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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
393/462

薬品

【人類統合政府第12都市『氷城ハルピン』南部郊外 塹壕陣地】


 次の攻防戦が始まるまでのひと時は敵味方問わず貴重な食事時間である。

 後方本隊から配送されてきたコーシャフードの糧食が第11都市人民防衛部隊にも配られる。


 薄曇りの空から僅かに顔を出した太陽が暖かな日差しで塹壕陣地を照らす中、牛肉ステーキを挟んだピタパンと大麦とコーンのサラダ、イチジクのデザートを添えたトレーが将兵に配られて塹壕陣地の各所で食事が始まっている。


 化合物だらけだった人類統合政府防衛軍時代のカロリーバーやサプリメントと違い、肉や野菜の多いメニューに顔を綻ばせる人民防衛部隊将兵だった。


「歩兵を表に出してこないという事は敵も兵士に甚大な損害を受けている、と見るべきだろうか」


 牛肉ステーキを挟んだピタパンを齧りながら思案する羅大佐。


「……もしかすると此方から敵兵に投降を呼び掛けたほうが戦力を消耗しないで済むかもしれん」


 思案する羅大佐。


「まだ食事中だ。司令部からの至急連絡以外は後にしてくれ」


 背後に気配を感じた羅大佐は、副官か通信兵だと思い振り向かずに言う。


『……』

「後にしてくれと言っているのだが……はぁっ!?」


 応えない背後に苛立ちを感じた羅大佐が振りいて息を吞む。


 目の前の空中に1.5mほどの幅がある透き通った青色をしたクラゲが浮いていた。


「なんだ、と……」


 あまりにも非現実的な存在に口を開けたまま固まってしまう羅大佐。


 羅大佐から少し離れた場所で食事を摂っていた副官達も異常に気付いたが、彼らも唖然として動けずその場に立ち尽くす。


『ランチ。オイシソウ……』


 クラゲ傘の下部辺りからぼそりと声を出す水素クラゲ。


「お、おぅ。食べてみるか?」


 思わず応えて食事のトレーを水素クラゲに差し出す羅大佐。


 差し出されたトレーを触手で受け取ると、大麦とコーンのサラダを別の触手で掬い取って口へ運ぶ水素クラゲ。


『ムグムグ……ッ…グヘェェェ』


 サラダを傘の根元に運んで咀嚼していた水素クラゲだが、うめき声をあげてサラダをペッと吐き出す。

 透き通った青色の傘が見る見るうちに毒々しい黒紫へと変色していく。


「だ、大丈夫か!?口に合わなかったか!?」


 動揺する羅大佐。こんなにご馳走なのに?


『ウググググ……シンプルナ塩ト胡椒ガ荒ッポイ男料理ヲ通リ越シテハテシナクマズイ……』


 呻きながらも律儀に食レポに挑む水素クラゲ。

 後味もよろしくないのか透き通った青色とどす黒い紫色に傘を点滅させる水素クラゲ。


『ゴ、ゴチソウサマデシタ……』


 羅太佐達に向けて二本の触手を合わせて礼を言うとランチプレートを持ったまま急速に垂直上昇してコメ粒ほどの大きさになると東の空へ猛スピードで飛び去っていく。


「空想小説に出てくる宇宙人?いや、あれが火星からの侵略者だったのか……」


 首を傾げながら人類統合政府のプロパガンダを思い出して呟く羅大佐だった。


          ☨          ☨          ☨


【人類統合第12都市『氷城ハルピン』東方50Km上空 航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』】


 西方から進撃を開始しようとしたイスラエル連邦軍の攻勢が3度目の一時中断に陥り、東方から進撃していた日本国陸上自衛隊と強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』も進撃を停止して陸上自衛隊第7機甲師団上空を警戒監視しながら旋回待機している。


 対空兵器やパワードスーツを発進させる飛行甲板も展開して臨戦態勢を敷く中、西方の第12都市方向から1体の水素クラゲが猛スピードで接近すると、飛行甲板にするりと着地する。


「何だあれは!?」

「お前知らないのか?あれはおそらく木星知的生命体ジュピタリアンだな」


 北海道苫小牧市出身で最近配属された甲板要員の怪訝な顔に、木星大赤斑最深部を調査した多目的戦闘艦『そうりゅう』出身の整備隊長が説明する。


 日本国政府は火星マルス文明を築いたマルス人の存在を公表しているが、木星大赤斑最深部に住まう木星知的原住生物ジュピタリアンの存在を確認しているが、正式に公表していない。


 航空・宇宙自衛隊、JAXA(宇宙開発事業団)関係者には既知の事として知られているが、日本国内的には知らない者が圧倒的多数だった。


 好奇心や怪訝な顔の入り混じった視線をものともせずに甲板をふよふよと移動する水素クラゲだった。


 ソフィー大尉のから揚げ定食を食べた対価として人類統合第12都市周辺の偵察を請け負っていた水素クラゲ”珍味53号”は意気揚々と甲板から格納庫へ辿り着くと、パワードスーツ”サキモリ”で待機中のソフィーに近付く。


『戦場偵察シテキタゾ』

「へぇ~。仕事早いわね!」


 頭上をふよふよと漂う珍味53号の呼びかけにコックピットを開けて応えるソフィー。


「それでどんな感じだった?」


 珍味53号に尋ねるソフィー。


『イスラエル連邦軍前衛部隊ランチハ、素材ノ味ヲイカシタ献立ダッタガ、食ベ物デハナイモノガマザッテマズカッタ……』


 ランチの不味さを思い出したのか、項垂れて報告する珍味53号。


「ううーん。ランチの内容を偵察するところから違うのだけど……」


 色々とツッコミどころ満載の報告をする珍味53号に思わず頭を抱えてしまうソフィー大尉。


「ちょっと待った珍味53号!ランチに食べ物では無い物が入っているとはどういう事だ?」


 サキモリの後ろで待機していた21型パワードスーツに登場している高瀬中佐が会話に参加する。


『イスラエル連邦軍前衛部隊……正式名称ハ第11都市「成都」人民防衛部隊。

 イスラエル連邦保護下ノ住民カラナル部隊。生体組織カラクローン人間ト推定。

 ランチニハ生体維持薬品多数ノ混入ヲ確認』


 傘の下の触手で大事に確保されていたランチプレートを差し出す珍味53号。


『このクラゲの分析は正しいですの』


 サキモリAIのパナ子がランチプレートをスキャンして珍味53号の報告内容を裏付ける。


『日本国では承認申請のない生体維持薬品ばかりだね。MCDA加盟国が知らない薬品類も多いよ』


 PS21型AIのケンもスキャン結果を高瀬中佐に伝える。


「マジか。……珍味53号。一緒に来てくれ」


 差し出されたランチプレートを真剣に見つめた高瀬中佐は、インカムで艦橋に何かを伝えるとパワードスーツのコックピットを離れ、珍味53号を引き連れて格納庫から出ていくのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。日本国自衛隊 第零特殊機動団に出向中。

・パナ子=パワードスーツ『サキモリ』機体制御システム担当人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。

・高瀬 翼=日本国自衛隊 統合幕僚監部所属 第零特殊機動団長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。

・ケン=21型パワードスーツに装備された機体制御AI。

 公益財団法人 理化学研究所(理研)が開発した人工知能で、美衣子達三姉妹がセッティングしたお見合いでパナ子とゴールインした。天体観測を生かした遠距離射撃が得意。


・羅=人類統合第11都市『成都』暫定代表。人民防衛部隊司令官。大佐。

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