新人店員
2027年(令和9年)4月23日【神奈川県 横浜市神奈川区 JR東神奈川駅前”黄将” 東神奈川店】
「ヘイ!ボンジュール!」『ラッシャッセー』
威勢良くどこかイントネーションがおかしい2名の新人店員の声が来店客を出迎える。
「うおっ!イケメン!」「そっちは新型屋内ドローン!?」
金髪碧眼の青年と空中をふよふよと浮かぶ水素クラゲを目にした来店客の大半は驚きで目を見開く。
座席に落ち着いた来店客が卓上にあるタブレット端末で注文をすると、水素クラゲがよく冷えた水の入ったコップを触手でそっとテーブルに置く。
『ドウゾゴユックリ……』
触手の付け根にある尖った口から機械的な抑揚のない声で一声かけるとゆっくりと厨房へ戻っていく水素クラゲ”珍味53号”。
来店客を出迎えた後、厨房に入ったジョルジュは寸胴鍋に入った溶き卵とキクラゲの入った中華スープをゆっくりとかき混ぜる。
仕込み中である他の鍋を幾つか見ているうちに厨房上部からピンポーンと電子音が響く。
注文が入ったのだ。
「餃子2(リャン)チャーハン1(イー)」
厨房上部に設置された液晶画面に表示された客の注文を指差し復唱して冷蔵庫から材料を出すと冷凍ギョーザを鉄板に並べ、チャーハン調理器に具材を入れ点火すると手際よく調理を始めるジョルジュ。
大手中華料理チェーン”黄将”東神奈川店には『とある筋からの強い要請』によって新しい2名の店員が配属されている。
一人はミツル商事大月満社長の口添えで”中華料理留学”としてユーロピア共和国から派遣されてきたフランス料理人ジョルジュ。
ジョルジュは元気よく振る舞い、イケメン好きな中年女性客を中心にファンが増えている。
中には何を勘違いしたのか、店で最高級の紹興酒をボトルで注文し、座席でジョルジュの接客を指名する女性客も出てきて店長から「ウチはそういうサービスは提供しておりません」と丁重に断られるケースも出てきている。
もう一人の新人である水素クラゲ”珍味53号”は、ある日の営業時間中に気が付いたら厨房で餃子を焼いている鉄板傍に居たのを発見された。
頭を抱えた店長は”偶然”その日から店外で警備を始めた神奈川県警機動隊員に相談したが「食い逃げをした訳でもないので警察では応対しかねます」と言われ、判断を仰いだ大阪本社からは「面白そうやから雇ってみたらええんちゃう?」と軽いノリで言われ、仕方なく見習いとして受け入れホール担当となっている。
二人が働き始めた当初は、店内の雰囲気が変わった事で慣れ親しんだ固定客の一部が離れたが、ひと月も経つと「ヘイ!ボンジュール」という挨拶や店内を漂いながら注文を取る水素クラゲは”AI搭載新型屋内ドローン”と受け入れられてすっかり店の風景の一部と化して違和感も感じられなくなり、遠のいた固定客も戻り始めていた。
「53号君!2番と18番の料理出来たから持って行って。あと、途中でお冷まだのお客様にお水を持って行って頂戴」
『カシコマリ~』
珍味53号は店長の指示を受けると、受け渡し口に置かれた料理とたくさんのお冷入りコップを8本ある触手で器用に持つと空中をふよふよと漂って客席まで運んでいく。
「おいっ!レバニラにゴキブリが入っているぞ!この店の衛生管理はどうなっているんだ!店長を出せっ!」
珍味53号が通り過ぎようとしたテーブルの男性客が怒声を上げる。
店内の客と従業員の視線が二人に集中する。
『ヨロコンデ!』
「それ違うっ!ここは謝って料理を取り替えないと!」
ぺこりと傘を下げて店長を呼びに行こうと踵を返した珍味53号を厨房から飛び出してきたジョルジュが止め、正しい応対を教える。
『申シ訳ゴザイマセン……直グニトリカエサセテイタダキマス』
傘をぺこりと下げて謝る珍味53号。
「謝って済む問題じゃないんじゃあ!誠意を見せんかいっ!」
大声を上げて珍味53号に詰め寄る男性客の半袖シャツから見える腕には一面にポ○モンGOのタトゥー(ピ○チュウ)が彫られている。
『オカシイナ。開店前ノ店内電気殺虫ハ完璧ダッタハズ……』
傘を傾げる珍味53号。
「何をごちゃごちゃ抜かしとるんじゃあ!はよ店長をだ――――――ぐはぁっ!」
激高しながら珍味53号の傘に拳を振り下ろした男性客はバリっと音を立てて紫電に包まれるとビクンと痙攣して気絶してしまう。
『アリガトウゴザシター』「ボンボヤ―ジュ、ムッシュ」
ピクリとも動かない男性客に退店の挨拶をする珍味53号とジョルジュ。
倒れ伏した男性客を珍味53号が触手で持ち上げ、先導するジョルジュが店外で警備にあたる機動隊員に男性客を引き渡す。
「恐喝の現行犯です」『新人店員ハ見タ』
ジョルジュが状況を説明し、珍味53号が傘の上に防犯カメラ映像をホログラムで再生させる。
「あちゃー、こりゃだめだわ、恐喝と威力業務妨害の現行犯逮捕だわ」
カメラ映像を見た神奈川署の刑事が顔を顰める。
珍味53号が触手に持っていたグラスの水を失神していた男性客にぶっかけて目を覚まさせる。
キョトンとした顔で目を覚ました男性客は直ぐに刑事によって逮捕され、覆面パトカーに乗せられていく。
『オツトメゴクロウサマデス。後ハヨシナニ』「仕事に戻りマース!」
ぺこりと傘と頭を下げた新人店員二人が店に戻っていく。
”黄将”東神奈川店では、今日もいつもと同じ忙しい一日が過ぎていくのだった。
☨ ☨ ☨
――――――”黄将”東神奈川店営業時間終了後【ミ○タードーナツ東神奈川店】
疲れた仕事帰りにお気に入りとなったドーナツチェーン店でポン・デ・ストロベリーを食べていたジョルジュの携帯電話が振動する。
山葡萄ソーダを急いで飲み干すと店の外へ移動して電話に出るジョルジュ。
『それで?首尾はどうかしら?』
「水素クラゲはやはり餃子が一番好きなようです。醤油やタレ、ラー油も付けずに食べる姿はもはや通としか言いようがありません……」
どこか焦った声でジャンヌ・シモン首相の問いに深刻な口調で答えるジョルジュ。
『んんんっ!そんな事訊いているんじゃないわよっ!』
思わずキレてしまうジャンヌ首相。
『よしよし……落ち着いて妹よ。ジョルジュの見た範囲で木星との繋がりは分かるかしら?』
電話口の向こうでジャンヌをあやすクロエ・シモン首相補佐官が訊く。
「NEWイワフネハウスは、社宅として支給された個室以外は立ち入り禁止です。無断で地下研究室に入ろうとしましたが、青森県恐山温泉まで飛ばされてしまいました。
……今のところは何も掴めません。水素クラゲから時折放たれる紫電のエネルギー源など未だに謎です」
首を横に振って答えるジョルジュの顔は若干やつれている。
『……わかったわ。貴方はよくやっている。地球戦線の戦況が大きく動きそうなの。引き続き木星への移動手段を突き止めてください』
少しだけため息をつくとジョルジュを労いながら任務続行を指示するクロエ首相補佐官だった。
「ウイ。マドモアゼル」
通話を終えたジョルジュは、肩を竦めると目の前のドーナツ店に戻ってストロベリーカスタードフレンチを注文するのだった。
新人店員ジョルジュの任務はしばらく続きそうだった。
【火星 アルテミュア大陸中央部 ウラニクス山脈付近上空 多目的船『ディアナ号』】
「……美味しそうね。じゅるり」
個室のホログラフィックモニターには、料理人ジョルジュがストロベリーカスタードフレンチを頬張る姿が投影されている。
『ジョルジュノ行動ハ以上デス』
ジャンヌ首相との通話を終えて店に戻るジョルジュの姿を投影する珍味53号が報告する。
「そう。分かったわ。情報提供してくれた琴乃羽によろしく伝えてちょうだい。それと明日の報告時にはストロベリーカスタードフレンチも送ってちょうだい」
『ウイ、マスター』
珍味53号の報告が終わるとホログラフィックモニターは中央部に形成された小さな異相空間に吸い込まれるように消えていくのだった。
「ジャンヌの出番はあるから。今は大人しくして欲しいわね……」
小さく呟くと、ユーロピア共和国の友人に携帯電話を掛ける美衣子だった。
『もしもし?』
「通報しました」
訝しげに出たジャンヌ首相を通報する美衣子だった。
『なんでよっ!また!?』
「美味しい話があるのだけど、聞く?」
ちょっと半泣きのジャンヌにフォローがてら相談する美衣子だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。マルス三姉妹の長女。
*イラストは絵師 里音様です。
・珍味53号=木星原住生物。種族は水素クラゲ。
琴乃羽美鶴と共に木星から火星アルテミュア大陸ウラニクスへ来た。
黄将メニューに惚れ込み、現在は”黄将”東神奈川店で見習い店員としてホールを担当している。餃子が好き。
・ジョルジュ=ユーロピア共和国首相府料理人(フランス料理担当)。
ジャンヌ首相の密命を受け”黄将”東神奈川店に新人店員として厨房を任されている。女性客に指名されるほど人気がある。
フランス料理の腕は美衣子が本人をイワフネハウスへ連れ帰るほど素晴らしい。
・ジャンヌ・シモン=ユーロピア共和国首相。戦闘機も操る。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。
・クロエ・シモン=ユーロピア共和国首相補佐官。妹のジャンヌ・シモンはユーロピア共和国首相。
*イラストは、イラストレーター七七七様です。




