満の構想
【東京都港区虎ノ門 総合商社角紅 社長室】
「まあ、これで木星から液体水素を輸送する方法の目処は付きそうやな」
肩の力を抜いた仁志野清嗣がソファーにもたれかかる。
「ありがとうございます。まさか小惑星をそのまま燃料タンクに改装とは思い付きませんでした」
発想の貧困さを自覚して恥ずかしげに頭をかく満。
「角紅建築部門が人工日本列島を造ったテクニックの応用や。セラミックや合金のタンクやと金属脆化してしまうさかい、水素やヘリウム3の貯蔵には不向きやからな」
タブレット端末の画面に表示した見取図で満に説明する仁志野。
「ひと段落したところで、久しぶりにフランス料理でも行かへんか?何でもジャンヌ首相御用達の店らしいで――――――」
「お義父さんすみません。実はもうひとつご相談がありまして……」
祖父の誘いを途中で遮って要件を切り出そうとするひかり。
「これ以上の食料を木星原住生物に提供するのは利益は出るでしょうが、少々問題があると思うのです」
地球人類の自給状態に懸念を持っていることを満が伝える。
満とひかりは黄将の木星進出が実現した場合、木星原住生物の需要を満たそうとすると地球人類に新たな食料危機が発生する可能性を危惧し、角紅社長の仁志野清嗣に相談したのだった。
「うーん。……そうかぁ。人類が飢えない範囲で木星原住生物に黄将のメニューを提供なぁ……」
まさか生きている間に木星原住生物に料理を配達する相談を受けるとは思いもしなかった仁志野の眼が遥か遠くを見る。
しばらく瞑目していた仁志野がクワっと目を開くと満とひかりに話かける。
「これはもう、木星原住生物専用の食料生産コロニーを作らなあかんやろなぁ」
「……そうなりますか」「何処にコロニー作ったらええと思う?」
頷く満と尋ねるひかり。
「そら決まっとるがな。木星衛星軌道や。『おとひめ船長代理の』イワフネ君から報告がきとるで?
何でも、衛星軌道上で小規模な合成食料工場を作って上手く行ってるみたいや。
せやから規模を膨らませてコロニー丸ごと作って木星の需要を満たすんや!」
衛星型食糧生産プラント建設を提案する仁志野。
「ですが、そこまで大規模になると予算が……」
予算面の手当てに不安を持つ満が俯いてしまう。
「大丈夫やで!こんな事もあろうかとスポンサーは見つけてるんやで。
”先生”!お願します!」
社長室に繋がる隣の扉へ用心棒を呼ぶように声を掛ける仁志野。
「……どうも瑞星です。ご無沙汰しております大月さん。この度は社長復帰と奥様の副社長就任誠におめでとうございます」
扉からひょっこりと現れたのは、仁志野の友人である菱友銀行頭取だった。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません!」「失礼いたしました」
慌てて立ちあがって挨拶する満とひかり。
「菱友グループは、ミツル商事の新規事業を全力でお手伝いする準備が出来ております」
如才なく自社を売り込む瑞星頭取。
「……まあ。随分とお耳が早いのですね?」
瞳を細めて尋ねるひかり。
「とんでもございません。偶然私も首相官邸に総理大臣就任祝いを持って駆け付けたところ”たまたま”大月ご夫妻が総理とご歓談されている所を拝見したものですから……仁志野さんにお声がけした次第です」
ニコリと答える瑞星。
「……見事な観察眼ですね」「……大変失礼いたしました」
瑞星に脱帽する満とひかり。
「それでは、お話をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
大月夫妻と同じタイミングでソファーに腰を下ろした瑞星が満に相談事を促すのだった。
「わかりました。私が考えているのは、木星原住生物の皆さん向けのフードデリバリーです」
仁志野と相談した内容を基に構想を話し始める満。
「この構想を推進するに当たり大事な点は2つ。
一つ目は木星全域へ配送するに当たっての地球の312倍の距離を如何にクリアするかという技術的課題。
二つ目は木星の皆さんから頂く料金の支払い方法です。
木星の皆さんは地球の通貨を持っていません。支払方法は現物一択=木星の資源となります」
「ほうほう。なるほど……大した問題は有りませんね」
ニコニコと楽しそうに微笑む瑞星。
「広大すぎる木星をどうやって配達すればよいでしょうか?」
「”配達員”として木星の皆さんを雇用しましょう……時給は”餃子定食”とかにされては如何でしょうか」
満の質問に答える瑞星。
「では、支払方法はどうしましょうか」
「既にポ〇モンGO!で実績は出来ているじゃないですか!
必要な資源を欲している方へ直接供給すればよろしいでしょう?」
ひかりに答える瑞星。
「食料生産コロニー建設・運営当初は莫大な資金が必要となりますが、木星の皆さんから頂く対価=木星資源で直ぐに黒字化するでしょう。
ご心配ならば無利子・無担保で全額弊行が出資してもよろしいですよ?」
自信に満ちた態度で提案する瑞星が満に迫る。
「ちょっと待ったー!星やんは直ぐにおいしいところ独り占めにするなぁ。
ワシも参加させてもらうで?角紅はアステロイドベルトでの宇宙建設実績があるさかい、食料生産コロニーも行けるやろ」
瑞星の話に加わる仁志野。
「ご相談に乗っていただきありがとうございます。
……この事業は結構大事業になる予感がしますけど、入札方式とかにしないといけないのですかね?」
ふと思い立った自分の構想が派手に動き始めた事に慌てる満であった。
☨ ☨ ☨
【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
大月夫妻が帰宅するなり、来客を知らせるインターホンが鳴り瑠奈が対応する。
『もしもし!私です』
「通報しました」
『なんでよっ!ジャンヌよ!開けてよっ!』
涙目でキレるジャンヌ首相。
毎回通報されているジャンヌはめげなかった。来客用のソファーにどっかと座ると大月夫妻を見据えて用件を切り出す。ジャンヌ首相の後ろには首相補佐官のクロエ・シモンとSPらしき男性が控えている。
「さあ!私達もあなた達のビジネスに入れなさい!今日はフランス料理のフルコースよ!ジョルジュ!」
ジャンヌの後ろに立っていた男性が心得た様にお辞儀をすると、玄関に置いたままのクーラーボックスを抱えてキッチンへと移動する。
「マドモアゼル美衣子は知っていると思うけど、彼は首相府の料理人よ。
もし私達もビジネスに参加出来るなら、ジョルジュが毎日フランス料理のフルコースを提供するかもしれないわ」
フンスと鼻息荒くジャンヌ首相が提案する。
大月夫妻の脇にはクロエ首相補佐官がいつの間にか膝まづいて契約書類を差し出している。
「……なんかデジャブが」
気圧される満。
「「その話乗った!」」
ひかりと美衣子が同時に叫ぶとクロエから書類を受け取って満に差し出す。
「ええっ!またなの?」
即断即決のひかりと美衣子の目に見えない圧力を感じながらも「参加者が多いほどリスク分散になるかも」と胸算用する満。
「……それで、何のビジネスなのかしら?」
「知らんと来たんかいっ!」
思わせぶりな態度を取っておきながら、結構当てずっぽうで訪問するジャンヌに思わず突っ込んでしまう満だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ミツル商事社長。ディアナ号船長。
・大月 ひかり=満の妻。ミツル商事副社長。ディアナ号副長。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。マルス三姉妹の長女。
*イラストは絵師 里音様です。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。
・瑞星=菱友銀行頭取。仁志野の学生時代からの親友。仁志野からは”星やん”と呼ばれている。




