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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
388/462

機会【前編】

2027年(令和9年)4月30日午前6時30分【旧中華人民共和国 吉林省 松原市北部郊外】


 人類統合第12都市『氷城ハルピン』南西約80Kmの地点まで前進したイスラエル連邦軍本隊は、第11都市「成都」人民防衛部隊が突破口を開くまでこの場所で待機していた。


 本隊中心に位置する水陸両用戦艦『ベングリオン』艦橋は、大陸派遣軍司令部としての機能を備えており、地雷原で人類統合第11都市人民防衛部隊が第12都市防衛部隊と交戦状態に入ってからは、いつでも突撃出来るよう各部隊に戦闘態勢を整えるよう通達するので慌ただしい。


 慌ただしい艦橋区画の端には幾つかのモニターと専用の通信機器と艦橋上部に装備された対空レーダー操作機器が纏められたブースがあり、無人戦闘機部隊”パペット中隊”の管制が行われている。


「パペットマスターから各パペットリーダーへ。あと3分で第12都市上空に到達する。対地ミサイル発射準備!」


『レッド了解』『イエロー了解』『パープル了解』


 管制官を務める空軍少佐がパペット編隊各隊長機に指示し、各隊長が応える。


 パペット中隊のパイロットは人類統合第11都市で収集したクローン技術を基にアナハイム社で製造されたクローン人間である。


 イスラエル連邦はアナハイム社のクローン人間を”工業製品”と位置付け”真なる人類”とは認めていない。


 故にパペット中隊は無人戦闘機部隊とみなされている。


 レーダー画面を見ながら空軍少佐がミサイル発射命令を出そうと無線マイクに手を伸ばした瞬間、司令部内に警報音が鳴り響き、レーダー画面に新たな機影が映り出す。


『E2Cより司令部!第12都市から飛行物体が発進した。数は30。ベクトル解析によるとパペット中隊飛行へ向かっている!警戒せよ!』


 季節風の復活で高空の火山灰が吹き払われた黒竜江省上空を旋回飛行する早期警戒機(E2C)の管制官が司令部に警告する。


「パペットマスターから各パペットリーダーへ。作戦中止!全機ミサイルを投棄、現空域から離脱、帰投せよ!」


 即座に中止を判断し命令する空軍少佐だったが、その顔は悔し気だった。


『こちらレッド。接近中の機体は人類統合政府軍水陸両用機動戦闘艇”カゲロウ”と識別。離脱は間に合わない。交戦する』


 パペット編隊の編隊長の1人が離脱を諦めてカゲロウ機動戦闘艇との交戦に突入する。


「パペットマスターから各機へ。レッド隊がカゲロウ編隊を迎撃する間に戦闘空域から離脱せよ!」


 急いで他のパペット編隊各機へ命令する空軍少佐だった。


 

 ――――――同時刻【地球 ユーラシア大陸 人類統合第12都市『氷城ハルピン』(旧中華人民共和国 黒竜江省 哈爾濱市)郊外20Km】


「砲撃来るぞ!バカ野郎!伏せろ!」


 金属的な飛翔音が急激に大きくなる中、古参軍曹が怒鳴りながら停車したBMP装甲戦闘車の昇降口付近に立ち竦んだりしゃがみ込んでいた歩兵を塹壕に突き落としながら自らも近くの蛸壺陣地に飛び込む。


 直後に砲弾がBMP装甲戦闘車に直撃して爆発すると危険な破片を周囲に撒き散らし、軍曹の動きについてこれなかった補充歩兵達が身体を四散させて噴き飛ばされていく。


「くそっ!1個小隊丸ごと全滅だ……」


 羅大佐率いる人類統合第11都市『成都』人民防衛部隊は、上空から空爆を繰り返す水陸両用機動戦闘艇カゲロウによって損害を出しつつも地雷原を突破する事に成功していた。


 だが、地雷原を突破した所で第12都市防衛軍の集中砲火を浴びて前進を阻まれ、破壊されなかった工兵車両が即席の防御陣地を作った所に退避して砲撃を凌いでいた。


「アシュリー中佐!パペット中隊の空爆はまだですか!我々が突破口を開く機会ができたのです!」


 即席陣地の塹壕で屈みながら無線電話で空爆要請する羅大佐。


『現在上空でパペット中隊と敵防空部隊が交戦中。空爆作戦は中止された。制空権が確保出来ない為に対地攻撃機や対砲兵観測機が飛ばせないのだ。

 別命あるまで現地点を死守せよ――――――』


 アシュリー中佐が返答し、一方的に電話が切られる。


 ひきりなしに砲弾が着弾する振動で即席塹壕の壁から土砂がパラパラと零れ落ちていく。


「友軍が制空権を得るまで此処で耐えるしかないのか……」


 塹壕の底に置かれた弾薬箱を机代わりにして置かれた戦況地図を歯を食いしばって見ながら打開策を考える羅大佐。


 付近に着弾した砲弾が吹き上げた土砂がバラバラと戦況地図に降り注ぐ。


「くそったれ!」


 思わず悪態をついた羅大佐に前方蛸壺陣地から這いながら飛び込んできた歩兵が駆け寄って報告する。


「大佐殿!敵地上部隊が出現!戦車を先頭に陣地に向かってきます!」


 歩兵の報告を聞くと直ぐに潜望鏡に似た監視器具を手に塹壕の縁から前方を確認する羅大佐。


「T72部隊は敵戦車進撃を阻止せよ!」

無線電話で直ぐに指示する羅大佐。


 即席塹壕陣地の直ぐ先では進撃する敵戦車と迎え討つ友軍のT72戦車の間で砲撃戦が始まった。


 羅大佐が見守る中、敵戦車が軽快な動きで前進しながら連続発砲すると、友軍T72戦車砲塔と車体の接合部分に直撃、車内の弾薬が誘爆してフライパンの様な砲塔部分が宙に噴き飛ばされて撃破された。


 撃破され炎上する味方戦車を押し除ける様にして進む敵戦車を観察する羅大佐がある事に気付いて愕然とする。


「ば、馬鹿な……。あれはM1エイブラムス戦車ではないか!人類統合都市北米地域で試作中のモノが何故此処で使用されている!?」


 塹壕陣地前方に展開していた友軍T72戦車部隊が次々と撃破されていくのを茫然と見る羅大佐だった。


          ☨          ☨          ☨


――――――【太陽系第五惑星『木星』】


 太陽系最大の惑星を覆う厚く濃密な大気圏を漂う水素クラゲは、秒速数キロという猛烈な水素・ヘリウム・アンモニア雲を漂って豊富な水素系化合物から生まれた原始的な微生物プランクトンを捕食している。


 猛烈な速度で惑星を循環する雲海に乗って木星大気圏を文字通り風の吹くままに流される生活を送ってきた水素クラゲだったが、最近の関心事は風の噂で広がりつつある”から揚げ弁当”である。


『オマエハモウ食ベタカ?』『ナカナカアリツケナイゾ』


 2体の水素クラゲがヘリウム雲を漂いながら噂し合う。


 そこへ最近衛星軌道上近くまで浮上して美味しい体験をした水素クラゲが近づいて会話に加わる。


『オ手伝イトヤラヲスレバ食ベラレルラシイゾ』


 美味しい体験をした水素クラゲ”珍味53号”が風の噂だった情報を提供する。


『『マジデスカ!!』』


 喜びのあまり傘の部分を信号機の様に赤く明滅させる水素クラゲ達。


 素材そのものの味しかしない水素・ヘリウムプランクトンに比べ、から揚げ弁当という食物は想像するだけで水素クラゲの傘を明滅させる程の夢の食物だった。


『コノ星ニ居ナイ動物ノ肉ニ練リ込マレタスパイスガ刺激ヲ与エテクレルノダ。触手ガ落ッコチソウナクライニウマイゾ……』


 唐揚げの魅力をも力説する珍味53号。


『『ゴクリ……』』


 触手の根元から涎を滴らせる水素クラゲ2体。涎は猛烈な風に吹き飛ばされてアンモニア雲に接触するとジュッと音を立てて蒸発する。


『カラアゲ弁当ノ半分ヲシメルライスハ淡白ナ味ワイダガ、揚ゲ焼売ヤアンカケ卵焼キトノオカズト相性ハ抜群。マサニ宝石箱ヤァ……』


『『……』』


 珍味53号が食レポの如く弁当の感想を語り続け、想像を膨らませていく水素クラゲはルーレットの如く傘を回転させて興奮していく。


『……マア、ソンナ感ジデ水素雲ヲ凝縮シテ持チ込ムダケデ美食ノ宝石箱ヲ堪能デキルノダゾ!』


 ゆらゆらと触手を優雅に振って仲間を煽る珍味53号。


『雲ヲ集メテ弁当ゲットダゼ!』『アタイヤルヨ!スグヤルヨ!』


 煽られて気合の入った水素クラゲ2体はぶるぶると全身を武者震いさせると、一直線に雲海を離れて衛星軌道上まで上昇していく。


 文字通り衛星軌道上から”降って湧いた機会”に喰いつこうとマルス・アカデミー・木星再生作業船団に向かって夥しい数の水素クラゲが殺到するのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・羅=人類統合第11都市『成都』暫定代表。大佐。

・アシュリー=イスラエル連邦軍特殊部隊中佐。

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