃羽を通報する美衣子。


「いやいや、普通逆でしょ!?」


 思わず突っ込む琴乃羽。

 もしもし?と言った相手に誰であろうと即通報するのはもはや美衣子の様式美となりつつある。


『細かいことはどうでもいいのよ。今から新しい食材を試して欲しいの』

「自分からボケておいて相変わらずマイペースですね……」


 さらりと開き直る美衣子に呆れる琴乃羽。


「手持ち食材は殆ど調理用に下拵え済みなんですけど?」


 背後のコンテナを見ながら応える琴乃羽。


『追加の食材は手配済よ。もう少しで届くからよろしく』

「分かりました。その食材で何を作るんです?」


『もちろん、唐揚げよ』


 さらりと答える美衣子。


「はぁ、唐揚げですか……」


 新メニューかと思いきや今さら定番メニューなんて、新しいスパイスでも試すのかしらと首を傾げる琴乃羽。


『琴乃羽さん。上空から接近してくる物体を確認。識別コードはマルス・アカデミー・ツルハシ999号です』


 簡易キッチンから少し離れたコンテナ置き場で待機していたスペースシャトルから天草華子が呼び掛ける。


 やがて低く垂れこめる茶色いアンモニアとヘリウムの雲海からマルス・アンドロイドのツルハシが貨物列車の様に連なったコンテナを牽引する様に現れる。

 鉄道好きのゼイエスが見たら歓喜するかもしれない。


 天草華子が待機するスペースシャトルに並ぶようにふわりと着陸した貨物列車のコンテナが自動的に開くと、褐色と緑色の物体を詰め込んだカゴが自走式トレーに載せられて簡易キッチンヘ次々と到着する。


「へぇぇ~ヒジキとワカメですか……これで唐揚げ???」


 見た目がそのままヒジキ、ワカメのために想像が働かず、頭の中に幾つものはてなマークを浮かべる琴乃羽。


『それは木星中層域で採取した植物性プランクトンよ。

 簡易検査の結果ではヒジキに似ているのがアワビ、緑色のワカメに似ているのがにんにく醬油よ。だからこれで唐揚げを作るとたぶん最強』


 自慢げな口調で説明する美衣子。


「チキンの代わりにアワビですか……どうなるんだろう。わかりました!最強目指して頑張りましゅ!」


 目を輝かせて拳を握る琴乃羽。最後に少し噛むのは意気込み過ぎた故のご愛敬だ。


『い返事ね。勿論試食係は長に決定よ。今回の試みは木星内部で食のサイクルを完結させる”地産地消”がテーマよ。

 美鶴がつまみ食いしたら意味ないわ。だからつまみ食いはダメ!絶対!』


 説明しつつ何処か琴乃羽へのフリにも取れる言い回しの美衣子。

 勿論、簡易検査だけで人体実験をしていない事は伝え忘れている。


『ヒィィ……』


 少しだけ頭を持ち上げて琴乃羽と美衣子のやり取りを眺めていたチューブワームの長は、追加のコンテナを見て悲鳴をあげてるとへなへなと再び地面に横たってしまうのだった。


 

『ゼイタクナ食事ナノニ弱音ナンテ根性ナイナ』


 食傷気味で地面に伸びているチューブワームの長を遠巻きに見守っていた1体の水素クラゲボソッと呟く。


『私ガ代ッテモイイノニ』『オレモオレモ!』


 群集して試食会場を遠巻きにしていた水素クラゲ達は傘を赤や黄色に点滅させながら次々と自己主張する。


 点滅する水素クラゲの群れは更に衛星軌道上や大気圏中層域から同胞を呼び寄せていく。


 数億に達するであろう水素クラゲによるチューブワームの長を見守る輪が少しずつ少しずつ層を厚くしながら縮まっていくのだった。



ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=ミツル商事社長。

・大月ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・琴乃羽 美鶴 =ミツル商事サブカルチャー部門責任者。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・天草 華子=木星探査船『おとひめ』船長。神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。木星探査船は大月家結婚披露宴のビンゴ大会で1位となった景品で取得していた。心的外傷療養目的で木星探査に同行中。


・チューブワームの長=木星知的原住生物群ジュピタリアン代表。木星大赤斑最深部に生息する全長200mのチューブワーム。最初に地球人類の料理に魅了されてしまった。

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