戦端
2027年(令和9年)4月29日午前5時【地球 ユーラシア大陸 旧中華人民共和国 黒竜江省 牡丹江市 西部近郊】
ゆっくりと西方に続く高速道路上空を進軍する陸上自衛隊第7師団を載せた空中艦隊後方の地上では、黄星姉妹が大八車で牽引する移動都市『人類統合第2都市バンデンバーグ』が一時停止して目的地である人類統合第12都市『氷城』代表の周大佐と交信を行っていた。
『黄少佐。今まで此方に来ていただいた輝美様がご持参の細胞活性維持剤で私を含む司令部要員は動けていましたが、遂に活性剤の残りが無くなってしまった』
通信モニター画面に映る周大佐の顔色は黒ずんでおり、体調が著しく悪いのだと分かる程だった。
「周大佐殿、我々は現在第12都市まで90kmの地点まで来ています。あと40Km程進めば此方の防衛部隊を向かわせて救出作戦が可能となります。
もう少しです!それまで何とか持ちこたえられませんか?」
救出作戦まであと僅かだと説明して励ます黄少佐。
『ありがたいことだ。だが残された薬剤を使うと細胞劣化は抑制されるが、身体の機能が低下して仮死状態に近い状態となってしまうのだ』
黄少佐の説明に首を横に振る周大佐。
「このまま大佐殿までもが眠りに入るとイスラエル連邦軍の侵入を許してしまうのではありませんか?」
無防備化した第12都市がイスラエル連邦に蹂躙される未来を想像して懸念する黄少佐。
『イスラエル連邦軍対策については、輝美様のアドバイスで都市の自動防衛システムは既に稼働させている。地雷原と無人機をフル稼働すれば少しは時間が稼げるだろう。
黄少佐が此方に到着したら防衛システムにアクセス出来るように操作権限を登録したマイクロチップを輝美様に預けている』
対策済だと答える周大佐。
『イスラエル連邦軍の侵攻までに貴官が此処に着けば都市防衛システムを自由に使ってくれて構わない。
……それと輝美様に託したマイクロチップには仮死状態で生存している住民の位置情報も記録している。余裕があれば少しでも構わないので住民を救出して欲しい……』
黄少佐に説明する周大佐の顔色はどんどんと黒ずんでいき、身体が傾くとモニター画面の外へ倒れた様だった。
『黄少佐!輝美だぞっ!これ以上の会話は周大佐の身体が持たないのだぞっ!大佐を寝かせたらそっちへ戻るから一旦通信終了するぞっ!』
モニター画面には慌てて倒れ込んだ周大佐を助け起こす黄星輝美が映りこむとモニター画面が途切れて通信が終了してしまうのだった。
「これほど酷い状況だったとは……。
イスラエル連邦軍の総攻撃から仮死状態の第12都市住民18万人を救出……どうすれば」
真っ黒な通信モニターを凝視しながら救出作戦と戦場からの脱出方法について考え込む黄少佐だった。
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2027年(令和9年)4月30日午前6時【地球 ユーラシア大陸 人類統合第12都市『氷城』(旧中華人民共和国 黒竜江省 哈爾濱市)郊外20Km】
瀋陽前進拠点で成都から到着した補充兵と修理が完了した戦車・自走砲を加え再編成の完了した人類統合第11都市『成都』人民防衛部隊は羅大佐指揮のもと徹夜で行軍を続け、夜明け直後に氷城南部郊外に到達しようとしていた。
「羅大佐、偵察兵から連絡です。前方300m地点に地雷原です」
部下の報告を受ける羅大佐。
「わかった。工兵部隊の地雷除去車を先頭に自動車化狙撃小隊を先頭に戦車を加えて縦列陣形で地雷原突破を試みるのだ20分で進軍を開始せよ」
地雷原攻略を命令する羅大佐。
隊列の後方からソヴィエト製T72戦車を土台にした地雷除去作業車が隊列先頭に到着すると、地雷原目がけて全長100m程の鋼鉄製のワイヤーロープを射出する。
戦車エンジンから発電した強力な電流を纏ったワイヤーロープが地雷原に着地した途端に、ワイヤーロープ周囲にばら撒かれていた地雷が電磁気に反応して一斉に爆発、周囲に金属片と土砂が撒き散らされて土煙が立ち昇る。
土煙が収まると、地雷除去作業車は車体前方の巨大なローラーを地面に接着させ後方からガソリン排気煙を噴き出しながらゆっくりとローラーを回して前進していく。
先程の電磁ワイヤーロープに反応しなかった幾つかの地雷が巨大な鋼鉄製ローラーの重みに反応してズシン!と鈍い音と共に爆発して僅かな土煙を上げる。
巨大なローラーが爆発の衝撃波や破片を重量で地面に抑え込む為に地雷除去作業車への損害は無い。
「よし!行けそうだな。自動車化狙撃小隊を先頭に前進せよ!」
遅々とした動きではあるが安全に進めると分かった羅大佐が無線で部隊に前進を指示する。
ゆっくりと進む地雷除去作業車を先頭に、背後にはBMP装甲戦闘車から下車した狙撃歩兵が装甲戦闘車を盾にしながら周囲を警戒しながら続く。
狙撃歩兵の後方からは瀋陽市内で回収したT72戦車が砲塔を左右に向けながら続く。
『対空レーダーに反応!第12都市から飛行物体が低空から接近!』『偵察部隊からカゲロウ編隊を視認。空襲!』
防空部隊と偵察兵から同時に報告が上がる。
「総員対空戦闘!足を止めるな!前へ進め!」
部隊に呼び掛ける羅大佐。
第12都市から出撃した水陸両用戦闘艇”カゲロウ”2機編隊は、ゆっくりと進軍する第11都市人民防衛部隊上空に到達すると、地雷除去作業車目がけて16連装ロケットランチャーを一斉に発射して急上昇する。
オレンジ色をした火の玉が流星のように地上の地雷除去作業車に降り注ぐ。
「撃て撃て―!撃ち返せ―」
副官が周囲の隊員に叫ぶ。
急上昇する機体目がけて戦車砲塔の機銃や狙撃歩兵の自動小銃が射撃を始め、携帯対空ミサイルが白煙を曳きながらカゲロウを追尾するがカゲロウは木の葉が舞う様にひらりと機銃弾やミサイルを回避して左右に散開する。
地上では、ロケットランチャーの直撃を受けた地雷除去作業車が被弾して炎上していた。脱出者はいない。
「地雷除去車被弾、炎上中。生存者なし」「次が来るぞ!直ぐに後続の除去車を先頭に送り込め!進撃を止めてはならんのだ!」
狙撃歩兵小隊長の報告に指示する副官。
「……地面や正面からの攻撃ならば装甲やローラーで防げるのだが、装甲が薄い上部を狙われるとどうにもならん!」
装甲戦闘車の中の小さいモニター画面で前方の状況を確認しながらため息をつく羅大佐に後方司令部から通信が入る。
『攻略軍本隊アシュリー中佐です。羅大佐閣下、進撃を急いで頂きたい!
こちらは対地支援のパペット中隊を出撃させました。数分で到着予定。
パペット中隊の空爆をもって速やかに進行してください』
通信機から後方本隊のアシュリー中佐から指示が届く。
「アシュリー中佐殿、パペット中隊は無人機だった筈。まさかとは思いますが誤爆の可能性はありますか?」
瀋陽前進拠点での作戦会議で無人機中隊の事を知らされていたが、命中精度に問題が有ると周囲の司令部付き将校が漏らしていたのを羅大佐は覚えていた。
パペット中隊はイスラエル連邦空軍の無人機部隊である。
実際には完全にマインドコントロールされた人類統合都市住民であるクローン人間が操縦しているのだが、それを知る者は作戦会議に参加した部隊指揮官には居なかった。
『空爆箇所はあらかじめ指定しています。地雷原を突破中の貴部隊に直撃する可能性はありません』
問題なしと答えるアシュリー中佐。
(至近弾の可能性は否定しないのだな)
直撃はしないが至近距離で爆弾が着弾した場合の爆風や破片の危険が消える訳ではない。
羅大佐の胸中に怒りが沸き起こるが空爆命令は下されている。何とか躱すしかないのだ。
全てが終わった後に必ずアシュリー中佐に天誅を下そうと決意する羅大佐。
まずは生き残る術を考えなければ。
「くそっ!後続の地雷除去作業車急げ!もう直ぐ空爆部隊が来るぞ!奴らは無人機を使って無差別で空爆するぞ!死にたくなければ急いで地雷原を突破するのだ!」
悪態をつきながら部隊の前進を急がせる羅大佐だった。
遂に人類統合第12都市『氷城』攻防戦の戦端が開かれるのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・黄星 輝美=真世界大戦時、突如火星日本列島に出現した”介入者”。
美衣子達マルス・アカデミー三姉妹と何らかの関連が有ると思われるが詳細は不明。
美衣子に諭され罪滅ぼし中。神聖女子学院小等部6年生に転入していた。舞と守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄 浩宇=人類統合第2都市『バンデンバーグ』住民代表。少佐。
北米大陸西海岸の戦いで地球連合防衛軍ロイド提督と停戦を結んだ後、黄星三姉妹と行動を共にしている。第12都市出身。
・周=人類統合第12都市『氷城』暫定代表。大佐。
・羅=人類統合第11都市『成都』暫定代表。大佐。
・アシュリー=イスラエル連邦軍特殊部隊中佐。




