心配性
1967年に京都で一号店を開店した中華料理チェーン”黄将”は、2024年(令和6年)現在、全国740店舗にまで拡大し火星日本列島証券取引所1部上場を果たしている。
黄将は地域性や顧客ニーズに応える為、エリア毎にメニューを変えている。
また、餃子などの全店共通基本メニュー以外のメニューは各店舗の店長に裁量が認められており、店舗によってメニューが異なる。
店内はオープンキッチンスタイルでの店舗調理が行われいる。これは「中華料理は出来立てが一番美味しい」「調理過程が見えた方が安心度が高い」と言う創業者の理念によるものである。
2027年(令和9年)4月29日午後8時45分【神奈川県横浜市神奈川区東神奈川 『黄将 東神奈川店』】
JR東神奈川駅東口バスターミナルに隣接したこの店舗は"とある異星人界隈"から熱烈に支持されている。
「店長。今日の売り上げも絶好調ですね!」
レジ精算を担当していた新人アルバイト店員が厨房で唐揚げを作り終えた店長に声を掛ける。
「んん?そうだな。だが何となくもう一山有りそうな気がする……」
少しだけ遠い目をした店長が数日前に起きた閉店前の大量注文騒動を思い出しながら慎重に応える。
数日前の21時閉店直前、ミツル商事代理人を名乗る総合商社社長が直々に来店して唐揚げ定食5000人分を注文した。
注文時に渡された名刺に記された「角紅代表取締役社長」の肩書を見るなり、慌てて京都本社に報告すると、血相を変えた古参役員が応援料理人を引き連れて何故かアダムスキー型連絡艇で駆け付ける一幕があった。
(総合商社角紅社長とウチの会長は創業時から食材の大部分を調達し、店舗外通販売上の7割を占める超お得意様だ!)
京都本社の店長研修時に叩き込まれた知識を思い出した店長は直ぐに動くことが出来た。
結局その日の注文は京都本社応援だけでは間に合わず、近隣店舗や騒ぎを聞きつけた地元商店街飲食店の応援を得て何とか3時間で作り終え、大型ドローンの保温コンテナに急いで詰め込んで対応することが出来た。
「あははっ!まさか。そうそう閉店間際の5000人前とかありませんよ。心配性ですね、店長」
新人アルバイト店員は冗談だと思って憂う店長を笑い飛ばす。
「この店では心配性ぐらいの心構えで丁度いいんだよ」
新人アルバイト店員に応えた店長は視線を厨房に戻すと、店長が指示を出す前に厨房の料理人は再びキャベツを刻み出し、フライヤーを新しくする準備に取り掛かっていた。
「……マジですか。なんかこのお店だけ凄くないですか?研修した上野御徒町店はもっと緩かったです」
閉店間際にもかかわらず、先輩アルバイト店員も慌ただしく動き回ってまるで”第二部開店”の如き様相に目を丸くする新人アルバイト店員。
「……ということで、残業になってしまうが追加手当上乗せする。持ち帰り用の容器をありったけ倉庫から出してこい」
「はい。今月は電気不足のくせに料金だけ高かったので助かりますよ」
店長の言葉を受けて足早に倉庫へ向かうアルバイト店員だった。
「予感が当たればそろそろ例の注文が入る頃合いだろう」
呟いた店長が店の外に目を向ける。
店の入り口に近い自転車置き場手前には、数日前から防犯対策向上の名の下、機動隊員がジェラルミン盾を持って店舗及び駅周辺の警戒警備にあたっている。
(大口注文が入らなければ、警備の警察や先日手伝ってくれた商店街飲食店に差し入れでもしよう)
閉店間際で残る客が少なくなった店内を見回しながら先日のお礼を考える店長。
店長は気付いていないが、店舗が面するバスロータリーの反対側には客待ちの水素タクシーに混じって公安委員会から派遣された職員がロータリーに出入りする人や車をチェックしている。
「んんん?もしかして……」
店の外に再び目をやると一組の男女が店の入り口まで慌てて駆け込もうとしていた。
(やはり、きたか)
予想が的中したと確信する店長。
今日は流石に角紅社長ではなさそうだが、スーツの男性はともかく女性はビシッとキャリアウーマン風の着こなしをしている。ということはやはり角紅関係者でも幹部クラスになるのか?
料理の注文先は、火星転移後に設立して宇宙事業から急速に業容拡大している”ミツル商事であることは領収書作成時に判明していたが、詳細は"国家機密のため詮索不要"と京都本社社長を除いた役職員には知らされていない。
明らかに他店舗とは違う店舗運営に違和感を感じるところだが、東神奈川店従業員にはアルバイト店員にも通常の時給に加え、正社員給与相当の特別手当が上乗せ支給されており、これが従業員のモチベーションとプロフェッショナル意識向上に寄与している。
その日、JR東神奈川駅東口に在る『黄将 東神奈川店』に超大口注文が入ったのは、夜のピークがすぎた午後8時45分を回った頃だった。
東神奈川駅前のバスロータリー脇の歩道に突然アダムスキー型連絡艇がふわりと着陸すると、スーツを着用した男女が搭乗口から飛び出して店内に駆け込むと「から揚げ弁当5,000個テイクアウトで!」「エビチリ定食5000個テイクアウトですぅ」と男女別々に慌てた口調で注文する。
「あなた!領収書が必要ですよぅ」
「あっ!そうだった!領収書は『MCDA事務局』でお願いします!」
ひかりに指摘された満が思い出した様に領収書発行を希望する。
「……ええっと。合わせて1万個のお弁当ですね」
予め予想し覚悟していたものの、想定外の注文に固まる店長。
「お客様すいません。この注文量ですと、すぐには食材の確保が追い付かないので申し訳――――――」
「ホホホ、失礼しますよ。食材はじきに到着します。取り敢えずの注文はそれで対応出来ると思いますよホホホ。しかし、その後の事はよくよく考えていかねばなりませんよホホホ」
フリーズの解けた店長が慌てて注文を断ろうとした言葉を遮るように、いつの間にか店内に入っていた小太りのスーツ姿の男性がにこやかに店長へ告げる。
「わ、王代表閣下!」「こんなところで先日ぶりですぅ」
スーツ姿の大月夫妻がその場で姿勢を正して頭を下げる。
「ホホホ。堅苦しいのは今はナシです。
大月社長がMCDA(火星通商防衛協定)事務局に”料理・調理”緊急支援要請を出した事で加盟国が総力を挙げてこの店――――――いいえ、この中華料理チェーンをお手伝いすべく動き始めているのですよ」
ホホホと笑いながら店長に告げる王代表。
突然の事態に愕然とする店長に、新たに駆け込んできた一人の職員が書類を差し出してくる。
「こんばんは!横浜市保健所です。黄将東神奈川店『木星出張店舗』の衛生許可証です。それでは!」
店長に認証を押し付けると職員はそそくさと店から出ていく。
「……木星?そんな地名の場所横浜にあったかな?」
想定外の事態が続いたせいで本能的に思考を拒否したのか、ゆっくりと首を傾げる店長。
「ホホホ。現実逃避する時間も惜しいのですよ。
さあ!今からこのお店は貸し切りです。今いるお客様の皆さんは中華街にある台湾国の料理店で本格中華料理のフルコースを無料で提供しますよ。
お時間が合わない方にも、中華街のどのお店でも無期限で使える特別クーポンをお渡しいたしますので、どうかご協力をお願いいたします。ホホホ」
王代表と店長のやり取りをあっけに取られて見ていた来店客に向けて頭を下げる王代表。
「おぉっ!明日から食事が豪華になるぞ!」「自炊しようとしても電気不足で電子レンジも使えない時が多かったから温かい食事は助かるわぁ」
遅い時間食事をしていた来店客は、突如降って湧いたサプライズに歓喜の声を上げる。
「ホホホ。それではビッグチャンスに取り掛かるとしましょう」
未だ茫然自失気味の店長を引きずる様に厨房へ連れて行く王代表。
「これで何とか今日のお弁当は間に合いそうかな?」「そうだといいですねぇ」
王代表と店長のやり取りを聞いた大月夫妻は安堵する。
入り口近くのテイクアウト客向けの椅子に座って休む大月夫妻に向かって店外で警備していた機動隊員が声を掛ける。
「あの~申し訳ありませんが、バスターミナル前の歩道は駐停車禁止ですから。反則切符出しますので……」
「おおぅ……」「ああっ!ごめんなさーい」
一息ついたばかりの満はがくりと項垂れて反則金を機動隊員に支払い、ひかりは慌ててアダムスキー型連絡艇に戻ると歩道から店舗上空まで連絡艇を移動させるのだった。




