特別任務

２０２７年（令和９年）４月２７日早朝【火星アルテミュア大陸西海岸 ユーロピア共和国首都ニューガリア 首相府】

　首相府の料理人ジョルジュは朝食の仕込みを終えて一息をついた直後、厨房にかかってきた電話で首相執務室に呼び出されていた。

　急な来客予定もなく、トカゲ娘にいきなりダンケルク宇宙基地に連れて行かれて料理対決する予定もなかったので呼び出し理由が分からないまま、首相執務室にノックをして入室する。

　首相執務室にはジャンヌ・シモン首相、クロエ・シモン首相補佐官がジョルジュを待っていた。

　クロエ首相補佐官に促されるままに応接セットのソファーに腰かけると、執務机に座っていたジャンヌ首相が用件を話し始める。

「近い内に大規模な惑星間輸送作戦が始まるわ」

「……それは『ヨーロッパ救出作戦』の再来でしょうか？」

　いきなりスケールの大きい話を聞かされ一瞬言葉を失ったジョルジュだったがジャンヌに質問する。

「いいえ。ヨーロッパ救出作戦よりも厳しい状況下で行われ、前例の無い場所へ前例の無い輸送手段を用いた作戦になる予定よ」

　ジャンヌ首相の言葉に緊張してごくりと唾を呑み込むジョルジュ。

「万一作戦が失敗するような事になれば、火星人類生存圏に於けるユーロピア共和国の完全な自主独立が遥か彼方へ遠のいてしまう事は確実でしょう」

　クロエ首相補佐官が作戦の重要性をジョルジュに強調する。緊張のあまり朝食後に飲んだカフェオレが胃の中で逆流しそうなジョルジュの額に汗が滲む。

「この作戦のカギを握るのが”あの”大月家よ。我が国は大月家に最大限の協力を惜しまず、同時に情報収集をする必要がある。そこで大月家にフレンチを堪能させたジョルジュにしか出来ない特別任務を与えます！」

　執務机の上で手を組んだジャンヌ首相がジョルジュを真っ直ぐに見つめ、特別任務を言い渡す。

　２０分後、ジャンヌ首相の特命を受けた料理人ジョルジュは緊張した面持ちのまま首相府を飛び出すとニューガリア国際・宇宙空港に直行して火星日本列島の横浜市東神奈川へ旅立っていくのだった。

　特別任務で緊張していたジョルジュは特別任務の事で頭が一杯だった為、厨房から呼び出されたコック姿のまま飛行機に乗り込んだのだが、東神奈川に到着するまで自分の服装に違和感を感じる事は遂になかった。

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――――――【旧中華人民共和国 東北部 黒竜江省上空１００００ｍ】

「西から東へ向かう強力な気流を確認。秒速４０ｍ。火山灰濃度１５％、放射能濃度は環境影響評価の範囲内」

　パワードスーツ『サキモリ』を操縦するソフィー大尉がバックパックに装着した大気観測装置が計測した数値を随伴飛行する２１式パワードスーツに乗る高瀬中佐に報告する。

『了解。大尉、強力な気流は”偏西風”と言われているものだ。

　大変動前の地球では当たり前の様に観測されていた。偏西風によって地球の気候が調節されていたのだ。気流の方向性は大変動前に比べればまだまだ蛇行していて平常とは程遠いがな』

　偏西風＝ジェット気流について説明する高瀬中佐。

「了解であります。てっきり第三次大戦で核攻撃を受けた重慶や上海の放射能雲が中国全土を覆っているものと思っていました」

　率直な感想を述べるソフィー。サキモリのコクピット内のＡＩであるパナ子は背後で『さんざん説明したですの！』と不満気だ。

『放射能を含んだ塵は偏西風で東シナ海へ拡散されてしまうが、陸自第７師団が展開している地域は偏西風の影響下から外れている。第１２都市攻略の支障とはならないだろう。人工日本列島『タカマガハラ』の着床で偏西風が機能し始めたおかげだな」

　高瀬がソフィー大尉に気象条件と作戦区域について解説している最中、２１式パワードスーツのＡＩケンはサキモリＡＩパナ子から転送されてきた気象データを細かく解析して母艦である『ホワイトピース』へ送信し続けている。

『これぞ夫婦の共同作業だね』『赤面ですの』

　さらりと惚気てみせるＡＩケンとパナ子。

「中佐殿。私達自衛隊も第１２都市攻略に参加するのでしょうかね？」

『それを決めるのはお偉方の皆様だ。我々はお偉方が正しい判断を下すための情報を収集する事に集中すべきだな。

　大尉、高度そのままで南へ針路変更だ。このままだと瀋陽から前進しているイスラエル連邦軍のレーダーに探知されてしまう』

　ソフィーの質問に応えながら周囲の警戒を怠らない高瀬中佐だった。

　偏西風から外れた２機のパワードスーツは、南下して黒竜江省から吉林省東部上空に差しかかった所でサキモリの地上センサーが反応を検知する。

『マスター。東へ移動する複数物体を探知。９時方向から接近中ですの』

パナ子がソフィーに報告する。

「こんな場所で？陸自の偵察部隊にしては先行し過ぎじゃない」

『違うですのマスター。ＩＦＦ（敵味方識別コード）はＵＩＤＦ（イスラエル連邦国防軍）ですの』

　首を捻るソフィーに答えるパナ子。

『大尉。どうした？』

「地上センサーに反応。９時方向から接近する複数物体あり。ＩＦＦはイスラエル連邦軍です」

　高瀬の問いに答えるソフィー。

『イスラエル連邦軍だって！？ケンは探知したか？』

『確かにイスラエル連邦軍だね。この移動速度は車輌じゃないね。空中輸送艦と護衛の水陸両用機動戦闘艇”カゲロウ”だね』

　高瀬の問いに探知・識別結果を答えるＡｉケン。

『こんな所までイスラエル連邦軍が進出していたのか。なんの為に？……それにしても”カゲロウ”はシャドウ帝国軍使用する兵器だ。ケン、イスラエル連邦軍は何処へ向かっているかわかるか？』

　シャドウ帝国軍が使用する兵器をイスラエル連邦軍が使用している事に不審を感じた高瀬がケンにイスラエル連邦軍の動向を尋ねる。

『空中輸送艦と機動戦闘艇は北西へ向かっているよ。北西方向にはイスラエル連邦軍が前線基地を置いている瀋陽市があるよ』

　高瀬に答えるケン。

『……これ以上の深追いはイスラエル連邦軍に気付かれてしまう可能性があるな。ソフィー大尉、調査終了してホワイトピースに帰還する』

「ラジャ」

　接近するイスラエル連邦軍から離れるべく、パワードスーツ背中のバックパックから展開させた可変翼を傾けると反転して再び偏西風の中へと戻っていく高瀬中佐とソフィー大尉だった。

　シャドウ帝国軍が使用していた筈のカゲロウ機動戦闘艇に気を取られ、空中輸送艦の積荷の事まで考えが及ばなかった二人だった。

　　

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２０２４年（令和６年）４月２７日夜【地球極東 牡丹江近郊（旧中華人民共和国 黒竜江省）】

　火山灰塗れの雪に埋もれた牡丹江市街地中心部の鉄道駅に設営された簡易プレハブ造の指揮所の中で鷹匠准将とソールズベリー商会長が、惑星間通信回線を使ったテレビ会議に参加していた。

「人類統合第１２都市『氷城（ハルピン）』手前まで進出したイスラエル連邦軍は総攻撃に備えて最後の補給・整備を行っていると思われます。

　攻略司令官であるマイケル・バーネット連邦陸軍中将は我々第７師団を主力とした自衛隊に対し、イスラエル連邦軍主力と呼応して第１２都市の北西と北東方向からの三方同時攻略を要請しています」

　テレビ会議システムを通じて各国首脳に作戦計画を説明する鷹匠准将。

　会議の参加者は岩崎総理大臣、桑田防衛大臣、鷹匠准将、英国連邦極東ケビン首相、ソールズベリー商会長であり、イスラエル連邦軍から要請された挟撃作戦参加について対応を協議していた。

　ちなみに大月家とユーロピア共和国ジャンヌ首相、台湾国王代表は”惑星間配送システム”実現にかかり切りの為、会議には参加していない。

『ここはイスラエル連邦軍に協力するしかないでしょう。地球連合防衛条約から離脱しているとはいえ、我が国が人工日本列島（タカマガハラ）を委ねた相手です。無碍にはできないでしょう』

　苦い顔をした岩崎総理大臣が作戦に参加する考えを示す。

『ニタニエフ首相は大々的に第１２都市を攻略する事で地球人類復興の主導権を握りたいのだろう』

　火の付いていない葉巻を咥えながらぶっきらぼうに指摘するケビン首相。

「イスラエル連邦軍補給物資の７割は火星日本列島各国が供出しているのというのに……」

　ケビンに呼応して肩を竦めるソールズベリー。

『実際に誰が最前線で血と汗を流したかをニタニエフ首相は重視しているのでしょう。米国が同時多発テロの際、我が国や世界に”ショウ・ザ・フラッグ”と言ってテロとの戦いに参加を迫った時の考えに似ています』

　桑田防衛大臣が指摘する。

「第１２都市がエリア５１の様な軍事的抵抗をする意志が無い事を我々は知っている以上、血と汗を流す必要はないのですがイスラエル連邦がそれを信じてくれるのか難しいですね……」

　ソールズベリーが腕を組んで目を瞑って唸る。

　黄星姉妹が守護する人類統合第２都市『バンデンバーグ』、周大佐が率いる第１２都市『氷城（ハルピン）』住民は地球外へに退避するしか活路が見出せないのだが具体的な脱出方法が決まらない為、ギリギリまでイスラエル連邦軍の作戦に協力する姿勢を見せるしかないという結論に至るのだった。　

「大月家が”惑星間配送システム”を実現出来るかにかかっていますね……」

　会議終了後『大黒屋丸』へ戻ったソールズベリーは、マルス・アンドロイドであるクリスが淹れた紅茶を味わいながら船頭席で満達の成功を祈って呟くのだった。