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転移列島  作者: NAO
火星編 選択
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ひかりの選択

2022年1月7日午後9時45分【富山県立山市 マルス・アカデミー尖山基地】


『あ』

ミーコが呟いた。


『ゴメン、ひかり。彼がワームに呑まれた』


 血の気が引いた西野は、失神しそうになるのを根性で堪えると、ミーコを抱き締めて懇願する。


「何とか助けて!!」


『分かった。何処に連れてくる?彼を呑み込んだワームごと運ばなくてはいけない』


 西野は、パニックで真っ白になりそうな頭を懸命に働かす。


「東京市ヶ谷の防衛省。場所分かる?」


『大丈夫。1分かからないで持っていく』

頷くミーコ。


「―――東山!連絡を!」

背後で控えていた東山に向かって、西野が叫ぶ。


 東山は直ぐに岩崎官房長官の携帯へコールし、相手が出るなり「大月さんがワームに喰われました!今からワームごと市ヶ谷へ転送します!後はお願します!」と叫んだ。


 相手の返答も聴かずに伝えきった東山は、自分の仕出かした事に思い至ると、その場でヘナヘナとくずおれてしまうのだった。


          ♰          ♰          ♰


―――同時刻【東京都 新宿区市ヶ谷 防衛省地下指令センター】


 日本国政府と英国連邦極東政府、ユーロピア自治区政府は、日本海と北海道周辺に潜水艦やフリゲート艦、偵察機を派遣して極東米露艦隊の動向を秘かに監視していたが、東山からの連絡で状況が一変した。

 指令センターに詰めていた各国将校が各部隊に指示して巨大ワームの警戒と迎撃、撤退中の極東米露艦隊の救援に対応し始めていた。


「……全く。最近の若者は・・・」


 通話が途切れたばかりの携帯電話片手に嘆息する岩崎官房長官だったが、初めて本気を見せた若者の行動に少し満足気な表情が伺えた。


「ですが、良い判断ですな。良い部下をお持ちの様だ」


 岩崎の表情に気が付いたロイド少将が、東山の行動を褒める。


「さて、何の事やら?それで桑田大臣、聴こえましたね?」


 ロイドの言葉を照れ隠しに聞き流した岩崎が、腕組みして部隊配置を示すモニターに集中していた防衛大臣に声を掛ける。


「勿論です。ちょうど駒門から来ていた特科を使います!」

ちらりと岩崎に目を向けて桑田防衛大臣が応える。


「巨大ワームの中には国民が呑み込まれています。人命第一でお願いします!」

岩崎が力を込めて念を押す。


 直後、防衛省本庁舎内に警報音が鳴り響き、地下指令センターの天井がズシンと震動する。


「「......」」


 岩崎とロイド少将も含めた指令センターの全員が動きを止め、天井を見上げる。


『敷地内に空震!中庭です!』

スピーカーを通じ、玄関先で待機していた警備隊隊長から報告が流れる。


「中央警備隊は直ちに迎撃せよ!

 防衛省本庁舎は封鎖!非戦闘員はシェルターへ急げ!

 待機中の特科は直ちに出動!!

 周辺自治体と警視庁に非常通報!」

桑田大臣が叫んだ。


『敵襲!敵襲!』

防衛省本庁舎内に戦闘発生を伝えるアナウンスが鳴り響く。


 指令センターの当直将校やオペレーター達は、自身が直接戦闘しない事を理解しつつも、無意識に腰のホルスターに手をやって武装の再確認を行うのだった。


          ♰          ♰          ♰


 防衛省本庁舎中庭に面した屋上に、重機関銃と対戦車ミサイルを構えた中央警備隊員が並び、臨時照明に煌々と照らし出された、出現したばかりの蒼黒い肌を持つ巨大ワームを見下ろしていた。


 本庁舎外側広場には、静岡県駒門駐屯地から到着間もない特科大隊所属の90式戦車が砲塔を旋回させ、砲口を本庁舎内側へ向け、牽引されて来た重火砲は最大仰角で発射準備に入ろうとしていた。


 屋上の中央警備隊員達は、外側で砲撃準備を急ぐ特科中隊には目もくれず、驚愕の眼差しを中庭に出現した手負いの巨大ワームに向けていた。


 転移直後で状況の掴めていない巨大ワームの動きは鈍かったが、脇腹に開いた傷口から噴出する青い体液が芝生や建物の壁にかかり、じゅわっと音を立てて白煙が上がり、周囲に刺激臭が漂う。


「臭っ!」「馬鹿っ!ちゃんとマスクをしろ!」「化け物・・・本当にこれがミミズなのか!?」「大蛇の間違いじゃないのか!?」

ランチャーや重機関銃を構えた隊員達が、想像を超えた異様な生命体を見て口々に感想を言う。


「目標サーモ!」

部下の動揺に構わず、警備隊長が指示する。


「サーモ完了。目標中央に人体と思われる赤外線反応確認!」


 特殊な計測器具を使って、巨大ワームを画面に捉えた隊員が報告する。

 要救助者の存在が確認された事で、騒いでいた隊員達は冷静さを取り戻す。


「目標の鎮静化を優先。頭と尻を狙え!構えっ!撃ーっ!」


 隊長の指示で射撃態勢に入っていた隊員達が、号令と共に重機関銃弾と対戦車ミサイルを一斉に巨大ワームの頭と尾部に撃ち込んだ。


 狭い中庭という事もあり、動きを封じられていた手負いの巨大ワームは暴れ出す間もなく、頭と尻を鉄の弾幕でミンチにされて沈黙する。


 1階で待機していた突入部隊が、火炎放射器と透明な強化樹脂シールドを構えて中庭に飛び出すと、ワームの巨体へ速やかに接近する。


 巨大ワームの至近距離で再び隊員がサーモする。


「・・・要救助者発見!此処です!」


 サーモした隊員が指差した場所に、防護服を二重に纏った隊員が殺到すると、手斧やサバイバルナイフ、チェーンソーで巨大ワームを切り裂いていく。青黒い血と筋肉質の固い肉を切り進むと、やがて人の背中が見えてきた。


 隊員達はチェーンソーを放り出すと、剥き出しの爛れた背中に手を回して要救助者を引っ張り出す。


 要救助者は男性と思われたが、衣服は酸性と思われる強烈なワーム体液で殆ど溶け落ちており、皮膚も重い火傷を負った様に大部分が赤黒く爛れてぷくっと腫れ上がっていた。


「おいっ!!しっかりしろ!!」

「衛生兵!すぐ来てくれ!」


 隊員達が懸命に呼び掛けるが、男性はぐったりしており、ぴくりとも動かなかった。


「要救助者1名救助するも、全身火傷で心肺停止状態!指令センター、追加の衛生兵を直ぐに寄越してくれ!」

警備隊長が緊迫した表情で叫ぶ。


 応援で駆け付けた衛生兵は、その場で男性の心肺蘇生処置を施すとそのままストレッチヤーに乗せて本庁舎ロビーに特設された処置室へ運び込んだ。


 間もなく、僅かに残った衣服ポケットに忍ばせていた携帯電話と手帳から、男性は角紅社員の大月満と確認された。


 大月は全身と呼吸器系内部に強酸性体液による重度の火傷を負っており、感染症に罹る可能性が高いと診断され、応急措置を済ませると直ぐにヘリで世田谷区三宿に在る自衛隊中央病院まで搬送された。


 搬送先の自衛隊中央病院では、医官達が未知の火星原住生物の体液と巨大ワーム体内に寄生しているであろう細菌の感染症を警戒し、無菌状態を保った集中治療室で不断の救命措置が続けられた。


 巨大ワームが市ヶ谷に転送されてから2時間後の午後11時半、マルス・アカデミー尖山基地からアダムスキー型連絡艇で帰還した東山と西野、ミーコ、イワフネが自衛隊中央病院の屋上に到着した。


 直前に到着予告を受け、屋上で待っていた岩崎官房長官が、自ら西野ひかり達一行を集中治療室まで案内し、待ち構えていた担当医官が治療状況を説明するのだった。


 西野は、マルス少女型クローンに宿る人工知能『ミーコ』を岩崎官房長官に紹介し、東山補佐官が尖山基地で起きた事を報告した。


 岩崎官房長官と東山首相補佐官はミーコと挨拶の言葉を交わした後、澁澤首相へ報告する為に首相官邸へ戻り、西野とミーコ、イワフネが病院に残った。


 集中治療室内部のモニターに映る、全身を包帯で巻かれ酸素吸入器を付けて昏睡する大月の顔を食い入る様に視ながら、西野ひかりはミーコに「ありがとう」と涙声で礼を言った。


 ミーコは何も言わず西野にしがみ付いて『さっき密かに調べたけど、内臓はこれ以上溶けないから大丈夫』と、西野の耳元でそっと囁いた。


 西野は跪いてミーコを抱きしめて首筋に顔を埋めると、自らの選択が辛うじて大月を救った事に安堵すると、声を押し殺して泣き続けるのだった。


 イワフネは何も言わず、西野とミーコを見守っていた。


          ♰          ♰          ♰


 東京市ヶ谷の防衛省本庁舎中庭に出現した巨大ワームの亡骸を検証していた日英化学防護部隊は、体内から更に数名の米軍海兵と思われる体の一部を発見したが、大月以上に溶解が進んでおり、炭素繊維衣服を纏った体組織の一部だけしか遺っていなかった。


 大月の他に、巨大ワーム体内の生存者は居なかった。


 余りにも酷い光景に、立ち会った英国連邦極東派遣軍ロイド少将が「・・・悪夢の光景だ」と呟いた事で、日英将兵はこの出来事を『市ヶ谷の悪夢』と呼んだ。


 首相官邸で岩崎官房長官の報告を受けた澁澤総理は、あまりの酷さに愕然としたが直ぐに立ち直り、火星原住生物対策を省庁横断型チームで至急立案するよう指示した。


 澁澤は次に、極東アメリカ合衆国ミッチェル大統領と電話会談を行い、大月が重症を負った事について日本国総理大臣として正式に厳重抗議した。


 ミッチェル大統領は澁澤の抗議を受け入れ平謝りするしかなかったが、極東アメリカ海軍艦隊も多くの艦船が損害を受け、巨大ワームに撃沈された艦は6割を超え、第3海兵師団の半数が犠牲になったと澁澤に報告し、救援及び救助を要請した。

 澁澤は東京晴海埠頭の臨時使用許可を与え、横浜港や海上自衛隊横須賀基地に於いての修理と負傷した兵士の治療を申し出た。


 続いて澁澤は極東ロシア連邦のパノフ大統領に厳重抗議を行い、パノフ大統領は率直に謝罪した。

 極東ロシア連邦海軍は、艦隊旗艦の最新鋭ミサイル巡洋艦や原子力潜水艦を始め8割強を失うに至り、澁澤に被害状況を報告したパノフ大統領は憔悴しきっていた。


 こうして、極東米露連合艦隊による火星アルテミュア大陸上陸作戦は無惨な失敗に終わるのだった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】


・西野 ひかり= 総合商社角紅社員。社長の孫娘。

・ミーコ=マルス・アカデミー自律進化型人工知能。日本列島生態環境保護育成プログラム電子思念体。電子回路内、クローン体双方を自由に行き来する事が出来る。

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。温和。

・桑田 =日本国防衛大臣。

・サー・ロイド・ランカスターー=英国連邦極東派遣軍司令官。少将。

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