異星の友人
2027年(令和9年)5月4日【火星北半球 アルテミュア大陸中央部 ウラニクス山脈 ユーロピア共和国ネオ・ウラニクス】
日本国経済産業省が管理する太陽光発電システム”アマノハゴロモ”の故意な過剰送電で壊滅した裏人類都市ウラニクス跡地は未だに溶けた鉄骨やコンクリート片が散らばり荒れ果てている。
荒廃した都市跡地近傍で復興中の都市『ネオ・ウラニクス』は、水深800mもある急峻なカルデラ湖畔に位置する。
ジャンヌ・シモン首相の予見でユーロピア共和国が”飛び地”領土として開発を始めたネオ・ウラニクスは、木星知的原住生物群が形成する異相空間を活用した惑星間流通拠点として、ミツル商事の他、日本の総合商社角紅、菱友グループ、英国連邦極東のソールズベリー商会等多国籍JVによって燃料コンビナート、流通倉庫、食品工場の建設が急ピッチで進められている。
轟音とともに東の空から飛来した日本の貨物輸送機が、赤い砂埃を巻き上げながら滑走路に着陸する。
貨物輸送機の500m後方上空には、台湾国と英国連邦極東のシェフィールド級空中輸送艦が水素エンジンを逆噴射させて待機している。
過剰送電による破壊を免れた空港滑走路に次々と着陸する火星通商防衛協定(MCDA)加盟国の輸送機からコンテナが降ろされていく。
滑走路脇に並ぶ流通倉庫入口には、瑠奈謹製マルス・アカデミー・パワードスーツ隊が待機しており、着陸した輸送機のハッチが開くなりマルス・アンドロイドの操作でコンテナを楽々と持ち上げて倉庫へ運び入れる。
流通倉庫内に運び入れたコンテナは付随されたタグのQRコードで振り分けをされて待機している大型トラックに積み込まれていく。
流通倉庫に出入りするトラックやパワードスーツ運転手の7割はミツル商事所属のマルス・アンドロイドで残り3割はユーロピア共和国住民である。
”今日は”トラック野郎の気分だった瑠奈は、秋葉原訓練施設のテトリスで鍛えた空間認識能力を活かして巧みなパワードスーツ捌きでコンテナを積み込むと、鼻歌交じりでパワードスーツごと運転席に収まってホバークラフト型10tトラックを物流ターミナルまで向かって疾走させる。
「うひょー!テンション上がるっス!」
火星新大陸開拓に相応しい活気溢れる街中を疾走する大型ホバークラフト型10トントラックを運転する瑠奈のテンションは高い。
テンションの上がった瑠奈は、このままだと惑星間トラック野郎になってしまうかも知れない。
神奈川県漁業協同組合でマルス人初の海女という肩書を持つ瑠奈に気負いはない。
あっという間にウラニクス湖畔の物流ターミナルに到着したホバークラフト型トラックは滑らかな機動で倉庫の荷下ろし場で停車すると、待ち構えていたマルス・アンドロイドが操縦するパワードスーツがわらわらと集まってコンテナを積み下ろしていく。
10分たたずに荷下ろしを終えたホバートラックに再び乗り込むと、郊外の空港へ戻る瑠奈。
空港に入ると滑走路脇の倉庫入口で待機する瑠奈はようやく休憩に入る。
ディアナ号から持参したリンゴジュースで喉を潤しながら着陸する輸送機や戦闘機を眺める瑠奈。
「ぷはーっ!労働後の一杯は身体に染み渡るっス!」
仕事帰りのサラリーマンみたいな惑星間トラック海女の瑠奈。
そんな瑠奈に女性パイロットが近寄って気軽に声を掛ける。
「ハイ!マドモアゼル瑠奈!今日もイケてるわね!
そのトランスフォーマーみたいな乗り物も超イケてるわ!ちょっと私にも操縦を教えてくれないかしら?」
輸送機の護衛を終えて着陸したラファール戦闘機からジャンヌ・シモン首相が飛び降りるて駆け寄ってきたのだ。
「ちわっス!ジャンヌお姉さま」
身長5メートルの特製パワードスーツを装着したままトラック運転席からするりと降り、パワードスーツごとペコリとお辞儀する瑠奈。
「エクセレント!お辞儀上手になったのね」
ニコッと笑うジャンヌ。
横浜のNEWイワフネハウスは急な来客で皇族や列島各国首脳クラス、異星人(マルス人)が頻繁に訪問するため、瑠奈は満やひかり、神聖女子学院の澁澤真智子先生から礼儀作法について詳しく教わっていた。
身についたかどうかは時間をかけて判断すべきかもしれないが。
「ジャンヌお姉様さえよろしければ、同じタイプのパワードスーツがあるっス!」
自作のパワードスーツやお行儀を褒められて上機嫌な瑠奈が、荷台片隅に固定している予備のパワードスーツを指差す。
「マジでいいの瑠奈?!」
「海女に二言は無いっス。乗ったら目の前の画面にタッチすると起動するっス」
親指をグッと掲げた瑠奈の了承を得たジャンヌは、いそいそとパワードスーツに乗り込むとゴーグルを装着して画面をタッチする。
美衣子や結が開発した『サキモリ』、『PS21型』といった”戦闘用機動兵器”は、操縦者の生存率を上げるべく生命維持装置を集中させた上で装甲に包まれており、操縦席はボックス化されている。
瑠奈が自作したパワードスーツは『作業用』機械として、身体全体を使う事で手足の感覚をダイレクトに反映させ、力仕事や物資運搬を容易にさせるのが目的である。
このため制御系機器が集中していない操縦席はシンプルなタッチパネル式となっている。
「すごいわね。身長が高くなって手足も伸びた感じ!よっ!ほっ!」
ヘッドマウントディスプレイ機能を備えたゴーグルを装着したジャンヌが、パワードスーツの両手を振り回したり、飛び跳ねたりしながら感想を口にする。
「使わせてくれたお礼に私も瑠奈の荷物運び手伝っちゃうわよ!」
「まるで任天堂スイッチみたいに使いこなしてるっスね……」
器用にパワードスーツの腕を上げて力こぶを見せるポーズを取るジャンヌに驚く瑠奈。
1時間ほどパワードスーツを使ってコンテナ積載作業をしたジャンヌは、パワードスーツの扱いには大分慣れた様子だった。
「マドモアゼル瑠奈。とってもいいエクセサイズになったわ!」
いい汗をかいたとばかりにやり切った感満載で爽やかな笑顔を見せるジャンヌ。
「それは良かったっス!パワードスーツはお礼に貸したままでいいっス!」
いつも一人又はマルス・アンドロイドと共同作業をしなかった瑠奈は、ジャンヌと友達感覚で楽しめて幸せだった。
自作した機械に乗って遊ぶのは、かつて行動を共にしたイスラエル連邦軍特殊部隊のワイズマン中佐以来、久し振りだった。
だから瑠奈は、ジャンヌに気前よく自作パワードスーツを貸すのである。
「いいの!?こんな凄い機械を市場に出したらとんでもない値段が付くのだけど!」
瑠奈が本気で貸し出すつもりであることを知って驚くジャンヌ。
(こんな代物は姉(クロエ・シモン首相補佐官)が眼を輝かせて利用するに決まっている。そして根こそぎ解析されて技術を奪われてしまうに違いないわ……)
心の中でお人好し過ぎる瑠奈の行く末を心配するジャンヌ。
ジャンヌは政治家だが、異星の友人を地球式競争流儀に晒してしまうのはさすがに抵抗があった。
(いつも通報しやがる美衣子は別だけどね)
「……ありがとうマドモアゼル。それじゃあ後でムッシュ大月も交えてアルテミュア大陸及び木星宙域限定で使用する賃貸契約を結びましょう」
契約をキチンと結んで瑠奈を守り、ユーロピア共和国の発展の為にもこの機会を活かそうと決意するジャンヌだった。




