攻防戦 / 掌握
――――――【旧中華人民共和国 瀋陽郊外】
人類統合第12都市『氷城』攻略を目指すイスラエル連邦軍大陸攻略部隊の前進拠点に在る滑走路脇の急造格納庫では、攻略初日に奇襲を受けて損害を被ったパペット飛行中隊が再編成され出撃準備に入っていた。
格納庫内部に並ぶF15戦闘機やF16戦闘機のコックピットはどれも真っ黒に塗られてパイロットの姿は窺えない。
黒く塗られたコックピット内は高度AI機器が搭載されているというのがイスラエル連邦政府公式発表である。
イスラエル連邦政府はこれらの戦闘機は高度AI技術で運用された”無人戦闘機”であると国民や生き残った各国に説明している。
「さあ、戦闘の時間だぜ”人形”共」
脚立足場からコックピットに近づいた整備兵がタブレット端末を操作しながら呟くと、コックピット内のAI端末=”脳内にナノチップを埋め込まれたクローン人間パイロット”達が仮死状態から目覚める。
「パペット中隊に指令。攻撃目標はシャドウ帝国人類統合第12都市『氷城』。都市中心部のピラミッドを破壊せよ。抵抗者はNBC(核・化学兵器)を除く全手段を用いて排除せよ。攻撃タイミングなど詳細はパペットリーダーから伝達する」
『パペット中隊ナンバー233、命令受領。人類統合第12都市『氷城』中心部のピラミッド破壊します。抵抗勢力は全て排除……』
タブレット端末を操る整備兵の音声命令は脳内チップを通じてクローン人間パイロットに受信され、戦闘機の兵装システムや機体状況を確認していく。
15分後、整備兵達から命令を受けた格納庫内の”無人戦闘機”中隊26機は燃料や弾薬の補充を受けて急造滑走路へと進んでいく。
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2027年(令和9年)5月3日【旧中国東北部 人類統合第12都市『氷城』南部郊外】
『日本国陸上自衛隊、同航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦との指揮通信システムリンク完了』
『目標、敵都市中心部。全部隊MLRS全弾発射』
後方本隊に在る陸上戦艦ベングリオンに座乗するマイケル・バーネット中将が指令を発すると、ベングリオン周辺に展開していたイスラエル連邦軍砲兵隊のミサイルランチャーから多数の地対地誘導ミサイルが一斉に発射され、30Km先に在る第12都市氷城中心部へミサイルが殺到していく。
第12都市東方から進出していた日本国陸上自衛隊第7師団とその空中艦隊、航空宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』からもトマホーク巡航ミサイルやハープーン対艦ミサイルが一斉に発射されて幾筋もの白煙が第12都市へ向かって伸びていく。
甲高い金属音と共に発射された無数の各種ミサイルは白煙と放物線を描きながら第12都市中心部上空に達すると、トマホークミサイルの弾頭が自動的に分解して内蔵していた数百の子爆弾を真下の都市中心部目掛けて落下する。
子爆弾が都市中心部の摩天楼に接する寸前に信管が作動、無数の子爆弾が爆発してバリバリバリとフライパンで油が弾けるような音を立てて炸裂し、ハープーン対艦ミサイルの着弾と共に爆炎が都市を包み込む。
『続いて155mm榴弾砲、ロケット砲も都市中心部に集中砲撃を開始せよ』
MLRSロケットランチャーの前方に展開していた12連装ロケット砲がシュバババッ!と勢い良くランチャーからロケット弾を発射する。
ほぼ同時に155mm榴弾砲の砲列もドバン!と轟音を立てて砲弾を発射する。
『戦車大隊前進せよ』
第12都市中心部は砲撃による爆炎で目視がかなわないが、砲撃結果に絶対の自信を持っている司令官マイケル・バーネット中将はメルカバ戦車大隊による進撃を命令する。
進撃を開始したメルカバ戦車大隊に呼応するかのように砲爆撃の爆煙が収まらない第12都市から防衛軍のエイブラムス戦車隊がぬっと現れて接近するメルカバ戦車に向け戦車砲を放つ。
高速で飛翔したエイブラムス戦車砲弾は楔形をしたメルカバ戦車の砲塔前部に命中したが多重装甲と楔形の特性によって弾かれてしまう。
お返しとばかりにメルカバ戦車が125mm戦車砲をエイブラムス戦車に放つが、エイブラムス戦車砲塔を直撃した砲弾は劣化ウランプレートを装備した傾斜装甲板に跳ね返されてしまう。
メルカバ戦車を擁するイスラエル連邦軍とM1エイブラムス戦車を主力とした第12都市防衛軍との攻防戦は砲弾や装甲能力が拮抗しているため、一進一退となっていた。
第12都市郊外に塹壕陣地を構築して攻撃の機会をうかがっている羅大佐率いる第11都市人民防衛部隊は、激しい戦車と砲撃の応酬が続く間はひたすら塹壕陣地で身を屈めて待機を続けるしかなかった。
理想とする社会主義革命に身をささげたい自己犠牲願望に駆られて少しでも塹壕陣地から出ようものなら瞬く間に戦車砲や重機関銃でミンチ肉になってしまうだろう。
成都市郊外でワーム襲撃を経験した羅大佐はそんなのまっぴらご免だと痛感しており、待機命令を継続している。
ひたすた屈んで砲撃の報酬が終わるのを待つ羅大佐に近づいてきた副官が声を掛ける。
「大佐殿。敵戦車部隊が友軍のメルカバ戦車隊と交戦中。しかし……敵は何故歩兵を出してこないのでしょうか?」
首を傾げる副官。
「なんだと?敵は歩兵を出していないだと!?」
怪訝な顔をした羅大佐は副官から潜望鏡を受け取ると、塹壕陣地内を匍匐しながら副官が観察していたポイントへ向かう。
観察ポイントに着いた羅大佐はさっそく潜望鏡を使って副官の報告を確かめる。
「……確かに。前進する敵戦車には随伴歩兵がいないな。歩兵戦闘車が見当たらないのもおかしいな。視界のさえぎられた敵戦車は伏兵の攻撃にさらされやすいというのに」
潜望鏡で外を伺いながらも首を傾げて唸る羅大佐。
羅大佐が唸った直後、塹壕陣地に接近したエイブラムス戦車は塹壕陣地に潜んだ人民防衛部隊によって左右から対戦車ミサイルを至近距離で打ち込まれて爆発炎上して擱座する。
歩兵を掃討しようと後続のエイブラムス戦車が停止したところに後方陣地から155mm自走砲の弾幕が降り注ぎ、WB21空中砲台編隊が対戦車ミサイルを次々と放つ。
後続のエイブラムス戦車は更に2輌がミサイルと砲撃で破壊されて後退していき、わずかな時間で態勢を立て直したメルカバ戦車隊が追撃する。
追撃を始めたメルカバ戦車隊に低空から侵入してきたカゲロウ水陸両用戦闘艇が多連装ロケットランチャーを塹壕陣地目掛けて一斉に発射してエイブラムス戦車隊の後退を支援する。
「まだ壕から出るな!」
咄嗟に叫ぶ羅大佐。
人民防衛部隊歩兵の支援を受けられないメルカバ戦車隊は追撃を諦め、損害を受けたエイブラムス戦車隊は第12都市内部へ後退していく。
双方の砲撃戦も収まり、断続的に空爆していたパペット無人戦闘機中隊も帰投し始めている。
漸く塹壕陣地から顔を出した羅大佐は短い安堵のため息をつく。
「……ふぅ。またしても引き分けか。……それにしても確かにこの攻防戦で敵歩兵は見られなかったな。もしかして奴らの人的損害は此方が思った以上に深刻なのかもしれん」
第12都市へ後退していく防衛隊のエイブラムス戦車隊を見ながら思考を進める羅大佐はある疑念へと辿り着く。
「……もしかしてあの戦車は無人機なのか!?」
ハッと気付いた羅大佐は副官を呼び、次の攻防戦の際にとある作戦を実施すべく指示を下すのだった。
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2027年(令和9年)5月3日【旧中国東北部 人類統合第12都市『氷城』北西地区郊外】
南部郊外で続く激しい攻防戦の合間を縫って東方から飛来した数機のWB21空中砲台が氷城上空から45度の角度で都市へ突入しようとしていた。
『うん。このまま真っ直ぐ正面に見える中央通りの10m上空から入れる様にするのだぞっ!』
コクピットで操縦桿を握る黄少佐に黄星輝美の進入指示が通信機から流れている。
「了解しました。エンジン角度調整、高度10mまで降下」
黄少佐がWB21空中砲台の機体両側面にある水素エンジンの噴射角度を後方から下方へと変えていく。
黄少佐の後に部下達が操る他の空中砲台も減速して降下態勢へと移る。
高度を下げて砂埃を巻き上げながら中央通りを超低空で中心部のピラミッドに向かって飛ぶ空中砲台。
第2都市バンデンバーグでも見慣れた街並みの中央通り沿いに並ぶ高層アパート建物の所々には”第16次5か年計画を成功させよう!”と中国語で書かれた赤い横断幕が掛けられている。
人気のない街路を眺めて黃少佐が呟く。
「本当に皆寝込んでいるのだな……」
かなりの騒音で低空飛行しているにもかかわらず、街角や建物の窓際には人影が全く見当たらない。
最後の通信で周大佐が言っていた様に仮死状態で生命維持カプセルに収容されているのだろう。
『住民は眠りについたけど防衛システムは引き継いでいるのだぞっ!』
黄星輝美が黄少佐に応える。
「それはなによりです……うわっ!」
中央通り上空を飛行する黄少佐の空中砲台のすぐ前にある交差点をM1エイブラムス戦車とM2ブラッドレ-装甲戦闘車の車列が高速で横切っていく。
黄少佐のWB21には目もくれず戦闘が始まった南部郊外へ向かっていく。
「撃たれないとはいえ、冷や冷やするな」
小さくため息を吐く黄少佐。
『もう少しだぞっ!そのまま前進してピラミッド中層のゲートから進入するのだぞっ!』
誘導する輝美。
ピラミッド前に到着した空中砲台編隊は、やや高度を上げながら速度を落としてピラミッド中層に開かれたゲートに進入していく。
ゲートから50m程進入すると、巨大な吹き抜けのような空間で行き止まりとなっており、此処が格納庫らしき場所にあたるのだろうか。
空中砲台から降りた黄少佐のヘルメットに内蔵された通信機からは輝美の声が明瞭に聞こえる。
『戦闘が南の郊外で始まっているのだぞっ!黄少佐も早くここへ来て自己防衛システムを引き継ぐのだぞっ!』
折半詰まった口調で呼び掛ける輝美。
「了解しました。今は格納庫と思われる場所に到着。次は何処へ向かえばよろしいのですか?」
『ランプを点滅させた所に頂上の司令部へ上るエレベーターがあるのだぞっ!』
30分後、黄少佐達一行は第12都市防衛部隊司令部に辿りつき、無人遠隔システムと軍需生産システムを黄星輝美から引き継いだ。
黄少佐は輝美が携帯していたマルス・アカデミー・通信システムを使って日本国陸上自衛隊第7師団の鷹匠准将に防衛システムの掌握を報告するのだった。
「お互いの切り札を使わせないように防衛システムにも多少の細工をするのだぞっ!クヒヒヒ」
瞳を金色に輝かせて口角を吊り上げた黄星輝美は、第12都市防衛システムにシャドウ帝国技術と異なる世界技術を加え、アレンジを重ねていくのだった。




