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転移列島  作者: NAO
アナザーワールド編 アナザーワールド
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戦略物資【後編】

――――――【大赤斑上空 木星衛星軌道上 木星探査船『おとひめ』】


 大月家一行がチューブワームの長と検証を開始してから異常検出が相次いで騒然とする艦橋に新たな情報が入る。


「イワフネ船長代理。大赤斑最深部での重力変動範囲が縮小していきます!」


 衛星軌道上に設置した観測衛星のデータを解析するオペレーターが報告する。


「現在の範囲は?」

「500mに縮小。尚も縮小しています」


 オペレーターの報告にやや安堵するイワフネ船長代理。


「やれやれ、何とかこのまま検証が無事終わって欲しいものだ」


 これ以上の面倒事はご免とばかりに呟くイワフネ。


「船長代理。マルス・アカデミー・木星再生作業船団から至急で中継電文の依頼です」


 通信オペレーターがイワフネに告げる。


「よし。内線モードで私に伝えてくれ」

「はい。『大月家に至急電文願う。”から揚げ弁当追加で毎日5000食よろしく”』以上です」


 イワフネに中継電文内容を内線で伝える通信オペレーター。


「了解した。至急扱いで電文を大月家に送ってください。ディアナ号に通信すれば確実でしょう」


 通信オペレーターに指示すると座席の背もたれにどっかと身体を預けるイワフネ。


「どうやらこれからとても忙しくなりそうですね……」


 美衣子達三姉妹がやらかした角紅商社員時代を思い出したイワフネは、『おとひめ』搭乗員に今のうちに休息を取るように通達するのだった。


          ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)4月28日【木星衛星軌道上 マルス・アカデミー・プレアデス級基幹母艦『ケラエノⅠ』】


「リア隊長。『おとひめ』から連絡のあった無人シャトルが接近中。

 本船脇を通過するコースで作業船展開宙域まで誘導します」


 オペレータがリアに報告する。


「ちょっと待ちなさい!無人シャトルは本艦ダイニング・ハッチにドッキングして”戦略物資”を私が受け取る筈よ!?」


 縦長の瞳をクワっと見開いたリア隊長が必死になって異議を申し立てる。


「……はぁ。リア隊長、作業船団各艦長との会議で再生作業に協力する水素クラゲが暴れない様に戦略物資を提供する、という話になったのでは?」


 昨日から何度も繰り返した説明を繰り返すオペレーター。


「ぐぬぬぬ……そうだったわね。

 じゃあこの便コウノトリは諦めましょう。次の便コウノトリは6時間後かしら?」


 気持ちを切り替えたリアがオペレーターに尋ねる。


「作業に協力していただくために集結している水素クラゲの皆さんは5,000体に達しています。

 勿論、次の便もその次の便も戦略物資は全て水素クラゲの皆さんに提供する予定です。それでようやく5,000体に行き渡るのですよ。我々の分はありませんよ」


 このやり取りも繰り返したオペレーターがうんざりした表情でリアに応える。


「のぉぉぉ!」


 がっくりと床に膝をついて嘆き項垂れるリア隊長。

 艦橋区画を通り過ぎる乗組員が床に膝をつくリア隊長を見て何事かと驚いて足を止めてしまったりする。 


 項垂れるリア隊長の頭上ではホログラフィック・モニターがケラエノⅠを通過する無人シャトル『コウノトリ』の映像を映している。


 コウノトリ型無人シャトルはケラエノⅠ近くまで接近すると、出迎えに来ていた水素クラゲが触手で抱きしめる様にシャトルに取り付くとクラゲの傘が歓喜するかの如く赤く輝き始める。


 赤く輝く水素クラゲの能力で3倍の速度まで加速した無人シャトルコウノトリは一直線に作業宙域へと飛んでいく。


 ケラエノⅠの艦橋区画ではその光景をクルーが呆気に取られて眺めていた。


「……はぁぁ。

 それで?火星大月家の準備状況は?」


 気を取り直したリア隊長が当直指揮官モウゼに火星大月家の対応を確認する。


「8時間前に電文を送ったばかりです。

 大月美衣子氏から木星へ急行している食料プラント建設チームを乗せたシャトルをさらに急がせると返信があった以外は新しい動きはありません」


 タブレット端末で情報を確認する当直指揮官のモウゼ。


「食料プラント建設チームの到着予定はいつごろになるのかしら?」


 気もそぞろなリア隊長が訊く。


「……どんなに急いでも1週間はかかるとの事です。それ以上の速度超過は地球人類の肉体が加速度に耐えられません。

 建設チームが到着しても食料プラント完成まではさらに日数を要するでしょう。

 おそらく1週間かかります」


 モウゼに尋ねるリア隊長だったが、返ってくる答えは絶望的な内容だった。


「……あと2週間も味気ない携帯食料で生き延びろと!?」


 愕然とするリア隊長だった。

 唐揚げ弁当で一度知ってしまった贅沢から戻るのは残酷な事である。


「もう一度!もう一度大月家に至急電文を!

 ”から揚げ弁当大至急で!”と送ってください。最優先コードでお願しますっ!」


 呆れ顔のモウゼに頼み込むとさっさと居住区の自室へ引き篭もるリア隊長だった。


 木星衛星軌道上の作業宙域では到着した無人シャトルから戦略物資である”から揚げ弁当”を手にした水素クラゲが群がって宴が始まっていた。


「うちの隊長はから揚げさえ絡まなければ超優秀なのだがな……」


 小さくため息をついたモウゼ当直指揮官は、自らの権限を駆使して火星大月家向けに再び至急電文を送るのだった。


          ☨          ☨          ☨


2027年(令和9年)4月29日午後2時【火星アルテミュア大陸中央部 ウラニクス湖 『ディアナ号』】


「ええっ!マジですか!?」


 甲板で優雅にアフタヌーン・アイスティーを味わっていた満がホログラフィック・モニターから伝えられた内容に驚きの声を上げる。


 ウラニクス湖上で停泊しているディアナ号上では、先程木星探査船『おとひめ』を中継して届いたマルス・アカデミー・木星再生作業船団リア隊長から”から揚げ弁当5,000人前大至急マジで頼みます!”という注文と、すぐ後に伝えられた木星再生作業での水素クラゲ関与に大月家一行が驚いていた。


『チューブワームの長以外にも木星原住生物ジュピタリアン全員でかかれば物凄い能力を発揮するのですよ、あの珍味君達は』


 琴乃羽美鶴が誇らしげな顔で舎弟と言ってはばからない水素クラゲ達の行動を賞賛する。


 チューブワームの長が満腹ダウンした為に実証実験を中断した琴乃羽は、惑星間通信による大月家オンライン打ち合わせに臨んでいた。


 地球人類料理を気に入っていたチューブワームの長だったが、エンドレスな中華料理実証実験に心を折られたらしく、しばらくは木星本来の食料であるヘリウム雲を漂う動植物プランクトンを食べると琴乃羽に申し入れをしている。


「水素クラゲ達だけでこれ程の成果だよね……。

 この調子で惑星間大量輸送の可能性が具体化できそうかな。そうなると、いろいろと物事を前倒ししないとダメだよね」


「そうですねぇ。木星の皆さんをお食事であんまりお待たせするのはマズいですよね。食べ物の恨みは怖いと言いますし」


 手ごたえを感じつつも今後の展開を予想して危機感を募らせていく満の呟きに同意するひかり。


「話は分かったわ。そうと決まれば皆でやるわよ!」


 フンスと鼻息荒く椅子の上に仁王立ちとなって腰に手を当てて一同を見下ろす美衣子。


「瑠奈はマルス・アンドロイド達を使ってウラニクス湖畔に弁当工場を建設しなさい」

「ハイっス!」


 美衣子の指示に敬礼で応える瑠奈がリビングから水陸両用艦マロングラッセⅡへ駆けていく。


「結はチューブワームの長の実験結果から、水素クラゲや水素クジラ諸々が異相空間形成にどれだけ関与出来るか研究を進めてちょうだい」


「分かったわ姉様。とりあえず大きいヤツから研究するわ」


 美衣子の指示に大きく頷いて了承する結はディアナ号内の研究室へとてとて駆けていく。

 結の大きいもの好きは相変わらずのようだ。


「お父さんは取り急ぎ、黄将のお店を使って中華メニューを少しでも多く、早く調理して出来次第ウラニクスへ運び込む段取りを。もちろん試食は私がするわ」


「んんん?い、イエッサー?」


 美衣子の欲望が最後にサラッと入っていたが、瑠奈や結の様にテンポよい反応に呑まれてしまい突っ込む事も出来ずに慌てて疑問形の返事で応える満。


(美衣子の黄将メニューの試食独り占めなんて、木星再生作業船団のリア隊長が知ったらどんな反応をするか恐ろしい……)


 恐れ慄く満。


「ひかりはお父さんのサポートをよろしく。これから需要が爆増する中華食材は王代表の台湾国が取扱に詳しいし、輸送手段はMCDA(火星経済防衛協定)を通じて軍の輸送機を使うでしょうからお父さんとはひかりは各国との折衝が必要よ」


「らじゃーですっ!」


 のほほんと返事したひかりは、ウラニクス湖畔で新ウラニクス市街を建設しているユーロピア共和国軍工兵部隊の指揮官に連絡をとるべく操舵室へ向かう。


 『アマノハゴロモ』システムによって焼き尽くされた裏人類都市『ウラニクス』の再建を断念したジャンヌ・シモン首相は、ウラニクス湖を起点とした惑星間輸送需要に応えるべく輸送インフラを集中させたコンビナート都市を建設する事にしたのである。


「私は木星衛星軌道上に建設する食料プラントの作業速度を出来るだけスピードアップしなければ。

 取りあえず建設チームを運んでいるシャトルを最大速度で向かわせないと」


 美衣子がタブレット端末を使って遠隔操作で木星へ向かって自動航行しているマルス・アカデミー・大型シャトルの航行速度を人体に影響を及ぼさないぎりぎりまで加速させる。


 マルス・アカデミーシャトルに搭乗している建設作業員や乗組員は冷凍睡眠状態の為、自動航行となっている。


 火星日本列島を出発して数日しか経っていないマルス・アカデミー・シャトルは、美衣子の遠隔操作で火星の惑星磁力線を最大限に活用して火星磁力線範囲を一気に越えて木星磁力線をキャッチすると、吸い寄せられる様に加速して木星へ飛翔していく。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=ミツル商事社長。

・大月 ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。マルス三姉妹の長女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・琴乃羽 美鶴 =ソールズベリー商会員。元JAXA種子島宇宙センター宇宙文字解析室長。木星原住生物と親しい為、木星探査隊に出向扱い。少し腐っている。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター さち 様です。


・リア=マルス・アカデミー・木星再生作業船団隊長。から揚げ好き。

・イワフネ=1万2000年前のマルス・アカデミー地球調査隊長。総合商社角紅にサラリーマン研究の為派遣されていたが、仮想世界大戦後、天草華子、名取優美子の心的外傷療養を見守る為、外宇宙探査船『おとひめ』船長代理として木星探査隊に同行している。


・モウゼ=マルス・アカデミー・基幹母艦『ケラエノⅠ』当直指揮官。

 1万2000年前から地球調査隊長イワフネの部下としてマルス・アカデミー・尖山基地に所属していた。大月達と遭遇後、リア率いる新たな母星からの救助船でプレアデス星団に帰還した経歴を持つ。

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