黄将効果【前編】
2027年(令和9年)4月23日【火星日本列島 東京都三鷹市 国立天文台】
「空良所長。第2衛星ダイモス宇宙基地の電波観測所が奇妙な電波をキャッチしました」
「分かった。こちらへデータを頼む」
首を傾げながらタブレット端末に表示されたデータを空良所長に転送する職員。
「22.2メガヘルツ……デカイな」
「同じ時刻に天文衛星『すざく』から強力なX線が同じ方角から発信されたのを確認しました」
空良の呟きに応える職員。
「……まさか、イスラエル連邦が衛星軌道で核実験をしたのでは!?」
「バカな事を言うな。推定発信方角と太陽系各惑星・天体の公転軌道を照合しろ」
動揺する職員を宥めながら強力な電波を分析していく空良。
「推定発信方角と公転軌道が一致する天体を確認しました!」
「何処の惑星だ?」
「……第5惑星『木星』です」
「……木星か。あそこの宙域は、巨大な惑星質量による潮汐効果で衛星との間に生じた荷電粒子と惑星上層の水素イオンが太陽風と反応して高エネルギー粒子が常に飛び交っている高磁力帯だ。
大方、そこで発生した電波バーストが火星まで飛んでいったのだろうさ」
職員の報告を聞いてホッと安堵のため息をついて肩の力を抜く空良。
若かりし頃は"謎の宇宙人Xからの通信"だと興奮してオカルト雑誌編集部に匿名メールを送信する所だが、今は現実を知っているのでクールな空良。
「……それが。ダイモス宇宙基地の電波観測所が追加の信号をキャッチ、"解読"に成功しました」
「解読!?そんな馬鹿な。自然発生由来の意味のない電波信号だろう!?」
職員の報告を首を振って否定する空良。
「解読した電文は『責任者出セ。エビチリ定食100人前、ライス大盛リ、支払ハヘリウム3』」
困惑を通り越して無表情となった職員が解読文を読み上げていく。
「……なんだかマルス・アカデミーとのファーストコンタクトの時と似ている気がする」
想定外の内容に現実逃避感とデジャブを強く意識する空良。
「……首相官邸と文部科学大臣に至急連絡を。それと、木星探査船『おとひめ』を最優先通信で呼び出せ!」
頭を掻きむしりながらタブレット端末を慌ただしく操作して情報収集に取り掛かる空良所長だった。
「ダイモス宇宙基地は現在も信号を受信中。『琴乃羽マダカ。餃子定食5000人前求ム—――—――』」
空良のタブレット端末には続々と追加の信号解読文が更新されていくのだった。
「……なんで琴乃羽が?」
かつてJAXAに居た頃の同僚を指名して注文を催促するありふれた内容に、思わず消費者庁宛てに匿名で告発メールを発信しようか悩みかけた空良だった。
☨ ☨ ☨
【木星衛星軌道 木星探査船『おとひめ』琴乃羽美鶴の自室】
「大月社長。木星原住生物の長であるチューブワームから契約を取ることが出来ました」
『仕事早っ!おめでとう!大金星だね!』
琴乃羽の報告を聞いて素直に喜び祝福する満。
使い走りに使った事でひかりから黒いプレッシャーを与えられていた琴乃羽が、こんなにも早く結果を出すとは思っていなかったのだ。
もしかしたらスライム化して広大な木星大気圏内に逃亡潜伏していてもおかしくないと満は思っていたりする。
『早速黄将効果を発揮したわけね!凄いわ琴乃羽さん!どんな契約を取ったのかしら?』
「それがですね……"餃子定食諸々を大赤斑までお届け"という契約条件なんですけれど。良いですかね?」
ひかりに訊かれて答える琴乃羽。
『うーん……』『……』
沈黙してしまう大月社長夫妻。
「あ、あの!それで代金は現物支払いとなります。地球では精製に設備が必要な液体水素やヘリウム3を月々50回払いなんですが……頭金として既に受け取ったりしています。
クーリングオフは明文化していませんが、ジュピタリアンが不利にならないようにとは思っています······」
慌てて契約条件を説明する琴乃羽。
『ふーん(結構凄い利益が見込める契約じゃん)……』『……(クーリングオフが無いのは先ずいですねぇ。春日君か、お祖父ちゃんに相談やねぇ)』
色々な思いが錯綜して沈黙する大月社長夫妻のジト目度が増していく。
「くっ!……やっぱりそうなりますよね~」
恐縮しきりの琴乃羽は、とてもボーナスの話など出来る状況ではないと諦めるのだった。




