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転移列島  作者: NAO
火星編 選択
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――――――【北海道稚内東方沖150Kⅿ上空】


 夜が明けて直ぐに青森県三沢市の航空自衛隊基地から出撃したユーロピア自治区のタイフーン戦闘機編隊と、隣接する極東アメリカ合衆国空軍のF16戦闘攻撃機からなる合同救援部隊が、横須賀へ撤退中の極東米露連合艦隊の上空に到着した。


「何なのこれ……。早く、助けないと!」


 翼を振って僚機に合図すると、高度を下げて艦隊へ接近するジャンヌ・シモン自治区首相率いるタイフーン戦闘機。


 東京市ヶ谷の防衛省地下指令センターに出向いていた姉のクロエ・シモン首相補佐官から、巨大ワーム襲撃の第1報を聞くなり、長崎県海栗島から戦闘機に乗り込んで三沢基地へ飛び、夜明けまで待機していたジャンヌ・シモン首相だった。


 タイフーン戦闘機の操縦席から見える光景に絶句する、ユーロピア自治区首相であるジャンヌ・シモン。

 彼女の眼下には、今も尚巨大ワームの襲撃を受け懸命に応戦する米露連合艦隊の姿が在った。


 飛行甲板で煙を噴き上げる艦載機の残骸と、動き回る巨大ワームを載せたまま航行する極東アメリカ合衆国空母『ロナルド・レーガン』の周囲を、直衛駆逐艦が爆雷を投下していき、時折水柱や艦隊の隙間に見え隠れする黒い影に向かい、巡洋艦からバルカン砲や艦載砲が斉射されている。


『こちら連合艦隊旗艦「ブルー・リッジ」。救援感謝する。北東から巨大ワームが接近中。これの排除を頼みたい』

「了解したわ『ブルー・リッジ』。幸運を祈る」


「ユーロピア部隊は北の外周を担当するわ。F16に乗るヤンキー共は味方艦の直接援護よ。難しいけど、出来るかしら?」

F16部隊に向けて挑戦的に言い放つジャンヌ。


『当然だ。こっちは北朝鮮軍戦車向けに死ぬほど地上攻撃訓練をしてきたんだ。マドモアゼルを失望させないよう、微力を尽くすとしよう。

 帰ったらバドワイザーを死ぬほど奢ってくれよ?』

若干不機嫌そうな極東米軍パイロットが返答する。


「いいわ。けれど出来高払いよ?しっかり稼ぎなさい!」

『OK!お前ら、ユーロピアのお嬢からご褒美だ!ミミズ野郎のミンチと引き換えにバドワイザーが死ぬほど飲めるぞ!全機、俺に続け!』


 翼を翻すと海面に急降下して、超低空飛行ですれ違いざまにロナルド・レーガン甲板に居座る巨大ワームへ向けて20㎜機銃を撃ち込むF16戦闘機編隊。

 至近距離から全身を機銃で撃ち抜かれた巨大ワームは、たまらずに身を捩って空母の飛行甲板から転げ落ちると、海中深く潜ろうとした所を駆逐艦から発射された魚雷の直撃を食らい、巨大な水柱と共に空高く噴き飛ばされて四散していく。


「へぇ。軽薄な連中だけど、案外やるのね」


 そう呟くと、自らもタイフーン戦闘機を急降下させ、米露連合艦隊後方から追い縋るように接近していた巨大ワームの黒い影目がけ、16連装ロケット弾を斉射するジャンヌだった。


 その後も、札幌千歳基地から駆け付けた航空自衛隊のF2戦闘攻撃機と極東ロシア連邦空軍スホーイ35戦闘機が増援に駆け付け、極東米露連合艦隊が北海道東方沖80Kⅿに到達する頃には、北方から接近する巨大ワームは駆逐されていた。


          ♰          ♰          ♰


2022年1月8日早朝 【東京都新宿区 市ケ谷 防衛省中庭】


 防衛省敷地内で昨日深夜、突如銃声や爆発音が連続して鳴り響き、けたたましく救急車が走り去った数時間後の早朝には、敷地内に迷彩色の巨大な軍用テントが幾つも設営されていた。

 規制線が張られた防衛省敷地の周囲500mは、警視庁機動隊と練馬区から緊急出動した第32普通科連隊の隊員が配置され、民間人の立ち入り及びヘリやドローンによる現場上空の飛行は一切禁止されていた。


 深夜に発生した非常事態の一部始終は多くの近隣住民が目にしていたものの、巨大ワーム自体は防衛省庁舎中庭に現れており、外部からは何かが立て続けに爆発している閃光の一部と、建物の内側から聴こえた銃砲の発砲音のみであり、巨大ワームは幸い視認されていなかった。


 東京都知事と新宿区長には、首相官邸から「特別非常事態発生により、近隣住民に被害が及ぶ可能性がある為、防衛省周囲500mの地区に避難指示する」旨が通達されていた。


 不安を覚えた近隣住民の一部は「クーデター未遂か?」と一部始終を記録した映像をツイッターで発信、多くの国民がリツイートした結果、NHKや一部の民放では事実だけを伝える第一報が流れ始めていた。


 市ヶ谷防衛省前と首相官邸には事実確認を求めるマスコミが殺到したが、現地では特別非常事態が発生中であり、公式発表が間もなく行われるのでそれまで現場周辺の市民を避難させる為に協力して欲しいと東山首相補佐官から要請されるのだった。


 極東米露連合艦隊を撃破し、大月を襲った火星巨大ワームの死骸は、巨大な体躯と強い酸性体液に塗れていた為に運搬が困難であり、やむを得ず中庭に巨大テントで即席の屋外生物研究所を設営し、日英ユ生物学者と各国の化学防護部隊が徹夜で分析に当たっていた。


 午前8時過ぎに澁澤首相が列島各国大使と共に現場を訪れ、犠牲となった極東米露軍兵士に黙祷を奉げた後、巨大テントを訪問して調査関係者を激励した。


「火星原住生態系の予想を越えた苛烈さを、私達人類は大きな犠牲を払って思い知らされました。

 しかし、この赤い星と関わりをこれからも持たねばならない以上、巨大ワームを始めとする火星原住生態系の研究分析は、一刻も早く成し遂げなければなりません!」

断固たる口調で澁澤が宣言する。


「何故なら、巨大ワームも火星大地に進出しようとした米露連合艦隊同様、此方へ来る事が出来るのですから」


 澁澤の発した言葉の意味に気付いた、各国兵士と生物学者達は戦慄し奮起した。


 この日から防衛省敷地内の巨大テントは『火星生物研究所(略称:火生研)』と呼ばれ、列島各国軍や研究機関関係者が昼夜を問わず慌ただしく出入りして懸命の研究活動を続ける事となる。


 英国連邦極東はもとより、極東米露政府や各自治区の協力も得て米露連合艦隊の生存者から詳細な聞き取りが行われ、様々な角度から巨大ワーム襲撃時の様子や米露連合艦隊の対応を分析、予想される日本列島への巨大生物襲来や、来たるべき第二次アルテミュア大陸上陸作戦に備えた研究が行われていくのだった。


          ♰          ♰          ♰


2022年1月10日深夜【東京都 世田谷区 陸上自衛隊三宿駐屯地内 自衛隊中央病院】


 巨大ワームに呑み込まれた大月は自衛隊によって辛くも救出されたが、全身をワーム体液で焼かれ、80%以上の皮膚が喪われていた。


 自衛隊中央病院による懸命な治療を受けて尚、大月は意識不明であり、容態は一進一退となっていた。


 西野ひかりは岩崎官房長官に頼み込んで、大月の母に連絡するのは少し待って欲しいと懇願し、角紅社長の仁志野を病院に呼び出して相談した。


 大月の父親は今年春に亡くなったばかりで、今度は息子が重体という報せを持って行くのはあまりに酷いではないかと持て余した感情を祖父にぶちまけていた。


 祖父の仁志野にしても、社員が政府の指示で生死の境をさ迷う事になった経緯を聴いて内心激昂していたものの、肉親としての立場からひかりの感情を受け入れるものの、大月側の事情を考慮しなければならなかった。


「ひかり、大月さんのお母さんにはやっぱり早めに報せなあかん」

祖父はひかりに言った。


「勿論、仕事でこんな目に遭いはったんや。ワシも行くで。

ひかりも経営陣トップの一人として、ちゃんと向こうのお母さんにお詫びせなあかん。その後で、政府に文句言おうな」


 項垂れたまま、無言でひかりは頷くのだった。


          ♰          ♰          ♰


―――1月11日午後2時【神奈川県 横浜市 神奈川区 】


 西野と仁志野社長は、大月の入院治療が長期化するのは不可避だと判断し、その日の午後、大月の母が住む横浜市内のUR団地のとある一室を訪ねた。


 5階建の団地が建ち並ぶ号棟入り口に着くと、驚いた事に澁澤総理大臣と岩崎官房長官が『お忍びで』来訪中だった。


 警護のSPから知らされた西野達は驚いていたが、住宅から出てきた岩崎官房長官を見るなり、声を掛けて歩み寄る仁志野社長。


「あんたら、ウチの社員をこんな目に合わせてタダでは済まへんで!」


 感情を抑えながらも、低くドスの効いた声で詰め寄る仁志野だったが、警護のSPに制止される。

 やがて、岩崎とSP集団の後ろから、澁澤総理が進み出ると仁志野達に向けて頭を深く下げた。


「仁志野さん、申し開きも出来ない。本当に申し訳ありませんでした」


「官邸の要望を受けて、お国の為やと思って社員の派遣を了承したけれど、これからは考え直させて貰いますわ・・・」


 仁志野は関西弁でそれだけ言うと、さっさと住宅へ向かうのだった。


          ♰          ♰          ♰


 5階建て団地の5階の一室に在る大月の実家は、UR(元 住宅都市整備公団)住宅の賃貸型である。


 キッチンと風呂、トイレ、狭い和室を二つ備えた、1960年代の高度経済成長期の人口爆発期に大量建設された団地である。


 大月は自分の家庭事情を殆ど話さなかった為、思った以上に彼が苦労していたのであろう事が西野には推察された。


「この度は、大事な息子様に大怪我をさせてしまい、社長として面目次第もござません!」


 玄関から部屋に入るなり、社長の仁志野が畳に額を擦り付けて謝罪した。ひかりも同じ姿勢で謝罪する。


「先程、政府の方がいらして、ひたすら謝って帰って行かれましたが、一体何が何だか……」

まるで頭痛を堪えるような表情をした、大月の母が二人に向き合った。


「大月君は……息子さんは、火星と火星人の事については、日本国内で唯一直接経験している数少ないスペシャリストだったんです」


「……そこをアメリカさんに目を付けられて、拝み倒されて、大丈夫だからと言われるままに、私達は政府と共に彼にお願いして、アメリカ軍の案内をしてもらったんです……社長としてもっと注意すべきでした!

 お母様、ホンマに申し訳ございませんでした!」


「……そうですか」


 しかし、仁志野の真摯な謝罪を受けているにもかかわらず、大月の母はまるで他人事の様な反応を示すのだった。

 不思議に思ったひかりが大月の母をよく見ると、眉間に皺を寄せて俯いている。懸命に何かの痛みを堪えているように見えた。


「あの、お母さま?大丈夫ですか?ご気分がすぐれない様でしたら―――」


 ひかりが言い終わらない内に、大月の母はそのまま仁志野の方に向けて正座したまま、つんのめって倒れてきた。


「っ!?お母さん!?どうされました!?大丈夫ですか!?」


 驚いた仁志野とひかりが声を掛けるが、大月の母は既に意識を失っている様だった。


「あかん!ひかり、救急車や!これは多分、脳の病気の発作や!!」

血相を変えた仁志野が叫ぶ。


 西野は直ぐに登録していた岩崎の携帯に連絡すると、大月家の外に居た岩崎が即座に大月満の入院先と同じ自衛隊中央病院への搬送を手配した。


 意識を失っていた大月の母は、岩崎の要請を受けて団地内の公園に緊急着陸した自衛隊ヘリで搬送された。

 自衛隊中央病院で行われた精密検査の結果、大月の母は重度の脳梗塞と診断され、集中治療室に入れられた。

 以前から大月の母が通院していたかかりつけの診療所によると、高血圧を指摘されて久しかった。


 仁志野社長とひかりは、大月家の不幸な連続を目の当たりにして、呆然と病院の集中治療室前で立ち尽くすしかなかった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】


・大月 満 = 総合商社角紅社員。内閣官房室に出向している。

・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。温和。

・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。西野ひかりの祖父。 

・ジャンヌ・シモン=ユーロピア自治区首相。兵役時代の名残でたまに戦闘機に搭乗する。  


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