痺れるような
2027年(令和9年)4月19日【火星アルテミュア大陸中央部 ウラニクス山カルデラ盆地 ウラニクス湖】
有機生物などの不純物が殆どない真っ青な水をたたえた湖底がチカッと光った数分後、ウラニクス湖畔に1体の水素クラゲが姿を現した。
「ふむふむ。此処は前と殆ど変わらないね。それでは珍味君、裏人類都市へGO!」
水素クラゲの触手が持つ円筒形の容器から溶液化した琴乃羽美鶴の声が生体電気を通して珍味君と呼ばれた水素クラゲの脳に伝わると、水素クラゲはふよふよと空中に浮かび上がって外輪山を超えるべく傾斜の厳しい岩肌へ向かっていくのだった。
――――――30分後。
「なん、だと……」
水素クラゲが外輪山尾根から裏人類都市『ウラニクス』を見下ろす場所に到着したのだが、水素クラゲを通した視界には雑然とした賑わいや人の動きは一切なく、黒く焼け焦げた大地と僅かに溶け残った鉄塔が映るだけで、かつて裏人類都市が在った痕跡を示しているに過ぎない。
「……一体何が起こったというの?」
水素クラゲの視界を通じて周囲の景色を確認した琴乃羽が呆然と呟く。
火星日本列島から遠く離れた木星では公式に存在しない都市の行く末を知ることは出来なかった。
故にウラニクスが太陽光発送電衛星『アマノハゴロモ』で五万人の住民ごと焼き尽くされた事を琴乃羽は知らなかった。
「……マズイ。ちょっとウラニクスで大月社長に連絡取って黄将の餃子セット買って来て貰おうと思っていたのに。湖底の”ゲート”は時間制限があるし」
予想外の状況に焦る琴乃羽。
ぬか喜びさせたイワフネを祟りながら木星探査船『おとひめ』をアダムスキー型連絡艇で飛び出した琴乃羽は大赤斑最深部へ向かい、ウラニクス湖転移時に懇意となった水素クラゲ”珍味君”やチューブワームの長に愚痴を零している最中、チューブワームの長から「琴乃羽はどうやって木星に来たのか?」と問われ、火星巨大ワニ討伐時を思い出し、火星往還用ゲート形成のヒントを得ていたのだ。
早速試すべくノリと勢いで形成した小さなゲートを通って火星にやって来た琴乃羽だったが、目論見が外れてしまった。
外輪山尾根の空中でふよふよ浮遊しながらどうしたものかと考えていると、いつの間にか外輪山尾根を登って水素クラゲに近づこうとする複数の人影を水素クラゲが生体電気センサーで感知する。
アマノハゴロモの過剰照射で潰滅したウラニクス市を再開発すべく、ユーロピア共和国が駐屯させていた外人特殊部隊である。
ミツル商事が設置した湖底センサーの異常を確認すべく湖へ向かっていたのである。
「ハロー!ナイストゥミー!」
外輪山尾根からヒューっと降下した水素クラゲが接近中の人影に接近して挨拶する。
琴乃羽の声は、溶液化した彼女の入る容器から発した脳内思考が生体電気によって水素クラゲの触手付け根に在る口から発せられている。
「……ジーザス!」「ストップ!ドント・ムーブ!」
山上から降りてきた浮遊クラゲがいきなり人語で挨拶してくる異常事態に、先頭の人影は絶望のあまり祈りの言葉を口にしたが、後ろに続く者達は冷静にサブマシンガンを構えて戦闘態勢を取っている。
「……あ!ごめんごめん!敵じゃないから!ノット エネミー!アイアム”ミツル商事”!」
火星日本列島界隈ではかなり知られてきた会社のネームバリューを利用して会話を試みる琴乃羽&水素クラゲ。英会話レベルとしてはお察しだが。
「ミツル・カンパニー……」
祈りを捧げていた先頭の兵士が顔を上げて呟くと、他の兵士達も反応する。
この感触だと行けるかも知れない!と踏んだ琴乃羽&水素クラゲはこちら側の目的を告げる事にした。
「……あのさぁ。この近くに在る”黄将”って知らない?ドゥユーノーオ◯ショウ?」
「……???」
木星原住生物の想定を超えた発言に絶句しつつ首を傾げる兵士達だったが、最後尾に居た隊長とおぼしき人物が携帯端末でどこかへ連絡を取ると、身振りで付いて来いと水素クラゲを案内する。
30分後に外輪山を下山した兵士達と琴乃羽&水素クラゲは、焼け焦げた大地の片隅に残された滑走路で火星日本列島からの連絡便を待つ事になった。
ユーロピア共和国外人部隊が駐屯していたウラニクスターミナル跡の滑走路で待つ事15分、西の空から三本マスト一杯に帆を張った『ディアナ号』が飛来して着陸すると、黄将の看板メニューがどっさり入った持ち帰り用ビニール袋を両手に持った満とひかりが船内から現れるのだった。
「……で、琴乃羽さん。どうして此処に?」
少し疲れの残った顔で尋ねる満。
「え?ちょっと餃子が食べたかったので……」
あっけらかんと答える琴乃羽&水素クラゲ。
滑走路で待っている間に餃子をどうやって食べるか考えている間に、スライム状態から人型に琴乃羽美鶴は戻っている。
「あらあらあら」
黒い笑みを浮かべて近づくひかり。
「……琴乃羽。お帰りなさいの挨拶よ」
次の瞬間、ディアナ号の甲板に出ていた美衣子が挨拶と共に右手から紫電を水素クラゲへ向けて放つ。
「「アババババ」」
紫電に包まれる琴乃羽と水素クラゲ。何故か満も巻き込まれている。
痺れるようなコミニュケーションを取るミツル商事のいつもの一コマだった。
「……なんで俺も?アバババ!」
水素クラゲにテイクアウト用の袋を渡そうとした所を美衣子の紫電に巻き込まれてしまう満だった。
「それで?どうしたのですかぁ?」
地面で未だピリピリと痺れている水素クラゲにしゃがんで尋ねるひかりだった。




